2697.自衛隊のイラク派遣に関する国内勢力の反対動向



【自衛隊のイラク派遣に関する国内勢力の反対動向】
        陸上自衛隊情報保全隊調査資料に関する私見
        元東部方面隊調査隊・相馬原派遣隊長 高井三郎
                   −−
 拙文は去る6月6日に日本共産党が国会記者団に公表した陸上自
衛隊情報保全隊による2003年末から翌年初頭までの間における
イラク派遣関連の国内動向の調査報告に関する私見である。
党が公表した資料は文書A(東北方面調査隊が陸上自衛隊情報本部
に報告した資料)及び文書B(陸上自衛隊情報保全隊が作成した資
料)から成る。

 文書A及び文書Bは代々木当局が便宜上、設けた呼称である。
本資料の調査対象期間は自衛隊によるイラク復興支援の閣議決定に
伴う計画準備及び陸空各部隊の1次派遣の時期と大体、一致する。
 別紙:入手資料一覧、文書A、B

 拙文の内容は6月12日の夕方に筆者が共産党広報紙、赤旗日曜
版の記者からの質問に答えた事項及び筆者自身の情報勤務の経験に
基づく参考意見から成る。赤旗記者は共産党が入手した資料作成の
必要性、その利用目的、評価(質)及び資料収集のための情報活動
に特に関心を寄せていた。

 もとより共産党の既存の政策及び制度に寄せる見方、考え方及び
主張が体制側のそれと平行線を辿る事を否めない。更に党幹部の言
動は論理的な思考よりも多分に政略的ないしは戦術的な意図に基づ
く場合が多い。しかしながら拙文は情報の本質を客観的かつ実証的
に説明し、常識のある全国民が容易に理解できるように記述されて
いる。

     恐らく拾い集め書類の集成:構成が不完全

 このような注意文書の漏洩事案が起ると必ず入手先及びその要領
が問題になる。そこで筆者は念のために入手先を記者に質問したが
、当然の事ながら回答は出て来ない。それは赤旗に限らず、すべて
の報道機関が重要な取材源を保全する原則に他ならない。

 端的に結論を述べれば、今回の事案を見るに元の所有者が手放し
て、しかも分散した資料を党の関係者が拾い集めたような印象を受
ける。すなわち自衛隊内部の人物が意図的に外部に資料をまとめて
渡した形跡は極めて薄い。

 すなわち文書A及び文書Bの構成を見れば、以上の背景を推察す
る事ができる。先ず文書Bは情報保全隊本部(市ヶ谷)がイラク派
遣準備時期に当る約4箇月間における全国の反対勢力の動向及び一
般情勢を記述した1週間単位の報告書6件から成る。

 文書Bの資料作成に当り、隷下の北部、東北、東部、中部、西部
各方面情報保全隊からの報告内容を分析評価の上、取捨選択し、整
理している。ところが、この期間では11件あるべき報告書が6件
にとどまる。更に6件とも別紙だけで、文書名、日時、発簡者、宛
先、配付区分、格付け、保存期限等を明記する本文が欠落している。

 これに対し文書Aは東北方面情報保全隊が中央の情報保全隊本部
に上げた当該方面区内の動向を記述する情報資料5件の集成であり
、いずれも本文及び別紙から成る。しかしながら4箇月間に応ずる
報告書としては本来8件あるべきところ3件が欠落している。

 1 ちなみに情報資料の一連番号は2、3、4、6及び8で1、
5、7は欠番である。なお各方面区に関連する報告書のうち、東北
方面情報保全隊の分だけを党が入手した。要するに2003年11
月から翌年2月までのイラク派遣関連の反対勢力の動向に関する調
査資料としては不完全であり、拾い物的な性格が濃厚である。
 従前から赤旗記者は偶然、入手した資料を記事又は政治に利用す
る傾向にある。特に衆参議員会館の反古紙集積場は彼らにとり宝の
山に等しい。

 各議員の事務所では相次いで流入する官公庁文書、新聞、雑誌、
単行本などが時が経つに伴い、山を成すので、折を見て会館の指定
場所に放出する。そこで赤旗記者は宝の山から利用価値のある資料
を探り出す。その中には防衛庁が安全保障問題に関心のある議員の
要求に応え、提供した基地問題などの注目に値する資料も含まれて
いる。

 これまでの例から見て共産党始め野党は価値ある資料を各種の手
段により入手次第、タイミング良く国会の場及びマスコミを通じて
公表し、政治的影響力を及ぼすに努めて来た。その顕著な例として
は1960年代後半における三矢研究(極秘)、フライング・ドラ
ゴン(機密)、治安行動訓練計画などが挙げられる。これらの資料
は特定の人物が野党議員に手渡した。いわゆる三矢事件等は現在に
至るまで、有事対処、日米連合作戦(集団自衛権)など防衛政策の
進展に多大な障害を与えている。

 今回の資料公表も入手後、早い時期に行われたようである。然る
に本資料は作成時期から3年以上になり、イラク派遣部隊の主力を
成す陸上自衛隊600人は無事、任務を終り撤退してから9箇月も
過ぎている。したがって報道的な価値は薄く、政治と世論に及ぼす
影響力も限られた範囲にとどまる。今回の事案から代々木当局は、
その基本的な立場上、機会を捉えて、政府の防衛政策に挑戦する努
力を続けていると認識する事ができる。

   表面的な現象の情報収集は公然活動専一

 従前から代々木当局は情報保全隊による情報収集の手段及び要領
に異常な関心を抱いている。すなわち工作員(通称、スパイ)の潜
入、秘密文書の窃取、買収による資料入手など非合法ないし非道徳
な手段を使う非公然活動が多用されていると多分に誤解する。

 然るに政治情勢、世論動向、大衆運動など表面的な現象は例外な
く公然活動による情報収集による。ちなみにイラク派遣に伴う反対
動向は集会、デモ、街頭宣伝、講演会、研究会、駐屯地・基地への
抗議、営外居住の自衛官への直接的な働き掛け、自治体の決議、報
道などから把握する事ができた。

 先ず集会、デモ、街頭宣伝、講演会などは大部分、治安機関等に
届けるので、少なくとも概要が明らかになる。更に主要な行事は主
催組織の刊行物、政党の機関紙、新聞、雑誌に予告及び参集人員数
を含む結果報告が載る。加えてインターネットを検索しても、かな
りの情報入手が可能である。駐屯地・基地の門前で行う集会、デモ
、ビラ配付、の動き、あるいは抗議文を読み上げる行為は警衛隊、
広報担当などから通報を受ける事ができる。

 ところで各方面区に配置された情報保全隊隷下の各駐屯地派遣隊
は平素から当該担当地域内の治安機関及び自治体と連携して情報交
換を続けている。このような情報交換も、すべて公然活動による。

 自衛隊は防衛警備、演習訓練、部隊行動及び隊務運営に影響を及
ぼす各地域の情勢を継続的に把握し、判断を下す参考資料にする。
このように中央及び部隊の要求に応えるため端末の派遣隊は地域情
報の収集機関として不可欠の存在である。

2 本来、調査隊に始る情報保全隊は秘密情報組織ではなく、対情
報及び部隊保全に関し、一般部隊を支援する役割を果す。当然、
どこの国の軍隊も手掛けている非公然活動専門の組織は別に編成し
なければならない。

 情報保全隊には秘密の漏洩などの事案が起きた場合には当該事案
を解明する調査活動を行う任務もある。更に以前、起きた反戦自衛
官、オウム信者隊員などの解明は隊内動向の把握と呼ばれる任務で
ある。然るに部下隊員の心情把握は当該指揮官ないしは管理者の責
務であり、情報保全隊は所要の情報を提供して部隊保全に協力する
役割を果す。要するに平素、兆候がない状況下で情報保全隊が隊内
の動向を探る事はできない。

 筆者が派遣隊長当時、地域の情勢を把握する恒常的な情報収集任
務は「基本的情報収集項目」と呼ばれていた。基本的情報収集項目
による収集活動は当面の状況に応じ、中央が命ずるEEI(情報主
要素)に応えるように努力の重点を指向する。ちなみに1960年
代後半には地対空ミサイル、ホークの米国からに導入に伴う対象勢
力の動向把握がEEIであった。当時の左翼はミサイルを侵略戦争
の兵器と誤解し、集会、デモ、抗議行動を繰り返しており、横浜港
における揚陸妨害、駐屯地への輸送・搬入阻止が懸念されていた。

 2003年末から翌年初頭までの間に情報保全隊が命ぜられた
EEIは「イラク派遣に伴う国内勢力の反対動向」であったと認識
する事ができる。仮に反対行動が顕著あれば、部隊の派遣要領始め
政策の在り方を見直す可能性も絶無ではなかった。

 恐らく、当時は尖鋭分子が武器を使い、隊員、装備品、施設に実
害を与え、あるいは部隊移動を阻む妨害工作、破壊工作も懸念され
たに違いない。九一一事件以来、国際テロ活動が活発化する全般情
勢上、その影響が反体制勢力の行動に及ぶ可能性も考慮すべき範囲
に含まれていたからである。

 実際には新左翼によるイラク出動予定部隊が所在する旭川駐屯地
の門前に障害設置(警察が排除)及び防衛庁近傍における手作りの
金属弾発射にとどまり、事なきを得た。当時の状況を察するに防衛
政策及び部隊行動に障害を与える兆候の把握はEEIの中でも最も
重要な要素であったと理解する事ができる。

 ところで情報保全隊全体及び駐屯地派遣隊は共に限られた人数を
もって多くの業務を処理する立場にある。それ故に各地で起る集会
、デモなどに間髪を入れず、しかも十分な要員を送り出して、情報
を収集する能力はない。既に述べたとおり、既存の刊行物、報道、
ネットの内容分析に加え、治安機関及び自治体との交流により、情
報収集を行う。

 特に公然資料により情勢を把握し、基礎知識を習得する努力は全
情報活動の基本的な条件である。基礎知識は国家、社会、政治、軍
事に関する歴史の学習も含まれる。例えば共産党を知るためには現
行の組織、綱領、活動路線、日本の社会主義運動史の他、マルクス
、エンゲルス、レーニンの業績も学ぶべきである。

 もとより駐屯地・基地の周辺における現象は人数の少ない派遣隊
でも容易に直接把握する事ができる。一方、治安機関も警備、公安
、外事に関わる任務を効率的に進めるために、自衛隊から知り得た
情報の提供を期待している。治安機関における普段からの本的情報
収集項目の整備努力は情報保全隊の水準を遥かに上回る。

 防衛、治安、警備各組織は共に国家に安全及び存立を保障し、国
益を擁護するという重大な使命を担う。このため、各組織の情報要
員は普段から情報を交流し、協力体制の維持強化に努めている。

3 既に述べた基本的情報収集項目の収集に任ずる組織は自衛隊に
限らず、現代各国軍に存在する。例えば在日米軍の500情報旅団
(座間)には日本の政治社会情勢、対米世論動向、反米活動など
一般情勢を継続的に把握する組織がある。彼らも人数が限られてい
るので、日本の治安機関及び自衛隊からの情報提供に依存する。
特に厚木、横田、富士、横須賀など主要な基地の情報要員は自衛隊
と恒常的に情報を交流している。

 6月6日に代々木当局が今回の事案を公表後、数日間のテレビ報
道に出た評論家の多くは情報保全隊の活動を「国民を絶えず監視す
る旧軍憲兵の復活」と批判した。しかしながら、本拙文を一読すれ
ば共産党員を含む日本国民の大多数が情報保全隊の存在意義を正当
に理解する事ができると確信する。

 情報保全隊の全身である調査隊の経緯は本誌1997年7月号、
駐屯地派遣隊の業務の一例は本誌2002年8月号を参照されたい。



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