5440.人類はどこから来てどこへ行くのか



「人類はどこから来てどこへ行くのか」(エドワード・O・ウィルソ
ン)の読後感
                        小川
先週の参加が少なかった「人類はどこからきてどこへ行くのか」(
エドワード・Oウィルソン著:原題はThe Social Conquest of Earth
))の読書会でしたが読んでない方のために興味のあった22章「言
語の起源」についてレジメをつくってみました。翻訳が良くないよ
うで分かりにくい表現がところどころ見られ独自に解釈してみまし
た。
(ウィルソンの要点)
1.人類を世界の支配者に押し上げた爆発なイノベーションは
単一の変異によるものではなく次第に転換点に近づき、ホモ・サピ
エンスに高い文化的才能を授け認知能力が閾値を超えたからである
。200万年前にアフリカでホモ・ハビリスの進歩が始まり前脳が急激
に発達した。真社会性という高度な社会組織への前適応がヒト属(
ホモ)を進化させた。昆虫、甲殻類、ハダカデバネズミが巣を守る
ようにコロニーが単独の生の個体より優位にたちメンバーは移動分
散することなく巣にとどまった。少人数グループが野営地を築きは
じめた。菜食から雑食へ移行して肉への依存度を高めるようになり
、死肉をあさったり狩をしたりし、また調理して動物の肉の高いエ
ネルギーを得る。火のコントロールができるようになると動物から
教われることなく野営地で守りを固めながら狩に出ることができる
ようになった。

2.脳容量の急増は肉と野営地のみではなく文化的知能による
ものである。共通の目標や意図を達成するため協力する能力がヒト
の認知能力を高めた。意図をもって心を読み協働の衝動を高めた結
果である。自分の意図を的確に表現するのみならず他者の意図を上
手に読み取ってお互いにうまく協力しながら道具や家をつくり、子
どもを教育し、狩猟採集を計画してチーム活動する文化的知能を発
達させた。チンパンジーと比較すると人間は社会的なネットワーク
に囲まれて他者の意図を読んで協力する意識が高い。社会的なスキ
ルにたけてコミュニケーションを図ったり意図を読んだりして協力
することによってヒトの集団は単独よりはるかに多くのことを成し
遂げることができるようになった。

3.アフリカにいたホモ・サピエンスの祖先は3つの特性を獲得
して社会的知能に近づいた。
1)	共通の関心を培うこと。2)共通の目標を達成しようとす
ること。3)自分のこころの状態を他者も共有できるという認識。
 人類の社会進化によって6万年前の出アフリカ以前には言語に近い
ものが発出した。言語は恣意的な記号や言葉を用い、意味を伝え、
無数のメッセージを生み出す。言語が心を創造したのではなく心が
言語を創造した。認知の進化は、集落での盛んな社会的交流があり
次に意図を読んで行動する能力が発達する相乗作用による順序で向
上した。さらに他者や外界に対処しながら抽象概念を生み出す能力
が発達して言語が誕生した。人間の言語の萌芽は、同時に生じて相
乗作用的に共進化を遂げた。 
言語は幼児がものを指したり、他者に説明して情報を与えたりする
ように、物事を示す根本的な認知と社会的スキルに派生して生じた
ものである。協調用の道具として発達した。言語は意図を読んで他
者と共有する人間固有の能力に由来している。言語は説明のための
身振り、協力、見せかけ、模倣学習などのスキル能力と共に現われ
た。 

4.ミツバチのダンスは巣や蜜への距離や方向を表わすコミュニケ
ーションであるが、単語や文を構成する抽象的記号ではない。具体
的なものを表現している。人間の言語では離れた事物の表現や近く
にいないものや存在しないもの、さらに出来事を表現できるように
なった。発話では強勢、抑揚、声調などによって情報を加え複雑な
意味を伝える。遠回しの表現やほのめかしもできるのである。さら
に進化の産物としては、会話における重なりを避けるようになった。
話者の交代の時間の長さはどの言語でもほぼ同じである。

5、単語や句を並べる順序は、学習されるのか生来備わっているも
のなのかについて文法の問題について行動主義のB.F.スキナーとチ
ョムスキーの間で長い論争があった。チョムスキーは全ての文法規
則を含め、言語の学習は子供には複雑すぎるため、限られた時間内
に述べるようになるのは無理だと主張した。“発達中の脳で自ら守
られる”と提唱し一連の規則を持ち出して論点を補強した。深層文
法とか普遍文法とか呼ばれた難解な規則を用いて論争した。当初は
難解さを武器としたチョムスキーが優勢であったが理解可能な言葉
や図で表現される(スティーブン、ビンカー「言語を生み出す本能
」)ようになって解読された。普遍文法が本当に存在するかどうか
の疑問は残っている“言語を習得する強い本能は存在する”とされ
た。近年の研究では、言語の進化について「深層文法」とは異なる
見方がある。「準備された学習」を伴う後成規則による制約である。
人間の心の普遍的な構造に由来して、心が開いたり、語ったり、記
憶したり、学んだりする仕方を通じて言語形式に影響を与える制約
である。この制約のなかで、言語間にバラツキがあり主語、動詞、
目的語という順序の違い、単語の組み合わせ方や統語法による文法
上の区別、単語の語形変化による形態構造の違いなど言語によって
バラツキがある。

6.言語の謎の探求については、無味乾燥な図表の考察から言語学
を引き離し生物学の方向へ導かれている。遺伝的変化か文化的進化
など外部環境による言語進化の制約の探求である。例えば、温暖な
気候では母音を多く子音を少なくする使用する進化があり、よく響
く音の組み合わせが生み出されている。温暖な気候に住む人は、戸
外で長い時間を過ごし、互いにより距離をおくため、よく響く音で
より遠くまで伝えさせる傾向がある。遺伝的な要因では、文法や単
語の意味を伝えるために声の高低を利用しているが、声の高低に影
響を与えるASPMというマイクロセファリンの遺伝子頻度が言語の多
様性について地理的な相関関係をもつパターンがあるという研究が
ある。

7.言語の進化を導く心のいろいろな特性が言語の誕生以前に存在
して、基本的な認知システムの源となっていると考えられる。クレ
オール語やビジン語あるいは手話の語順に多様性があるように統語
法の発達には柔軟性がある。イスラエル南部に住むアラブ系遊牧民
ベドウィンに先天性の聴覚障害を多く持つ民族がいる。この社会集
団では独自に編み出した手話を用いた語順を採用しているが、近隣
周辺の民における話し言葉や手話の構造とは異なっている。非言語
のコミュニケーションではどれも同じ順序(行為者―受動者―行為
者)あるいは発話での主語―目的語―動詞)に似た身振り言語の順
序は同じであったが、話す時に用いる語順では言語によって違いが
ある。語順にバイアスをかける後成規則が認知システムの深層に埋
め込まれており、最終的に文法にあらわれる産物はフレキシブルで
あり学習されたものである。“基本的な統語法が複数ある”という
ことは“個々の人間の言語習得を導く遺伝的規則が少数である”こ
とを示唆している。遺伝子と文化の共進化について認知科学者が数
学モデルを使って原因を説明している。発話の環境が急速に変化し
、自然選択については十分安定した環境にならない。言語では世代
や文化によってあまりにも速く変わるため、自然選択による進化を
なかなか起こせない。句構造や格標示を規定する抽象的な統語原理
を含めた言語の任意性が、進化によって脳の特別な「言語モジュー
ル」に組み込まれているとは考えにくい。結論として「人間の言語
獲得の遺伝的基盤は、言語と共進化したのではなく、そもそも言語
の出現以前にさかのぼる。ダーウィンが提唱したように、言語とそ
の基礎をなすメカニズムとの適合は、言語が人間の脳に適合するよ
うに進化したためであって、その逆ではない。」

自然選択が固有の普遍文法を生み出せなかったことによって文化の
多様性がもたらされ、フレキシビリティや潜在的な創造性から人間
の非凡な能力が花開いた。
(論考)
 社会生物学者であるウィルソンはこの本のなかで“遺伝子と文化
の共進化”を多用している。典型例として成人の乳糖耐性が生じた
ことである。乳糖を消化の良い糖に変えるラクターゼの生成は、乳
児に限られていたが、牧畜が発展して成人になってもラクターゼの
生成を持続させてミルクを飲み続けられるようにする変異が文化的
に広まった。また“人間の本性は我々に共通する精神面の発達に関
する遺伝的規則性の数々(後成規則)といえる、”“利他行為が社
会の発展―真社会性を生み出した。”“言語は遺伝子との共進化で
はなく人間の脳に適合するように進化した。”というメッセージは
分かりにくいが文化によって遺伝子の進化が影響されるということ
を云いたいのではないだろうか?
進化言語学者の橋本敬(北陸先端科学技術大学院大学教授)よると
言語の進化にはダブル・ループがあるという。
         
 生物進化・個体学習・文化進化という3つの適応的変化プロセス
が相互作用し,さらに,個体と社会の間でルールダイナミクスが生
じるような2重ループをなす複雑な進化プロセスがあって適応的な
変化のなかで循環的相互作用が働いているという。内側のループで
は、生物進化で準備された認知・学習能力に基づき個体は与えられ
た環境の中で学習し、言語ルールを変更していくことで文化は変容
し、その変容した文化の中で次世代が個体学習を行なう。言語は文
化進化を遂げていく。外側のループでは、文化は生物が適応すべき
環境の一部をなし、新たなニッチが構築される。このニッチに適応
することにより遺伝子レベルで変化が蓄積されていく。言語は、我
々自身が新たに構築してきたニッチである。(シリーズ進化学5「
ヒトの進化」/岩波書店)より)このダブル・ループのような進化を
ウィルソンは共進化と表現しているようだ。

 ソシュールにおけるパロールの役割は重要である。ソシュールは
言語「ランガージュ」(Language)を「パロール」と「ラング」の二
つに分けて考えた。ラングとは、ある言語社会の成員が共有する音
声・語彙・文法の規則の総体(記号体系)である。人間は言葉を使
う能力と、言葉を使って何か実際の行動をしている。言語学では、
民族の違いなどはあっても一つの言語で結ばれた共同の社会があり
、そこには歴史的に作り上げられた文字を基本とする言語の体系が
あるという。例えば、日本民族には漢字仮名混じりの文字の体系に
よって、言葉が成り立っている。これがラングである。パロールと
は、個人がラングの規則と条件に従ってその意志を表現するために
行う具体的な発話行為である。「言語活動」の意味・内容である。
この二つの概念は対立しているわけではなく、むしろ相互依存的な
形を取っている。ある社会の共有物としてのラング(記号体系)は
,ある個人によって実際にある時,ある場所で使用されたものであ
る。ラングは、具体的に個人によって使用された実体であるが社会
的共有物である側面に立つのに対して、パロールは言語活動のうち
の個人的・瞬間的・具体的・個別的な側面に立っている。文法のよ
うな規則に従って個人の意思や思想を伝えるために発するお喋り行
為がパロール即ち「発話」(お喋り)である。パロールは、個人・
場面によって異なり、言いよどみ、言い誤りなども含んでいる。言
語は、使われているうちに変化してくる。発話によって記号体系が
変化してくる。日本語では、万葉時代、平安時代、江戸時代、現代
と進化した(変異した)ことばが生まれている。固定静止的なもの
ではなく常に動的であり変化のエネルギーをもっている。一方、現
代の言語学研究において社会生物学や遺伝子レベルの脳科学によっ
て解明しようとする研究が盛んである。ラングとパロールは相互依
存的に学習によって進化し、これらの言語進化も一種の遺伝子進化
と文化進化の共進化と考えられないであろうか?

 また、ウィルソンのもう一つの主張は、ホモ・サピエンスの特徴
として利他行動をあげている。チンパンジーには競争的知能があっ
ても協力的知能がない。動物の多くには相手を出し抜く競争的知能
が観察されるが,動物界で真の意味で協力による分業を達成してい
るのは,ごく限られた真社会性の動物(アリなど)とヒトだけである。
しかし,協力的知性を進化させたのはヒトだけである.ヒトの祖先
は,200-250万年前のホモ・エレクトゥスあたりに,森林から完全に
離れ,サバンナに移った.そこには恐ろしい捕食者がいたし,水も
なく,果実もない.栄養パッケージは地中深く塊茎として存在して
いた.捕食者から逃がれるにも,地中の栄養パッケージを手に入れ
るためにも協力することが必要だった。ヒトが協力できるようにな
った契機は「互いに互いの心を知る」という知性である.言語はこ
のような知性の上に乗ったものである.それによって,自己を認識
し,他者を認識し,さらにそれを合わせ鏡に映し,「私がこれを知
っていることをあなたは知っているということを私は知って・・・」
という3項関係の理解が可能となった.これにより,自己と他者の欲
求を理解することが出来,協力が可能になった。言語の起源とヒト
の利他行動には相互関係があるようだ。
(2015.07.02 小川記)
==============================
Re: 先週の課題本読後感
From: tokumaru@
小川さん、
力作をありがとうございました。

簡単に気づいたことをコメントいたします。うまく伝わるかどうか
わかりませんが。

僕は概念を厳密に定義して、ウィルソンに騙されないようにしなく
てはならないと思うのです。

「人類はどこから来てどこへ行くのか」(エドワード・O・ウィルソ
ン)の小川さんのレジュメへのコメント

「人類はどこからきてどこへ行くのか」(エドワード・Oウィルソン
著:原題はThe Social Conquest of Earth))の言語の起源につい
ては、けっこう怪しいので、せっかく小川さんがまとめてくださっ
たので、コメントします。

(ウィルソンの誤り)
1.真社会性と言語能力の発達は、直接的な関係はない。ハチもアリ
もシラアリも、ハダカデバネズミも、言語をもっていない。
ハダカデバネズミの音声記号は、地上で生活するダマラランドデバ
ネズミと同数の17である。

2.私は、この無関係さに気づいたために、ハダカデバネズミはアナ
ログ符号、ヒトは音節の順列組合せによって単語をつくるデジタル
であることに気づいたのだった。

3.ただ、「真社会性という高度な社会組織への前適応がヒト属(ホ
モ)を進化させた」のは、閉経後のメスが育児参加して、昔話をす
る点にあった。この意味で、核家族は、人類の文化的発展、ヒトの
知能の発展を阻害する誤った制度であるといえる。

4.「脳容量の急増は肉と野営地のみではなく文化的知能によるもの
で」はない。ネアンデルタール人も大きな脳をもっていたが、言語
は獲得していない。脳の大脳新皮質ではなく、脊髄反射を司る脳幹
網様体の使い方こそが、ヒトの文化、知能の発展と直結すると思わ
れる。

5.「共通の目標や意図を達成するため協力する能力」は、サルでも
イヌでももっている。

6.「アフリカにいたホモ・サピエンスの祖先は3つの特性を獲得し
て社会的知能に近づいた。」
1)	共通の関心を培うこと。2)共通の目標を達成しようとす
ること。3)自分のこころの状態を他者も共有できるという認識。
 これは、ウィルソン自身が言っていることと、矛盾している。彼
は「堅固な巣、子育てにおける役割分業」が真社会性の中身である
と言っている。洞窟居住と、お祖母さんのおかげで、真社会性にな
った。石牟礼道子の「苦海浄土 第二部」に登場するお祖母さんの
役割を思い出す。

7. 「人類の社会進化によって6万年前の出アフリカ以前には言語に
近いものが発出した。言語は恣意的な記号や言葉を用い、意味を伝
え、無数のメッセージを生み出す。言語が心を創造したのではなく
心が言語を創造した。」
 これも因果関係がめちゃくちゃな表現。
恣意的な言語記号は、音素(クリック子音と音節)の獲得で可能に
なった。そもそも「心」なんて定義のないもの、心を持ち出すと話
が混乱するのみ。

8. チョムスキー理論については、騙されないように気を付けたほう
がいい。そもそも文法の定義がない。

9. 認知科学や認知言語学も、怪しい学問で、騙されないようにした
ほうがいい。たいていの認知行為は、サルでもできるものである。
むずかしく説明しているだけであり、相手の気持ちを読むことも含
めて、ヒトの言語機能とは直接関係ないことが多い。

10. 脳には特別に言語処理モジュールは存在していない。
 以下の部分は、錬金術というか、騙しのテクニック。ヒトの脳と
、サルの脳は同じ構造。きちんとした教え方と、表現方法(発声は
できないので、タイプライターとかを与える)を教えれば、サルで
も言語を処理できる。
「人間の言語獲得の遺伝的基盤は、言語と共進化したのではなく、
そもそも言語の出現以前にさかのぼる。ダーウィンが提唱したよう
に、言語とその基礎をなすメカニズムとの適合は、言語が人間の脳
に適合するように進化したためであって、その逆ではない。」

11. 小川さんの論考のところで、橋本さんの文章が紹介されていま
すが、ソシュールにおけるパロールの役割は重要である。ソシュー
ルは言語「ランガージュ」(Language)を「パロール」と「ラング」
の二つに分けて考えた

 これをチョムスキーは、ラングも、ランガージュも、ラングエッ
ジとして英訳したことで、ソシュールの学説を無化したといえます
。ラングは「言語language」、ランガージュは「言い回し(wording)
」として訳すのが正しい。ランガージュとラングは別のものです。
パロール(会話speech)と、ラングと、ランガージュの3つを、それぞ
れ別の概念として考えなくてはならないと思います。

 また利他主義は、真社会性動物に特徴的でありますが、他の動物
でもみられる行動です。ヒトに限ったことではないと思います。

以上




コラム目次に戻る
トップページに戻る