5559.快走する台湾新幹線



快走する台湾新幹線

            平成27年(2015)11月26日(木)
           「地球に謙虚に運動」代表 仲津 英治
           元 台湾高速鉄路公司 安全部 主任工程師

 去る11月11日から14日まで、私の誕生日(11月16日)を記念して、かつ
て平成13年(2001)から平成17年(2005)まで4年間ほど仕事の関係で関わらせ
て戴いた台湾へ、妻と共に旅行して参りました。目的の一つは、実際に
技術協力した、台湾新幹線(現地では台湾高速鐵路と呼称)の運行振りを
見させて頂くためでもありました。日本は、台湾高速鉄路公司(略称台湾
高鉄)への専門家を派遣そして台湾高鉄の研修生を受け入れる等の技術
協力を行なったのです。

 少し長くなりますが、お付き合い頂くと幸甚です。

1.台湾高速鐵路の概要
 台湾高速鐵路は、本格的には2007年3月2日(平成19年、中華民国歴104年)
台北〜左営(高雄市北部)間(路線延長345■)で開業しました。当初目標
2005年10月1日より、遅れる事1年と半年でした。日本式新幹線システムを
ベースとしています。

 今回、在台当時、一緒に仕事をしていた台湾高鉄の幹部の方の手配でその
社員の方にガイドして頂きました。また11月13日夕刻、幹部御夫婦&社員
そして今は別会社に勤務している二人を交え、七人で夕食をともにすることが
出来懐かしい話とともに色々と状況をお教え頂きました。

 台湾高鉄の最高速度は、時速300■で、車両は日本の700系をベースにした
編成で700Tと呼ばれています。12両*30編成で開業し、現在34編成に増強
されている由。1編成の定員989人で、東海道・山陽新幹線が12両編成であった
頃とほぼ同じです。
(標準車廂(普通車)11両、商務車廂(グリーン車)1両)
オール日本製 メーカー=川崎重工業、日立製作所&日本車両製造)

 台湾は3万6千平方キロの面積で、九州位の大きさです。路線は、台湾を南北に
貫く高山山脈(最高峰=玉山 標高3,952m、旧日本名新高山)の西側に敷設されて
います。台北、台中、台南、高雄など大都市を結ぶ路線です。新たに苗栗、彰化、
雲林の各駅が、この12月1日に開業します。

 開業当初は、一日19往復程度であったのが、年ごとに増発されるようになり、
今回戴いた時刻表によれば、不定期列車も含め、一日70往復前後の近い列車を
運転しており、当初構想の88往復に近づいて来ているようです。直達車、各駅
停車など数種類の列車種別で運転されています。一方、利用客数は当初構想の
一日18万人より少なく13.6万人位とのことです。当初の台湾高鉄の予測18万人は、
沿線人口2,500万人で、路線延長515キロの山陽新幹線が、当時一日18万人でした
から、いささか過大と見られていましたが、その通りとなっているようです。

 結果、年利6%の株式発行で資金を集め、設備投資した台湾高鉄公司は、元利を
返せなくなり、経営難に陥いり、開業1年半にして、一時期政府の管理下に置か
れました。30年でBOT(建設・運営そして国に譲渡)との計画でしたが、僅か2年
未満で国に面倒を見てもらう結果となったのです。そして2010年、金融機関との
協議の結果、3,863億元(1元≒3.5円)の低利借り換えを行ない、危機を脱した
ようです。その後、2011年以降は黒字経営とのことで、今回あった経営幹部も自
信に溢れた表情でした。

2.日本式新幹線の導入経緯
 日本の新幹線方式が導入されるまでには紆余曲折があり、当初の台湾高速鐵路
公司は、 欧州式高速鉄道システム(TGV(仏)あるいはICE(ドイツ)の機関車
牽引方式を導入する予定でした。従って高架橋、トンネル、橋梁等の基盤設備は
欧州仕様で施行・完成しています。しかし、親日家の李登輝氏が総統を退いていても
隠然たる力を持っており、そうした中で日本側の働きかけもあって、基盤設備と
上部設備(中核システム=英語ではCore System)を分けて考えようという方向に
なってきました。上部設備とは電化システム、信号システムそして車両などを指
しました。

 そうした時に、ドイツで死者101人を出す大鉄道事故が発生したのです。1998年
6月3日のことでした。ドイツ連邦鉄道の誇る超特急ICEが、ハンブルク南方の
エシェデ (Eschede) 駅付近で、車輪破損により脱線し、道路橋に激突、第二次
世界大戦後ドイツ最悪の鉄道事故となりました。これが欧州鉄道への安全性に対
する大きな疑問を生み出したのです。

 続いて、1999年9月21日に発生した台湾中部大地震(現地では震源地の集集
(ジージー)の地名を取って、9・21集集大地震とも呼ばれており、台湾史上最大の
規模)も大きなインパクトを与えました。台湾諸島は、日本列島同様環太平洋火山
帯に属し、ユーラシアプレートとフィリッピン海プレートの接線上にあり、巨大地
震が多いのです。

 地震の経験の無い仏独の鉄道技術者は、地震対策技術を持ち合わせておらず、
台湾側の要請に応えられなくなったのです。日本はユレダスというハイクラスの
地震警報システムを有しています。

 そして、台湾高鉄は中核システムを日本式新幹線方式に切替えることとし、中核
システム=電化、信号制御システム&車両は日本方式、レールは日本製(新日鉄)、
分岐器はドイツ製、通信設備はフランス式という混合システムとなりました。この
ことをベストミックスと台湾高鉄のトップクラスが呼んでいましたが、あまり好ま
しいことではありませんが、世界各国との関係を維持するために台湾はこのような
方法を取るのだと、解説してくれた先輩がいます。

 日本の受注会社は台湾新幹線(株)と称し、商社&メーカーなどで構成する会社で
した。

3.現在の運転レベル ;安全・正確・快適
 11月13日(金)、台湾高鉄で台湾北部にある首都台北から南部の拠点都市、高雄
まで一往復することとし、台北駅9時発の左営行(高雄市北部の地区)高速列車に
夫婦で乗りました。全駅停車列車で所要時間は2時間丁度です。

 台湾高鉄の方の計らいで、各駅毎の状況を観ることができました。 
台北駅の発車&到着列車表示は日本式のもので、日本の新幹線でも見られるもので
すね。改札機はフランス式で、いずれも順調に機能しているとの事です。
帰りは左営駅15時発の電車に乗りました。

 乗車中の印象を申し上げますと、車内騒音は少なく、客室内はかなり静かでした。
トイレ等に行くためにデッキに参りますと、結構にぎやかです。客室の床・壁等で
は走行音の侵入を防ぐための対策が相当取られているのでしょう。

 乗り心地の中で重要な要素である振動、揺れなどですが、極めて少なく日本新幹線
に勝るとも劣らないレベルでした。ビビリのような車体全体の振動は全くなく、縦
揺れ、横揺れ、ローリングなどは、ほとんど感じないレベルです。そして特に驚い
たのはレールの継ぎ目音が、一部を除きほとんど聞こえないことでした。

 鉄道のレールは、今やロングレールが常識ですが、製鉄所で最初から製作されて
いる訳ではありません。私が知り得ている範囲内では、製鉄所の溶鉱炉から銑鉄が
流し込まれるバケツの大きさで製造される鉄製品の大きさなどが決まります。鉄道用
レールで言えば、その最大長さは25■です。新幹線用、在来線の高頻度運転区間用の
60キロレール(1メートル当りの重さが60キロ)の場合も然りです。そこで25■レールを鉄道
会社のレール工場で溶接し、100~150■の長さのレールにして、現場まで専用列車で
運びます(2014年から 新日鐵住金八幡製鉄所では自ら150■溶接レールを製造できる
設備を持っているとのことです)。そして敷設したレールを現場溶接して1,500■の
ロングレールに仕上げるのです。

 レールの溶接個所は、熱影響部と言って、通常のレールより硬軟の部分が僅かに生
じ、車輪が通過する度に柔らかい所が少しづつ削れて行きます。これによって出来る
小さな凹部が継ぎ目音を出すのです。この継ぎ目音が殆どしないということは、レール
表面をしっかりと磨いていることを意味します。この作業をレール研削と言い、車内
騒音・振動を減らすだけでなく、車外騒音を削減し、環境問題を起こさないためにも
重要な対策で。台湾高鉄はレール研削車を保有し、夜間に一定区間づつ、レール磨き
をしているとのことでした。

 そして、驚くべきは、運転精度の高さです。安全性は言うに及ばず、正確性・快適性
がお客様の信頼を得る上で、重要な要素です。前述の幹部に拠れば、一個列車当たりの
平均遅れ13.6秒とのこと、日本の新幹線より高いと言えましょう。台湾では雪が降りま
せんので、冬期間雪害で徐行することは全くなく、雪に悩まされる東海道・山陽新幹線
より平均遅延時間は短くできるようです。

 日本の車両では見られない「非常時の窓割りハンマー」が車内にありました。これは
欧米の思想に基づくもので、列車が脱線転覆した時に、乗客が窓ガラスを割って脱出
できるように各車に設置されています。日本の新幹線では、脱線転覆そのものを起き
ないように信号保安その他の安全設備を設ける思想に立っています。

4.車内サービス 
 車内では乗務員として、運転士、列車長(専務車掌)が一人づつ、そして客室乗務員
が3人乗務していました。乗務員としては男女が勤務しており、車内販売などを行なう
客室乗務員も台湾高鉄直属社員とのことでした。日本では販売員などは委託会社所属
です。職員数は全部で3,500人、全て直属社員とのことでした。これは驚きです。

 車内放送は、北京語、台湾語(びん南語、広東語に近い)、客家語(はっかご)そして
英語の順でした。台湾高鉄スタッフは全員英語可との事でした。つまり全員が大学卒と
いう事で、航空機会社並みの企業ですね。私が台湾高鉄に勤務していた時は、開業準備
の段階で、日台欧米の社員が勤務しており、共通語が英語でしたから、英語能力が必須
でした。しかし、開業して7年経っても英語可能な社員に限定しているとのこと。鉄道の
運営・保守において外国企業との接点が多いところ、英語力を採用条件にしているとの
ことでした。

 台湾に居た時、「日本では、日本語で日本人を相手に仕事をし、生きて行けている人
たちが97%です。幸せな国民ですよ」と言う日本人に出会ったことがあります。

 ただ、台湾は労働流動性が極めて高い社会です。今回の訪台でお会いさせて戴いた内
の二人は、私と一緒に台湾高鉄で仕事をした方々でしたが、彼らは既に別会社で働いて
います。戦力・技術のレベルはどのようにして維持向上させているのか、との念を強く
持ちました。

 企業経営、プロジェクト等を遂行する場合の大事な三要素として、ハードウエア、
ソフトウエア&ヒューマンウエアがよく挙げられます。

 ハードウエアは、設備を指します。鉄道では基礎構造物、線路、駅、車両、信号保安
システム&通信システムなどでしょうか。台湾高鉄ではベストミックスと称する混合体
です。
 ソフトウエアは、規則、規程類、教材等を指します。台湾高鉄に対してはJR東海・JR
西日本が必要な規程類の全てを提供しました。私は台湾高鉄安全部でこの方面の教育も
担当しました。
 ヒューマンウエアは、人材を指します。試験で選抜し、一定以上の能力・要件を満
たした人に教育・訓練を施して社員とします。自主性、協調性、連携性さらには
リーダーシップ、組織としての遂行性が期待されます。

 台湾高鉄は、日本で集大成したものを消化・吸収して、日本に次いで、安全・正確・
快適な高速鉄道を具現化していると言えましょう。

5.環境問題への貢献、安全性向上
 今回お会いした方々から、台湾新幹線が他の交通機関、取り分け航空機に与えた
影響について伺うことができました。凄まじいものがあったようです。 
航空路線の撤退状況の事例を挙げて見ましょう。
 ・台北―台中間(180キロ) 台湾高鉄開業後3ヶ月で廃止 
 ・台北―高雄間(340キロ)も2012年8月最後の一社が運航停止。かつて6社が競業し
ていました。
 大打撃を受けた台湾の航空各社は、大陸航路に活路を見出したようです。

 日本の事例から申し上げますと、鉄道で到達時間が2時間を切れば、航空機は撤退
に追い込まれています。例として、東京−名古屋(営業キロ=366■)、新大阪―広島
(同342■)、東京―仙台(同352■)、東京―新潟(同334■)等の事例が挙げられましょう。

 航空路線が無くなれば、環境問題にも貢献します。航空機は、航空ガソリンで動く
内燃機関で飛んでおり、排気ガスの中には大量の炭酸ガスが含まれているからです。
 そして高速バスも旅客を台湾高鉄にかなり奪われています。マイカー族も高鉄を
利用するようになり、結果ガソリン消費を軽減することが出来ているはずですが、
具体的データは在りません。

 台湾の運輸事情(平成24年11月)という資料(日本の国土交通省まとめ)によると、
台湾高鉄の開業した2007年から鉄道旅客輸送量が増大しており、自動車による輸送量
は頭打ちのままです(鉄道2006年123億人■⇒2011年220億人■、自動車(運輸業)
は160億人■と同期間停滞)。

 台湾高鉄の登場によって交通界全体の安全性は向上し、交通戦争の犠牲者を減らし
ているはずですが、具体的データは見つかりません。日本の例では「新幹線無かりせ
ば、年間1,800人の交通事故死亡者が増加していたはず」と、英国のエコノミスト誌が
推計したことがあります(1998.2.21号)。

 日本は世界一、旅客鉄道の発達した国です。私は、台湾がそれに続いてくれている、
と認識しています。というのは、在来線の運行者である台湾鉄路管理局もサービスを
向上させていますし、台北、高雄等の大都市では地下鉄が拡充&整備され、鉄道に
よる移動のウエイトが高まって来ているからです。

6.沿線開発 これから 
 中間駅である台南駅の沿線風景から説明しましょう。駅前の様子はほとんど緑地
なのです。
 実は、台湾高速鐵路は、新線建設する際、工事費を抑えるため、都心部を避け、
郊外に新駅を建設している事例が多かったのです。また新駅周辺の沿線開発を進め、
それによる開発利益の還元を狙ったところもあったようです。台南駅は在来線との
接続が無く、このままでは駅前とその周辺は簡単には発展しないでしょう。

 日本でも当初、在来線との接続が無かった東海道新幹線の岐阜羽島駅はあまり、
駅前が発展しませんでした。山陽新幹線の請願駅である東広島駅なども同様の事情で
乗降客は中々増えず、駅前も閑散としています。JRに限らず、私鉄&地下鉄のような
在来鉄道との接続があってこそ、高速鉄道は活きるのです。 

7.旅の楽しみ
 今回の台湾旅行は、妻の要望もあり、台北からバスで1時間くらいの町「十分」に
参りました。前から参加して見たかったというランタン(天燈)揚げを行なうためで
す。妻は家族の多幸を祈り、私は鉄路安全と書いて天燈を夜空に揚げました。

 長くなりますが、最後に台湾高速鐵路に託す漢詩を次に掲げます。

 大学時代の吟詩部の仲間と共に漢詩を作って見ました。台湾に住んだことがあり、
中国語(北京語)に堪能な鎌倉国年氏との合作です。また本格的に漢詩の詩作を研修
中の安場 博氏からアドバイスを受け、何とか仕上げたものです。安場氏によれば、
まだ脚韻などにおいて漢詩規則に合致していないところがあるとのことですが、本格
的に正しく詩作するとなると十年単位の勉強がいる感じがします。今の思いを取り
あえずのレベルで詩作に向けて見ました。

再訪台湾高鐵  

           平成二七年(二〇一五)十一月吉日
           中華民国一〇四年  十一月吉日

              仲津 英治 
              鎌倉 国年
  回憶八年南海辺 日台欧人築基盤
  四千職員守鉄路 高鐵創造新台湾

【読み方】
  再び台湾高鐵を訪れる 
  回憶す八年、南海の辺り。  日台欧人は、基盤を築き。
 四千の職員は鉄路を守る。  高鐵は、新台湾を創造す。

 八年前、台湾高速鐵路の設備を作り、規程類を整備し、要員を養成・訓練したのは、
日本人、欧米人、台湾人たちでした。今日、台湾高鉄公司には四千人前後の人たちが
勤務あるいは関係し、鉄路を運営、保守しています。また日本から、欧州から顧問の
形で技術指導している人もいます。これから新たな台湾が高速鉄道から創られること
を祈念しています。  

 長文お付き合い、有難うございました。                                                      
                                                              以上





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