1461.日本文明の真の意味



日本文明の真の意味を知る

日本人は、自らの宗教観についても、認識しなければならない。

思うに、一神教の西洋人と、多神教の東洋人なかんずく日本人との
間には、世界観に大きな違いがある。例えば、英語では、「神の意
思」を表すShall(Shallは Thou  Shaltが変化したものであり、
I shall returnとはI am ordered by God to return.という意味で
ある。)という助動詞があり、自己(自我)は常に神(絶対者)と
垂直に繋がっているという意識が基盤になる。英語の「人」を指す
Manという言葉は「絶対者たる神=造物主(The Creator)」によって
つくられた被造物という意味がある。一方、東洋では、「人」とい
う文字が、人と人が支えあうという形から生まれたごとく、絶対者
を基盤とせず、人間の存在は他者との関わりの中で認識される、相
対的なものである。この違いを認識することが、国際社会と関る上
での基盤であろうが、十分に意識されているとはいえない。この世
界観、人間観の違いが、ベネディクトの「菊と刀」によって分析さ
れた、絶対者との関係による罪の文化、と相対的な他者との関係で
ある恥の文化ということになる。

以下は、アルバート・アインシュタイン博士が1922年11月16日から
40日間日本に滞在して残した言葉である。 西洋の偉大な科学者が、
東洋、とりわけ日本の高い精神性に期待したという。「世界は進む
だけ進み、その間に、何度も闘争を繰り返すであろう。そして、そ
の闘争に疲れはてるときが来る。そのとき、世界人類は平和を求め
、そのための世界の盟主が必要になる。その盟主とは、アジアに始
まって、アジアに帰る。そして、アジアの最高峰、日本に立ち返ら
ねばならない。我々は神に感謝する。天が我々人類に日本という国
をつくってくれたことを」

旧約聖書の十戒が殺すなかれで始まっていることは、一神教徒の精
神性を知る手がかりである。日本人の原点とされる十七条憲法の第
一項が和の尊さであることは彼らと比べて、日本人の精神性の高さ
を物語る。日本人の精神性を語る上で、神道的多様性(八百万の神
々)という思想は重要である。それぞれがそれぞれに貴いものを持
ちながら、みんなで一緒に調和しつつ、しかもその全体が最適にな
る社会をつくるのだという発想が、日本人の原点にある考え方のだ。
砂漠の神を戴く一神教及び金融資本にフリーハンドを与えた結果、
部分最適と個人の利益が極大化した結果、世界環境は重大な危機を
迎えている。彼ら自身のパラダイムで現代の諸問題は解決できない。
新たなパラダイムは我々日本人が提案して示していかなければなら
ない。イラク戦争で一神教の相克が顕在化し、アルマゲドンが現実
味をもちだした今日、日本こそが、ランドパワーを内部に包摂し、
しかもシーパワーの論理性をも兼ね備えた文明を世界に示しうる。
冒頭で紹介した多神教に依拠する縄文と弥生の頃から日本の歴史は
両者の対決から止揚というパターンをとった。近代のパラダイムを
相克することは、世界に唯一の多神教シーパワー日本にしかできな
い。現代において、日本こそが人間と自然や社会の発展を高い次元
で両立させているのであり、基盤である最古、最長の文明の縄文が
一万年以上に渡って自然と調和を保ち持続的発展を遂げた意義を
再度見直さなければならない。上記のアインシュタインの言葉は
この文脈で理解すべきである。

今こそ世界レベルでシーパワー諸国に日本の文明史的意義を訴え、
理解、実践させるべき時なのである。環太平洋連合樹立の真の意味
はここにある。

古代日本人にとって大事なことは、「清き明(あか)き心」だった
。「清明心」とも言うが、これは、自然のように清らかで、他人に
対して隠すことのない心、そして神に対しても欺くことのない心、
と考えられていた。他人に隠すような偽りの心を「濁(きたな)き
心」、また、自分勝手な心を「私心(わたくしごころ)」というが
、こういったものを捨ててしまった状態が望ましい、と考えた。「
清き明き心」を持つことで、情愛に満ちた人々の融和が可能だとさ
れたのだ。この自然を含む他者との融和の精神は、今後の世界、特
にシーパワーにとっての鍵になる概念と考える。
satoblue01@aurora.ocn.ne.jp
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□■ イラク派遣には、大義を立てよ ■□

「四海に大義を布かんのみ」
これは、幕末の志士の一人で坂本竜馬等に思想的影響を与えた横井
小楠が、明治維新前夜に在るべき外交の要諦を述べた言葉である。
筆者は、ここに述べられた「大義」と長期的な国益とが外交の2本
柱で在るべきと考える。

さて、今政府がイラクに自衛隊派遣を企図している事について、盛
んに議論が行なわれている。
これについては、単純化すれば派遣するかしないかだが、その関わ
り方、意味付け、派遣時期等については、イラク戦争の目的、復興
支援の大義、長期的な国益、リスクの大きさについての判断を組み
合せれば100通りの答えが出る問題である。

◆大義と国益◆
先ず、アメリカの戦争目的として、開戦前後に大量破壊兵器の排除
、サダム・フセイン政権転覆によるイラクの民主化等がブッシュ政
権から語られた。
正義や大義の有無は、0か1の世界ではない。
時間軸や全体の関係の中で、判断されるべきものであると筆者は考
える。その上で、トータルで見た場合、独裁政権の消滅は歴史の大
きな流れに沿ったものであるとしても、また大量破壊兵器が未だ発
見されていない事の評価を留保しても、国連決議を経ないで開戦し
た事、開戦動機の中に石油、軍需、復興利権、来年秋の大統領選で
のブッシュの再選狙い等の恣意的要素が明らかに存在する事を考え
れば、やはり大義なき戦争と言わざるを得ないだろう。

次に、イラク復興協力の大義であるが、10月半ばに復興に向けて
国際社会が協力する国連決議が通ったが、現在の状況で軍の派遣を
するには、イラクの戦後復興を統括する米英占領当局(CPA)の
軍政下での参加になり、復興の主導権争いも絡みフランス、ロシア
、ドイツ等も軍の派遣を見合わせているという現状がある。
しかし、11月下旬のここに来て、イラクへの主権移譲を来年6月
までに行うことになったことを受け、アメリカ側に新たな国連安保
理決議の採択を模索する動きがある。

更に、国益とリスクの問題であるが、特に北朝鮮問題を抱えて日米
同盟を動揺させない事に焦点を当てれば、派遣をするのが少なくと
も当面の国益に適うとは言えるだろう。
一方リスクとして、派遣された自衛隊員達が死傷する可能性に加え
、派遣への報復として東京がテロに狙われる可能性が出てきた。

◆大義を布かんのみ◆
「大義」と「国益」との関係について、筆者は少なくとも危急存亡
の秋でない限りは、大義を必要条件とする事を原則とすべきと考え
る。また、それが長期的な国益と一致すると考える。

自衛隊員は、死を掛けて危険な任務に就くのが宿命であり、存在理
由である。しかし、それが大義と長期的国益のため行われ、そこに
自らの生命を超えた価値を見出すからこそ死のリスクを超越し、流
す血は報われる。

イラク戦争を大義の戦争とせずとの前提に立つならば、復興支援は
軍政と一線を隔した形で行うべきであろう。
アメリカの派遣要求に無条件で従う事は、短期的な国益ではあって
も、長期的な国益ではない。
また、もうイラクは、危なくない場所を探して派遣するという状況
からは遠い。逆に危ないところにこそ、治安部隊を含め大量に人員
が必要となるだろう。

日本としては、大義の下にこそイラク復興の国際貢献をすべきであ
る。フランス、ロシア、中国を説得しアメリカとの間を取り持って
国連の新決議を促し、石油の国連管理とイラクへの主権移譲を前提
とした、占領行政と確たる一線を引いたスキームを造る。
そして、求められれば、国連の錦の御旗の下に自衛隊を送り出すべ
きである。

政府は、早急にこうした方向を模索しなければならない。
イラク戦争を支持した手前出来ないという事なら、現政権は替わら
ざるを得まい。
佐藤鴻全
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コラムに関して質問があります。1つ目

 コバケンさんの「リアリストたちの反乱」に関してですが、確か
に中東地域の安定を損なうという見地から、イラク戦争に反対する
意見はありました。

 しかし、それは開戦前の話であって、開戦後「特にフセイン政権
崩壊後の混乱期」ではリアリストはどのような立場を取っているの
でしょうか?

 現時点では、アメリカ軍に対する攻撃は続いているが、だからと
いって無責任にアメリカ軍が撤退すれば、ソ連軍撤退後のアフガニ
スタンのような状況にもなりかねない。
 早期に、イラク国民に主権を戻して、安定した政権を作りたい。
しかし、そのためには今後10年程度はイラクに軍を駐留させる必要
がある。

 こういう状況でリアリストの人たちはどのような意見をもってい
るのですか。

2つ目 イラク戦争とイスラエル
田中 良太さんからのメールの 件名:「新聞批判」
イラクはゲリラ戦だ

以下引用
いま中東で、ゲリラ戦を戦っているアラブ民族主義者(サダム・フ
セイン政権は、アラブ民族主義政党=バース党から生まれた)に対
する「防波堤」はない。アラブ民族主義が挑んでいるゲリラ戦とみ
ると、イラクとイスラエルという二つの戦線を持つと考えるべきだ
ろう。
 もともと2001年9月11日の「同時多発テロ」として始まっ
たのが、今回の戦争である。テロに応えて、米ブッシュ政権はアフ
ガニスタン戦争・イラク戦争と、二つの戦争を仕掛けた。さらにイ
スラエル軍による戦争を全面的に支持している。
 こうした戦争の構造上、アラブ民族主義の側は、戦線をどこにで
も設定できる。現に、「東京でテロ」という「予告」も行われてい
る。南ベトナムに戦線が限定されていたベトナム戦争とは、この点
でも異なるのである。戦争をしている双方の政権は、互いにもたれ
合っているといえる。典型的なのはイスラエルの強行派政権で、パ
レスチナ過激派によって支えられているといえる。
PLO(パレスチナ解放戦線)内部で、穏健派の支配が確立すると
仮定するなら、イスラエル政権も穏健派にならざるをえない。
 この例をもって考えるなら、ブッシュ政権は、アラブ民族主義過
激派と相互依存している。イラク、イスラエルでのゲリラ戦が続く
とともに、世界中いたるところで大規模テロが起こることこそ、ブ
ッシュ政権の論理にとっては望ましい。
 引用終わり。

 この中で、気が付いたのは所謂イスラム原理主義と欧米の人が呼
んでいるものとアラブ民族主義を同一のものとして議論を展開され
ているようですが、理由があってのことなのですか。

 私は民族主義と宗教主義は別物だと認識されていると思いますが
。たしかに、生活の隅々まで宗教が入り込んでいるイスラーム世界
で宗教と民族を分けて考えるのは難しいかもしれません。イスラー
ム世界で最も世俗的なトルコ共和国を支えるトルコ民族主義ですら
、宗教主義が全くないと言えば嘘になる。

 しかし、民族主義と宗教主義は分けて考えた方がいいと思います
。イスラーム世界は、アラブ人、ペルシャ人、トルコ系民族、クル
ド人、等々多数の民族から構成される世界でありますが、宗教によ
る対立と同じように、民族による対立も目立だちます。したがって
、イスラームの共同体を重視する人たちから見れば、民族主義は時
として敵対する思想になります。

 例えば、パキスタンという国は英領インドからイスラム教徒が多
い地域が独立して成立した国ですが、この国からさらに同じイスラ
ム教徒であるベンガル人が独立して、ベンガル人の国と言う意味の
バングラディッシュが成立しました。ベンガル人は、イスラム教徒
の統一国家よりも自民族の国を望んだからです。
 クルド人問題にしても、同じイスラム教スンニ派を信奉する同志
で、トルコだアラブだクルドだといってお互いに殺し合いを続けて
いる。

 これに加えて中東情勢を複雑にしているのが多数の国家の存在で
す。これらの国家にとって宗教主義や民族主義は両刃の剣です。
なぜならほとんどの国で国内に多数の宗教集団や民族集団を抱えて
います。特定の宗教主義や民族主義に傾けば国内の少数派の離反を
促します。

 また、国外に同じ(もしくは近い)言語を話したりする民族が存
在したり、同じ宗教を信奉する人がいる場合も国内の少数民族の問
題以上に国家にとっては難しい問題を抱えることになります。その
ことで、無用な膨張主義を生んだり、国外の紛争に関わらざるを得
なくなるからです。

 従って多くの国では、国家の「ナショナリズム」が強調されてい
ます。フセイン政権下のイラクでは、政権党のバース党はアラブ民
族主義が強い政党ですが。現実の統治には、イラクナショナリズム
が強調されていたようです。

 この宗教主義と民族主義と国家のナショナリズムの3つがお互い
時には対立し、時には結合しながら絶妙なバランスを保っているの
がイスラーム世界の現状だと私は考えます。

 エジプトのミドルイーストタイムズのHPにイラクとアラブナショ
ナリズムについてのコラムが載っておりましたので参考にしてくだ
さい。アラブナショナリズムの立場の人が書かれた意見ですが。
記事名  Arab nationalism for Iraq?
http://www.metimes.com/2K3/issue2003-47/opin/arab_nationalism_for.htm

一言居士
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件名:都市に必要な「神さま」  

京都精華大名誉教授、上田篤氏に聞く
天や自然を尊ぶ習俗を見直せ
鎮守の森は代表例/地域社会を統合するもの

共同体の原点は「郡」/小学校区単位に都市整備を

 情報化、IT化が進むにつれて、人間同士のつながりやライフスタイルも急激に変わり
 つつある。時代の流れとはいえ、目に見えぬ大切なものがどんどん切り捨てられている
 感が否めない。都市はどういう姿が望ましいのか。近著『都市と日本人』(岩波新書)
 で、都市には“神さま”の要素が不可欠と説き、都市論議に一石を投じた上田篤・京都
 精華大名誉教授に聞いた。

 (聞き手・池田年男・世界日報)

 ――今、話題の著書『都市と日本人』の副題は「『カミサマ』を旅する」だ。ここに、
 どういうメッセージを込めたのか。

 先日も、京都で「都市と神さま」というテーマのシンポジウムを開き、歴史学者や人類
 学者らと議論する前に、まず私が問題を提起した。西洋の町や村では教会が地域の中央
 にあるのに、日本の場合、神社はたいてい町や村の外にある。そこで祭りが行われ、近
 隣の人々が集まってくる。縄文時代からの伝統のようで、その時代のかすかに残る遺跡
 の中に、巨大な木の柱で囲んだウッドサークルや、きれいな石を並べたストーンサーク
 ルなどが発見されているが、祭祀(さいし)場と思われるそういう場所には住居の跡が
 見つからないからだ。

 どうしてこうなのだろうか。それは、日本が山の多い国土のせいで、人々は分散して住
 むしかなかった。そこで住居の周りでは労働が中心となり、小さな社会の生活形態を守
 るため、遊びは禁じられた。そして遊びは、その生活の場から遠いところで行われ、そ
 こには近隣の見知らぬ人間も集まり、商業が発達した。文化も生まれる。これが「都市」
 の起こりと考えられる。その都市を成立させる契機が、どうやら神さまのように思われ
 る。縄文遺跡の巨大な木柱や石のサークルなどの存在から、そう推察できるということ
 だ。

 現代の日本は、犯罪も増加しあらゆる分野で混乱が生じて、多様化とはいうが実に不透
 明な時代。全体的に神を見失っている。戦前はアラヒトガミとしての天皇が君臨し、そ
 の善しあしは別として、それを中心に世の中がまとまっていた。今は社会の混乱がその
 まま都市の混乱となって現れていると思う。戦後、アメリカ式の民主主義を取り入れ、
 社会主義も幅を利かし、とにかくそれ以外の日本の過去は封建的だとして切り捨ててし
 まった。その結果が今日の混迷した社会だ。過去にも時代を超えていいものがあるのだ
 から、都市も社会も、もう一度、神さまのことを考え直すべきじゃないかと提言したわ
 けだ。

 ――その神さまというのは、昔から祖先が謹み、畏(おそ)れ、敬ってきた聖なるもの
 だろうが、設立にかかわった社叢(しゃそう)学会が保存を呼び掛けている「鎮守の森」
 などはその代表例ということか。

 鎮守の森というと、関西ではまだ比較的、懐かしいと感じる人が多いが、関東では軍歌
 が聞こえると連想する人が結構いる。それくらい、神社すなわち軍国主義というイメー
 ジだ。しかし、明治初期の岩倉使節団の随員で、のちに帝国大学の教授にもなった久米
 邦武が「祭天の古俗」と言い表したように、鎮守の森は昔からの民俗であって、天すな
 わち自然を尊ぶ習俗の場だ。宗教は教祖と教義と教団の三つの要素がそろっていなけれ
 ばならないが、鎮守の森にも神道にもそういう要素はない。

 西洋の都市によく見られる公園のかわりに、日本には鎮守の森があった。そこには、地
 域社会を統合する神さまという意味合いがあった。ところが日本の都市計画関係者は西
 洋の都市を範としているから、鎮守の森には目もくれない。しかし、大気や温度、それ
 に動植物の保護という面でも、鎮守の森がもたらす環境浄化能力は実に大きなものがあ
 る。地域社会が解体の危機に瀕(ひん)している今、環境的な観点からも鎮守の森を見
 直さなければならない。

 ――都市のあり方について、歴史的に日本と西欧ではどんな違いがあるのか。

 中国やヨーロッパのような、いわば「平原大河の国」の都市と、日本のような「山野河
 海の国」の都市とでは、その成り立ちやそこに生まれた文化などが異なってくる。図式
 的に表現すると、ヨーロッパと日本の都市の違いを「リンゴの都市」と「ブドウの都市」
 で対比することができる。つまり、中心部にリンゴの芯(しん)に相当する広場と教会
 があり、外郭部にリンゴの皮に当たる城壁がある同心円的な形態を保ってきたのがヨー
 ロッパの都市。それに対して、江戸を称して八百八町というようにそれぞれに独自性の
 強い小さな町がブドウの粒のように連なっているのが日本の都市と考えることができる。

 日本は時代を経るにつれ、「リンゴの都市」との複合も見られるようになったので、
 「ブドウの都市を含むピーナツ型の都市」と言ってもいい。この形は、平城京、平安京
 はもちろん、近世の城下町も基本的には変わらない。近代になると、日本ではその形が
 西洋の影響を受けて、ブドウの皮が破れてリンゴの芯も崩れたような形態の都市に変容
 した。

 そこからいろんな問題が派生する。都市の運営責任の欠如もその一つといえる。つまり、
 西欧の都市では市長はマニフェストを掲げ、市民の賛同を得た以上は、その政策を強力
 に推し進め、反対するものがいればクビにする。ところが、日本ではそれができない。
 日本の都市はヤマタノオロチであって、市長一人の実権は限られている。本来の都市運
 営が機能していない。

 ――そういうことが根幹にあるせいか、地方分権が叫ばれ地方の時代と言っても、どこ
 も同じような印象で、それぞれの個性や特色があまり感じられない。

 もともと日本は村、町が基本単位だった。その上にあったのが郡という行政区画。これ
 は大化の改新の時にできた「こおり」からスタートしたもので五百あり、明治期まで続
 いた。自然環境、特に河川を保全する共同体が郡だった。さらにその上に、山城の国だ
 とか摂津の国だとか、いろいろな国があったが、これは文化の単位で、言葉や人情、風
 俗が違う。

 今、論議されている道州制にしても市町村合併にしても、こういう日本の基本的な歴史、
 文化をベースにして考えていない。論拠がきわめてあいまいで、いい加減だ。地方の特
 色がなくなるのも無理はない。市町村合併をするのなら、川は変わっていないのだから、
 川を保全する単位で都市づくりを考えればいい。そういう視点が全く欠けている。

 ――こういう現状を打開するため、未来の都市はどうあればいいと考えるか。

 都市設計という観点から図式的な言い方になるが、「中空構造のブドウの都市」にして
 はどうだろうか。中空部分は、民主的に選ばれた管理機構に相当する。その外側を文化
 施設や情報センター、アミューズメント・センターが取り巻く。さらにその外側の円は、
 それぞれのブドウの粒の、いわば市民の「心の聖域」にする。それは都市を囲む自然と
 いうことになるだろう。山や海、川、森などがそれに該当する。

 そこで、参考になる事例を紹介すると、私の住んでいる京都の例で見ると、全部で百八
 十一ある小学校の校歌のうち、山を歌い込んだものは百二十三校で、68%にも達してい
 る。ついでに、日本全国の人口十万人以上、五十万人未満の九十八の都市、二千六百六
 十五校の小学校の校歌についての調査では、田園を歌ったものが32%、木や花などの植
 物34%、海38%、川48%、山91%という内容だった。

 これからの日本の都市における神殿または神域は、このように「都市の内なる神殿」、
 あるいは「交流センター」と「都市の外なる神域」の二つに分けて考えてはどうかと思
 う。そして、ブドウのそれぞれの粒は、イギリスのパリッシュ(教区)のような近隣コ
 ミュニティーをイメージすればいい。既存の小学校区を地域コミュニティーの単位とし
 て整備強化するのがベストだ。

 一学区は平均すれば六千人の人口でざっと二千の世帯。小学校では四、五十人の児童が
 クラスにいるが、こんな多人数の学級で教育している先進国はほかにない。十五人ぐら
 いの学級にすべきだ。教師の数が足らなくなるだろうが、地域の人でその役割は十分、
 補えるじゃないか。主婦や定年退職した男性など、暇を持て余している人々の人的パワ
 ー、人生経験を活用すればいい。年配者も体操以外なら教えることはできる。

 少年犯罪が多発する大きな原因は、少子化で親が子供を甘やかす傾向があり、学校では
 教師も民主主義教育だ、自主性の尊重だということで強く叱(しか)らないからだ。道
 徳教育も本気でやろうとしない。これではいけない。だから、教育はコミュニティー、
 地区が責任もってやる。こうでもしないと、青少年による犯罪や教育荒廃の現状は解決
 できない。こういう形でコミュニティーを復活させるという方向を考えるべきだろう。

 うえだ・あつし 昭和5(1930)年、大阪生まれ。同29年、京都大学工学部卒業。
 専攻、日本の生活空間。現在、京都精華大名誉教授。大阪21世紀協会常任理事、地文
 学会代表なども務める。著書は『日本人とすまい』『橋と日本人』『空間の演出力』
 『海辺の聖地』『五重塔はなぜ倒れないか』『鎮守の森は甦る』『鎮守の森の物語』
 『呪術がつくった国 日本』など多数。▽掲載許可済です
Kenzo Yamaoka


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