1542.「ネオコンのタテマエ」(その一)



byコバケン 04-2/19
	
▼「ネオコン」って、いったい何者?
「ネオコン」(ネオコンサーヴァティヴ/Neoconservative=新保守
主義者)とは一体何なのか?アメリカによるイラク侵攻がはじまる
頃から流行り始めた。この数年の間に、国際関係のニュースなどで
この奇妙な名前を聞く機会が増えたのはみなさんもお気づきであろ
う。

まさに猫も杓子も「ネオコン、ネオコン」であり、ついには普段
あまり政治に関心のないはず家族のメンバーの何人かも、「今の世
界情勢の悪化はネオコンのせいよネェ〜」などと言うようになった。
「国際政治流行語大賞」などというものがあれば、去年(2003
年度)の大賞はまちがいなくこの「ネオコン」で決まりである。

ではこの「ネオコン」って何なの?といえば、スッキリ、ハッキリ
と答えられる人はいない。「ネオコン」に関する本も、東京の大き
な書店(例:八重洲ブックセンターなど)にいけば棚一つを占領し
ているほどなのだが、「これだ!」という決定的なものは出ていな
い。私が知る限りにおいては、菅原出氏による「ホワイトハウスの
内戦」や田原牧氏の「ネオコンとは何か」、そして翻訳ものでは
エリック・ローランの「ブッシュの"聖戦"」などがかなりいい線を
行っており、ネットでは田中宇氏が、得意の中東問題を絡めつつ
ネオコンたち本当の狙いをくわしく分析していることが挙げられる
くらいである。

つい最近でも、産経新聞の名コラムである「産経抄」や、アメリカ
在住の古森義久記者によるマックス・ブートの「ネオコンのレッテ
ルは不正確だ論」の紹介などがあり、「ネオコン」とは何かという
議論が改めてクローズアップされているほどだ。これについては私
も本コラムの「ネオコンの反論にツッコミを入れろ!」で論じたこ
とがあるので、ご存知の方も多いだろう。

▼誰も分析しない「ネオコンのタテマエ」
前置きはこのくらいにしておく。「ネオコンとは何か?」という疑
問に対しては上で紹介した本や記事などを参考にしていただくとし
て、本稿では「ネオコンがどのような理想/タテマエを持っている
のか」ということについて語ってみたい。

ところがここで「オメ〜、何言ってんだ、ネオコンはイスラエルの
利益ためにイラク侵攻をしてるんだっぺ」という、アホな質問をし
てはいけない。たしかにネオコンたちには「イスラエルのため」や
「中東不安を煽って軍需産業を活性化させたい」などの本当の目的
があるのかもしれないが、私がここで気にしているのは、

1、	ネオコンがどういう理想を持っているのか?
2、	その理想は、どのような考えかたから来ているのか?

という二点なのである。日本をはじめとするメディアでは、ネオコ
ンたちははじめから「悪者である」という大前提から報じられてい
るので、彼らがどういう理想をもっていて、それをどのように理論
づけているかがとてもわからりづらい。いわば、彼らの「タテマエ
」が、全く見えてこないのである。

たしかにネオコンを批判して、彼らの「真の企み」を色々と詮索す
るのは大切なのかもしれないが、それと同じくらい、彼らの表立っ
た言い分を、正面切って、しかも公正に(?)報じているメディア
は、特に日本ではほとんどないのだ。

では、彼らが(タテマエだとして)目指している「理想/ゴール」
とは何なのか。

拙稿の「リアリストたちの反乱」の中では結局「アメリカの安全保
障のため」という議論が強調されていたように見えたが、その細か
いところから大きく見ていくと、どうやらネオコンたちには「全世
界の民主主義化」という壮大な理想があることがわかる。しかも
ただ民主主義を広めようというのではなく、「世界の国の人々は、
アメリカによって民主化されることを待ちのぞんでいる!」と考え
ているのが、最大のポイントである。

ちなみに、欧米の学界で最近はやったものに「帝国主義者とネオコ
ンの違い」というのがあった。なんだか似たもの同士の二つなのだ
が、これによると「帝国主義者」の代表選手がイラク侵攻の時の英
首相トニー・ブレアである。
彼はイラク侵攻のときに「民主主義制度を無理やり押し付けてしま
え」という姿勢であったためにこう呼ばれる。一方の「ネオコン」
であるが、彼らは「イラク国民が待ち望んでいる」という一方的な
ロジックでイラク侵攻を支持したのである。

両方ともフセインにとってはかなり迷惑な話であり、結局自分の首
を挿げ替えられることには変わりはない。しかしながら、非道徳的
と知りつつも民主主義を押し付けようとするブレア首相の「帝国主
義」とちがって、自分たちの激しい思い込みによる善意でイラクの
政権交代を支持するネオコンたちの考えかたのほうが、よっぽど性
質(たち)が悪いかもしれない。

まったく「小さな親切、大きなお世話」である。

▼「民主制による平和」(デモクラティック・ピース)
ではネオコンたちはなぜそんなに「世界のみんなが民主主義を待っ
ている!」と無邪気に信じることができるのだろうか?もちろん
タテマエなのだから彼らも後付けで勝手に理由をつけているだけか
もしれないが、実は彼らの「世界民主化理論」の論拠になっている
ものが、国際政治の歴史研究にあるのだ。

これが、「民主制による平和(デモクラティック・ピース)論」で
ある。英語では単純に"Democratic Peace"というアイディアとして
呼ばれている。ネオコンはこれを心の底から信じているために、
こんなにも激しく「(軍事力を使っても)民主主義を広めろ!」と
主張できるのだ。

このアイディアを論じたことで有名なのが、ブルース・ラセット
(Bruce Russett)という有名な学者で、彼の"Grasping the 
Democratic Peace"(93年)は、「パクス・デモクラティア―冷戦
後世界への原理」という邦訳になって日本でも出ている。その他にも
同じようなことを論じているのがマイケル・ドイル(Michael W. Doyle)
というリベラル派の学者で、こちらは今から二十年近く前に
"Liberalism and World Politics"(86年)という記念碑的な論文
を書いて有名になった。

彼らのこのアイディアを一言でいえば、「民主国同士はほとんど戦
争をしない」という歴史の法則のことである。なんでここまで法則
化されているのかというと、欧米の国際政治学界では、過去の歴史
を徹底的に検証した結果、どうやらこれが本当らしいということで
、アカデミック界では一応の合意が生まれつつあるからである。

ところがこれは「民主国の二国同士に限って」という条件つきであ
ることがミソである。たしかによく考えて見ると、民主国家は、非
民主的な国家が相手の場合は「民主主義を守るため」などという理
由でバシバシ戦争をしているのだ。たしかにアメリカは第二次大戦
後にはドイツや日本と戦争をしていないが、(北)ベトナムやイラ
クとは大規模な戦争をしている。

しかもこの法則では、「何をもって民主国家とするのか」という定
義の範囲がそもそも曖昧であり、なぜ民主国家同士が戦わないのか
という根本的な原因に至っては、学者たちの間でも意見の一致がな
いのである。

ネオコンはこのような「民主制による平和」というリベラル派の理
論を元にして、「全世界を民主化すれば世界は平和になる」という
タテマエを打ち出している。だから「イラクのような非民主的な国
家はこの世界から抹殺されなければならない」ということになり、
そのためには手段を選ぶな、ということになる。ここから「世界平
和の実現のためには侵攻せよ」という、タカ派の理論が生まれるの
である。ものすごいパラドックスだ。

このような「民主制による平和」をネオコンの視点で論じたのが、
フランシス・フクヤマの「歴史のおわり?」論文なのだが、これは
またあとでくわしく説明することにしよう。

▼哲学の理論の源流から
このネオコンの「世界平和の実現のための軍事侵攻」というパラド
ックス的な考えはどこから来ているのか?本稿ではその考え方の源
流を、哲学の理論の歴史から、独断と偏見で説明してみようと思っ
ている。

もちろんこれをはじめるとユダヤ教やキリスト教などのややこしい
宗教や神学の話になってしまう。もとより私もそこまで深く語るつ
もりはないので、本稿ではその理屈やロジックという面を強調しな
がらその源流をさかのぼり、これが現代のネオコンのタテマエを代
弁したフクヤマの「歴史の終わり?」にまでどうつながってくるの
かを説明してみたい。

ただし、気分は大河ドラマだが、ノリはコメディーショーのつもり
であるので、気軽に読み流していただいてもけっこうである。
「ふ〜ん、そうか」とちょっとでも感心していただければ幸いかも
しれない。

それではまず、西洋哲学の祖である「アリストテレス」から話を
はじめるとする。「なんでギリシャの哲学者まで話がさかのぼるん
だ」という文句もあるかもしれないが、ここが「ネオコンのタテマ
エ」の源流なのだからしょうがない。アリストテレスはネオコンの
先祖だからである。

★以下、次週へつづく

■	参考文献(順不同)

― 田中宇「ネオコンの表と裏」
(上)http://www.tanakanews.com/d1214neocon.htm
(下)http://www.tanakanews.com/d1219neocon.htm

― 菅原出「ホワイトハウスの内戦」(ビジネス社)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4828410457.html

― エリック・ローラン「ブッシュの"聖戦"」(中央公論新社)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9977813361

― 田原牧「ネオコンとは何か」(世界書院)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%93%63%8C%B4%96%71

― マックス・ブートMax Boot,"Think Again: Neocons"Foreign Policy,
(January/Febuary2004)http://www.foreignpolicy.com/story/cms.php?story_id=2426

― 拙稿「ネオコンの反論にツッコミを入れろ!」
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k6/160207.htm

― ブルース・ラセット「パクス・デモクラティア―冷戦後世界への原理」(東京大学出版会)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9960669300


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