1521.「リアリストたちの反乱」(その十三)



byコバケン 04-1/29
	
▼反乱するリアリストたち
このコラムの題名でもある「リアリストたちの反乱」が、ついに形
となってあらわれたのは、アメリカのイラク侵攻が起こって半年以
上たってからである。これが去年(2003年)の10月に発足し
た「現実的な外交政策のための同盟」(Coalition for a Realistic 
Foreign Policy)という政治団体であることはすでに述べた。

この団体であるが、メディアによる紹介のされ方が、かなり偏った
ものであった。これはいくら強調されてもされ足りないくらいであ
る。というのも、この団体にはアメリカのリアリストの超一流たち
が中心メンバーとして加わっているという事実が、決定的に無視さ
れて報じられていたからである。

たしかにこの団体のホームページから総勢44人のメンバーを一目
見てみると、リアリストの学者たちよりも「メディア受け」しそう
な名前があり、その多くはリベラルと見られがちな人物たちである。

まず目立つのは、クリントン政権で国家安全保障会議の委員をつと
めたチャールズ・カプチャン(Charles Kupchan)である。

彼は日本でも最近「アメリカ時代の終わり」(The End of American 
Era:邦訳NHKブックス)という本で注目されて、日本の知識人の
一部では話題を集めた。しかしこの本で決定的に見落とされている
点は、これがアメリカの「地政学(地戦略)」を説いたものである
という点だ。詳細の説明は避けるが、「21世紀の米国対外政策と
地政学」(U.S. Foreign Policy and the Geopolitics of the 
Twenty-First Century)という副題が省略されているのは、なんと
も惜しい限りである。ちなみにカプチャンはこの本の中で、ミアシ
ャイマーの理論に対して批判的なことを書いている。

カプチャンは去年(2003年)、日本へ取材のために短期間訪れ
ていたようで、政治言論誌「諸君!」などでは彼のインタビュー記
事が載っていた。思想的にはアメリカとヨーロッパの協調を唱える
中道派なのだが、ヨーロッパ連合(EU)の勃興と、アメリカ自身
が国際社会へと関わるのを嫌がるようなって孤立主義に走ったり単
独行動したりすることがアメリカの没落につながって行くというこ
とを、リアリストのロジックと理想主義の理論を巧みに組み合わせ
て主張しているのが大きなポイントである。

カプチャンのような中道派の国際展開主義者だけではなく、もっと
左寄りの、いわゆるリベラルや環境系の対外政策専門家もいる。

これの代表的なのが「世界政策ジャーナル」(World Policy Journal
)のシェール・シュウェニガー(Sherle Schwenninger)や、シアト
ルにある環境派のシンクタンク、アレティア(Aretea)の研究員で
あるフィリップ・ゴールド(Philip Gold)やエリン・ソラロ(Erin 
Solaro)などだ。変わったところでは「通産省と日本の奇跡」とい
う、世界中の日本研究者(ジャパノロジスト)たち必読の論文を書
いたことで有名な、チャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson
)も加わっている。

元政治家もいる。なんと言っても注目なのは大統領候補にも名乗り
を上げたことがあるゲイリー・ハート(Sen. Gay Hart)元上院議員
で、彼は民主党でもややタカ派寄りに属する、ユダヤ系からの信頼
の厚い人物であった。元アラスカ州選出のマイク・グラヴェル
(Sen. Mike Gravel)もいる。

ところがここで強調されなければならないのは、なんとその半数以
上が、リアリストやリバータリアンなどの、保守系の人材によって
占められているという事実であろう。

この中でもとくに有名なのは、レーガン政権で特別アドバイザーを
務め、東アジアの外交政治にも詳しいダグ・バンドウ(Doug Bandow
)であるが、リバータリアンのケイトー研究所からはテッド・カー
ペンター(Ted Galen Carpenter)対外政策副代表、クリストファー
・プレブル代表(Christopher A. Preble)、チャールズ・ぺニャ
(Charles Pe?a)防衛政策代表の「御三家」が参加していることが
大きい。ケイトー研究所からは合計で五人の研究員が出ているのだ
が、その主な理由はこの研究所の対外政策代表であるプレブルが、
かなり強力なリーダーシップで同盟の結成を呼びかけた経緯がある
からである。

しかし圧巻なのは、なんといってもここに集結しているリアリスト
学者のメンバーである。「安全保障ジレンマ」(security dilemma)
という戦略用語で有名なロバート・ジャーヴィス(Robert Jervis)
、ジャック・スナイダー(Jack L. Snyder)、リチャード・ベッツ
(Richard K. Betts)のコロンビア大学トリオ、そしてマサチュー
セッツ工科大学(MIT)のスティーブン・ヴァンエヴェラ(Stephen 
Van Evera)とバリー・ポーゼン(Barry R. Posen)などなど、戦争
学や安全保障関連分野のスーパー・スペシャリストたちばかりであ
る。もちろん本コラムですでに紹介済みのミアシャイマー&ウォル
トのコンビも参加している。

ところが私がびっくりしたのは他でもない、このメンバーの中に、
ケネス・ウォルツ(Kenneth N. Waltz)の名前があったことである
。これを発見したときには、本当に驚いた。自分は思わず「うぉ〜
」という声を漏らしてしまったくらいである。

ウォルツは知る人ぞ知る、超有名リアリスト学者である。彼ほどの
学業的名声を集めたリアリストの学者は、現在生きている中では一
人もいない。ようやっとミアシャイマーが彼の足元に及んだかどう
か、というほどである。

彼の理論には、だいたい三つの名前がつけられている。「ディフェ
ンシヴ・リアリズム(Defensive Realism)」、「ストラクチュラル
・リアリズム(structural realism)」、もしくは「ネオ・リアリ
ズム(Neo-Realism)」である。呼び方は違っても中身は一緒であり
、古典的なリアリズムのように人間性に原因を求めるのではなく、
世界政治には一定の「ストラクチャー」(構造)があるとして、
ここから国際政治の権力闘争のモデルをつくりあげたのである。

ではなぜ彼の理論が「ディフェンシヴ・リアリズム」と呼ばれるの
か?これは意外に単純で、国際社会は構造的に無政府状態(アナー
キー)である、しかし国際社会の構造(Structure)のおかげで抑制
が働き、国家はとにかく「現状維持」をしようと考える、だから権
力争いによって力のバランスがとれて、消極的(ディフェンシヴ=
防御的)になるというのだ。どちらかといえば、その底には国際社
会の構造によって大規模な戦争は起こりにくくなるという、楽観論
が顔をのぞかせている。

これは「国家というのはどこまでも欲望を拡大させて覇権をにぎろ
うとするのだ!」というミアシャイマーの、悲観的で「攻撃的(オ
フェンシヴ)」な理論とは対照的である。もちろんミアシャイマー
もウォルツのように「国際社会には構造がある」と考えている点で
は同じなのだが、大国はそこから生き残るためにパワーをどんどん
拡大していく、と考えている点がウォルツと決定的に違う。

ウォルツの主著は三冊ある。一冊目は『人、国家、そして戦争
(Men, the State, and War)』という本で、これは戦争の原因を、
西洋の古典などの歴史的な著作の言葉を縦横無尽にあやつって圧倒
的な語り口で述べたものである。国際関係論の中では、すでに古典
扱いされている。

二つ目は『国際政治の理論(Theory of International Politics)
』である。ずいぶんシンプルな名前だが、この本によってウォルツ
は自分の防御的/構造的な、あたらしい国際力学の理論体系を構築
して金字塔を建てたのだ。これによりウォルツは第二次大戦後の国
際関係論では最大の業績をあげたと考えられており、新しいパラダ
イム(思考体系)を作り上げたとまでさえ言われている。この本の
中でウォルツが自分の理論のエッセンスを論じている第五章と第六
章は、欧米で国際政治を学ぶ学生たちにとっては絶対必読文献であ
る。ここを読んだことがないという奴は、まるで日本史の専攻なの
に「明治維新を知らない」と言っているのとおなじくらいモグリな
のだ。

ちなみにこの本の題名からわかるのは、「国際関係論」
(International Relations)という学問の理論には、ウォルツにと
ってはリアリズム=現実主義ひとつしかありえない、と考えている
ことだ。日本の学者たちは決して認めたがらないのだが、国際関係
論という学問で一番強い学派/理論は、誰がなんと言おうと「現実
主義=リアリズム」なのである。

「いや、違う!」と言いたい気持ちはわかる。しかし事実は事実な
のである。これを承知のウォルツは、あえて批判を受けることを覚
悟しながら「国際関係論には、これ(リアリズム)以外の理論はあ
りえないのだ!」と、自分の本の名前にして宣言したのである。

ウォルツの三冊目は「核兵器の拡散(The Spread of Nuclear Weapons
: A Debate)」である。これはウォルツとリベラル派の学者スコッ
ト・セイガン(Scott D. Sagan)との共著であり、その内容はこの
問題について二人が交わしているディベートの書簡のやりとりを、
そのまま収録したものである。

日本では文春が出している政治誌の「諸君!」の94年4月号に彼
の「日本核武装論」がのって話題になったことからもわかるが、リ
アリストのウォルツは、この本のなかで大胆にも「核兵器は拡散し
たほうが世界平和につながる」という、気の弱い日本の学者だった
ら腰を抜かして驚くような仰天の主張をしている。一方のセイガン
は、もちろん当たり前のように、「そんな危ないもんバラ撒いたら
、ダメに決まっているやんけ!」と大反論している。

こんな本が売られること自体、核アレルギーの強い日本ではとうて
い考えられないのだが、欧米ではこれが真面目なアカデミックの本
として売られており、しかもこの分野の本としては文句なく必読文
献である。国際関係の政治学の授業では、なんとこの一冊をネタに
して核問題を話し合うコースが、どこの大学の政治学のコースでも
必ず一つはあるのだ。

これは筆者が実際に見ており、自信を持って言えるのだが、欧米の
州立ぐらいの規模の大学にいけば、この本が政治学の教科書や副読
本として、大学のブックストアで当たり前のように売られているの
である。当然のようにこの分野の本としては売れており、第二版ま
でしっかり出ている。

ここまできて冷静に考えると、ウォルツ(ディフェンシヴ)とミア
シャイマー(オフェンシヴ)の両リアリスト理論の大家、それに加
えて他のリアリスト学者の大スターたちが勢ぞろいしたこの「現実
的な外交政策のための同盟」という団体は、必ずやアカデミック史
に残る動きであることがわかる。あと何十年かして、国際関係論の
教科書にこの「事件」が載ることは確実なのだ。

このようなリアリストの超有名学者たちが、アメリカのイラク侵攻
を一緒になって反対するのはなぜか?もちろん「ベトナム化」や「
帝国化」による「国益の喪失」なのだが、その底には共通してひと
つの重要なロジックが潜んでいた。

それは「地政学」(Geopolitics)である。

★次週、怒涛の最終回へとつづく

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