1077.得丸コラム



皆様、

おはようございます。富山はひどい天候です。明日のヨハネスブル
グ提言フォーラム 地域セミナー「いのちの記憶」は、雪になるか
もしれません。

 おかげさまで満員御礼。東京や大阪からもかけつけてくる方もお
られ、実行委員会は受け入れ準備に終われています。

 今年の5月19日の朝、ヨハネスブルグ・サミット提言フォーラムの
共同代表幹事である木附さんと、事務局の星野さんと私の3人で、
八尾町大長谷で自然農を営んでおられる石黒完二さんにお話をうか
がいました。

 このとき伺ったお話が、環境開発サミットに関わった最大の収穫
だと思っております。結局すべてがこのときのお話のままに、推移
したのであり、このときの話をもとに、明日の「いのちの記憶」セ
ミナーが開かれるわけです。

 西原克成先生の「内臓が生みだす心」も、このときの石黒さんと
の出会いがなければ、気づかないままだったかもしれません。

 石黒さんのお話を、ぜひとも多くの方に読んでいただきたいので
、あらためてご紹介します。

 石黒さんの「感謝する。ありがとうございますという気持ちをも
つこと。宇宙は法則によって成り立っているのだということに気付
く。」という言葉は、孟子の「「自分の心の中をとことん見つめる
と、生命の本質が見えてくる。そしてそれを知ることで、宇宙全体
の法則を知ることになる。 (その心を尽くす者はその性を知る。そ
の性を知らば、則ち天を知らん)」(尽心上篇首章)という言葉そのも
のです。

 また、「何かをするのとしないのと、人間は一瞬一瞬に選択しな
がら生きている。自覚していようと、していまいと、今何もしない
ということは、明らかに選択なのだ。その無自覚の選択の結果、行
き着く運命は必然的にわかっている。すべて自分の責任なのである
。」という言葉も重いです。無自覚の不作為によって、人類はどれ
ほど自然を破壊し、汚染したことか。

 いまや、私たちひとりひとりが潜在的水俣病患者であり、すでに
水俣病に無関心な水俣市民である時代を生きているのです。

 こうしてあらためて読みなおしてみると、環境NGOの限界というも
のもしみじみと感じられます。サミットの前に、限界が予見されて
いた、露呈していたというべきか。サミットが終わったあとで、
今後の活動のために反省するいい材料になることを期待します。

得丸久文

*** 自然農法家の言葉 ***

 本日(平成14年5月19日)午前9時から11時まで、木附代表幹事
と事務局の星野さんと富山県八尾町大長谷で自然農法を実践してお
られる石黒さんのお宅を伺い、庭先の小屋のなかで焚き火を囲みな
がら以下のようなお話を伺いました。

 記憶や不十分なメモを頼りに、一部再現してみました。内容に誤
記や誤解あれば、木附さん、星野さんどうかご指摘ください。文責
は得丸にあります。

・ モノの豊かさと心の貧しさ

石黒「貧困ということだが、衣食住があればいい。ここには電気も
ガスも水道もないが、こういう生活で何の不自由もない。衣食住が
あれば、あとは人それぞれの考え方しだい。これまで大多数の人は
このようにして持続可能に生活していた。

 金が欲しい人は金儲けをすればいいのかもしれないが、その活動
が誰か別の人の生存を脅かしているようでは困る。その自覚がない
のは問題。お金を持てば幸せになるわけではないことをわかってい
るのに、心が満たされない不安で、金に頼るようになる。ここの
関係性の整理をつけないといけない。

 家族とは何か。どこまでが家族なのか。今の家族の範囲は狭すぎ
る。分け与えることが本来の人間の喜びのひとつなのに、上っ面な
ものがそれを隠している。自然農も同じ。田んぼに除草剤や殺虫剤
まくのは、どこまでが家族なのかがわかっていないからだ。」

(星野)東京では自分ひとりしか守れません。

・ ヨハネスブルグ環境サミットに心の側面を

石黒「援助とか、開発とかシステムをいくら変えてもダメ。もう少
し心の面をやらないといけない。

 私は『神との対話』という本を愛読しているが、この本によれば
、何かがあって幸せをもたらすのではなく、幸せそのものが何かを
もたらす、ということ。本当のやさしさが結果をもたらす。まず私
がやさしくなければならない、幸せでなければならない。私が平和
だから世界は平和になる、こういった視点でないと何も変わらない。

 市民運動はその壁が乗り越えられない。協調、共生、調和を求め
ていながら、人を非難し、対立する心をもつ。そんな市民運動はや
めたほうがいい。このことを国際会議の場できちんと話してほしい
。心のあり方が大切。まずは自分が変わること。」

(星野)豊かさとは、心の豊かさでなければならない。

・ 心の貧しい先進国の人間が生態系を破壊する

(木附) 焼畑をやってきたラオスの農民が、現金収入を覚えて過剰
な面積で焼畑をしてしまう、といったことがある。

 湖の魚をたくさん獲るために、モーターボートを買うと、借金や
金利でもっともっと獲らなければならなくなり、資源が枯渇する。
フィリピンの林業資源はコンセッション(伐採権)を手にいれた金持
ちが丸裸にした。日本はその材木に対して対価を支払ったが、、、、。

 先進国のきらびやかな文明と途上国の間にギャップがある。

石黒「先進国の人には、途上国の過剰生産が近い将来にカタストロ
フをもたらすことがわかっている。それでも買い付けを続けるのは
、先進国の人の心が貧しいからではないか。貧困問題、貧困問題と
いうが、問題は途上国のモノの貧しさではなく、先進国の心の貧し
さこそが、貧困問題である。先進国の物質的に豊かな人のほうが、
心は貧困である。心の奥底で自然とのつながりを失って、不安だか
ら。

 自然に生きる人には不安はない。生死を乗り越えているから。」

(木附) 先進国の人は、自分が貧しいということをわかってない。
途上国では資源が枯渇してやむなく農村離脱して都会に行き、心も
貧しくなる。

石黒「問題があるというところから出発するから、問題。いろいろ
と問題があるといって、対立を作っている。そのように考えるから
、私たちは自分の心の中に対立作っている。問題のないところから
出発しなければならない。」

・ 今しかない

(木附)これから持続可能な教育の十年を始めようとしているが。

石黒「このままいくとどうなるかということではない。この世の中
には『今』しかない、人間が行動できるのは『今』だけ、今何をや
るかが大切ということを教えなければならない。

 将来のことを心配してあせるのではなく、それを今の選択と行動
に切り替えることだ。海洋がこれからどれくらい汚染して、魚に影
響がどのくらい出そうかということではなく、今洗剤を使うことを
やめるのだ。

 食糧自給率が低いと騒ぐが、日本の気候風土ではいざというとき
に作ることができるので、心配はいらない。川口よしかず先生は、
『何も心配するな、あなたがナス一本植えれば自給率は上がる』と
いわれる。頭でっかちになると、それができない。」

(木附) わかっていてもできないのです。

石黒「『わかっててできない』という人がいるが、それは違う。
それはわかっていないということなのだ。今しかないということが
わかってないのだ。

 何かをするのとしないのと、人間は一瞬一瞬に選択しながら生き
ている。自覚していようと、していまいと、今何もしないというこ
とは、明らかに選択なのだ。その無自覚の選択の結果、行き着く運
命は必然的にわかっている。すべて自分の責任なのである。

・ 持続可能な道

(木附)持続可能な道ということに意味はあるだろうか。

石黒「言うのではなく、やるのでなければならない。あなたが言っ
ているのはさかさまだ。
『完璧なものは何もない』と最初からいうのではなく、完璧が先に
なければならない。まず自分が完璧になるのだ。

 これまでの思考形態では解決しないというのは、考え方が間違っ
ていたからだ。何かがあるから幸せになると思うのは間違い。幸せ
だから何かをする、幸せが結果を生むのだ。

 幸せは外部から獲得するものではない。自分自身の中にある。」

(得丸)自分自身の中に幸せがあるということに、人はどうすれば気
付くのか。

石黒「感謝する。ありがとうございますという気持ちをもつこと。
宇宙は法則によって成り立っているのだということに気付く。」

(得丸)都会人は自然の中に住んでいるわけではないから、なかなか
それに気付けないのではないか。

石黒「人間は長い間自然と触れ合ってきた。だから遺伝子の中には
自分が生かされていることを感じる因子がある。ふだんは出てこな
くても、ストレスにあうと出てくることもある。行き詰まれば行き
詰まるほど、出てくるのだ」

以上
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敗戦のPTSD

CHOKO東さんの辛口の批判は実にあたっていますね。海外に一度でも
住んでみると、今の日本の本心を隠してこそこそして生きている欺
瞞的な生き方が、嫌で嫌でたまらなくなるものです。

おそらく最大の原因は、戦争の心の傷をごまかしたままで、57年以
上も過ごしてしまったことではないでしょうか。昨年出版された
土居健郎の「続・甘えの構造」(タイトルちょっと不安)に指摘され
ていることです。土居さんは、なんとかして日本人にそのことを気
づいてもらいたかったのだと思いますが、マスコミも市民も反応し
ないですね。

この心の傷を隠すために、進歩的文化人、左翼、マスコミが犯した
罪はものすごいものがあります。彼らの生き方こそが、欺瞞そのも
のであり、彼らが戦後の日本を腑抜けにした張本人なのだと思いま
す。

得丸久文


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