1069.得丸コラム



きまぐれ読書案内 生命の記憶に目覚める

西原克成著 「内臓が生みだす心」2002年、NHKブックス

  私はこの夏、南アフリカで開かれた環境・開発サミットに一市民
の立場で参加した。
その心の準備として2月に永平寺に参禅したところ、雲水から「こ
こには(地球環境問題の)答えはありません」と突き放された。最初
は冷たいと思ったが、道元の時代には、地球温暖化も海洋汚染もな
かったのだ。答えは自分で求めるしかないことに気づかされた。

 そのとき思い出したのが、「個体発生は系統発生を繰り返す」と
いう言葉。人間の胎児は、受精して誕生するまでの間に、5億年の
生命進化を追体験する。三木成夫著「胎児の世界」(中公新書)によ
れば、人間の胎児は、受胎後32日目は、鮫のような顔でえら呼吸し
ている。38日目にかけて、上陸して肺呼吸に変わる。このとき、
胎児はもっとも衰弱し、母体はつわりに苦しむ。

 私たちは、宇宙のリズムと法則にかなったから受精し、生命進化
の歴史をみずから体験してこの世に生まれてきた。ならば、生まれ
た後も、それにしたがって生きるべきではないか。

 西原克成著「内臓が生みだす心」には、サミットから帰国した後
に出会った。人間の顔も心臓も肺も生殖器も、もともとは原索動物
の腸管が重力によって徐々に機能分化し進化した。三木成夫の学説
を継承する独自の説得力ある進化論が展開される。

 鮫を陸上げすると、鮫がのたうちまわって血圧が上昇し、大気中
の酸素を取り入れることができるようになることも、西原先生は実
験で確かめている。

 突然変異ではなく、重力が働いて進化は起きた。人間は特別では
ない。すべての生物と同じ進化の流れの中にいる。

 私たちの心が腹にあることは東洋では常識だった。西原先生は、
心とは、「新陳代謝と同時に起こる電子の受け渡しの渦の回転」、
電導体である体内でおきる電気現象
だという。内臓が栄養を消化吸収し、それが新陳代謝を引き起こす
から、心理現象は起きる。心は腸にあるのだ。

 だからファーストフードや農薬・添加物まみれの食品は、体にも
心にもよくないのであり、細胞や個体の再生産を促す食欲や性欲は
、常識など構わずに、私たちを突き動かす。

 「孟子」も生命の記憶について論じていた。「自分の心の中を
とことん見すえると、生命の本質が見えてくる。そしてそれが宇宙
の法則にしたがっていることがわかる。
(その心を尽くす者はその性を知る。その性を知らば、則ち天を知ら
ん)」(尽心上篇首章)

 人間は、生命の記憶に目覚め、普通の生き物としての分をわきま
えた生き方に戻るべきでないか。

(得丸久文、2002.10.30。なお、この書評は、
北日本新聞2002年10月27日付読書欄のコラム「読書ライフ」に加筆
したものです。)
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21世紀の遣唐使

 日本の歴史において、中国は有史以来、文明の地であり、文化が
渡ってくるところ、文化を学ぶ場であった。世界の四大古代文明の
中で、唯一現代にまで継続しているのが中国文明であり、日本は
その周辺において独自の文化を構築してきた。

 その周辺国である日本が、中国をややもすると蔑視するようにな
ったのは、中国が欧米の植民地攻勢に敗れたアヘン戦争以降のこと
である。まことに残念なことに、欧米列強に混じって、日本が中国
に軍隊を進めたこともあった。また戦後のめざましい経済復興をと
げた日本人の目には、長い間貧しい生活に甘んじていた戦後の中国
人の生活を見下すところもあった。それは間違っている。今こそ
中国に学ぶべきではないか。

 杭州で開かれた学会に参加するため、私は10月22日から6泊
7日で、上海、杭州、紹興、寧波を回って昨日帰国した。3年前に
北京で友人たちと遊んだが、上海ははじめての訪問。空港アクセス
のために、現地に12年住む旧友の家にやっかいになり、杭州で学
会に3日間参加し、合間に西湖のほとりの茶店で龍井茶を飲んだ。

 紹興では魯迅の小説に出てくる居酒屋で酒を飲み、寧波では道元
や雪舟が修行した天童寺に一泊し朝の勤行に参加し、鎮海の招宝山
に登ってかつて雪舟が描いた島々(清朝末期に海防のため埋め立て
られて陸続きとなっている)と砲台を見た。寧波から上海への移動
は飛行機を利用したので、陸上移動に限れば、杭州湾に沿って「く」
の字の形に移動したことになる。

 この短い滞在、限られた場所の見学の中で、私が見て感じたこと
は、わずかなことであるが、中国文明の奥行きの深さを実感したの
で、あえて記すことにする。

1 デルタの力
 上海から杭州までノンストップの列車で約2時間。前日に予約し
てもらった席に座る。列車は満員。全席座席指定のはずなのに、席
をめぐって、そこここで口論のような言葉のやりとりがおきる。
だが、けっして手は出ず、数分でなにごともなかったかのように静
かになった。

 窓の外には稲刈りを前にした水田が延々と続く。中国全土の地図
からするとごくわずかな距離の移動なのだが、それでも日本では決
して目にすることのない風景だ。この国は、14億人?の人口を食
べさせるだけの生産力をもった国であるという厳然たる事実に気づ
く。

 人工衛星ランドサットの受信局がひとつあると、直径5000
kmの地域のデータを受信することができる。中国全土をカバーす
るためには、受信局はひとつでは足りなかった。巨大な国だ。

 とてつもない土地の広さ、人口の多さは、日本にいるとなかなか
実感できなかった。今回移動してはじめて実感できた。

 揚子江や黄河のデルタ地帯であるために、勾配の少ない平原が続
いている。だから、自転車という交通手段を多用することができる
のだ。自転車は多いが、原付はほとんど見なかった。この背景には
、政策的なものもあるのだろう。

 中国は、多くの人口を養うための農地に恵まれ、低いエネルギー
消費で生活可能な恵まれた土地なのだ。中華思想を持って、自らを
文明と称するのももっともなことだ。

2 文明の多様性と法則性
 今回は、杭州や上海で中国料理を食べた。実に多様な調理法があ
ることを知り、感動した。

 人々はとても親切で、顔つきも一生懸命だ。日本では、昼間から
大の大人がパチンコや競馬といったギャンブルにうつつを抜かし、
ゲームセンターや漫画喫茶で油を売っていると思うと、恥ずかしく
なる。

 タクシーに乗ったかぎりでの中国の運転マナーは、車線をはみ出
したり、車が横断歩道を渡ってユーターンしたりと、かなり思い切
った運転をしている。ぶつからない限り何をやってもいいようだ。
車の数がまだそれほど多くないからできるのだろう。

 だが、むしろ、放縦な運転をしているように見えながら、お互い
がぶつからないようにお互いがかなり気を使っているような印象を
受けた。対向する運転手同士の呼吸のようなものを感じた。

 これは、列車の席取りで口論をしている人々も同様で、まるで喧
嘩をしているようなのだが、すぐに何事もなかったかのように収ま
るのだ。喜怒哀楽をはっきりと出すことは、心の健康にもいいのか
もしれない。それは認めておいて、それ以上に深入りすることはな
い了解があるのだろうか。

 このあたり、古代から続いている文明の力かもしれない。中国人
の意識の中に、許されていること、してはいけないこと、しなけれ
ばいけないことが、ルールとしてきちんと刷り込まれていて、共有
されているのだ。

 一人っ子政策にしても、本来であれば子孫繁栄を願う中国人にと
っては、大変に辛い政策であるとおもうのだが、きちんと守られて
いる。その分だけ、子供を大切にしている様子が感じられる。

 世界は、いろいろな点で、中国に学ぶべきではないだろうか。個
人の自由や感情表出を認めて、ひとりひとりが一生懸命に生きてい
ながら、人口管理やエネルギー消費の点では厳しく全体のルールに
従わせる。これは地球環境問題の解決策ともなりうる。

 中国人の心のすばらしいところをもっと学び、低迷する日本人の
意識を活性化させることはできないだろうか。21世紀に中国を
訪問する一人一人は遣唐使のつもりになって、中国のいいところを
学ばなければならない。

(PS : 同様に中華思想をもつフランスは、やはり農業国であり
、文明を自称している。フランス人も食にこだわり、個人主義であ
りながら、全体としてはワンパターンな生活スタイルをしている。
中国とフランスは似ている。)
(得丸久文、2002.10.29)


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