2822.中国の世界覇権戦略



中国の世界覇権戦略


                           日比野

1.中国の世界覇権戦略

中国の世界覇権戦略を考えてみたい。これまでの中国の動きを見る
限り、極めてスタンダードな国家戦略を進めているように思える。


・外交戦略は『遠交近攻』 。オーソドックスなやり方。

『遠交近攻』とは、中国戦国時代に范雎(はんしょ)が唱えた戦略
。遠方の国と親しくして、近い国を攻め取る外交戦略のこと。「史
記」では、もと魏の臣であった范雎が秦王に、秦から遠い齊や楚と
は同盟し、近い韓・魏・趙などを攻めよと説き、秦はこれを入れて
六国を滅ぼした。

今の中国にとっての遠国とはEU、アメリカ、オーストラリア、中
東、アフリカだろうけれど、EU、アメリカ、オーストラリアには
市場開放と外資誘致の餌でよしみを結び、中東には武器輸出をして
、アフリカには経済援助をしている。

隣国となると朝鮮半島、日本、東南アジア諸国、インド、ロシアに
なるだろう。陸軍・海軍が強ければ、直接軍事行動で威圧するのだ
けれど、まだそこまで強くはないので、迂遠ながらも、移民政策と
スパイ活動、情報工作によって攻撃している。

じわじわと中国の勢力圏を広げていって、やがて世界中を飲み込ん
でゆく戦略。


・軍事戦略は『一点集中』。

一番肝心な部分にまず注力して兵や武装を整える。まずは核を持つ
ことで外からの攻撃に備えて、次に人民解放軍を増強して、政権の
安定を図ってきたのがこれまで。これから外部拡大のフェーズとみ
れば、陸軍はもとより、海軍の整備にも取り組むことになる。

そのためには、邪魔なアメリカ太平洋艦隊を排除しなくてはならな
い。だからMD衛星破壊とステルス潜水艦の開発を行ったのだろう
。狙いは西太平洋とインド洋の制海権の確保。これに伴って、空母
の開発が次の目標。まずは東アジア地域覇権の確立が狙いとなる。

西太平洋とインド洋の制海権が確保できれば、東南アジア諸国と日
本をエネルギー的に締め上げることが可能になる。この時点でほぼ
東アジアの地域覇権が確立する。
 


2.東シナ海ガス田の重要性

昨今問題になっている、東シナ海のガス田。一説では尖閣諸島周辺
海域の油田はイラク油田に匹敵するとも言われている。

イラクの原油の推定埋蔵量は1125億バレルに対して、尖閣諸島
周辺海域の原油推定埋蔵量は、日本側の1970年の調査で109
5億バレル。中国側の1980年代初めの推計で700億〜160
0億バレルあるという。

本当だとすれば、イラクに匹敵する油田が日本近海にあることにな
る。

この油田を開発して、国内に供給できるようになったとしたら石油
の中東依存の構造から大きく離れることができる。

当初、東シナガス田開発に手を貸していた外国企業は、採算に疑問
があるという理由で手を引いた。中国は急増する国内需要と、大消
費地である上海に近いことから、採掘にあたっての選択の余地がな
いことは十分に分かる。

それに対して日本は、単独開発に踏み切れないでいる。だけど、エ
ネルギーに関していえば、採算に合う合わないという話と開発の是
非は別の話として考えたほうがいい。エネルギーの供給は現代文明
の生命線だから。

万が一、中東からのシーレーンを中国に抑えられてしまって、石油
や天然ガスを全く持って来られない事態になれば、国家機能がスト
ップしてしまう。石油パイプラインをいつでも止められる中国と北
朝鮮の関係となんら変わらなくなる。

そんなときに近海に油田があれば全然違う。採算云々の問題じゃな
い。赤字だろうがなんだろうが、資本投下してやるべき第一優先課
題になる。

問題なのは、EEZで考えた場合、東シナ海では日本と中国の20
0カイリが重なるために、どこまでが両国のEEZなのかで主張が
対立してること。

日本は両国の海岸線から等距離の「中間線」を境界にすべきとして
いるけれど、中国は大陸棚は中国大陸から張り出して形成したもの
で、大陸棚の先端の「沖縄トラフ(海溝)」までが中国のEEZだ
と主張してる。

早急にEEZ境界が画定すれば良いのだけれど、いずれにせよ、こ
れは水掛論になってしまい、双方の話し合いだけでは時間を浪費す
るだけになる可能性が高い。

更に、ガス田の日中共同開発折衝で、中国が台湾寄りの尖閣諸島側
の開発案を出してきたそうだけれど、これは将来の台湾併合を睨ん
でのことのように思える。
 


3.民主国家の弱点

先日、オーストラリアで総選挙が行われ、政権交代が決まった。親
中派のケビン・ラッド党首が次期首相に就任することになった。

移民をどんどん受け入れ、特に中国移民を多く受け入れたことも影
響しているのではないかとの観測も出ている。

ウイグル・チベットの例をみるまでもなく、中共のやり方はだいた
い同じ、人口を武器とした「植民政策」。ある意味核より怖い。

相手国を圧倒的な人口移民によって乗っ取る。たとえ参政権がなく
とも票は金で買えるもの。親中派候補に資金援助をすればいいだけ
だから。

民主国家は個人の能力を発揮できる社会である反面、人口攻撃に弱
いという弱点がある。

中国はこうした政策をどんどん進めていく。そして軍事的覇権を握
ったあとでも、この殖民政策は進めていくと思う。

帝国主義は、自国領土を拡大して周辺国を占領または併合してゆく
ものだけれど、その影響は、中国とアメリカでは決定的に違うこと
は留意しておくべき。

アメリカは自由民主主義国家だから、占領国に対しても時期がくれ
ば、独立主権を移譲する。傀儡政権であったとしても主権在民の建
前は守る。

だけど中国はそうじゃない。2005年10月に中国政府が発表し
た「中国の民主政治建設」と題した白書によると、中国の民主主義
のもっとも重要な特色として、「中国共産党の指導する人民民主」
を挙げている。

そこでは、「中国の民主は中国共産党の指導する人民民主である。
中国共産党がなければ新中国はなく、人民の民主もない。」と言い
切っている。

要は、アメリカが世界中に普及させようとしているような、国民主
権の自由と民主ではないということ。思想統制を前提としている。

今の中国が拡大していって、世界中が中国の殖民政策に飲み込まれ
尽くすと、全体主義的性格をもつ世界帝国が出来上がることになる
。
 


4.心を攻める覇権維持

現代戦争は兵器技術が占める要素が大きく、莫大な開発費が必要に
なる。軍は戦争によって敗れなかったとしても、軍を支える経済が
持たなくなって崩れてゆく。

圧倒的兵器性能差を維持しようとすればするほど、経済的負担がど
んどん重くなっていかざるを得ない。そして自重で潰れてしまう。

アメリカは、他国がどんなに頑張っても追いつけないくらいの圧倒
的軍事力差を確保することによって、覇権を維持していったけれど
、多分中国はそんな不経済なことはしない。

「心を以って攻めるを上となし、兵を以って攻めるを下となす」

三国志の蜀の軍師諸葛孔明が「南蛮征伐」を行うに際しての、参謀
馬謖の進言。

覇権に対する挑戦国が現れるためには、まず覇権を狙うという野望
を持つことがスタートになる。その野心から挑戦国が生まれてくる
。だから、その野心すら持たないようにさせればいいと考えるほう
がもっと効率的。ある意味、戦後の日本に対して行われたWGIP
みたいなものだけれど、もう少しえげつないやり方。

まず、植民政策によって周辺国を半中国化させてゆくのが第一歩。
次に将来の反乱の目を摘んでおくために、半中国化させた国の伝統
や民族意識を破壊し、独立など思いもしないように仕向けていく。
同時に思想統制も徹底して、政府転覆の芽を摘んでおく。

仮に統制国家があったとして、民主国家で思想信教の自由、表現の
自由が保障された上で、不都合な真実を隠す国家と、情報統制と全
体教育による画一化によって考える材料すら与えない国家とでは、
後者のほうがより悪質。前者は将来の政権交代の可能性が残されて
いるけれど、後者にはほとんどない。全体主義の怖いところ。

日本の拡大戦略はといえば、文化を輸出したり、日本企業の海外生
産などで、「ニホン」を世界各国にばら撒いて、現地の人が良いと
思って受け入れてもらうことで、シンパにしていく戦略になるけれ
ど、中国は直接移民を送って、自国に有利なように人口分布を塗り
替えてゆく。

日本は相手の心を正攻法で攻めていくけれど、中国は自国の心を相
手の心に植えつけていく。今のウイグル・チベットの姿が将来の世
界の姿にならない保証は誰にもできない。



5.中国の軍事拡張の問題

現代戦争は核を除けば、一会戦においては、通常兵器の性能の差が
決定的に戦局を左右する。

だから、張子の虎でない、実質的な軍を持とうとすれば、それなり
の経済負担は必要になる。今後、先進国に匹敵する、具体的にはア
メリカほどの兵器開発技術を手にいれ、それを運用しようとすると
、とんでもない経済的負担が必要になることは明白。

さらに軍の維持ができる経済力と兵器開発のための技術力の問題、
あとは兵站も考慮した継戦能力の問題もある。

今の人民解放軍は近代化を着々と進めているといわれているけれど
、そちらに資本を投入している分、人民はほったらかしになってい
る。

国内の地域間経済格差は拓く一方、ジニ係数は警戒ラインの0.4
をとっくに超えて、0.46とも0.49以上とも言われている。

実際に、中国各地で暴動が頻発しているし、この状況のまま軍備拡
張はとても進められないように思える。

だけど、これまで見てきたような周辺国を中国移民によって半中国
化してゆく戦略の一番怖いところは、必ずしも人民解放軍を、全部
が全部近代化しなくていいという点。

相手国を心のレベルから中国に併合させていって、歯向おうとすら
考えなくさせるから、アメリカのように世界中に駐留基地をおいた
り、占領のための軍を用意する必要がない。なんとなれば、移民の
中にゲリラ工作員を紛れ込ませておけばいい。

孫子の兵法の「戦わずして勝つ」を地でいく戦略にもなっているの
が、この移民戦略の本当の恐ろしさ。

あとは、遠国からの反撃を牽制するために、ミサイルだけ最新のも
のに更新しておけば、最低限の安全保障にはなる。

そこまでやれれば、あとはやりたい放題。周辺国を脅して、金と技
術を巻き上げて、それで自国の軍備の拡充と近代化を進めることが
出来る。ひとのふんどしで、武器を最新のものにしてゆける。



6.日本の対策 

中国が世界覇権を取ったとき、日本が隷属しておこぼれをもらうよ
うになるのが嫌なのであれば、シーレーンを中国に抑えられても対
応できるようにならなくちゃいけない。

なぜシーレーンかというと、石油・ガスは、ほとんど中東だけで産
出して、そこから持ってくるしかないから。

食料についていえば、世界中で採れたり、栽培したりできるので、
エネルギー資源ほど制約があるわけではないから、ある意味、お金
さえあればどうにかなる話。

まずは、エネルギー資源を抑えることが一番重要な課題。

東シナ海のガス田の権益を持つことが一番だけれど、もしガス田を
中国に譲るのであれば、ロシアの天然ガスを確保出来ていないとい
けない。そのためには、ロシアとの関係改善が重要になる。

また、原子力発電の依存度を高めつつ、その他エネルギー開発も、
同時に行わなくちゃいけない。だけど、これらは直ぐに解決できる
話ではないから、中長期的観点で取り組まざるを得ない。

特にウラン鉱石の確保という面からみれば、その産出国はオースト
ラリア、カザフスタン、カナダ、南アフリカといったどれも日本か
ら遠い国。

中東からのシーレーンが抑えられて、ロシアとの関係改善が進まな
いと、これらのうち、カザフスタン、南アフリカからの輸入が滞る
。残るオーストラリア、カナダを中心にして充分に賄えるのかどう
かを考えなくちゃいけなくなる。

日本が過去の歴史上、中国に対して一定の距離を置いて独立できて
いたのは、鎖国してもやっていける環境だったから。エネルギーも
食料も国防も自前でやってこれたから孤立しても平気だった。今と
は違う。

将来、日米同盟が破棄される事態になったとき、アメリカの圧倒的
な軍事力があてにできなくなったときに、中国とはっきり対立路線
を取ることには、大きなリスクが伴うことは覚悟しなくちゃいけな
い。

そうなる前に、日本の対抗策があるとすれば、米ソ冷戦を終わらせ
たような、軍拡競争に巻き込んでしまうという手が考えられる。

中国がまだ東アジアの軍事的地域覇権を握っていない段階で、日本
が軍拡、とくに兵器性能の技術的優位を圧倒的にする政策を進めれ
ば、中国はそれに対抗しなければならないから、ますます経済的負
担が増えることになる。中国人民の負担と不満は増える一方だから
、軍備拡張にブレーキがかかる。民主化への道が開けてくる。自衛
隊にF22が配備されるだけでもかなりのプレッシャーになる筈。

今の日本でいきなり軍拡といっても拒否反応が強いだろうから、圧
倒的技術優位を確立する象徴的な存在を開発・配備するところから
始めるのが現実的なところ。

また、もう少し穏やかにしたいのであれば、シーレーンというガス
の元栓が日本の命運を握ってる現実を直視して、中国と大きく対立
しないで、多少の貢物を捧げつつ、EU、アメリカなどの自由主義
国家と協調して、中国内部から民主化させていく戦略になるだろう
。

いずれにせよ、中国内部の民主化圧力をいかに高めるかが鍵になる
と思う。


(了)


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