人間の歴史について From:得丸 小川さん、メールありがとうございます。 南アから帰国した後も、現地の考古学者と、裸化がいつ、どうしておきたのかに ついて、やり取りを続けています。その先生が、これを読め、あれを読めといっ てくるので、それを追いかけています。 とくに面白かったのは、ロバート・アードレイの「狩りをするサル」という人類 は狩りをする獰猛なサルであったという本です。われわれの祖先は、殺し屋 Killer Apeだったという話です。 今読んでいるのは、John Reader : Africa - A Biology of the Continent で す。これはアフリカの通史ですので、直立二足歩行も、裸化も、説明していま す。それゆえに、おかしいところが、いっぱい見えてきます。これまでの人類学 の本にある矛盾やごまかしを、身体感覚として、おやおや、おかしいぞと、感じ るようになってきました。 普通の人類学や考古学の本では、バラバラな事実が羅列されているだけで、それ らの間を結びつける表現もないことが多い。だから、書かれていることが、嘘な のか本当なのかもわからないことだらけです。 たとえば、 1 ある場所で発掘された人骨の一部(頭蓋骨、顎骨などが多い)と、近くで発 見された石器を結びつけて、脳の容積と道具の発達を、人類の発達とみなした議 論が多かった。これは、よくよく考えると、こじつけである可能性も高い。 2 初期人類は、狩猟・採集で、移動していたとみなす一方で、化石の発掘現場 に定住していたかのような記述もある。人類がどのように生活していたのか行動 面の証拠がまったくないので、議論の根拠が定まっていない。 3 熱帯雨林から東アフリカのサバンナに出てきたから、四つ足歩行の樹上生活 をやめたのに、裸化したのは熱帯にいたからだという議論がある。東アフリカの 高地は、熱帯とはいえ、涼しいところであることが無視されている。 このあたりも、その先生と、おいおい議論していくつもりです。 今の時点で、こんな感じになります。 (1) 人類の裸化がおきたのは、裸になっても大丈夫な環境に数百年住み続け たからだ。 (2) それは、洞窟しかない。 13万年前から6万年前の居住跡が確認されて いるクラシーズ河口洞窟は、その候補地である。おそらく、30−50人程度の 集団として、住んでいたかなと想像します。 (3) 時期として、考えられるのは、100KYA(KYA=千年前) ±3dB (50KYAから、200KYA) とくに可能性があるのは、7万3500年前のインドネシアのトバ火山の大爆発 による核の冬みたいな寒冷期がきたこと。 このとき、猛烈なサバイバル競争が行われた。共食いも含めて。この時期に 穴の中で肌を寄せ合って寒さを防ぐために裸化したのかも。 (もう少し前の可能性もありますが、、、 寒くて、洞窟から出られなか った時期に裸化したような気がする。 ±3dB、つまり半分か二倍程度の誤差 は、遺伝子解析においては、当たり前と思うのでもっと前でもいいのですが) (4) 洞窟という特殊な環境は、裸化のほかに、音声言語によるコミュニケ ーション、対面セックス、社会性(真社会性、つまり階層社会)などをも生み 出した可能性があります。 クラシーズ洞窟は、高級アパート(3号)と、庶民住宅(1, 2号)と、両方 あります。ここで階級社会が始まった可能性はないでしょうか。 階級社会は、必ずしも悪いものではありません。 比例代表選挙の名簿順位みたいなもので、食料が一定量しか確保できないと きに、誰がそれを食べて生き延びるかということがあらかじめ決まっているか ら、無駄なく淘汰ができるシステムだと考えられます。 そして、 (5) 言語や社会性などの知恵をつけた人類は、洞窟を出て、人工洞窟とし て家=文明を構築するようになった。 これが現在の地球環境問題の起原である。 僕が人類起原や文明に興味を持ち始めたのは、この地球環境問題に対する関 心からです。 (6) 以上の考えは、最近のアフリカ単一起原説(RSOH)と矛盾しません。 むしろ、単一起原説を補強するものだと考えます。 (7) 仏教の本覚思想、あるいは仏法は、人類と文明の本質を理解していた のではないでしょうか。 だから、五戒などという殺すな、盗むな、うそつくな、姦淫するな、酒飲むな という教えを教えた。 人類を超えたところに、真理を、法を、求めた。ここが本来の仏教の面白い ところだと思います。 得丸公明