1500.「リアリストたちの反乱」(その十)



byコバケン 04-1/9
	
▼フォックスニュースの質問
ミアシャイマーが地雷をしかけてネオコンのクリストルを自爆させ
、ラベル貼り(name calling)によって赤っ恥をかかせたことまで
は、前稿までに述べた。このあと観客との質疑応答がはじまったの
だが、このなかでも注目すべきなのは、国連関係の質問に対するミ
アシャイマーの回答と、北朝鮮関連の質問に対するネオコンたちの
答えである。この二つの質問こそが、ネオコンとリアリスト学者た
ちの違いを大きく浮き立たせたからである。

まずはフォックスニュースの女性記者がミアシャイマーにした質問
である。彼女はこの討論会で、国連決議に関することが全く議論さ
れていなかったことについて疑問を投げかけた。

「国連決議1441(2002年11月8日採択)は第一次湾岸戦
争からイラクに関する17個目の決議なんですが、フセインは傲慢
にもそのすべてを無視しつづけてます。ここで(リアリストの)教
授たちにお伺いしますが、アメリカの力によってこれらの決議案を
実行させる時が来たというお考えは無いのでしょうか」

余談だが、フォックス(FOX)というネットワークは、言うまで
もなく世界のメディア王、ルパート・マードック(Rupert Murdoch
)の支配下にあり、政治的にはネオコンを支援している。ネオコン
のクリストルが主宰する「ウィークリー・スタンダード」
(The Weekly Standard)は、マードックが持つニューズコープ
(News Corporation)が出している雑誌である。このへんの話は、
このコラムを読むほどの見識の高い皆さんにとっては、もう当たり
前の話かもしれない。

質問をしたフォックスニュースの彼女も「フォックス=マードック
=ネオコン支持」という公式から、当然この討論会ではリアリスト
の学者に対する目が厳しくなる。だから彼女はリアリストの学者二
人に対して、少々挑戦的な質問をしたのである。このような公式の
討論会ではきちっとした質問をすることができるというのは、それ
に対してきちっと答えられることよりも、えてして大きい攻撃にな
る。

ちなみに先日放送された新年の最初の「朝まで生テレビ」(テレビ
朝日系列)では、番組中の視聴者アンケートとして「日米安保か、
それとも国連か」というのがあったが、あれはかなりレベルが低い
アホな質問だった。こういうあいまいな質問設定をしているから、
視聴者もわけがわからなくなるのである。良い質問は、良い答えよ
りもはるかに価値があるのである。

▼リアリストにとって国連とは?
ではなぜ彼女の質問が少々挑戦的で鋭かったのか。それはミアシャ
イマーたちが「反戦だけど国連もキライ」であるということをバラ
してしまうように仕向けてあったからである。日本ほどではないが
、国際協調の象徴である国連を軽視する発言をするというのは、や
はりアメリカ国内でもとくにメディアやアカデミックの世界ではや
や勇気のいることである。

ところがそんな質問でもミアシャイマーは全くひるむ様子がない。
「それは素晴らしい、よくぞ質問してくれた」と言ってから、彼は
こう答えた。「国連という機関は素晴らしいとは思いますが、国連
を守るためとか、国連決議案を実行するためにアメリカが戦争に行
くというのは、いかなる状況であったとしても私は反対です。」

ではどういう状況ならアメリカは戦争に行くべきなのか?ミアシャ
イマーはこう言い放った。「たった一つの状況です。それはアメリ
カの国益がかかっているときです。」「だってアメリカ人を死に行
かせるんですよ?当然でしょ?戦略的に重要だからこそ、命を賭け
る価値があるんですよ。」

まさに国益主義者のリアリストならではの、スッキリした答えであ
る。フォックスニュースの女性記者が「反戦なのだから、当然のご
とく国連重視なんだろう」ということで質問したのだが、ミアシャ
イマーはそれをアッサリはねのけた。すべては「国益にかなうかど
うか」であり、「今回のイラク侵攻は国益にならない、だから反対
だ」ということなのだ。とてもわかりやすい。

▼日本の「国連神格化」現象
当たり前だが、今回のイラク派遣の際に、日本ではこういう議論が
ほとんど出てこなかった。右派は「アメリカとの同盟」「国際社会
での責任を果たす」という論点を強調し、左派は「国連および国際
社会からの承諾を受けていない」の一点張りである。これからわか
るのは、日本にとって重要なのは「他国から日本がどう思われるか
」というこの一点だけだ、ということだ。気になるのは他人の目と
いうことであり、「自分たちの運命は自分たちで決める!」という
気概が全く感じられない。

周囲の目は気になる、じゃあみんなでやれば怖くない、だったらみ
んなが参加している国連が重要だ!だったら国連を優先にしてやり
ましょう、ということなのだ。日本ではこういう「空気」が世論を
支配しているため、知識人の間でさえ、「イラク戦争は日本の国益
になるのかどうか」という議論はほとんど出なかったのである。

ところがアメリカでは日本ほど国連が「神格化」していないので、
ミアシャイマーのような「国連何するものぞ」という雰囲気が保守
派の中で強い。よって、日本と違って「国連抜きの国益追求」につ
いても語れる環境があるのだ。なんともうらやましい限りである。

とくにリアリストという人種は、国連(連合国=the United Nations)
のような国際機関が紛争を解決できるとはほとんど考えていないこ
とがミソだ。なぜなら「国連」という機関自体に力(=軍事力、パ
ワー)がないから、と見るからである。なにを言う、国連には「平
和維持軍」というのがあるじゃないかという意見もあるかもしれな
いが、あれは国連参加国の軍隊のメンバーを寄せ集めただけにすぎ
ない。その「国連軍」の基本要素は、やはり各国から出される兵隊
なのだ。

リアリストたちの「国連クソ食らえ」という態度は今に始まったこ
とではない。この理論が出てきた背景には、20世紀初頭のアメリ
カ大統領であるウィルソンが、自らの理想主義(idealism)に燃え
て作った「国際連盟」(League of Nations)が大失敗に終わり、第
二次大戦の勃発を防げなかったことにある。

ここで「ほれ見たことか!」と怒ったのが、イギリスのE.H.カ
ーを代表とする現実主義者(リアリスト)だった。彼らは国際連盟
のような国際機関の力よりも、国々の間に自然に働く勢力均衡(バ
ランス・オブ・パワー)を重視し、これが戦後に「各国の外交努力
」を強調するハンス・モーゲンソーや「国際システム」を強調する
ケネス・ウォルツへと受け継がれてミアシャイマーに至るのである。

ミアシャイマーは94年の冬に「国際機関の間違った約束」
(The False Promise of International Institutions)という論文
のなかで「国際機関万歳という理論(liberal institutionalism)
がいかに間違っているか」と徹底的に論じて、学界に衝撃を与えた
前科がある。事実上の「国連なんかダメだ宣言」である。日本でこ
ういう論戦を張れば、確実に村八分であろう。

このような考えかたは、国際機関などの役割をとくに重視するジョ
セフ・"ソフトパワー"・ナイ元国防次官補とは対照的である。そう
いえば彼はつい先日(一月六日)にも日経新聞に大きな記事を寄せ
ており、「日本のソフトパワー」について延々と書いていた。

▼北朝鮮とネオコン
ミアシャイマーが答えたあと、いよいよ観客からの最後の質問では
、ニューヨーク大学の教授からネオコンに向けて、短いながらもか
なり鋭い質問が出た。「ネオコンさん、あんたら非情な独裁者フセ
インを倒せ!というてますが、ほんなら北朝鮮も同じでしょ?じゃ
あ何で攻撃しないの?これって論理的に矛盾しているんじゃないの
?」ということである。これはすでにミアシャイマーも同じような
ことをすでに討論の中で指摘していたことは、本稿でもすでに述べ
たとおりである。

これに対して答えたのは、クリストルではなく相方のマックス・ブ
ートであった。彼は「私はもちろん北朝鮮の独裁者(金正日)も倒
すべきだと思ってますよ。そういう点ではまだまだブッシュ政権は
甘いと思います」と、かなりタカ派なことを言い放ったのである。
おおっ、では北朝鮮に攻め込むつもりなのか、ネオコン?!

ところが答えているうちに、ブートは段々トーンダウンしてきてし
まった。韓国や北朝鮮から出てくると思われる難民の問題、そして
すでに持っていると思われる核兵器など、とにかくリスクが大きす
ぎる。よって北朝鮮の問題は経済制裁や周辺国、とくに中国を巻き
込んだ外交によって対処すべきだというのである。

なんだかイラク攻撃を唱える時と比べると、ずいぶんとインパクト
に欠ける論理になってきた。やはりイラクを北朝鮮と比べられるこ
とは、ネオコンにとっての最大の弱点なのである。

★以下、次号に続く。


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