964.得丸コラム



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きまじめ読書案内 「魚湧く海」
(水俣病患者連合編、葦書房、1998年、2800円)
--- 水俣から南アフリカへ ---
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1 真実のルールにしたがって紡がれた言葉
「持続可能な開発」は概念矛盾である以前に、そもそも具体的な現
実の裏付けがない。
たとえば、「海」、「空」、「山」、「川」、「りんご」といった
言葉は、常に言葉の背後に具体的な現実存在を想起させる。
しかしながら、「持続可能な開発」あるいは「持続可能な未来」と
いう言葉を聞いて、具体的なものをイメージすることはできない。

「持続可能な開発」は、現実存在を伴わないために、そもそも真実
性を保証しようがない概念なのである。
どうであれば真実であるといえるのか。たとえばそれはアゴタ・ク
リストフの「悪童日記」の中で、真実のルールとして説明されてい
る。

「ぼくらには、ひとつとても単純なルールがある。作文は真実でな
ければならない。ぼくらは、そこにあるもの、ぼくらが見るもの、
ぼくらが聞くこと、ぼくらがすることを書かなければならない」
子供の作文のスタイルをとって、単純な構文や簡単な単語を使うこ
とによって、意味のあいまいな言葉、多義的な言葉、定義の不透明
な抽象概念を周到に取り除いて、「悪童日記」は書かれている。
どこの誰が読んでも誤解が生まれないような厳選された単純な言葉
が使われている。これは、社会主義のきれいごとに絶望した旧東欧
からの亡命作家だからこそ使えた文体であるといえよう。

水俣の患者が語る言葉もまた、真実のルールに基づいている。だか
ら読むものの心に、言葉がそのまま伝わって来る。
水俣の患者が語るのは、かつて魚がたくさん獲れたころの海や浜や
港や漁の様子、さまざまな種類の魚をどのようにして獲っていたか
、水俣病が流行るころに起きた異変、親族や自分自身の発病と症状
、認定申請・保留・棄却のプロセス、今思うこと、、、、どれも彼
らの心に焼きついた生々しい現実に裏付けられたリアルな記憶ばか
り。そのため言葉が心から心へと直結するのだ。

このところ何冊かまとめて水俣関連の本を読んできたが、水俣の本
に惹かれるのは、書かれている言葉に実在感(リアリティー)があ
るからだ。水俣関連の著作の言葉には中味がしっかり詰まっている。

2 申請して認定されれば「水俣病」?
たとえば、水俣市の対岸である御所浦における水俣病患者について
、1979年6月11日に白倉幸男さんが法廷で証言した言葉。この言葉か
ら感じ取れる患者とその家族たちの心模様の現実感と、その背後に
ある「水俣病」という言葉の不思議な使われ方。これはいったい何
だろうか、と思わずページを繰る手が止まる。

水俣から20km離れた御所浦に住む人は、当初水俣病を「対岸の火」
のようにとらえていた。漁業の問題もあって、御所浦では、医者に
水俣病の疑いがあると言われても、認定申請をためらう人が多かっ
たそうだ。

水俣病の認定申請をためらう理由として、白倉さんは、水俣病であ
ると子供たちに配偶者が見つからないという家庭的な問題、水俣病
であると、町のみんなから嫌われる、迫害されるという社会的な問
題、町長・助役・議会もぜんぜん取り上げない、われ関せずで非常
に冷たく取り扱われるという政治的問題を指摘する。

ーー その三つの理由について、具体的に申請自体について非難さ
れるとか差別を受けるとか、そういうことを見聞きされたことがあ
りますか。
はい、私の網子の船頭をしとった男がおりましたが、この船頭があ
んた絶対に水俣病に間違いないから申請しなさいと(医者に)勧め
られたんです。ところがこれに娘さんが三人おります。その娘さん
がいわく、絶対にお父さん水俣病にだけはなってくれるなと、私が
嫁にもらい手がないということ。それから、その長男が漁業者なん
です。おやじ、あんたが水俣病になると私はもうあんたと別居する
ぞと、養う義務があるけれども、あんたとは別居しなければ私が一
人ころび(村八分)されるから、どうかなってくれるな、とこうい
うふうな例がいくつもあってます。(p153より)

この部分を読んで、不思議な気がした。水俣病になるとは、水俣病
の症状に苦しむことではなく、水俣病として認定されることをいう
らしい。水俣病の認定を受けて、補償金をもらうことが水俣病にな
ることで、水俣病の症状を持つことが水俣病になるということでは
ないらしい。

昭和44年の「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」にも
とづく認定審査会の存在が大きすぎるのではないか。補償金をもら
うかもらわないかの違いが、あまりに脚光を浴びすぎてはいないか
。救済法のために、水俣病の本質が見えにくくなってしまったよう
な気がする。緒方正人さんが認定申請を取り下げたのも、このあた
りの事情によるのだろうか。
水俣病本来の問題は、どこに隠されてしまったのだろう。

3 南アフリカのアパルトヘイトと水俣湾の海洋汚染
「『政府解決策によって、水俣病問題は解決した』という意見があ
るときく。もしそれが本当だとしたら、そのような見方は間違って
いる。」(P306)

この言葉は、カッコ内を『人種差別法体系の廃止と一人一票制の導
入によって、アパルトヘイト問題は解決した』に置き換えても、
十分通用する。「そのような見方は間違っている」のだ。

南アフリカのアパルトヘイトは、単なる人権抑圧状況であったので
はなく、17世紀半ばから300年以上にわたって続いてきた植民
地体制であった。人権抑圧状況であったなら、それがなくなれば、
現状復帰されて問題はすべて解決されるのだが、植民地体制は長期
的な富の収奪のメカニズムであり、国土の8割以上を白人が所有し
、居住地も人種別に隔離されている現状を変えない以上、アパルト
ヘイトの問題は解決されようがない。(「『民主化』の声に消され
た南アフリカの『植民地解放』」、「ワヤワヤ、南アフリカ」参照)

水俣も南アフリカもともに1990年代に大きな節目を迎え、どち
らの場合もその節目が解決であるかのような外観を一見与えたが、
本質的な問題は解決されていないことで共通している。

それと、水俣湾が、地球上の海洋全体の環境汚染の恐ろしさを示し
た縮図であるとすれば、南アフリカは、南北問題という世界経済が
抱える矛盾の縮図である。

私たちは、水俣や南アフリカという比較的小さな空間で起きた悲し
い事件や矛盾を、自らの経験として受けとめ血肉化することによっ
て、解決へと導く手法を獲得することができるだろうか。同じ悲劇
が地球全体に広がることを防ぐことができるのか。

水俣に、南アフリカに、私たちは何を学べばよいか。そして、学ん
だ上でどう行動すればよいのか。

ヨハネスブルグ・サミットの現場では、こういった質問をいろいろ
な人に投げかけてみたい。
(得丸久文、2002.07.13)
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ヨハネスブルグ・サミットNGOロジ担日記(その5)

  ーーー 文明の原罪としての水俣病 ーーー

きまぐれ読書案内 
          吉田司著「夜の食国(おすくに)」(白水社)
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くらきよりくらき道にぞ入りぬべきはるかに照らせ
    山の端の月             和泉式部

1 人間の底知れぬ愚かさを照らし出す小説
 ヨハネスブルグサミットに日本からもっていくのにふさわしい
メッセージは水俣にある、という直観にすなおに従って、このひと
月で水俣に関する本を5册読んだ。

 はじめの4册は、今も水俣に住む人たちが自分で書いたか、聞き
書きした本だった。記録文学、あるいはわかりやすい科学書。
どれもすばらしい本だが、強いて難点をあげれば、きれいすぎる。
自分でしゃべったり、書いたりすると、どろどろとした汚い部分は
ついつい省いてしまうからか。酒でいうと蒸留酒。

 5册目は、小説だった。それももはや水俣にいない作家が、水俣に
住んでいたときに「約500本のテープに様々な人々からの聞き採りを
行っ」て、「それを文字に起こして一行一行のフレーズまでバラバ
ラに分解し」、「それらをめちゃくちゃにつなぎ合わせ荒唐無稽な
人生を幾つも作り上げた」ものだ。こっちは密造酒、あるいはどぶ
ろく。市販には向かないかも。

 自己申告と他人評価とをないまぜにして、どこにも責任のかから
ない、本当だか嘘だかわからない文章になっている。そのかわりに
、ゴシップ週刊誌並のどろどろとしたスキャンダル話、信じられな
いほど馬鹿馬鹿しい男女の痴話話、途方もなく悲しい話が所狭しと
並んでいる。

 小説は、匿名性や無名性という隠れみのによって現実を解体して
、より生々しい真実へと昇華させる手法なのか。

 この小説が水俣の人たちに総スカンを食らったというのもわかる
。水俣の人たちが読めば、モデルが誰かも特定できるし、自分の恥
がさらされていることもわかるからだ。自分たちが過去に犯した過
ちが、まざまざしく記憶に蘇ってくるからだ。

「あっちでもこっちでも夫婦喧嘩の弾みおったなあ。奇病なんかそ
っちのけで、男と女が嫉妬合戦してにらみ合いおったんじゃから」
「昔から同じ船に乗り合わせた者は見知らぬ仲でも助け合うち話や
が、なあーーんのそげな事があろうかい。いがみ合って傷つけ合う
ばかりやったよ」(p301)

 現実はそんなところにあったのかもしれない。そのほうが、むし
ろリアルに水俣を感じられる。水俣を身近に感じられる。

「夜の食国」は、水俣の人のためではなく、水俣の外に住む我々に
、ごまかしなしの本当の水俣を伝えんとして書かれた小説なのだ。
我々外部の人間を、少しでも生身の水俣に近付けようとして書かれ
たのだ。

2 真実よりも重たい嘘
 水俣の時空間を知らない我々は、水俣病は、純朴な漁師さんたち
が、波静かな海で漁をしながら平和に暮らしていたところに、突如
として降って湧いた公害病であるかのようにとらえていなかったか
。何のドラマ性もない平和な部落が、突如として水俣病の災厄にみ
まわれたかのような錯覚に陥っていなかったか。

 そんなことがあろうはずがない。戦前から、部落には「濃ゆすぎ
る血の生臭い匂いがたちこめていた。」けんか、勢力争い、癩病患
者差別、気違い、捨て子、娘売り飛ばし、犬神の呪い、近親婚、伝
染病、さまざまな災厄とそれに苦しむ人々、いがみあい憎みあう人
間のドラマが渦巻いていた。

 そのようなドラマこそ、生身の人間のドラマである。それを物語
りとして垣間見ることによって、はじめて、水俣に住む人が我々と
同じに愚かな人間であるということがわかって、水俣が身近に感じ
られるようになる。
我々だって、同じ状況になったら、同じ過ちを犯すに決まっている
だろうなということが実感できる。

 この小説では、生き、病み、狂い、死んでいった幾多の魂が、も
っとも存在感(reality)をもつように描かれている。
「(癩病の)お月さんが出て行った屋敷跡は、癩病じゃ厄災じゃと言
って、最近まで買い手がつかんかった。ところが四年前に五郎さん
夫婦が奇病の補償金が入ったからと言って、その地所を買い取った
わけ。ブルドーザを入れて整地し直しとったら、庭の奥に小まーん
か石の仏さんがあった。その石仏さんはお月さんと御亭主どんが朝
な夕なに拝みおった願い仏さんですもん。
それを『なんじゃこんなもの邪魔だ邪魔だ』と奥さんがやかましゅ
う言うもんで、五郎さんが波止場からポイと海の中に棄ててしもう
たわけですよ。ほーしたら、間もなくじゃった。五郎さんが漁船か
ら落ちて死なしたっですよ。凪いだ海の上でですよお」(p171)

 神話的あるいは霊的呪術的な風土を舞台に、奇病とその補償金を
めぐってリアルな物語が新たに紡ぎだされ、人々に記憶される。
それぞれが嘘か誠かとウラを取るわけでもなく、あい矛盾する話も
並記するというズボラさ、あるいは真実とはそんなものだという
達観とともにこの小説はある。

「手前えは宴のイヌだろ。お前があちこちの部落回って粗探しした
り、人様の嫌がることばかり暴露してるって話は、ここまで聞こえ
てきとっとぞ。神妙にしろいッ」と怒鳴れらながら、蔑まれながら
、著者は人々から話を収集する。実は人々の側こそ話したがってい
るのだということを著者はちゃんと知っている。

「お前な、浅海の本当の姿が知りたいか?」
「いいえ、ちっとも」
「んなら、嘘や法螺話でいいのか?」
「ヤホ六さん、人間はね、嘘なんかつけないんですよ。人の心の中
の闇にまぎれ込めば、真実なんかよりもっとずっとのっぴきならな
い嘘が数々見えてくる。なら、その嘘何て言えば良いの、真実より
も重たい嘘って。
大体ね、『これは真実だ』なんて言って聞かされる話は大抵与太話
ですよ。部落噺は真実が嘘で、嘘が真実ですよ」
「全くひねくれた奴だな(笑)。んなら、お前のいざりの親父に免じ
て跛を一人紹介してやろう。」(p201)
 こうして新たなネタが仕入れられるのだった。

3 文明の原罪
 著者は、聞き採った話に特段コメントを入れない。一切の価値判
断を加えない。聞いたままに発病、症状、死、そして周囲の様子を
文字にしていく。

 源太が小学2年になった時、トッポントッポンやって、歩けなく
なった。全身痙攣と高熱が続き、原因不明で死んだ。(略)
「それが間もなく、原因は尾平奇病の水銀じゃと判明してな、会社
から病気補償の出る騒ぎですたい。源太が死んで見舞金の40万ば
かり入ったからと、緑谷の零落共が集まって、奇病万歳万歳と大騒
ぎ(笑)。そりゃあ、そうですよ。あの頃の40万と言ったら、貴方
、そりゃ百万長者も同じこと。赤飯炊いて鯛焼いて、祝酒でカッポ
レ踊って。毎日朝から晩までドンチャン騒ぎ。
 あ、カッポレ、カッポレ 奇病でカッポレ(笑)」(p267)

 カッポレでも歌って踊る以外に、人々にどのような時間と金の使
い道があっただろうか。不謹慎だとか、無知だとか、愚かだとか、
第三者の批判はいくらでもありうる。でも、著者はそれをしない。
ひたすら語られるままに書き留め、文字に起こす。そうすることで
、語る者の心と一体化できる。それが語り手の心を、最大限尊重す
る方法ではなかろうか。

 ある小さな部落に住んでいた5人の家族の間で生じたおぞましい
罪と災厄を語るとき、著者は珍しくしみじみと感想を述べる。

 確かに人は一人では生きられぬ。しかし寄り添って暮らすことだ
って余り誉められたことではあるまい。
家族であれ村であれ、人が群がるとたちまちそこにはおぞましい罪
と災厄が生じるのだった。そして、それは一人一人の人間存在が罪
深かったからというよりも、人が寄り集まって生活すること自体が
そもそも間違いのもとだったからではないのか。人間の暮らしが果
てしない罪と罰の繰り返しであるのはそのためであり、姦通や瞋恚
(しんい)や嫉妬の七つの大罪とは、人間の原罪と言うよりは暮らし
の原罪と呼ぶべきものではなかったろうかとーー (p137)

 原罪であれば、ひとりひとりの人間の責任を問うことはできない
。運命づけられた罪であるからだ。

 だから著者は、何が正しくて何が間違っているかといった価値判
断は一切行なわない。ああすればよかった、こうしなければよかっ
たという反省もない。

 著者のこの達観は、小説全体を貫き通している。だから、本書の
中には、水銀をまき散らした会社への恨みも怒りも出てこない。

 著者の意識の上では、水銀垂れ流しによって起きた奇病も、結局
はこの人間が寄り集まって暮らしている原罪に運命づけられていた
ということになるのだろう。

 結論としては、緒方正人さんの著書「チッソは私であった」に書
かれてあるメッセージに近くなってしまった。

 水俣病は、文明の原罪として発生した。

 ヨハネスブルグで世界の人々に水俣から伝えなければならないメ
ッセージは、「この悲劇は文明の原罪の結果生まれた」ということ
かもしれない。
(2002.07.17, 得 丸  久 文)

http://www.asahi-net.or.jp/~ug5m-ibsk/mlmem/jbmlindex.html


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