1465.「リアリストたちの反乱」(その五)



byコバケン 03-12/02
	
▼クリストルの「捨て台詞」
前稿で書き忘れたことがある。クリストルがイラク攻撃・賛成論を
述べたときの、最後の一言である。

クリストルはご存知のとおり、「イラクの(核兵器による)脅威が
ある世界で生きるのはまっぴらごめんだ!」という主張して議論を
まとめたのであるが、その議論を締める最後の最後で、けっこう意
味深な発言をしているのだ。

彼が実際になんと言ったのか。これを原語でそのまま抜き出してみ
ると、かなりスゴイことをいっていたことがわかる。

"I think we can act to remove Saddam, I think we should and 
I think we will."

「我々はフセイン追い出しを実行できると思います。やるべきだと
思いますし、やるでしょう」

この最後の「やるでしょう」(I think we will)とは何なのか。鋭
い人はこのクリストルの「ボケ」に、思いっきり強烈な「ツッコミ
」をかまさなければならない。ここで思い出していただきたいのは
、この討論会がおこなわれたのがイラク攻撃のはじまる一ヶ月以上
前だ、という事実である。

▼すでに計画されていた軍事行動
クリストルの言葉が何を意味するかは、もうみなさんもおわかりだ
ろう。イラク攻撃は一ヶ月以上前から、すでに「やる」ということ
が決定していた、ということであり、クリストルはこれをネオコン
仲間から聞いて知っていた、ということである。

たしかにひとつの軍隊を、しかも長期にわたって海外に派遣するた
めには膨大な人員を動かさなければならないし、それには綿密に練
られたかなり細かいプランが必要で、準備にはかなりの時間がかか
る。世界最大規模を誇るアメリカ軍を、特定の地域に一気に集結さ
せて作戦通りに行動させるとなると、何ヶ月も前からその作戦が練
られていたと考えなければ、つじつまが合わないのだ。

まずどうやってバグダッドを攻め落とすのか、からはじまり、兵站
・輸送の問題をどうするのか、どう石油施設を守るのか、どのよう
な作業を他の同盟軍にやらせるのか、どのような復興計画を実行す
るのかなどなど、その細かい下準備の計画まで含めれば、とても一
ヶ月ちょっとでできるわけがないのである。これから考えると、イ
ラク侵攻はかなり以前からこのタイミングでおこなわれることがす
でに決定していたと見ていい。

これを裏付ける証拠も出始めている。アメリカの国務省では、今回
のイラク戦争のはじまる一年ほど前から、政権交代後のイラク統治
に関する非公式の研究をかなり頻繁におこないはじめていた。この
ときのプランを練っていたのが、現在は外交評議会の会長をつとめ
るリチャード・ハース(Richard Haas)である。

アフガニスタン侵攻の時もそうである。2001年の9月にニュー
ヨークで起こった連続テロ事件の直後、アメリカはタリバンに対し
てすぐに軍事行動をおこなったが、これもかなり以前からアメリカ
はテロ事件が起こることを知っており、その反撃として攻撃を計画
していたとしか考えられないようなすばやいタイミングだった。

こういうことをいうと、「陰謀論を唱えている」と勘違いする人も
いるかもしれないが、何万もの人や武器をひとつの地域に集めて戦
争をすることがいかに手のかかる準備や作業を必要とするのか考え
てみれば、一発でわかる。

幹事などをやったことのある人はわかると思うが、たった二・三日
の社員旅行の準備でさえあれほど大変なのである。ましてや人の命
がかかわってくる軍事行動を、何万人規模で行うアメリカ軍である
。時間がかかるのはあたりまえであり、相当前から準備しておかな
いと、とても間に合わないのだ。

▼ミアシャイマーの反撃
このような「意味深な捨て台詞」を残したネオコンのクリストルに
代わって登場したのが、アメリカ最強のリアリスト学者、ジョン・
ミアシャイマー教授である。

ミアシャイマーはまずクリストルの発言を引き合いに出して、今回
の議論のメインテーマが「大量破壊兵器」(WMD)であり、しか
も生物/化学兵器ではなくて、核兵器の抑止力の問題だと指摘した。

リアリストの学者にとって核兵器の抑止力について議論するという
のは、強いて言えばドラえもんがドラ焼きについて語るようなもの
である。ようするに彼らの大好物であり、超得意分野なのだ。これ
は自分の得意分野に議論を引き込んだ、ミアシャイマ―の作戦勝ち
である。

核兵器の抑止力の問題であることを宣言したミアシャイマーは、間
髪を入れず、ここでわれわれに突き詰められた問題は「核兵器を手
に入れたサダム・フセインを、アメリカは封じ込めることが出来る
のか?」である、とずばり言いのけた。この答えが「イエス」か「
ノー」か、ここが一番の問題なのだと迫ってきたのである。

もちろんミアシャイマーの答えは「イエス」であり「封じ込めるこ
とができる」と言い切った。そして最初に発言したウォルトと同じ
ように、冷戦時代にアメリカがソ連を封じ込めて成功した例を引き
合いに出して、以下のように語りはじめたのである。

「冷戦時代を考えてみろ、我々はピーク時に4万発以上の核弾頭を持
っていたソ連を、45年間も封じ込めたじゃないか」「しかもソ連
はフルシチョフやスターリンのような非情な独裁者たちのよって統
治されていたんですよ」「ブッシュ大統領やライス補佐官なんかが
『フセインが核兵器で我々を恐喝する』とか言っているが、あんな
に核弾頭をもっていたソ連が我々を恐喝できなかったのに、フセイ
ンだけが我々を恐喝できるというのは、やっぱりおかしいでしょう」

このように、ミアシャイマーは非常にハッキリとわかりやすい英語
で、ネオコン側がフセインの脅威を誇張していることをまずビシッ
と指摘したのである。

ミアシャイマーは次に、ネオコンの得意な「使命」「正義」という
アメリカ人の愛国心に訴えかける議論を粉砕することに取り掛かっ
た。一体どういう発言をしたのかというと、なんとアメリカが日本
に対しておこなった悪行を、次々と述べ始めたのである。

「ビル(クリストル)はアメリカがイラクに対して大量破壊兵器で
報復するかどうかわからないと言っておりましたが、みなさん、よ
く思い出してほしい。この世界の歴史で、他国に対して核兵器を使
ったのはただ一国、われわれアメリカなんですよ!」

ほぼ爆弾発言であると言っていい。少なくとも歴史を知らない今の
アメリカの若者たちにとっては、かなり耳に痛い議論であろう。
さらにミアシャイマーはつづける。

「われわれに正義があるとは考えるな!我々は、恐ろしい国なんだ
!」「だから他のどの国も、アメリカに対して大量破壊兵器を使お
うとはしないんだ!」このような議論から、ミアシャイマーは「わ
れわれには核兵器という抑止力がある、だからイラクを封じ込めら
れるのだ!」と言いたいのである。

こういう議論の仕方は、ネオコンにはできない。ネオコンは「われ
われは常に正義の味方だ!」と考えていたい人々であり、「まず我
々が正義である」という前提から議論をはじめているのである。

ところがリアリストのミアシャイマーは「世界は国益の計算だけで
動いている」と冷静に考えているため、「アメリカの『使命』や『
正義』とかごちゃごちゃいうな!」「我々が持っている核兵器と軍
事力が怖いから、奴らは反抗してこないのだ!」という冷酷な事実
の確認から、議論をはじめたのである。

リアリストにとってなによりも重要なのは、あくまでも「事実」な
のである。彼らは体の芯から「リアリスト」(現実主義者)なので
、事実や物的な証拠という現実的なもの以外には、まったく目もく
れないのだ。ネオコンがよく使う「アメリカの使命」や「正義」な
どは、彼らにとっては問題外の話なのである。

よってリアリストにすれば、ネオコンの前提である「正義」という
幻想を叩きのめすことなど、赤子の手をひねるよりも簡単なのだ。

★以下、次号に続く。


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