1101.文明の転換とその影響



今回は視点を変えて、今後の文明の方向を議論しよう。 Fより

構造改革と叫ばれ久しい。しかし、どのような構造改革をすればい
いのか、また、何を目的・目標にした構造改革であるのか、全然
イメージができていない。それぞれの論者によってマチマチになっ
ている。このため、国民合意も形成できないでいる。
この構造改革の理由や目的を議論しないと、明確な政治目標になら
ない。目標・目的を考える前に、どうして構造改革なのかを検討し
たい。

20世紀は、石油の世紀であった。この世紀は資本主義と民主主義
の発展した世紀である。これは人間を自由にし、かつ平等にするこ
とであるが、その基盤的な条件は物質とエネルギーが豊かであった
ために実現できた可能性が高い。この物質とエネルギーが豊かであ
った大きな理由は、石油があり、かつ石油からいろいろなものを作
り、またエネルギーを使って原料やできた製品の移動を便利にした
ためなのです。

この石油が無くなることを想定した文明を考える必要に21世紀は
なっている。遅かれ早かれ、石油が高騰して使えないか無い時代が
再来するのが確定的になっている。
しかし、この時、人間は今までの豊かさを放棄できないようだ。
このため、石油資源の代替の研究が必要であるのと、自由な庶民の
消費が経済発展の原動力という資本主義の思想自体の変更が必要に
なってきている。

思想変更のため、世界的に言い知れぬ不安な感じと泥沼に落ちてい
く感覚を味わっている。これも、石油がなくなり、人類に非常に快
適であった資本主義がなくなるように感じるからであろう。そして
、この感覚を日本病というのだそうだが、そのことは日本が資本主
義の限界を最初に感じた国家である可能性が高いからでしょうね。

その停滞感に対応して、米国のような懲罰的な戦争を起こし、かつ
石油を奪還するという荒っぽい景気の回復ができないために、20
年間も不景気状況の中に居ざるを得ないことになっている。

しかし、このことによって、日本が一番先にこの状態に対応できる
可能性もあるのです。しかし、現状は諸外国に比較しても、石油か
らの離脱が遅れている。ブラジルや欧州では1970年代の石油シ
ョックで、石油が無くなり困った経験をしているために、石油が無
くなる状態を想定して準備している。

日本は、1970年の石油ショックで石油消費を抑えた小さい製品
群を作り、大成功を収めたために、石油ショックを他国ほど痛い目
と感じていない。このため、石油文明からの脱出が遅れている。
この石油から離脱には、自然のエネルギー利用と植物油の利用が必
要であるが、欧米の物理・化学的な方法だけではなく、欧米では
あまり話題にならない微生物利用も大きな比重を占めることになる。

微生物だけではなく、昆虫の利用、植物間のバランスや全体の配分
など自然界が持っている理法を突き詰める必要が出てくる。理性的
な人間が自然を制御する欧米的な一神教的方法からいろいろな自然
界のバランスを取る日本的な多神教的な方法にその活路を見出すし
かない。欧米的方法は、エネルギー多消費な方法であり、日本的方
法は省エネルギーな方法であるため、石油という魔法の杖がある間
は、欧米的な方法が効率がいいし、簡単に誰でもできるが、石油が
無くなると、この夢の効率が途端にできなくなる。

自然農法の福岡さんの言い方では、人工的な夢の効率は自然法則を
無視して、自然では死にそうな状態にした作物製造を近代的農業と
言うそうだ。
自然界では害虫が付くのは、その作物が死にかけている状態の時し
かないという。自然界の理法に従った農業は見栄えはよくないが、
収穫は近代的農業以上になるし、農作業がほとんどない。

現在、コンドラチェフの波の最下時にいるし、MNさんによると
干支的にもいい状態ではないようだ。もちろん、キリスト教、ユダ
ヤ教では最後の審判という時代であるという。このような感覚が世
界に充満している。
このため、ハルマゲドンを起こそうとするキリスト原理主義者など
が輩出して、もっとも危険な時代になっているようだ。人間の奥深
い所の無意識界から危険信号が出ているように感じる。YSさんは
、沖合から来る大きな波が一番パワーがあり、この波が現代の社会
を壊すことになるという。

徐々に、その大きな波の波頭が見えてきたように感じる。その1つ
に資本主義・市場主義の無原則な準拠を止めようという動きである。
たとえば、エイズの薬品については、製薬会社の特許を制限しよう
という国連の取り決めにより、タイでは特許無効の訴訟も起きてい
る。どうも、世界的に利益を追求する市場経済にある制限を設けよ
うとしているように感じる。

もう1つの流れが、NPOなどの利益を追求しない団体が力を得て
きている。フリーソフトの流れも、その1つの流れになってきてい
る。もちろん、このコラムもその流れに従った行為なのでしょうね。
無意識で、YSさんも私も市場経済主義の限界を感じているために
、このような活動をしているのでしょうね。

アマルティア・セン教授のように倫理的な人間主義を取り入れた
市場経済にするべきであるといい、欧州はこのことを第三の道と言
っている。倫理的な資本主義とでも言うのですかね。石油がなくな
ると、物質的な豊かさに制限が起きる。この時、循環型社会や自然
的な社会が必然的にできるのでしょうね。そして、この裏付けとし
ての精神的な変革が起きるような気がする。現在、その見えない波
を感じて、一部の先端的な人たちが、行動を開始したような気がす
るが。


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