2778.現代という芸術



現代という芸術
From: 得丸公明           

閉鎖環境の中のイジメ

 お彼岸のお休み、上野動物園にいって、ハダカデバネズミの飼育係に話を聞い
てきた。

 ハダカデバネズミは、成獣になっても体毛がない、ヒト以外で唯一裸の哺乳類
であり、唯一階級制度をもつ哺乳類である。温度と湿度を一定に保った、アフリ
カの草原の地下に掘りめぐらされたトンネルという閉鎖環境の中で生活する。

 そのせいか変温動物であり、酸素が薄くても平気だ。代謝も少なく、食事も少
ししか食べない。ネズミにしては長命で、働きネズミで15年、女王だと20年くら
い生きる。

 暗いトンネルで暮らすため、目はほとんど見えず、鳴き声を使った音声コミュ
ニケーションをとる。18種類ほどの鳴き声が使い分けられているほか、女王だけ
に許された求愛や子育ての声や、自分を表す鳴き声というものまである。また、
体重の重たいほうが偉く、軽い個体のほうがたくさん鳴いて挨拶するという決ま
りもある。

 上野動物園では2003年に、前の女王が死んでしまい、その後2年間、3匹のメス
による凄惨な女王位争奪戦が繰り広げられた。そこここで出産が行われたが、お
互いに子どもを殺し合うらしく、子供が一匹も育たない時期が続いた。2年後に
一頭のメスが女王に収まって、やっと安定し、子供も育つようになった。

 群れの中で出産と授乳は女王のみが行うので、群れは全員が女王の子供であ
る。お互いに糞を食べあい匂いを共有し、匂いの違うネズミに出会うと攻撃して
殺してしまう。同じ巣穴のネズミでも、一週間以上巣穴を離れてよそ者の匂いに
なると、仲間から殺されるので、もう元の集団に戻せないそうだ。

 普段寝てばかりいるハダカデバネズミの血なまぐさい一面は、ずっと育ててい
る人しかわからない。

 この話を聞いて私は、人間社会のいじめと似ていると思った。いじめは、個々
の人間の価値判断や徳不徳によって起きる文化的な問題ではなく、我々の集団生
活に備わった文明的なものなのかもしれない。

 内輪に甘く、よそ者や弱者に対して攻撃的な性格は、ヒトがハダカになって洞
窟という閉鎖環境に長年住んだときに身についたのかもしれない。スペースの限
られた閉鎖的な環境で群れが生きていくためには、厳しい個体数管理が必要にな
る。だから弱い個体、異質な個体は、排除せよという命令が、本能あるいは遺伝
子に刻まれているのではないか。

 世界では毎日、血なまぐさい戦争や暴力が行われている。これも地球という閉
鎖環境の中で増えすぎてしまったヒトの本能の働きにすぎないような気がしてきた。


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