YS/2003.07.06 ニュー・グレート・ゲーム3 米欧衝突と日本 ■鉄格子と冷蔵庫 頑丈な鉄格子に囲まれた檻の中で、鎖に繋がれながら、今なお吠 え続ける肉食恐竜。現代に蘇った恐竜達を飼い慣らしているご主人 達の中に、2008年に向けて、準備を始める者もいる。かつては、 冷蔵庫に閉じこめられて、必要なときだけ取り出されたこともあっ た。イラク開戦直前にどうやら立場が入れ替わったようだ。 手法こそ違うものの、ご主人達は、国益という旗の下では、強い 結束を見せる。例え相手が友人であっても、旗が違えば、牙を剥く。 時には、肉食恐竜を解き放つ術も見つけたようだ。 ようやく、本来の姿に戻りつつある、史上最強の国でさえも、生 き残りをかけた戦いに果敢に挑むようだ。 今はもう檻の中に閉じこめられた恐竜達に奇妙なエールを送る国。 「北の脅威」の前に、ご主人様への絶対的な忠誠を誓おうとしてい るようだ。 ■イラク、イラン、そしてユーロ・シフト 2001年10月のニュー・グレート・ゲームで、アメリカがイ ラクへの強硬姿勢の背景としてイラクの石油輸出代金のドル建てか らユーロ建てへの転換、そして、ユーロ相場をテコ入れしたい欧州 勢と、欧州を後ろ盾に米国をけん制しようとするイラクの思惑を描 いた。 そして、国連が管理するイラク口座の管理銀行は仏最大手のBN Pパリバであり、フランス・ベルギー・ドイツの連合体である石油 メジャー・トタル(旧トタルフィナ・エルフ)とBNPパリバとは、 2件の取締役兼任により結合しており、相互に情報を共有できる体 制にある。そして、BNPパリバには、ドイツ・ドレスナーバンク や保険大手アクサとも結合している点は注目に値すると書いた。 全く同じ構図が、イランにもあてはまる。昨年、7月10日、総 額5億ユーロ(約600億円)のユーロ建て国債を発行した。19 79年のイスラム革命以来、初めての外貨建て国債の起債となり、 国際資本市場に復帰を果たしたが、この時の幹事銀行は、ドイツ・ コメルツ銀行とBNPパリバが務めたのである。 この計画を知ったブッシュ政権は、米格付け会社のムーディーズ ・インベスターズ・サービスに圧力をかけ、6月にはイランが発行 する国債への格付けを取りやめさせる事態となっており、イラン外 務省は、同社に圧力を加えたとして米政府を非難する声明も出して いた。 なお、忘れてはならないのは、昨年8月に英フィナンシャル・タ イムズ紙が報じた「サウジマネー大流出」の記事であろう。サウジ の個人投資家が、総額4000億から6000億ドルとされる対米 投資のうちの1000千億から2000億ドルを引き揚げたと報じ た。米国離れした資金は、本国に回帰したが、その後一部ユーロへ とシフトしたようだ。 実は、この一件が、サウジを敵と見なしたネオコンの評価を下げ る決定的な要因となったのかもしれない。アメリカとサウジとの 「秘密金融協定」の仕掛け人、キッシンジャー元国務長官を怒らせ てしまったのである。 現在、イスラム教国である、インドネシアやマレーシアでも石油 や天然ガスの取引におけるユーロ重視の姿勢を打ち出している。 ■大欧州を分断せよ EU(欧州連合)は来年5月、中・東欧諸国などを加えた25カ 国体制により、総人口約4億5000万人の大欧州に生まれ変わる。 6月20日の首脳会議で「大欧州」の設計図となる欧州憲法草案を 承認した。憲法草案は、首脳会議を主宰する「大統領」や「外相」 の両ポストを設けることが明記された。 相次ぐユーロ・シフトの脅威は、ブッシュ政権にとって、新たな 敵の出現となった。ブッシュ政権が昨年9月に発表した、新国家安 全保障戦略(ブッシュ・ドクトリン)における「米国の力を凌駕し ようとする潜在的な敵国は思いとどまらせる」対象に、拡大する欧 州も含まれていたのである。 ラムズフェルド国防長官が、再三にわたって「古い欧州」と叫ぶ 背景には、フランス・ドイツ・ベルギーなどを「古い欧州」と決め つけ、イラク戦でアメリカ支持にまわった中東欧諸国を「新しい欧 州」として味方につけることで、大欧州の分断を戦略的に打ち出し てきたのだ。 ブッシュ政権内では、対EU戦略でも対立の構図があるようだ。 檻に閉じこめられたネオコンは「力の論理」を振りかざし、米欧関 係を「虚構」と決めつけ、「互いに道が分かれたことを認め合おう」 と呼びかける離縁状を叩きつけたのである。チェイニー副大統領や ラムズフェルド国防長官、ライス国家安全保障問題担当大統領補佐 官等の本流タカ派は、圧倒的なアメリカ優位を保持する戦略を打ち 出す。国際協調派のパウエル国務長官等も、アメリカ優位の点では タカ派と一致しているのかもしれない。 この中で、2008年の大統領選に向けて冷蔵庫から出てきたパ ウエル国務長官の強敵となってきたライス大統領補佐官の発言に注 目しておくべきだろう。 6月26日、ライス大統領補佐官は、ロンドンの英戦略国際研究 所(IISS)で講演し、シラク大統領の多極世界構想は、決して 平和を推進してこなかった抗争の理論だと攻撃した。そして、「我 々は前に多極理論を試してみたことがあったが、第1次、第2次両 大戦および冷戦につながった」と強調し、国際関係における多極理 論をノスタルジックに追求しようとする人たちの動機に疑問を感じ ると語る。最近ネオコンにも彼女のファンが増えているようだ。 ■北朝鮮の呪縛 小泉純一郎首相は、3月20日の緊急記者会見で「日本にとって 本当の脅威」である北朝鮮の脅威と日米同盟の関係を明言、国連の 新決議がないまま武力行使に踏み切ったアメリカの行動を支持する 以外に日本の選択肢はないと語った。 イラク戦開戦直後の3月20、21日に共同通信社が実施した全 国緊急電話世論調査では、小泉首相が米国などによるイラク攻撃に 支持を表明したことに対し、「評価する」と回答した人41.7% のうち、その理由として、「日本への北朝鮮の脅威に対応できるの は米国だから」が42.9%、「日米同盟関係は重要」が35.2 %で、合わせると80%近くに達している。 共同以外の調査でも同様の結果を示しており、3月25日時点で 与党内は、「北朝鮮問題に対する危機感が国民に相当、浸透してい る」(堀内自民党総務会長)などと、北朝鮮の核開発や弾道ミサイ ルに対する国民の懸念が米国支持への理解につながったとの見方か ら、「予算成立後は有事関連法案とイラク復興支援法案を一気に成 立させるべきだ」と、強気の国会運営を求める声も出始めていた。 そして、まさしく議論なきまま、一気に成立することになる。 この「北朝鮮の脅威」は、以後様々な局面で与党のファイナル・ アンサーとして国民を縛り付けることになる。7月1日午前の記者 会見でも福田康夫官房長官が、イランのアザデガン油田開発計画に ついて、契約は慎重にすべきだとの認識を示して、次のように語る。 「北朝鮮の核開発疑惑に正面から対峙し、国際社会でイランの核 開発疑惑が大きな問題になっている時期に、それを無視して原油契 約とはならない。今後の情勢を見て最終的に判断されると思う」 (7月1日付け共同) 北朝鮮の脅威を否定するわけではない。また「親米」あるいは 「反米」といった単純なひとくくり論にも賛同できない。対米関係 重視以外の選択肢がないことも現実である。しかし、大きく揺れ動 く世界情勢の中で、現在の日本が、誤った方向に進もうとしている ような気がしてならない。 そもそも、小泉首相自らがサインした昨年9月の日朝平壌宣言と は、何だったのだろう。また、米国内のキッシンジャー元国務長官 やブレジンスキー元国家安全保障問題担当大統領補佐官等有力者が、 北朝鮮問題重視から、対イラク戦に慎重姿勢を打ち出していたこと とも大きな矛盾が生じるのである。 北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだブッシュ政権の戦略も合わせて再 検証すべきである。 ■シラクの助言 6月23日、日本・フランス両国首脳の諮問機関「日仏対話フォ ーラム」の日本側座長、橋本龍太郎元首相が、パリのエリゼ宮大統 領府でシラク大統領と会談した。 橋本元首相は、小泉首相の特使として首相の親書を同大統領に手 渡し、両国関係発展のための今後の取り組みについて意見交換した。 そして、フランスで開かれた主要国首脳会議で、北朝鮮による拉致 問題をテーマに取り上げることを議長国フランスが強く支持したこ とに感謝を表明した。 シラク大統領は「拉致問題に関しては主要各国の首脳すべてが十 分な認識があったわけではなかった」と明かし「日本政府はもっと 世界に拉致問題を広報した方がいい」と助言したようだ。 この記事を報じたのは、西日本新聞社のみである。日本メディア の感性も、ついに衰退しつつあるようだ。拉致問題を世界に認知さ せる努力など、期待できるはずもない。 イラク戦における世界的な反戦運動を仕掛けたシラク首相の助言 に耳を傾ける必要がある。悲しいことに、毎日、世界中のメディア を見ている者にとって、拉致問題に関係する記事は、ほとんど記憶 にないほどだ。 フランス政府は、2004年の開設に向けて、国際ニュース放送 テレビ局の設立準備を進めている。米CNNや英BBCに対抗し、 世界におけるフランスの外交戦略を一層強化するものとなるはずだ。 アフガニスタンやイラク戦でカタールの衛星テレビ局アルジャジ ーラが、アラブの視点で大活躍したことは記憶に新しい。 「力の論理」だけが、唯一の方法ではない。 『欧州が古すぎると言う人がいるが、年齢を重ねると自分の強み、弱 み、そして現実の世界が見えてくるものだ。互いに孤立したままなら、 世界に平和をもたらすには、欧州は古すぎるし、アメリカは若すぎる。 世界平和のためには一緒にいることがわれわれの義務だ。』 欧州委員会のプロディ委員長が、6月25日、米EU首脳会議後の 共同記者会見で、ブッシュ大統領に語りかけた内容である。 我々日本人が選んだリーダーの発言は、いつまで待てばいいのだろ う。今こそ、世界に目を向ける時だ。 その第一弾として、イランのアザデガン油田開発において、態度を 決めかねているロイヤル・ダッチ・シェルに合流していただくのはど うだろう。フィナンシャル・タイムズ紙が報じた理由もここにある。 トヨタ人脈を使えば、不可能ではないはずだ。ユーロ建ての揺さぶり も効き目がありそうだ。 相手が本気になって、戦いを挑んでいる。真剣勝負で応じるべきだ。 □引用・参考 西日本新聞社・共同通信・時事通信・ロイター・日経新聞・讀賣新聞・ 産経新聞・朝日新聞・毎日新聞他 ●駐日欧州委員会代表部のウェブサイト http://jpn.cec.eu.int/index.html ●Rice Says Pursuit of Mideast Peace Requires Determination http://www.usembassy-israel.org.il/publish/press/2003/june/062702.html ●Bush, Skeptical of Report of Hamas Cease-Fire, Asks Europe to Sever Ties By ELISABETH BUMILLER http://www.nytimes.com/2003/06/26/international/middleeast/26PREX.html?ex=10 57204800&en=a6214f624b071299&ei=5062&partner=GOOGLE ●拙稿「ニュー・グレート・ゲーム」 http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/kak3/1310132.htm