2613.日本の技術、欧米中の技術



日本の技術指向主義はどうしてできたか??その考察。 Fより

日本企業が技術力で優位に立っている。その優位を確立するやり方
が、こつこつと一歩一歩確実に、しかし地道に進むことで成り立っ
ている。論理というより感覚に近い神経を研ぎ澄ましているのが、
日本の技術力の根底にある。論理性ではインドや欧米に勝てない。
そして10年、20年のオーダーで技術を磨き、その技術を使った
部品や製品にしている。このため、古い職人的な企業が生き延びる。

これに対して、欧米中での企業は論理で新しいサービスや物を作り
、それを核に急速に企業を大きくしている。パラダイムシフト的な
全く新しい考えが出てくることが多い。しかし、その後、それが改
善され、製品が良くなって行くかというと違い、また新しい概念の
サービスや物が違う企業から出てきて、前の物やサービスを駆逐す
るという展開になる。コンセプト競争になる。

日本企業は概して大きな企業が新しいサービスを構築するが、欧米
では新興企業が新しいサービスを構築する。
日本でも欧米のようなベンチャー企業の隆盛を望んだが、それはど
うも無理であるようだ。ソフトバンクの孫さん、楽天の三木谷さん
など、成功と呼べる物は数えるほどしかない。

大企業から分社した「ルネサンス・テクノロジ」「エルピーダ・メ
モリ」の方が話題性がある。

このように、どうも日本人の気質はこつこつと技術を改良するのに
適しているようである。どうもこれは昔からのような気がする。

事例1:中国の景徳鎮で陶器が出来た。この景徳鎮が元軍に破壊さ
れた時に、その陶工が日本に亡命した所から、日本にも陶芸ができ
たが、陶工の多くが朝鮮に逃げたために、その朝鮮に攻め入った豊
臣秀吉軍に連れられて日本に来た陶芸家が日本で有田焼(伊万里焼
)を作り、欧州に輸出した。陶工は日本では大事にされたので朝鮮
時代より日本の方が居心地がいいので、仕事に専念でき、柿右衛門
の赤を作り出すことになる。日本は技術がなかったことで、技術を
大切にするトップがいた。

事例2:イトーヨーカ堂がコンビニエンスストアーを日本に入れる
ためにセブンイレブンと交渉して、販売権とそのマニュアルを手に
入れたが、日本では使い物にならなくて、1から作ったという。
そして、米国のセブンイレブンが赤字で倒産寸前になった時に、イ
トーヨーカ堂は日本のビジネスを守るために、米国のセブンイレブ
ンを買うことになる。アイデアは米国生まれで、その店舗運営は日
本ということになっている。

この事例だけではなく、液晶テレビ、ビデオも発見は米国ですが、
それを製品化して、リーズナブルな価格にする地道な努力は日本が
している。一度製品化して、キーデバイスができると、それを日本
から買って、台湾、韓国、中国は同じ物を低価格で作り始める。

部品開発には、地道な努力が長い期間必要なので、どうしても歴史
のある体力を持った、しかし、目立たない会社が部品産業に乗り出
してくる。ベンチャーではできない。アイデアの発見は米国である
ので、大手企業がそのアイデアを日本に持ち帰るが、そのアイデア
を落とし込む部品レベルになると、技術力を持った企業しかできな
い。

このため、米国は起業家が新しいアイデアを持って、そのビジネス
に投資してくれる投資家が必要であるが、日本は企業が企業内で投
資して、新しい部品を作っている。このように、日本と米国の投資
に対する考え方が違っている原因にもなっているようだ。

日本は古いアイデアにしがみ付いていると、欧米中から新しいアイ
デアを持ち出されて、失敗することになる場合がある。これは気を
つける必要はあるが、日本企業も変わり身が早くなっている。

価値観競争の行方は、どうなりますか??


コラム目次に戻る
トップページに戻る