5778.ロシアと米国の戦争になるのか?



シリアのアレッポの反体制派支配地域に無差別爆撃をロシアとシリ
ア空軍が行うことに、米国はとうとう堪忍袋の緒が切れたようであ
る。しかし、その後どうするかである。その検討。 津田より

0.世界のリスクが重曹に
世界は、いろいろなリスクが出てきている。英国は移民の受け入れ
を拒否して、かつEUとの間での今までと同じ条件の貿易で離脱す
る交渉をするとメイ首相は宣言した。

このため、ポンドは1ドル=1ポンドになる可能性も出てきた。
EUサイドは認めないとしている。ハードエクジットになり、英国
経済がメチャクチャになる心配が出てきたようである。

ドイツ銀行問題は、米国との賠償金交渉待ちである。米国はアップ
ルのEU罰金1兆円との取引にする可能性がある。まだ、わからな
いし、また、増資方向にドイツ銀行も検討を開始した。できるかど
うかのようである。

北朝鮮は、長距離ミサイルの実験と新しい核実験を行う可能性が出
てきている。韓国と米国は金排除作戦を行う可能性が囁かれている。
もし、北朝鮮が倒れたら、難民が周辺諸国に押し寄せることになる。
もちろん、日本にも武装難民が押し寄せることになる。

もう1つ、中国の経済的な状態が益々悪くなっていることで、国内
で政治闘争が盛んである。中国も不安定である。軍が強硬路線で尖
閣諸島に押し寄せる可能性がある。

米大統領選挙で、クリントンかトランプか予断を許さない状況が続
いている。トランプになると、日本にとっては厳しいことになる。

といろいろなリスクがあるが、また1つ、大きなリスクが増えたよ
うである。

1.ISへの共闘体制
米国とロシアは、IS打倒のために共闘を組んでISを追い詰めて
いた。しかし、ロシアとシリアは、テロ組織に対する戦闘での共闘
であるとして、反体制派もテロ組織をしているが、米国は反体制派
は、テロ組織でないとして、これへの戦闘を排除している。

しかし、ロシアとシリアは、ISへの戦闘より反体制派への戦闘を
優先し始めた。特に大都市のアレッポの反体制組織に対する戦闘を
積極化している。シリア軍の主流は、ヒズボラとイラン革命防衛隊
とその軍指導者であり、60%以上がイランなどのシーア派である。

反体制組織をサポートしているのは、トルコと米国であり、スンニ
派諸国である。ISを資金的に支えたのはサウジなどのスンニ派諸
国である。しかし、現在ISを支援できないが、反体制組織への支
援を行っている。

クルド人組織がスンニ派トルコ系民族地域に侵入したことで、トル
コ軍は9月3日、隣国シリア北部ライに少なくとも20台の戦車な
どで地上侵攻し、IS組織とクルド組織に攻撃をした。

トルコは、ロシアへ仁義を切ってシリアに侵攻したが、アレッポの
反体制組織もスンニ派のトルコ系民族であり、支援したいのである
が、ロシアの手前できないでいた。しかし、米国が対空ミサイルを
この地域で展開して支援すれば、アレッポまで侵攻する気である。

2.共闘停止へ
とうとう、米国務省は10月3日、シリア内戦の解決を目指す米ロ
の2国間協議を停止した。

国連安全保障理事会は10月8日、シリア北部アレッポ上空の軍用
機の飛行と空爆停止を求める決議案を採決したが、ロシアが拒否権
を投じて否決された。危機に歯止めをかけることができなかったの
は「ロシアの責任」(英国のライクロフト国連大使)など拒否権の
行使に非難が相次いだ。

米国は、3つの道がある。1つが、積極的にシリア内戦に介入して
、トルコ軍を地上部隊として、米軍が空爆してシリア軍、ロシア空
軍を止めることである。米露の直接戦争になる可能性が出てくる。

2つが、米国は同盟国でもあるサウジなどへも賠償請求しようとし
ているように、中東から全面撤退して、ロシアへ中東の制御を譲る
。人道危機や皆殺しは防止できないし、欧州に大量の難民が押し寄
せることになる。民族の大移動を防止できない。

3つには、何もしない。米国は国連などでロシアを非難するが、何
もしない。オバマ大統領は、レイムダックであり、次の大統領に判
断を任せる。オバマは、レッドラインを設定したが、それを超えて
も何もしなかったので、今回も何もしない。トランプが大統領にな
ると全面撤退になるし、クリントンでは新しい戦争になる可能性が
出てくる。

しかし、この中東の混乱は欧米が原因を作った。「アラブの春」で
アサド政権を打倒しようとしたが、途中でIS国の方が問題だとテ
ロ戦争にシフトしたことで、訳がわからなくなった。文明戦争の側
面もある。

3.イスラエルの介入
この戦いにイスラエルも介入している。ゴラン高原でイスラエルは
シリア政府軍を空爆で叩いている。シリア政府軍の多くはヒズボラ
であり、そのヒズボラを叩いているが、シリア領内である。このた
め、米トルコでのシリア内戦介入は、イスラエルも介入することに
なる。

スンニ派対シーア派の戦いが、スンニ派に米国、イスラエルが加わ
り、シーア派にロシアが加わり、米露の代理戦争にもなる危険があ
る。それと、ロシア空軍と米空軍が直接対峙することになり、今ま
での代理戦争とは違い、戦術核ミサイル使用にロシアが踏み切る可
能性も出てくることになる。

核戦争を意識することが必要になる。「アラブの春」も「アレッポ
の人道」も人道的な問題であるが、それを欧米が掲げるとき、それ
以上の被害が出ることになる。

欧米の理想主義が、戦争を拡大させ、地域の対立を激化させ、それ
でより多くの人を殺すことになる。欧米の死の商人が大きな稼ぎを
出すことになる。

欧米の財政出動であり、それにより雇用を作り、景気を維持させる
効果がある。日本の財政出動とは違う欧米の財政出動になっている。
欧州諸国も安全保障費を上積みすることになる。景気対策になる。

しかし、危険が潜んでいるように感じる。ロシアのプーチンは、欧
米に一泡吹かせたい思いがあり、そう簡単に引き下がらない。本格
的な米露戦争にならないか心配である。また中国が、どう出てくる
のか興味がある。

国際戦略コラムは、リスクを指摘したいわけではないが、世界情勢
をみると、多くの重大なリスクがあり、それに伴う大きな時代の転
換点であることを思わざるを得ない。

欧米の時代が過ぎ、民主主義より独裁主義の方が勢力を増している
ようである。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領を見ると、
その観を強くする。米国のトランプ氏もそのような大統領になるの
であろう。

知識人の常識政治より、非常識な痴愚政治の方が問題を解決できる
と多くの民衆が期待しているようである。この民衆の期待を実現す
るためにプーチンは中東で戦いに参加したのであるが、戦いから引
くことができなくなっている。民衆に勝ち戦を見せて、喜ばせる必
要だけで戦っている。シリア内戦で勝ってもロシアには何のメリッ
トもないからである。

いやはや、大変な時代になってきた。

さあ、どうなりますか?


参考資料:
Rival Syria resolutions by West and Russia defeated at UN
http://bigstory.ap.org/b408b6d2e22c44b0b80b655be51efc06

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安保理、アレッポ空爆停止の決議案否決 ロシアが拒否権 
2016/10/9 5:43日経
 【ニューヨーク=高橋里奈】国連安全保障理事会は8日午後、シ
リア北部アレッポ上空の軍用機の飛行と空爆停止を求める決議案を
採決したが、ロシアが拒否権を投じて否決された。アレッポではア
サド政権軍とロシア軍が反体制派への空爆を強め、人道危機が深ま
っている。危機に歯止めをかけることができなかったのは「ロシア
の責任」(英国のライクロフト国連大使)など拒否権の行使に非難
が相次いだ。
 深刻化するアレッポの人道危機を踏まえ、フランスが主導して決
議案を作成、スペインと共同提案した。安保理15カ国のうち日本を
含む11カ国が賛成したが、ロシアとベネズエラが反対、中国とアン
ゴラが棄権した。
 会合に参加したフランスのエロー外相は冒頭、「安保理はアレッ
ポを救うために迅速な行動をとらなければならない。政権とその同
盟国によるすべての空爆を終わらせ、支障なく人道支援ができるよ
うにしなければならない」と訴えた。
 採決後には「シリアの人道危機はロシアとアサド政権が原因だ」
(米国)、「ロシアのせいで難民がもっと欧州や隣国へ流れ、死者
も増えるだろう」(ウクライナ)とロシアに非難が集中した。
 シリア内戦ではロシアがアサド政権を支援し、欧米が反体制派を
後押ししている。米ロが合意し9月12日に政権側と反体制派の停戦
が発効したがわずか一週間で戦闘が再開。ロシアとアサド政権はア
レッポへの空爆を強め、病院や水道、インフラ施設も攻撃にさらさ
れた。安保理はアレッポの惨状を食い止めるために空爆や軍用機の
飛行停止を求めたが、ロシアが譲らなかった。
 シリアでは現在1350万人以上が人道支援を必要としており、約610
万人が国内で避難を余儀なくされているという。国連のデミストゥ
ラ特使はアレッポ東部の惨状は「新たな恐怖の段階に悪化した」と
報告、安保理はシリア内戦を巡る会合を頻繁に開き議論してきたが
、常任理事国として拒否権を持つロシアの反発で解決の糸口はつか
めないままだ。
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シリア停戦崩壊、米ロ関係かつてない緊張へ
U.S Halts Cooperation with Russia on Syrian War
2016年10月4日(火)17時20分NWJ
デービッド・フランシス
<米国務省は3日、シリア内戦の解決を目指す米ロの2国間協議を停
止すると発表した。両国の合意で停戦が発効した後も、アレッポの
反体制派支配地域への攻撃を続けたからだ。これで、政治的解決は
ますます遠のいた>
 シリア政府軍とロシア軍がシリア北部の都市アレッポで病院など
の医療機関も含めた民間人への爆撃を繰り返し、人道危機の様相が
さらに深まったのを受けて、アメリカはシリア情勢の打開に向けた
ロシアとの協力を中止すると正式に発表した。ジョン・ケリー米国
務長官を先頭にアメリカ政府はここ数日、度重なる停戦違反があっ
たにも関わらず、停戦はまだ終わっていないとの見解に固執してき
たが、それも限界にきたようだ。停戦の崩壊により、バラク・オバ
マ米大統領とロシアのウラジミール・プーチン大統領の関係がかつ
てないほど悪化していることが明らかになった。
「ロシア側は市民が暮らす地域への爆撃を止め、人道支援物資を載
せた車列の通行を許す義務を履行しなかった」と、米国務省のジョ
ン・カービー報道官は言った。「ロシアは合意に反し、シリア政府
に停戦を維持させることを望まなかった」
プルトニウム処分問題でも挑発的態度
 米国務省の声明が発表される数時間前、プーチンは2000年に米ロ
両国が合意した兵器級の余剰プルトニウムの処分に関する協定の実
行を停止する大統領令に署名した。停止の理由はアメリカの「非友
好的な行動」だと主張したプーチンは、アメリカと同盟国が加盟す
るNATO(北大西洋条約機構)に対して、ロシアの国境に近い東欧で
の軍事プレゼンスを後退させるよう要求した。さらに、ロシアが14
年にウクライナのクリミア半島を併合したことで欧米に課された経
済制裁を解除するよう迫った。
 ケリーは5年半に及ぶシリア内戦を政治的に解決するためにロシア
からの協力を取りつけようと、ここ1年間奔走してきた。ケリーがプ
ーチンに望んだのは、ロシアが支援するシリアのバシャル・アサド
大統領に空爆を止めさせ、包囲下の市民を救う人道支援物資を届け
させるよう説得することだった。ロシア側の協力と引き換えにアメ
リカは、ロシアが進めるアルカイダやISIS(自称「イスラム国」、
別名ISIL)との戦いに協力する意思を示していた。
 そうした試みは失敗に終わった。ロシアとシリアは9月12日の停戦
発効後も激しい空爆と迫撃砲による軍事作戦を繰り返し、19日には
援助物資を運ぶ国連の車列を空爆した。ロシアやアサド政権軍は、
停戦に応じるふりをして戦力を蓄えていたのではないかという見方
もあり、今や、危機を政治的に解決する糸口がますます見えなくな
った。
 反政府勢力が支配するアレッポ東部ではおよそ27万5000人の市民
が暮らしており、うち10万人が子供と推定される。国際援助団体に
よると、アレッポでは先週だけで数百人が死亡した。2011年に内戦
が始まって以来、外国に逃れて難民となったシリア人の数は数百万
人にのぼる。
「軽い決断ではなかった」とカービーは言った。「アメリカは空爆
を減らし、人道支援を実現し、シリアで活動するテロ組織を弱体化
させることを目的としたロシアとの協力を惜しまないつもりだった」
From Foreign Policy Magazine
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2015.03.01 SUN 12:10 wired
世界を滅亡させうる12の大惨事と、10の対策
「Global Challenge Foundation」が、人間の文明の終わりをもたら
す確率の最も高い12の大惨事のリストを発表した。
BY SIMONE VALESINI
世界的なパンデミックにせよ、核による大量虐殺にせよ、小惑星の
衝突にせよ、機械の反乱にせよ、世界の終わりをもたらす大惨事に
ついて話をするときに、慎重になりすぎることはない。
人類を脅かす危険について問題意識を喚起することを目指した組織
、Global Challenges Foundationは、「12の起こる可能性の高い大
惨事」のリストを発表した。これらはつまり、人間の文明を破壊し
尽くす可能性がある事柄で、したがって準備なしのまま襲われない
ようにしておくべきとされるものだ。
レポートを作成したのは、オックスフォード大学の研究者チームだ
。これは「潜在的に無限のインパクト」と定義される世界的なリス
クについて議論を促進するもので、必要な対策を準備するよう、世
界の諸機関や指導者たちの注意を引くことを望んでいる。
レポートでは、さまざまなリスクが4つのグループに分けられている
。それぞれ、いまそこにあるリスク、外因性のリスク(すなわち人
間の活動が原因ではないもの)、出現しつつあるリスク、そして、
グローバルガヴァナンスと関連するリスクだ。
さらに、リストに掲載された12の大惨事のそれぞれについて、研究
者たちは2つのパラメーターを計算した。その出来事が人間の文明の
終わりを直接引き起こすリスクと、時間とともに社会の崩壊をもた
らす出来事の連鎖を引き起こすリスクだ。
この2つを区別することが非常に重要だと、科学者たちは説明する。
わたしたちが生きている社会がお互いにどれくらい連結しているか
、また、小規模で起こる出来事が全体のシステムにいかに影響を及
ぼすかを理解する助けとなるからだ。
起こりうる「世界の終わり」とはどのようなものだろうか。「いま
そこにあるリスク」を示すものを5つ挙げると、極端な気候変動、核
戦争、環境大災害、世界的なパンデミック、グローバル経済システ
ムの崩壊がある。これに対して、「外因性のリスク」としていちば
ん大きなものは、小惑星の衝突と、超巨大火山の噴火によるものだ。
「出現しつつあるリスク」が何かというと、これらはSFめいたもの
もあるのだが、代表的な例として挙げられるのが、人造生物とナノ
テクノロジー、そして人工知能だ。そして未知のリスク(現在知ら
れていないが、それでも対策しておくべき危険)がある。最後に、
12番目として挙げられるのが劣悪なグローバル・ガヴァナンス、つ
まり、将来人間の文明の壊滅を引き起こす可能性のある、貧困や、
飢餓や、戦争のような難題を解決する能力の欠如だ。
リストは、12の大惨事のリストだけでなく、10の考えうる解決も提
示している。
1リスクに対応する役割を担う世界的なネットワークの構築
2世界的な難題のリスクを分析する能力の改善
3早期警告システムの開発
4極度に複雑な社会・環境システムとしての世界を視覚化することの
 奨励
5正しい方向の努力に報いること
6あらゆる種類の可能性に注意を払うこと(つまり、わずかでも、潜
 在的に壊滅的なインパクトをもたらすリスクも念頭に置くこと)
7より大きな注意を払って極限の大惨事の可能性を研究すること
8可能性は低いがインパクトの非常に大きい出来事から生じる危険を
、正しく判断するのにふさわしい言葉の選択を奨励すること
9グローバルリスクの指標を定めること
10グローバルリスク・オーガニゼーション創設の可能性を検討する
 こと
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ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」
2016年10月5日(水)17時20分NWJ
青山弘之(東京外国語大学教授)
<「シリア内戦」をめぐって、9月12日に発効した米露の停戦合意も
19日に破綻。そして、停戦が崩壊し、アレッポ東部の被害は甚大と
なっている。停戦合意、破綻をめぐる米露それぞれの思惑は...>
 アレッポ市に対するロシア・シリア両軍の「蛮行」に厳しい視線
が注がれる傍らで、米国の「奇行」がこれまでにも増して目につく。
 きっかけは、9月12日に発効し、19日に破綻した米露による停戦合
意だ。この合意は、1. イスラーム国、シャーム・ファトフ戦線(旧
シャームの民のヌスラ戦線)などアル=カーイダとつながりのある「
テロ組織」と、停戦の適用対象となる「穏健な反体制派」を峻別し
、2. シリア軍と「穏健な反体制派」の停戦を7日間維持したうえで
、3. 米露が対テロ合同軍事作戦を行うことを骨子としていた(合意
の詳細は「シリア・アラブの春顛末期」を参照)。しかし、米露は
それぞれの思惑のもとで合意を解釈、これを反故にしていった。
アレッポ包囲戦は「シリア内戦」の雌雄を決する戦いに
 シリア第2の都市アレッポは、2012年夏以降分断され、東部の街区
を「反体制派」が、西部をシリア政府が、そして北部(シャイフ・
マクスード地区)を西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)
が勢力下に置いていた。
 だが、2016年2月、ロシアの支援を受けたシリア軍と人民防衛部隊
(YPG、ロジャヴァの武装部隊)がアレッポ市とトルコのキリス市を
結ぶ兵站路を遮断して以降、「反体制派」は劣勢を強いられるよう
になった。7月には、シリア軍とYPGは、「反体制派」支配地域と外
界を結んでいたカースティールー街道を掌握し、アレッポ市東部を
包囲、8月にシャーム・ファトフ戦線が主導する「反体制派」がアレ
ッポ市南西部のラームーサ地区方面に進攻し解囲に成功するも、9月
にはシリア軍が再びアレッポ市を封鎖し、完全掌握に向けて攻勢を
強めた。
 アレッポ市は「反体制派」にとって最大の「解放区」であり、シ
リア政府にとってもその奪還は火急の課題だった。かくして同市の
包囲戦は「シリア内戦」の雌雄を決する戦いと目されるようになっ
た。
停戦合意をめぐるロシアの狙い
 停戦合意をめぐるロシアの狙いは明白だった。ロシアはシリア政
府を「シリア内戦」の「勝者」として位置づけるため、停戦合意を
利用し、アレッポ市包囲戦への米国の干渉を抑えようとした。一方
、米国は、アレッポ市喪失が避けられないと(おそらく)自覚しつ
つも、大統領選挙期間中に事態が悪化するのを避けようとしている
ように見えた。
 こうした思惑の違いゆえに、停戦が持続しないことは発効前から
明らかだった。「反体制派」は9月12日に共同声明を出し、シャーム
・ファトフ戦線が停戦適用対象から除外されたことに抗議して戦闘
停止を拒否(共同声明については「シリア・アラブの春顛末期」を
参照)、シリア軍も19日に戦闘再開を宣言し、停戦は崩壊した。
 ロシアとシリア政府は、9月18日に有志連合がダイル・ザウル市郊
外のシリア軍部隊を「誤爆」したことを引き合いに出し、「反体制
派」だけでなく米国の違反が停戦を瓦解させたと追及した。ただし
、米露両軍は、シリア領内での「偶発的衝突」を回避するために連
絡調整を行っており、ロシア軍が1時間も続いた「誤爆」を見過ごす
とは考えられなかった。
 対する米国は、ロシアがアレッポ市への人道支援を妨害し、合意
に違反したと反論した。また、停戦崩壊直後にアレッポ市郊外のア
ウラム・クブラー村でシリア赤新月社と国連の人道支援チームの車
列と施設が攻撃を受けると、ロシアに責任がある(ロシア軍が空爆
したとは断定していない)と非難した。しかし、ロシア側が人道支
援物資の搬入を認めていなかったとしたら、アウラム・クブラー村
にそもそも車列が存在するはずもなく、米国の批判は明らかに自己
矛盾をきたしていた。
 しかも、こうした非難の応酬以前の話として、停戦は「テロとの
戦い」という戦闘行為を同時並行で進めることが前提となっていた
点で「ミッション・インポッシブル」だった。なぜなら、共闘関係
にある「穏健な反体制派」と「テロ組織」を峻別することなど、そ
もそも不可能だったからだ。
 この問題に関して、停戦プロセスの根拠となっている安保理決議
第2254号(2015年12月18日)は、米露、サウジアラビア、イラン、
トルコなどからなるISSG(国際シリア支援グループ)の総意に基づ
いて「テロとの戦い」の標的を確定すると定めている。だが、9月の
米露による停戦合意では、こうした「玉虫色」の表現から一歩踏み
込み、米国がこの峻別を行うことが決定された。つまり、米国は「
ミッション・インポッシブル」を科せられたことで、ロシアの術中
に嵌り、停戦崩壊の責任を負わされたのである。
停戦が崩壊し、アレッポ東部の被害は甚大に
 これに抗うため、米国はロシア・シリア両軍の攻撃の「非道」を
指弾し、アレッポ市東部にある病院や水道供給施設などのインフラ
への攻撃が続けば、停戦プロセスにかかわるロシアとのチャンネル
を絶つと主張、10月3日にこれを実行した。
 WHO(世界保健機構)の発表(9月30日)によると、アレッポ市東
部では停戦が崩壊した9月19日以降、338人(うち106人が児童)が死
亡、846人(うち261人が児童)が負傷しており、同地の被害は筆舌
に尽くしがたい。本来であれば、こうした人道危機は、欧米諸国の
世論を刺激し、各国政府に何らかの行動を促していたはずである。
だが、米国も、EU諸国、サウジアラビア、トルコ、カタールも、実
効的な打開策を打とうはしなかった。
 とりわけ、トルコは、以前であれば、武器、資金、兵力の増強を
画策し、「反体制派」の反転攻勢を後押した。だが、アレッポ県北
部からYPGとイスラーム国を掃討するための進攻作戦を黙認すること
をロシアに暗に求めるかのように、アレッポ市東部の戦況への不関
与を貫いた。
 こうしたなか、米国に残された抵抗手段は、ロシア・シリア両軍
が交戦する「反体制派」の活動を阻害しないことぐらいだった。そ
のためもっとも効率的な策が、停戦の破綻を受け入れ、「穏健な反
体制派」と「テロ組織」の峻別という課題を放棄することだった。
「穏健な反体制派」と「テロ組織」がこれまで以上に混然一体に
 米国が停戦プロセスに見切りをつけたことは、イスラーム国とと
もに「テロとの戦い」の主要な標的として位置づけられてきたシャ
ーム・ファトフ戦線にとって歓迎すべきものだったに違いない。同
戦線幹部の一人はドイツ誌『フォーカス』(9月27日付)に対して、
米国から対戦車ミサイルの直接供与を受けたと主張、米国との「蜜
月」に期待を寄せた。また9月28日には、欧米諸国でのイメージ改善
を狙うかのように声明を出し、同戦線に拉致されていたと考えられ
ていたドイツ人女性ジャーナリストを「少数グループ」から救出・
解放したと発表した。
 しかし、ロシアやシリア政府の喧伝とは裏腹に、これをもって米
国と「テロ組織」が共闘態勢に入った(ないしは共闘の事実が公然
化した)とは言い切れない。
 確かに、ジョン・カービー米国務省報道官は9月29日、「過激派は
シリア国内の真空に乗じて、作戦を拡大し...ロシアは遺体袋に兵士
を入れて帰国させ...、これまで以上に多くのロシアの航空機が打ち
落とされるだろう」と発言、ロシアやシリア政府から、米国が「テ
ロ組織」を支援していることの証左だとの非難を浴びた。だが、米
国は同時に、「反体制派」のなかに身を隠す「テロ組織」への「テ
ロとの戦い」も強化した。
 米国は9月16日、アル=カーイダに忠誠を誓い、イスラーム国とも
つながりがあるとされるジュンド・アクサー機構をSDGT(特別指定
国際テロリスト)に新たに指定した。また、10月3日には、イドリブ
県西部で空爆を実施し、シャーム・ファトフ戦線の有力幹部アブー
・ファラジュ・ミスリー(エジプト人)を殺害した。
 米国がこうした行動で何を意図しているのかは理解に苦しむ。だ
が、その結果として「穏健な反体制派」と「テロ組織」がこれまで
以上に混然一体と化したという事実は看過すべきでない。ジュンド
・アクサー機構は、アレッポ市包囲戦が激化した8月末、ハマー県北
部の支配地域を拡大する作戦を開始したが、実はこの作戦で共闘し
た最有力組織の一つが、米国(CIA)の教練を受けたイッザ軍だった
。つまり、米国はジュンド・アクサー機構をSDGTに指定することで
、自らが支援してきた「穏健な反体制派」を「テロ組織」の共闘者
にしてしまったのである。
オバマ政権の対シリア政策の特徴
 8年におよぶオバマ政権の対シリア政策は多重基準を特徴としてい
たと約言できる。「アラブの春」の追い風のなかで始められた干渉
政策は、当初は「人道」を根拠としていた。だが、2013年の化学兵
器使用事件を契機に「大量破壊兵器拡散防止」が目的となり、2014
年のイスラーム国台頭以降は「テロとの戦い」が主軸となった。こ
の変遷の過程で、体制転換後の政権の受け皿となるはずだった「反
体制派」は、イスラーム国と戦う武装集団を指す言葉となった。し
かし、この「反体制派」が、「独裁」を打倒することも、イスラー
ム国を殲滅することもなく、「テロ組織」と「穏健な反体制派」の
寄り合い所帯であることはすでに述べた通りだ。
 オバマ政権の対シリア政策は迷走していたと言ってしまえばそれ
までだが、多重基準を駆使してシリアの混乱を持続させ、ロシアや
イランと駆け引きを続けるのが目的だったとすれば、それはプラグ
マティックだと評価できるかもしれない。ただし、これはあくまで
も米国の立場からの評価であって、シリアの視点に立てば、米国が
干渉を続ける限り、「人道」や「テロとの戦い」が結実しないまま
、諸外国の主戦場として弄ばれ続けることを意味する。
[筆者]
青山弘之
東京外国語大学教授。1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。
==============================
シリア軍、地上作戦本格化=アレッポ中心部で進撃
 【カイロ時事】シリアのアサド政権軍は27日、北部アレッポ中
心部の旧市街付近に進撃した。国営シリア・アラブ通信は、軍が反
体制派支配地域の一部を制圧したと報じた。政権軍はアレッポで攻
勢をさらに強めており、抵抗を続ける反体制派の一掃に向けた地上
作戦を本格化させた。
 政権軍筋はAFP通信に対し「(世界遺産の)アレッポ城の北西
に位置する地区を奪還した」と語った。引き続き同地区で爆発物の
除去作業を行っているという。
 ロイター通信によれば、軍は中心部以外でも部隊を進め、反体制
派との間で衝突が起きている。地上部隊にはイランやイラク、レバ
ノンの親アサド派武装勢力も参加しているとされ、政権側は総力戦
を展開する構えだ。
 在英のシリア人権監視団は声明で「政権側が旧市街で部隊を前進
させている」と指摘。反体制派の牙城であるアレッポ東部では、空
爆で少なくとも11人が死亡したと明らかにした。
 政権側の包囲下にある東部では、食料や日用品の欠乏に直面する
住民約25万人が暮らしているとされ、犠牲者の一層の増加や人道
状況悪化が懸念される。
 内戦が続くシリアでは米ロ合意に基づく停戦が12日に発効した
。しかし、政権軍は19日に終了を宣言。23日以降、地上部隊投
入を視野に、アレッポ東部で空爆を強化していた。(2016/09/28-00:14)

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