1451.「リアリストたちの反乱」(その二・その三)



「リアリストたちの反乱」(その二)

byコバケン 03-11/17
	
▼	リアリズム―――「パワーによる国際政治論」

すでに述べたように、ブッシュの外交政策に異議を唱え、保守派の
内部闘争に第三勢力として殴りこみをかけたのは「リアリスト」
(Realists)と呼ばれる学者たちである。

彼らが一体どういう意図からブッシュ政権の「ネオコン」たちの外
交政策を攻撃しはじめたのかというと、彼らの信奉する「リアリズ
ム」(Realism)という理論から考えると、ブッシュ=ネオコン連合
のイラク侵攻は、とんでもない大マチガイの戦略だったからである。

ではこの「リアリズム」とは何なのか。

「リアリズム」といえば、美術などのでは「写実主義」のような意
味になるのだが、国際政治を理論的に分析しようとする「国際関係
論」という学問では、ズバリ、「国際関係を、主に『権力(パワー
)』という要素にしぼって分析、予測する理論」ということである。

ようするにリアリズムとは、「国際政治というのはすべて権力の力
学による闘争なのだ!」と現実的(realistic)に考える理論なので
ある。だからリアリズム(現実主義)なのだ。

この理論の中核にある「権力=パワー」というコンセプトが、まず
クセものである。リアリズムという学派では、伝統的にこの「権力
=パワー」というのは、主に軍事力によって支えられると考えられ
ている。よって、彼らにとってみれば、国際政治を動かす「パワー
(power)」というのは、「軍事力による脅しや実際の行動(攻撃)
によって、相手の国を自国の意思にしたがわせる能力」ということ
なのだ。

究極的にいえば、リアリズムでは、この「パワー」こそが国際社会
を動かす唯一最大の要素なのだ。だからここに注目してさえいれば
、だいたいの動きは読めてしまう、ということなのである。

平和信仰の強い日本人にしてみれば、「なんとえげつない理論だ」
と思われがちだ。ところが欧米の国際関係論の学界では、いまだに
この「リアリズム」が一番説得力のある強い理論だとされており、
これを知らない、いや、知っていても認めないのは、アカく染まっ
た日本の学者や知識人たちだけという状況になっている。

余談だが、いまの国際関係論の理論の状況は、戦後の日本の政界の
状態と非常によく似ている、ということを指摘しておきたい。

この学問でメジャーな理論は二つだけで、そのあとにいくつかの弱
いものが続く、という状況になっている。一番強いのが「リアリズ
ム(現実主義派)」、二番目に強い「リベラリズム(自由主義)」
、そしてその他として、「マルクス主義」や、「コンストラクティ
ビズム」、そして「フェミニズム」などが続くのだ。

これを日本の政界の状態と照らし合わせてみよう。リアリズムは自
民党、リベラリズムが民主党(旧社会党)、そしてその下にマルク
ス主義の共産党、フェミニズムが社民党、そして最近発達が目覚ま
しいコンストラクティビズムが公明党である。まったく状況がソッ
クリではないか。

▼	なぜリアリストたちはイラク戦争に反対したのか?

話がそれた。ではこのリアリストたちが、なぜアメリカのイラク戦
争に反対したのだろうか。この理由は、実はかなり簡単である。

それはズバリ、「平和を乱すから」である。なんや、当たり前やん
け!と突っ込みを入れてもらってもかまわない。ところがここで注
意してもらいたいのが、彼らにとっての「平和」というコンセプト
の意味合い(ニュアンス)である。

リアリストたちが「国際社会はパワーの闘争によって動かされてい
る!」と考えていることはすでに述べたが、その彼らにすれば、「
平和」というのは単なる「闘争の合間の小休止」、もしくは「軍事
バランスがとれていて、お互いに手出しできない状態」ということ
になるのだ。よって、軍事バランスがくずれれば、世界の国々はい
つでも戦争をおっぱじめる、というのが彼らの言い分なのである。

では国際社会を「平和」に保つためにはどうしたらいいのか?彼ら
にいわせれば単純明快。それは「軍事バランスを保つこと」である
。具体的には、世界中のライバル国家たちに軍事力でバランスをと
らせて、お互いに手出しさせないようにしろ、というのだ。

これはいわば、パキスタンとインド、北朝鮮と韓国のような、にら
み合いだが安定した状態を作り、国際政治の権力闘争を封じ込めて
しまえ、という過激なものである。たしかにこうしておけば「戦争
の間の小休止状態=平和」は実現する。

そういうことだから、彼らにとってみれば戦後から40年以上続い
た冷戦時代というのは、それほど悪い時代ではなかった、というこ
とになる。

ご存知のとおり、冷戦時代というのはソ連とアメリカという二大国
家が、大規模な直接対決(熱い戦争)戦争をせずに、軍事的にはバ
ランスを保って小康状態(平和)を保っていた。日本や西ドイツが
経済をここまで発展させることができたのも、両国がソ連とのにら
み合いをしているアメリカの保護の下で、せっせと蓄財に励んだか
ら、ともいえるのだ。

歴代の大リアリスト学者たちが、アメリカの朝鮮戦争やベトナム戦
争介入に反対したのもこういう理由からである。たとえばハンス・
モーゲンソー(Hans J. Morgenthau:1904-1980)という有名なリア
リストの国際政治学者がいるが、彼は自分の理論から考えて、あま
りにも当時のアメリカのベトナム戦争介入が間違っていると思った
。しかも思っただけでなく、それを頑固に主張しすぎたため、しま
いには政府からの風当たりが強くなり、長年教えていたシカゴ大学
にいられなくなって、晩年はニューヨークの小さな大学に飛ばされ
て不遇の人生を終えている。

▼リアリストが反対した、論理的な根拠。

そこでイラクである。ここまで読んだ皆さんにすれば、なぜリアリ
ストたちがアメリカのイラク侵攻に反対したのか、本当の理由がそ
ろそろおわかりいただけると思う。

リアリストがイラク侵攻に反対した理由は、もちろんシンプルにい
えば「平和を乱すから」なのだが、もっとくわしくいえば、中東に
アメリカが殴りこむことによって軍事バランスを崩し、この地域に
大混乱が起こるから、ということであった。

よってリアリストにしてみれば、アメリカが取るべき戦略は、第一
次湾岸戦争終了直後からやってきたとおりに、経済的に「囲ってお
く、封じ込めておく」という戦略であった。こうすれば時間がたつ
とともに、イラクはソ連のように自壊し、消滅してしまうだろうと
考えたのである。ようするにイラクをソ連と同じ戦法で片付けてし
まえ、ということだったのだ。

ところが「ネオコン」たちはそう考えなかった。彼らは楽観的に「
イラク国民はアメリカに民主化されるのを待っているのだ!」と考
えており、「フセインを倒せ!」「アメリカはイラクに侵攻せよ!
」と叫んでいたのである。ようするに「いますぐ強制的にイラクを
崩壊させろ!」なわけであるから、リアリストたちと意見が合うワ
ケがない。

以前からくすぶっていたこの意見の対立が論戦となって勃発したの
は、今年(2003年の)2月に、大手シンクタンクである外交評
議会(Council on Foreign Relations :CFR)の主催で行われた、「
ネオコン」対「リアリスト」の直接対決による、火花散る大バトル
討論会であった。

★以下、次号に続く。
==============================
「リアリストたちの反乱」(その三)

byコバケン 03-11/19
	
▼	CFRの大討論会―――「ネオコン」対「リアリスト」
時は2003年2月5日、場所は首都ワシントンDC。CFR(外
交評議会)の主催で「ネオコン」と「リアリスト」の直接対決によ
る、歴史に残る大討論会が行われた。

このときの参加メンバーは、ネオコンとリアリストの各派から精鋭
がそれぞれ二人ずつの計四人。これに仲介役を務める司会者が加わ
って、メディア関係者や学者たちの前で公開ディベートがおこなわ
れたのである。これはテレビに収録された上にインターネットでも
実況生中継され、しかもアクセスさえすれば、今でもこの様子はネ
ットのビデオで見ることができる。

メンバーも豪華で申し分ない。「ネオコン」からは、すでに前号で
紹介した在野の頭領、ビル・クリストル(William Kristol)に加え
、若手で最近注目されているマックス・ブート(Max Boot)が援軍に
駆けつけた。

彼らの経歴等の詳細を語り始めればキリがないほど面白いのだが、
紙面の都合でここには書き切れない。とりあえずは二人がネオコン
誌のウィークリー・スタンダード(the Weekly Standard)誌の編集
に関わっている、ということだけ述べておこう。もっとくわしく知
りたい方は、インターネットなどを使ってご自分で調べてみていた
だきたい。

一方、彼らに対抗するのは、「リアリスト」の二人の学者である。
しかもそこらの平凡な学者ではなくて、リアリストの総本山である
シカゴ大学系の大物学者たちである。ひとりは超名物教授であるジ
ョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)、そしてもうひとり
はハーバード大学ケネディ政治学院のスティーヴン・ウォルト
(Stephen M. Walt)である。

とくにこのミアシャイマー氏はすごい。何がすごいのかというと、
彼は「リアリズム」のなかでも、特に過激な「オフェンシヴ・リア
リズム」(Offensive Realism=攻撃的現実主義)という理論を一人
で立ち上げた、強烈な個性を持つ学者だからである。

▼ミアシャイマー氏の「攻撃的」なリアリズム
この「オフェンシヴ・リアリズム」という理論を一言でいえば、「
すべての国家(特に大国)は、生き残りの目的のために世界制覇を
目指す」というブッ飛んだ仮説を持っているのである。

なんでこういうことを考えるのかというと、ミアシャイマー氏の見
るところ、すべての国家には、本能として「生き残る」(survival
)ということが備わっているからである。ようする国家というのは
人間と同じで、何かを成す前に死んでしまっては元も子もない。ま
ず自国の「安全第一」なわけである。

よって、全世界の国々には、一部の小国の例外を除いて、自国の安
全を守るために、何かしらの攻撃力のある軍事力(「人に優しい」
武器・兵器などない!)を必ず持っている。日本の自衛隊も例外で
はないのは、おわかりいただけるはずだ。

なぜ攻撃的な軍事力を持つのかというと、この地球には世界政府の
ような最高権威がいないからである。地球という「村」には、「国
家」という一人の住人が110番して助けを求められるような、い
わば「地球村・中央警察」のような頼りになる機関がないのである。

だから国家というのはこのような無政府状態(アナキー)というシ
ステムの中では、常に一定の生き残るために必要な恐怖にさらされ
ている。しかも他国が何を考えているのか、そのすべて知るのは不
可能である。だから「他国不信」という恐怖をいつも感じざるを得
ないのである。

この「恐怖から逃れたい!」という国家の欲望が究極までいくと、
最後の絶対安心できる状態とは「世界制覇をすること」になる。な
ぜなら、世界制覇をして自分がナンバーワンになってしまえば、他
国に攻撃されることはないからだ。当たり前である。世界制覇して
しまえば、理論的には「他国」さえ存在しなくなってしまうからだ。

よってすべての国家は、なんとかして他の国を出し抜いて、国力や
軍事力をより蓄えようとする傾向がある。だから国家は本能的に「
攻撃的だ」、というのが、このミアシャイマー氏の「オフェンシヴ
・リアリズム」の理論なのである。

▼リアリストの「冷酷な計算」
鋭い方はここで「シャキーン!」と気がつくはずだ。ミアシャイマ
ー氏の国際分析の理論には、「どちらが正義だとか悪だ」というよ
うな政治的な価値判断が、全く含まれていない、ということを。

これは彼の相棒であるウォルト氏にも言えることなのだが、総じて
リアリストというのは、すべての国家の外交政策を決める要素は、
軍事力や国力がベースとなる「権力(パワー)である」と割り切っ
ているため、政策分析に余計な道徳判断を入れない。ようするに「
どちらが道義的に正しい/悪い」ということは、一切考えないので
ある。

よって、彼らはナチスがユダヤ民族を抹殺しようとしていた、とい
うようなことは、全く分析の対象にしない。彼らはただ冷酷に、当
時のドイツ周辺の国家の力学や軍事バランスだけを見て「なぜこう
いう安全保障問題が起こったのか?」と物理的、科学的に考えるの
である。「戦争へ突入していく政治的な理由」などは、彼らにとっ
ては論外の話なのである。

このような冷酷な分析の仕方であるが、彼らの書いたものから実際
に読み取ることができる。その例を見てみよう。

このディベート大会の直前に、ミアシャイマー氏とウォルト氏は、
共著で「フォーリン・ポリシー」(Foreign Policy)という有名外
交誌に「イラク:不必要な戦争」(Iraq: An Unnecessary War)と
いう題名のイラク侵攻反対記事を書いている。この中で、

「イラクのサダム・フセインは、ネオコンたちに言われているほど
侵略的な狂人というわけではない。」「周りの国と比べれば、フセ
インは過去三十年の独裁支配の期間に、たった二回しか戦争を仕掛
けていない。」「よって、歴史的な記録だけに注目すれば、エジプ
トやイスラエルよりもヒドイというわけではない。」

という、なんとも驚くべき発言をしているのである。たしかに安全
保障上の「史実」だけに注目すれば、事実は事実である。フセイン
のイラクは、イスラエルよりも「侵略的」というわけではない。こ
ういうことをズバズバと正面から指摘するのだから、シオニスト(
イスラエル国家主義者)であるネオコンたちに嫌われるのも、無理
はない。

★以下、次号に続く。


コラム目次に戻る
トップページに戻る