1506.「リアリストたちの反乱」(その十一)



byコバケン 04-1/15
	
▼最終弁論の「隠し玉」
前稿では、会場の観客とパネリストたちの質疑応答の様子を書いた
。ミアシャイマーの「国連クソ食らえ論」、そしてブートの「北朝
鮮はイラクと状況がちょっと違う」という歯切れの悪い受け答えに
よって、両派の立場の違いがあらためて鮮やかに浮かび上がったの
だが、これが終わるといよいよ討論会は「最終弁論」
(the closing comments)の時間に突入した。

ここではどういうことをするのかというと、各パネリストたちがそ
れぞれ五分ほどの短い時間を使って、最後の主張をするのだ。これ
を日本の選挙戦でたとえるなら、ここで各自の候補者たちは「最後
のお願い」をするのだ。再び司会者のゲルプ会長が出てきて、最終
弁論はネオコンのブート、リアリストのミアシャイマー、ネオコン
のクリストル、そしてリアリストのウォルトの順で行われることが
宣言された。これは討論会のはじめに行われたのとはまったく逆の
順番であり、あくまでも形式にのっとって議論を公平に行おうとい
う主催者側の姿勢がうかがえる。

ところがゲルプ会長はここでちょっと驚くべきことを付け加えた。
なんとこの四人の「最後のお願い」が終わったあとで、挙手(立席
)でどちらの陣営の議論が説得力あるものだったかを会場の観客た
ちに投票をして決めてもらう、というのだ。いわば、お客さんに多
数決でディベートの勝負をつけてもらうということである。

実はこの「ネオコン」対「リアリスト」の討論会の前にも、この
CFRのイベントではコソボ介入やNATO(北大西洋条約機構)
の東方拡大の是非をめぐって討論会が行われており、最後にはこの
ような投票をして勝負を決めていたらしいのだ。ゲルプ会長は今回
もこの投票をやってみようというのである。

前回の討論会のときのメンバーもスゴイ。NATO東方拡大支持を
主張したのはクリントン政権でアメリカの国連大使を務めたリチャ
ード・ホルブルック(Richard Holbrooke)であり、それに反対の意
見を述べたのがジョンズ・ホプキンズ大学の外交政策の教授であり
、CFRの上級研究員でもあるマイケル・マンデルバウム
(Michael Mandelbaum)の二人である。彼らの略歴については語り
つくせぬほど色々あって本当に面白いのだが、本稿ではスペースの
関係から省略せざるを得ない。

ちなみにこのときの勝負は、NATO拡大支持派のホルブルックが
反対派のマンデルバウムに1対3で負けて決着がついている。とこ
ろが「実際にアメリカ政府によって採択されたのはホルブルックの
政策だったよ」とゲルプ会長が言ったので、会場からは笑いがもれ
た。ここで議論して勝っても実際に政権にその政策が使ってもらえ
るかはわからない、という軽い皮肉なのである。

▼最終弁論の火花
とうとう最終弁論がはじまった。最初は若手ネオコンの雄、マック
ス・ブートからである。彼はまず軽い冗談から入った。ブートはい
きなり「皆さんにはわれわれ(ネオコン)の側の投票してもらうた
めに、ここで出血大サービスします。100ドル札をみなさんにお
配りします!」と宣言したのである。かなり寒目の冗談(?)だっ
たのだが、会場から多少の笑いはとれた。

ところがここでゲルプ会長は機転をきかせ、「私のアシスタントだ
ったら受け取るね」といってさらに会場の笑いをさそった。なかな
か気の効いたおじさんである。人間の本当の頭のよさというのは、
こういうところにあらわれる。

最終弁論の時間は短かったようで、各論者たちは手短に自分の論点
を述べることが求められた。早口のブートもこれに従って、以下の
ような三つのポイントに話を集約させてしゃべりはじめた。

@イラクを封じ込めておくためのコストが問題だ。
Aここでイラクに攻め込んでおかないとアメリカの信頼性が崩壊す
  る。
B「抑止」政策は効果がない。

@については彼もすでに述べていたが、彼がここでいう「コスト」
とは、駐留派遣軍にかかる経済的な値段というよりも、むしろ政治
や安全保障面での値段のことを暗示している。Aは国連の決議をア
メリカの力で実行せよ、クラウトハマーのいうように紙(ペイパー
)ではなく力(パワー)で行け!さもないとアメリカの威信がゆら
いでしまうぞ!ということだ。Bについて、ブートは抑止政策が効
かなかった例として日本の真珠湾攻撃、北朝鮮(と中共)による朝
鮮戦争、そしてアル・カイダによるニューヨーク連続テロ事件を挙
げており、しかも抑止政策が効いたかどうかというのはアメリカが
攻撃を受ける瞬間までわからないぞと主張してたのである。日本を
持ち出すのはいい加減にしてほしいのだが、とにかくこのような内
容でブートは最後の議論を終えた。

次はミアシャイマーの番である。彼は「なぜアメリカが戦争にいか
なければならないんだ?国連のためか?正当な理由はあるのか?人
権のためか?」「国益のための戦略的な理由がなければダメだ」「
われわれはフセインを封じ込めることができるし、何度でも言うが
ソ連に対しては45年間も封じ込めたじゃないか!」とつづけざま
に述べた。これに加えて、すでに発表していた論文でも主張してい
たように「フセインはそれほど侵略的ではない」という点を強調し
て、「ナポレオンやヒトラーと比べてみろ!」といったのだ。たし
かにこの二人の人物ほどはフセインは「侵略好き」ではない。

そしてミアシャイマーはまたしても会場を爆笑の渦に巻き込んだ。
彼はフセインが91年の湾岸戦争終了の時点ですでにキバを抜かれ
ていたと主張してから、戦争前の駐イラク大使のエイプリル・グラ
スピー(April Glaspie)の代わりに私(ミアシャイマー自身)がフ
セインと交渉にあたっていれば、湾岸戦争なんかそもそもはじめか
ら起こっていなかったんだ、フセインなんかとっくに押さえ込んで
いたんだ!と言ったのである。

このグラスピーという女性大使なのだが、イラクがクウェートを侵
攻する直前に「アメリカはこの問題にタッチしません」と発言して
しまい、フセインのクウェート侵攻への欲望に火をつけたとして、
外交的に大失敗をしたことになっている。しかし陰謀論では彼女が
わざとそういう発言をしてフセインをはめたということが言われて
おり、真相はもちろん闇の中だ。

ようするにミアシャイマーがここで言いたかったのは、ワザワザ戦
争を引き起こすようなアホな発言をする女なんかよりは、ハードな
リアリストの俺様に外交交渉を任せりゃ良かったんだ!ということ
を言ったのである。もちろんこれを聞いた会場は大爆笑である。

▼負けを認めたネオコン
この爆笑発言のあと、ミアシャイマーは「イラクに侵攻して長いこ
と居座るようになるとアメリカは中東を植民地化していると受け取
られかねない」ということを述べた。いわゆるアメリカのイメージ
が中東で最悪になる、というわけであり、これによって反米化した
人々の中から第二・第三のオサマ・ビン・ラディンがどんどん生ま
れてくるようになると主張したのだ。ここまでしゃべって、ミアシ
ャイマーは最後の発言を終了させた。

この次はネオコンの首領、ビル・クリストルの番である。彼はこの
ままではミアシャイマーの議論には勝てないと観念したようで、逆
にスッキリした顔をしている。司会のゲルプ会長がミアシャイマー
の発言のあとにつづいて「ビル、君もエイプリル・ガレスピーを阻
止するためにジョン(ミアシャイマー)を派遣しますか?」と振っ
てきたのに反応して、「そうですねぇ、今だったらミアシャイマー
氏をバグダッドに派遣しますよ」とニヤニヤしながら受け答えたの
である。これには会場も爆笑した。ミアシャイマーもゲラゲラ笑っ
ている。

そしてネオコンが自分たちの負けを認める瞬間がとうとうきた。ク
リストルはややはにかみながら「マックス(ブート)と僕はこの討
論に負けそうですが、でもわれわれの政策は実行されそうですね」
と言ったのである。「でも、私はここで負けても誇りに思います。
なぜならホルブルック氏のように議論には負けても彼の主張してい
たNATOの東方拡大政策は採用されたし、たしかに彼の主張した
ことは正しいことでしたから」とリアリストたちに対して最後の一
矢を報いる姿勢を見せつつ、「あそこでアメリカが行かなかったら
バルカン半島はどうなっていたんですか?」とまくしたてたのであ
る。議論で負けても政策では勝つ、という妙な自信が見え隠れして
いる。

クリストルは最後に、今の中東政策でのアメリカの「現状維持」
(a status quo)を目指す戦略は結局のところは高くつくのだ、中
東はどんどん危険な場所になっているのだと主張して、発言を終え
た。

▼リアリストのダメ押し
クリストルにつづいて本討論会の最終弁論のトリをつとめたのは、
ハーバード大学のリアリスト教授、スティーブン・ウォルトである
。彼はまずクリストルの最後の発言の中の「中東はどんどん危険な
場所になっている」という部分には「そうだ、たしかに中東は危険
だ」と同意しながら、「だが封じ込め作戦をやってもこれ以上は悪
くはならない」と反論をはじめたのである。

それに続いて、ウォルトは「負けたかもしれない」と認めたネオコ
ンたちに対して、さらなる追い討ちをかけた。どうしたのかという
と、ネオコンたちがイラクの脅威をことさら強調するという「脅し
戦術」(scare tactics)を使っている、と痛烈に批判したのだ。

この「脅し戦術」というのは、簡単に言えば人の恐怖感につけこん
で無理やり納得させる議論のやりかたのことである。卑近な例では
「これを食べなきゃ太ります!」というダイエットの広告みたいな
ものもそうだし、親が子供をしつけるときに「騒いでいると、恐い
オジサンが来るわよ!」というのも、大きくみれば「脅し戦術」の
一種である。

ウォルトはイラクの脅威をやたらと強調するネオコンたちの議論は
、結局のところはこの「脅し戦術」なのだ、しかもこの戦術はよい
議論ができない時に限って使われるものなのだ、と指摘したのであ
る。まさにネオコンたちにとっては手痛い追い討ちである。ほぼト
ドメをさしたと言ってもいい。

ウォルトはその他にも、「国連の安全保障理事会で承認されなくて
も戦争に行く!と言ってしまったアメリカが、いまさら国連決議を
守るためにイラクに攻め込むのは矛盾じゃないか?」ということと
、「イラク侵攻は軍事的には短期間で成功するかもしれない。しか
し少しでもうまく行かない部分が出てきたら世界中から政策の失敗
と受け取られてしまう」ということ、そして最後に「民主主義を他
国に押し付けても成功するかどうかは歴史的にもハッキリした答え
が出ていない。やはり民主主義というのは、外から押し付けられる
ものではなくて内側から生まれて来なければならないものだ!」と
主張して、議論を終えたのである。

★以下、次号に続く。


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