1528.「ネオコンの反論にツッコミを入れろ!」



byコバケン 04-2/6
	
▼サンケイ古森記者の書いた紹介記事
いつもならこのままの勢いで「リアリストたちの反乱」のコラムを
書いてしまうところだが、昨日のサンケイ新聞の朝刊でとても面白
い記事を発見してしまったので、これについて少々検討してみたい。

「検討する」だなんて、なんだか官僚言葉みたいで消極的な言葉だ
が、この記事だけは本当にくわしく、積極的に検討してみるだけの
価値がある。なぜなら日本のメディアが、海外の情報をどう伝えた
のかという重大な問題が絡んでくるからである。しかもその記事に
は、「リアリストたちの反乱」でもおなじみのネオコン論者、マッ
クス・ブートが関係しており、とっても非常にタイムリーなものだ
からだ。

その問題の記事は、昨日(平成十六年二月五日)のサンケイ新聞の
朝刊の六ページにある"「ネオコン」呼称は不正確なレッテル"とい
う記事である。これを書いた記者は産経新聞のエース記者、古森義
久(こもりよしひさ)氏である。古森氏は「リアリスト〜」の最初
でも紹介した、「反米論を撃つ」(恒文社21刊)の著者の一人であ
り、親米(ネオコン?)派の姿勢を貫いているアメリカ在住の有名
ジャーナリストだ。

この記事はネットでも見ることができるので、興味のあるかたはそ
ちらを読んでみていただきたいのだが、一応その内容をかいつまん
で言うと、「若手ネオコン論者のブートが、"ネオコンは誤解されて
いる"という、驚きの記事を発表しましたぜ!」という、いわば米国
で話題の記事を要約&紹介したものである。

この紹介記事なのだが、普段の古森氏のイデオロギー色のつよい言
論姿勢からすれば、まあ比較的バランスよくまとめられているほう
だと言っていいかもしれない。このような一記者として書く場合に
は、どうしても正確なジャーナリズムを求められるので、記事の中
に自分の意見を込めてしまうのはご法度である。

ところが細かくみれば、やはりそこには彼のバイアスのようなもの
が見え隠れしており、多少ツッコミを入れることができる。

たとえば新聞の記事では一段目の左側で「ネオコンと呼ばれる側は
それを受け容れず〜」とあるのだが、これは原文では「それを避け
る〜」となっている。拒絶はしていなくて、逃げているというほう
がその答えに近いのだ。

また軍事タカ派として有名だった民主党のジャクソン上院議員を「
対外現実派」と言いかえたり、二段目の最初では「ネオコンという
言葉が実体のない不正確なレッテルだとして〜」と書いているのだ
が、原文にあるのは「不正確になってしまった(レッテル)」
(no longer technically accurate)ということだけであり、古森
氏によって「実体のない」という余計な形容詞が入れられているこ
と、その他にもブートは完全なネオコンなのに「保守本流」などと
紹介している、などがある。

▼「不正確」な古森記事?
以上のように、細かいところではネオコンに対してやや甘い姿勢が
鼻につく感じではあるが、これだけの少ないスペースであれほど長
い記事の要約をしている古森氏のジャーナリストとしての力量は正
当に評価すべきであろう。しかしその記事スペースの制限から、ブ
ートの論文の肝心な部分や実体像が全く伝わってこないのは、やは
り残念なことである。やはりこの記事は、古森氏によって「不正確
に」報じられてしまっている面があるのである。

ではどこが不正確か。まずこの論文記事のテーマの紹介のしかたが
不正確である。古森氏はブートの記事が「ネオコンという不正確な
レッテル」について論じていると強調しているようであるが、これ
はちょっと違う。ブートの書いた原文をよく読めばわかるが、これ
は「ネオコンについての誤解を正す」といったニュアンスのほうが
正確なのである。

もう一つ。記事のスペースの関係で紹介できなかったという点で無
理もないのだが、ブートはネオコンに対する典型的な疑惑や疑問に
対して、一つずつ細かい反論を加えていく、というスタイルで記事
を書いているのである。しかもこの疑惑/疑問に対する彼の受け答
え方がかなり正直で面白く、しかもかなりツッコミを入れられるほ
どガードの甘い答え方をしているところがかなりあるのだ。

参考のためにブートがこの記事の中で、自分で用意して反論をした
「ネオコンに対する九つの疑問」を以下に列挙しておこう。

(1)「ブッシュ政権はネオコンの対外政策を追求している」
(2)「ネオコンは現実に強奪されてしまった(元)リベラルたちであ
  る」
(3)「ネオコンはイスラエルの利益のために働くユダヤ人たちである」
(4)「ネオコンは資金が潤沢で組織力の強い秘密結社である」
(5)「ネオコンはウイルソン的理想主義者」
(6)「ネオコンの次の目標はイランと北朝鮮である」
(7)「ネオコンは他国と協力してやることを反対している」
(8)「ネオコンは政治的原理主義者たちである」
(9)「イラクの失敗は、ネオコンの信用を落とした」

これらの質問に対するブートの反論を紹介するとともに、それに対
していかに突っこむことができるかを、以下にそれぞれ書き出して
みよう。

▼ツッコミがいのあるブートの原文記事
まず(1)の質問に対して、ブートは「んなわけないだろ!」
(If only it were true!)と答えてから、古森氏の記事に紹介され
ているように、「ブッシュ政権のトップにはネオコンがいない、少
数派で権限も少ない」といっており、ネオコンっぽい政策に移った
のは連続テロ事件からだ、という反論をしている。これに対するツ
ッコミであるが、ネオコンの数は少ないにもかかわらず、彼らが政
権要所のポストを占めていて、声高な発言によって政権の内と外か
ら影響力を行使している事実はあるのだ。このへんの疑惑は、彼の
説明だけでは完全にぬぐい切れていない。

(2)の「〜(元)リベラルである」という発言は、初代ネオコンの元
締め、アーヴィング・クリストルが自分の本『ネオコンサヴァティ
ズム』(Neo-Conservatism)のなかで述べた有名なフレーズである
が、このような一般的な理解に対してブートはネオコンの歴史を簡
単に紹介し、「時代がすぎたために"転向したリベラル"というのは
もう正確ではない」「はじめからネオコンのやつもいる、普通の保
守と変わらない」と反論しているのだ。もちろんここでブートの言
う「普通の保守」というスタンダードが、そもそもかなり怪しいと
いうことは、間違いないのだが。

(3)はほぼ陰謀論のような質問であるが、「悪意のある神話だ」とし
てブートは全否定している。ところがここで注目なのは彼がイスラ
エルの右派政党であるリクード党とネオコンとのつながりをハッキ
リと認めていることである。しかしブートはこれに関連してネオコ
ンがイギリスの保守党や、他の国々の保守派(古森氏や田久保氏を
含む?)とつながっていることを強調しており、クリントンの時の
民主党だってイスラエルの労働党とつながっていたじゃないか!と
反論しているのである。その他にも多くのネオコンと呼ばれる人々
が(信仰している)ユダヤ人でないことや、イスラエルが武器を売
っている中国に対してネオコンは怒っていること、などを挙げて論
じている。

決定的なのが、ブートが「もしネオコンがリクード手下でブッシュ
政権を動かすとしたらアフガニスタンやイラクではなく、中東にお
いてイスラエル最大の脅威であるイランの政権交代を狙っただろう
」と言っていることである。これなどは「ネオコンはだからこそイ
ランへの前哨戦としてアフガニスタンとイラクに足がかりをつくっ
たんじゃないか!」とツッコミを入れることができる。アメリカ政
府の中東政策を地政学的な観点からみれば、アフガニスタン/イラ
ク政権すげかえは「イラン政権交代への序曲」以外のなにものでも
なく、相変わらずネオコンの願いはかなえられつつあるのだ。

(4)であるが、これもブートはネオコンの支援をしている財団などの
弱さから「ありえない」としている。たしかに彼のいうネオコン支
援財団の供給する資金は他に比べると少ないのだが、ネオコンたち
の絶対数が少ないことや、「アメリカ新世紀プロジェクト」
(PNAC)で署名を集めたメンバーのすごさ、それにネオコンも
入り込んでいるシンクタンク(とくにヘリティジ財団)を「非ネオ
コンのシンクタンクだ」と指摘しているところが怪しい。

ネオコン誌の発行部数が足りないとして他の政治雑誌の部数と比べ
ているがこれもナンセンスである。なぜなら彼が他の有力政治雑誌
としてあげたナショナル・レヴュー、ネーション、ニューリパブリ
ックの三誌には、ネーション誌をのぞいて多数のネオコンがもぐり
込んでいることが一目瞭然なのだ。

その他、(5)と(6)の質問では「そうだ」と肯定しており、北朝鮮と
イランをハッキリと「つぶすべき敵」と認識していることや、(7)の
質問に対しては「われわれの理想を実現するのに有効だったらいく
らでも協力していく」と今までにない柔軟な姿勢(ハッタリ?)を
見せていること、そして(8)の「ネオコン原理主義者論」に対しては
「いい加減にしてくれよ」と呆れながら、ネオコンの思想的源流と
いわれるトロツキーとレオ・シュトラウスの思想の解説を行って、
いかに今のネオコンと彼らの考えが違うのか、そして(9)のイラクの
失敗においては「まだ判断を下すのには早すぎる」と反論しつつ、
ブッシュ政権がちゃんと準備しなかったことを批判して、記事をま
とめているのだ。なんとも変わり身の早いものだと逆に感心してし
まうくらいだが。

▼まだまだツッコミを入れられるネオコンの議論
以上のように、ブートの最近の論文を元に、いかにネオコンの議論
というものがあやふやなものかを検証してみた。たしかに彼らの議
論は論理的であり、一見したところではかなり強そうなのだが、「
リアリストたちの反乱」で紹介した外交評議会(CFR)の公開討
論会においてリアリスト学者たちがデモンストレートしてくれたよ
うに、彼らの議論も実はかなり穴だらけで、素人でも十分ツッコミ
を入れられるような粗末なものまであるのだ。

しかしそんな彼らの議論でも、アメリカ国内や政府関係者の間では
依然として強い影響力をもっている。その強さはどこにあるのかと
いえば、やはりそれは彼らが「アメリカの使命」などを強調して、
国民や政府に心情的、感情的に否定できない議論を展開するからで
ある。よきにつけ悪きにつけ、かれらの強さはアメリカのナショナ
リズムを高揚せしめるアメリカ愛国主義的な議論を最大限に使って
いるのである。

私は決して愛国主義的な議論を全否定するものではなく、トインビ
ーなども論じているように、最後に歴史に残るのは、結局のところ
そういうものに啓発された「民族の精神」のようなものではないか
と、うすうす感じている。

ただし何においてもそうなのだが、度を過ぎるものはすべて有害で
ある。みのもんたの「思いっきりテレビ」や「あるある大事典」に
紹介された健康にいいものだって、食いすぎれば下痢をするのであ
る。アメリカはまさにネオコンのすすめる(ある程度は健康によい
かもしれない)「アメリカの理想主義」というものを激しく食いす
ぎたことによって、イラクで下痢をしているのかもしれない。

今回のブートの論文記事は、ネオコンという過激な「みのもんた」
たちが、自分たちの宣伝によって下痢が多発したことを覆い隠すた
めの弁明文として書いた面があることを、忘れてはならないのだ。
古森氏の記事だけ読んで表面だけわかったような気になるのは、実
は一番危ないのかもしれない。
==============================
(Tの編集部より)
コバケンさんの記事にある古森さんの産経記事を付けます。これは
Tの判断で付けましたので、著作権問題はTに発生します。

2004年02月05日(木) 
「ネオコン」呼称は不正確なレッテル 米保守派・若手外交研究者
が論文
(SANKEI)

【ワシントン=古森義久】「ネオコン」(新保守主義者)という言
葉は意味が不明なまま、反保守派からタカ派とみなされる人間に与
えられる不正確なレッテルだとする論文が、保守派の若手外交研究
者によりリベラル系の大手外交雑誌の最近号に発表された。
民主党リベラル派の研究機関「カーネギー国際平和財団」が発行す
る外交雑誌「フォーリン・ポリシー」一・二月号は、外交評議会研
究員のマックス・ブート氏の「ネオコンたち」と題する論文を掲載
した。

同論文は「ネオコン陰謀団がブッシュ政権の外交政策を乗っ取り、
世界唯一の超大国を一国主義のモンスターに変形させた? 一体、
何を言うのか」という書き出しで、ブート氏自身を含めネオコンと
呼ばれる人たちが反対派によりその政策や立場をゆがめられ、戯画
化された、と述べている。

同論文によると、本来の新保守主義者は一九六〇年代から七〇年に
かけて民主党の対外政策を軟弱とみなすにいたったリベラル派で、
多くは民主党を離れたが、なお社会福祉などの国内政策ではリベラ
ル的立場を保っていた。いまネオコンと呼ばれる人たちはこれに対
し民主党から転向したことはなく、国内政策も保守的で、「ネオ」
の表現は的外れだという。

同論文はこの結果、ネオコンという語はレッテルとしてタカ派的な
強硬路線を唱える人に無差別に与えられ、本来の意味から変質した
、として、だからネオコンと呼ばれる側はみなそのレッテルを受け
入れず、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官のように民主党の
対外現実派だったスクープ・ジャクソン上院議員の名を借り、「ジ
ャクソン派共和党員」と自称するという。

同論文はさらにネオコンという言葉が実体のない不正確なレッテル
だとして次のような点を指摘している。

(1)対外政策で米国の価値観を広め、国益を守るためには力の行
使も辞さずという思考は保守ではレーガン大統領に集約され、民主
党側でもウィルソン大統領がそれに近かったから、その種の思考を
ネオコン独占とするのは間違いであり、いまネオコンとされる人た
ちと保守派一般との違いは少ない。

(2)ブッシュ政権では、大統領はじめチェイニー副大統領、パウ
エル国務長官、ラムズフェルド国防長官、ライス大統領補佐官など
ネオコンのレッテルも適用できない人たちが中枢を占め、ダグラス
・ファイス国防次官らネオコンとされる人たちは少数で権限も少な
い。

(3)ブッシュ政権がアフガニスタンとイラクで武力を行使したの
は九・一一テロが理由であり、ネオコンの主張のためではない。
ネオコンとされる勢力は北朝鮮やイランの政権打倒を主張してきた
が、採用されていない。

(4)ネオコンの支柱だとされる研究機関「アメリカ新世紀プロジ
ェクト」は職員五人という超小規模で、ネオコンとされる人たちも
学者や官僚で政治的、財政的なパワーはまったくない。

同論文の筆者のブート氏は外交問題の若手専門家で保守本流、ある
いはレーガン保守派を自称している。


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