「リアリストたちの反乱」(その一) byコバケン 03-11/16 ▼日本の保守派の大分裂―――「親米」か「反米」か このコラムをごらんになっている方々にとっては当たり前のことか もしれないが、日本の保守言論界はいま、パックリ二つに割れてい る。このきっかけになったのは、もちろん2001年9月11日にア メリカで起こった、一連の連続テロ事件である。 このテロ事件を期にはじまったアフガンでのテロ討伐や、イラク侵 攻に対して、日本の保守派知識人の意見が「賛成する」「反対する 」という違いで大分裂したのである。「アメリカに賛成する」とい うのが、有名学者やジャーナリストなどで構成される「親米保守派 」であり、「アメリカに反対する」というのが、漫画家の小林よし のり氏をはじめとする「民族保守派」である。 この対立のしかたであるが、小林よしのり氏が率いる「民族保守派 」が、「親米保守派」のことを犬のポチにように「ご主人さまアメ リカの言いなりだ」として「ポチ保守!」とののしれば、逆に「親 米保守派」は、「民族保守派」に対して「戦略的ではない、頭が悪 い!」と批判するという状況になっている。 ここらへんの争いは、民族保守側が小林よしのり氏の新刊「新・ゴ ーマニズム宣言12巻――誰がためにポチは鳴く」というマンガで 攻撃し、そして親米保守側が古森義久(こもり よしひさ)氏と田久 保忠衛(たくぼ ただえ)氏の共著による「反米論を撃つ」という本 でそれを迎え撃つ、というスタイルになっている。この対抗する二 冊の本に代表される形で、日本の保守言論界ではいま、近年にまれ に見るホットなバトルロイヤルが展開されているのである。 ▼アメリカの保守派守派の大分裂―――「参戦」か「反戦」か 前置きが長くなったが本題に入ろう。ではそのテロ戦争をやってい る当事国の世界帝国アメリカの言論界ではどのような状況になって いるだろうか?日本のような保守派の分裂はあるのだろうか? 実は日本ではあまり報じられていないが、アメリカの言論界でも特 に保守派の中が、イラク侵攻が期になってパックリ二つに分裂して いたのである。やはり彼らも、割れていたのだ。 この分裂なのだが、大ざっぱにわければ、一方が「ネオコン」であ り、もう一方が「伝統主義者」または「保守本流」と呼ばれる人々 の二派にわけることができる。 「ネオコン」のほうは、ここであえて説明する必要がないくらい日 本でも有名になったグループの総称である。元リベラル派のユダヤ 系知識人で、特に軍事政策でタカ派な人々のことを指すのだが、現 ブッシュ政権に多数入り込んでいて、外交政策をコントロールして いるとされている。 ここの代表は、現在の国防省副長官であるポール・ウォルフォウィ ッツ(Paul Wolfowitz)である。在野にも強烈なのがいて、一番目立 つのはウィークリー・スタンダード誌の編集長をしているウィリア ム(ビル)・クリストル(William Kristol)という知識人である。 彼らもだいぶ日本では有名になった。 一方の「伝統主義者」たちであるが、これはパット・ブキャナン (Patrick J. Buchanan)を筆頭として、「反ネオコン」で結束す る、伝統主義の保守派のことをいう。ブキャナンは最近、日本でも 保守系の言論誌を中心として紹介されはじめたので、名前だけはだ いぶ知られてきた。 彼らの意見はアメリカの田舎の「草の根保守」の気持ちを代弁して おり、しかも保守派のくせに反戦派であることから、日本の「反米 /民族保守派」と考えがかなり共通するところがある。 彼らのような伝統保守派たちの反戦の気運が高まったのは、テロ事 件から一年ほどたった、2002年の秋である。このころ、ブキャ ナンは、自分が新しく創刊した「アメリカ保守」(The American Conservative)という雑誌の中で、「ネオコンは海外で戦争を起こ したいだけだ!アメリカの国益をそこなう、ただの戦争屋なのだ! 」という反戦メッセージをくり返し主張するようになり、アメリカ の保守言論界に衝撃を与えはじめたのである。 これにつられるようにして、アメリカの一般メディアでも「ネオコ ン」という言葉が積極的に使われるようになった。これが年を越し てから日本にも輸入され、とくにイラク侵攻の前後に、メディアで 大々的に使われるようになった。いわば、「ネオコン」というキー ワードの仲介によって、日本にはいつの間にか、アメリカの伝統保 守派の反戦思想が伝わってきていたともいえるのだ。 余談だが、「ネオコン」ということばをアメリカのメディアで大々 的に使いはじめたのは、私の見る限りでは、たぶんクリス・マシュ ーズ(Chris Matthews)という白人のジャーナリストが最初である。 彼はNBC系列のテレビ局で「ハードボール」という政治討論番組 の司会をしているのだが、ゲストが答える質問よりも長い質問を、 ひたすらマシンガンのように繰り出すことで有名だ。その様子、少 し太らせて白人顔にすれば、DJや司会者として知られる「夏木ゆ たか」の姿とウリ二つである。アメリカ・ジャーナリスト界の夏木 ゆたかは、「ネオコン」という言葉を広めたのだ。 ▼合流する「リアリスト」たち ところが今年に入って、この保守派の対立にものすごい第三勢力が 加わった。俗に「リアリスト」と呼ばれる学者たちである。彼らが この戦線に加わったショックとその重要さを知る人は、まだ日本で は非常に少ない。 ではこの「リアリスト」というのは、そもそも一体何者なのか。 日本で「リアリスト」というのは、単純にいえば「現実派」という イメージになる。政治家でいえば野中広務・元幹事長や青木幹雄・ 参院幹事長のような、汚い仕事からも目をそらさず実行するという 「実務派」という意味でとらえられがちだ。 これはアメリカでも同じであり、政治信条などを度外視して、生臭 い権力闘争や、利権の力学で政治をおこなう実務派たちを「リアリ スト」と呼ぶことがある。現ブッシュ政権では、チェイニー副大統 領などがその代表的な人物であり、血の通わない冷酷な人物である とみられがちである。 ところが今回アメリカの保守派の内部闘争に加わった「リアリスト 」たちは、そういった政府の「実務派」たちとは、ちょっと毛並み ちがう。どうちがうのかというと、彼らは「国際関係論」( International Relations)という学問の中の「リアリズム」とい う理論を信じる学者たちなのである。 しかもそんじょそこらの学者ではなく、その理論では第一線級の人 物たちばかりであった。彼らが総結集したということがまず重大で あり、しかも彼らがそろいにそろってブッシュ政権のイラク侵攻に 異議を唱えたということにものすごく大きな意味がある。 ★以下、次号に続く。