5266.サウジは国内秩序動乱の入り口にいる



サウジは国内秩序動乱の入り口にいる
  ―シェール革命の影響と米国の中東政策―
DOMOTO    2015/1/28
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735
【◆◆以下は12月25日に発信した記事に加筆したものです】

【目次】
【1】中東混乱とサウジの石油の安売り
    ―シェール革命の影響と米国の中東政策― 
【2】サウジは国内秩序動乱の入り口にいる


【1】 中東混乱とサウジの石油の安売り
     ―シェール革命の影響と米国の中東政策―

原油価格が下落を続けています。原油下落を進行させるサウジを中
心とした湾岸産油国の石油政策は、米国のシェール革命によって引
き起こされました。サウジはシェールに対抗し、米国シェール産業
をとことん潰すつもりでしょう。

このとき見逃してならないのは、米国のシェール革命は湾岸産油国
に、中東での米国の軍事的役割について、懐疑的感情(不確実性)
を与えているということです。

この指摘は戦略国際問題研究所(CSIS)の11月11日公開の論文
『新しいエネルギー革命と湾岸』の中にあり(本文でPDF8ページほ
ど)、米国のシェール革命が湾岸産油国に与えている、軍事的な影
響と経済・財政的な影響の2つの側面から詳細な考察をしています。

The New Energy Revolution and the Gulf (『新しいエネルギー
革命と湾岸』11/11-2014 戦略国際問題研究所)
http://csis.org/files/publication/121114_Barnett_GulfEnergy_Web.pdf

執筆者は戦略国際問題研究所(CSIS)で中東問題を研究してい
るキャロリン・バーネット氏で、彼女はとくに湾岸諸国と北アフリ
カが専門です。

この論文は中ほど以降から2部構成になっており、米国のシェール
革命が湾岸産油国で引き起こしている動揺と不確実性を、軍事的な
影響と経済・財政的な影響の2つに分類して論じているので、その
2つの側面を見ていきたいと思います。

※※この論文を紹介する中で「湾岸諸国」と私が省略して訳すのは
、湾岸協力会議(GCC)加盟国のことで、サウジアラビア、アラ
ブ首長国連邦、クウェート、カタール、バーレーン、オマーンの6
カ国を指します。イランとイラクは除きます。私が「湾岸諸国」と
訳す時は、原文では“GCC”(湾岸協力会議加盟国)となってい
ます。

以下、この論文の『不確実なスーパーパワーとしての米国』
(“The United States as an Uncertain Superpower”)の章の要
約と抄訳を記します。
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(要約と抄訳開始)

米国のシェール革命が注目されるようになったのは、2010年12月か
らチュニジア(ジャスミン革命)やエジプト(ムバラク長期政権崩
壊)で始まった反政府抗議暴動に見られる「アラブの春」の頃であ
る。

また、その後のリビアなどアラブ各地での暴動、シリアやイラクで
の永続的な内戦が起こり、湾岸産油国の指導者たちがそれらの自国
への波及を恐れる脅威が高まっているさなかに、米国のシェール革
命の影響が中東へ押し寄せてきた。

湾岸産油国の指導者たちは、増産されていく米国のシェール生産を
「米国のエネルギーの独立」の兆候と見た。
彼らは「米国のエネルギーの独立」の進行を見ることで、米国が中
東で行う(湾岸産油国へ向ける)政策の『意図』に懐疑的になった。
これはまさに、湾岸産油国が「アラブの春」以降の各国内での暴動
に、脅威と脆弱さを感じていた時期であった。

2011年に、エジプト革命から波及したバーレーンでのデモに対して
サウジは軍隊を介入させ、その後バーレーン、オマーン、イエメン
の各政府に総額80億ドル以上の支援をした。

シェール革命による「米国のエネルギーの独立」により、来たるべ
き「米国が湾岸諸国を捨てる」という時期が、もう数年前から始ま
っている。


The GCC’s new activism is a reaction to regional upheavals, 
but it also reflects the impact of a narrative that emerged 
over the past few years of a coming U.S. abandonment of the Gulf. (PDF5ページ)

混乱の中にある中東において、湾岸諸国は、現在の米国からの助言
をただ単に役に立たないばかりでなく、実際には危険であると感じ
ている。中東地域でいくつかの同時に起きている米国の行動とその
動向は、湾岸諸国に対する米国の安全保障の信頼性を揺るがしてい
る。

筆頭にあげられるのはイランへの米国の態度、イラン核問題の解決
への米国の『意欲』だ。中東地域の世論指導者たちは、オバマ政権
のこの地域での安全保障に対する熱意の欠如を、厳しく批判してい
る。

長期的な恐れとして、米国とイランの関係正常化は、湾岸諸国の安
全保障への米国の関与を弱める。

連合を組む湾岸協力会議(GCC)の加盟国は、より広い中東全域
での「イランとの冷戦」という状況の中で、アサドを倒し、理想的
にはイラクの新政府へのイランの影響力を押し返すという目標を熱
望的に維持している。

イラン核問題の交渉が現在も続いているが、この核問題が湾岸諸国
にとってどんなに進展しようとも、湾岸諸国の指導者たちは、この
地域でのイランの行動を抑制する、もっと包括的(総合的)なアプ
ローチをより望んでいる(※注-1)。

(※注-1:訳者注:例えばオバマ政権はイランとの核交渉は継続し
ていますが、スンニ派の湾岸諸国には、中東地域でのテロ戦争で、
シーア派勢力を弱体化させようという米国の意思が非常に希薄に感
じられ、この地域での脅威が高まっています。このようなオバマ政
権の中東政策は、サウジなどスンニ派諸国にとってとても包括的な
アプローチとは言えません。)

(要約と抄訳終了)
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このような中東情勢、とくに湾岸情勢を踏まえて、現在、国際金融
市場で注目されている原油価格の下落の現象を見てみます。

そこでは、米国とサウジがロシアに対抗して原油下落を共同で仕掛
けているという見方がありますが、これは現在、中東情勢のなかに
置かれているサウジとイランと米国の関係を考えれば、おかしな見
方だと言えます。

バーネット氏の論文で見てきたように、サウジをはじめ湾岸産油国
は米国のオバマ政権の中東政策、とくに対イラン政策に非常な不満
を持ち、湾岸産油国に関わる米国の政策の「意図」に懐疑的になっ
ています。また、米国の中東政策が湾岸産油国にとって危険な場合
さえあると見ています。

そのように、サウジなど湾岸産油国が米国に対して、非常な不満、
懐疑心、時に危険といった感情を持っているということ、また、巨
大な損失を伴い、長期化すれば財政赤字に陥るリスクを負っている
ということを考慮せずに、原油下落はサウジと米国が協力し組んで
やっているのだというコラムをいくつも見ました。それはニューヨ
ーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズでも見られました。

私は、このあたりがマスコミ情報の限界かとも思いますが、荒唐無
稽とまでは言わないまでも、それはただの憶測、おもしろく聞こえ
る当て推量に過ぎないと思います。

サウジの石油政策と行動は、米国との関係のなかで軍事と経済をワ
ンセットで考えなければだめで、サウジと米国の軍事と経済の関係
を切り離してこの問題を考えるのは、事象を2つに分解してその片
方だけを振り回しているようなものです。それは現実から遊離して
います。

ブルッキングス研究所のグレゴリー・ゴーズ氏が、現在、中東では
サウジとイランによる「新中東冷戦」(“The New Middle East Cold War”)
が行われていると言っています。

サウジは、中東地域で米国による安全保障に依存しているため、米
国に守ってもらわなければ国家の存亡に関わるため、<これから先
も米国の消費者に石油をこれまでと同じように買ってもらい、米国
の消費者をつなぎ止めておく必要がある>のです。
そして、そのために米国のシェール産業を潰そうという側面がある
のです。

米国の対ロシア戦略のためや、米国のためにやっているのではなく
、あくまでも「新中東冷戦」下での、サウジ自身の国家生き残りの
ために、必死な思いで石油の安売りをしているのです。

原油下落が続けばイラン核交渉では、サウジにとってイランを抑制
できるのではという観測がありますが、イランは1970年代はじめの
パーレビ国王の核兵器構想発表以来、40年以上も核兵器製造への
確固たる意志を貫いてきています。イスラエルはもちろん、サウジ
も、原油下落程度でイランが核兵器製造を後退・譲歩するなどとは
思っていないでしょう。

もし、本当にサウジと米国が共同して原油下落を仕組んだとすれば
、その見返りとしてもうすでに、中東地域での米国の行動と政策が
これまでと大きく転換し、サウジなどスンニ派に大きく肩入れし、
イランに対して米国がより強硬になっているはずですが、そのよう
な現象は全く見られません。

また、原油下落はロシアのプーチンを思いきり痛めつけていますが
、プーチンはサウジの市場シェア確保の石油政策の「とばっちり」
、巻き添えを食らっているだけであると私は見ています。


【2】サウジは国内秩序動乱の入り口にいる

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(原油の)価格低迷が続けば、サウジは財政赤字に陥り、政治的安
定に新たな問題が持ち上がるかもしれない。だが、サウジは巨額の
外貨準備を抱えるため、歳入が減っても耐えられると多くのアナリ
ストはみている。

原油価格下落を静観するサウジの深遠な思惑
(10/17-2014 フィナンシャル・タイムズ邦訳版)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM17H0N_X11C14A0000000/

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いったい、サウジは原油価格低迷にどの程度まで耐えられるのでし
ょうか。

サウジなど湾岸諸国に詳しいワシントン中東政策研究所のサイモン
・ヘンダーソン氏は、石油収入が2013年の半分に落ち込んでも、ま
だ、サウジは気前のいい助成金や公務員への給料を、何年も支払っ
ていく十分な資金があるといいます(※下記記事より)。湾岸産油
国は労働人口に占める公務員の比率が高いといわれます。

Falling Oil Prices and Saudi Decisionmaking 
(10/17-2014 ワシントン中東政策研究所)
http://www.washingtoninstitute.org/policy-analysis/view/falling-oil-prices-and-saudi-decisionmaking

ヘンダーソン氏は、この気前のいい国民へのお金の支給は、サウジ
の王国の暗黙の社会契約として絶対必要なものとしてみなされてい
るといいます。すなわちその社会契約とは、サウド王家の家父長的
な気前の良さのために(諸々に対するお金の支給)、人々は民主主
義の自由がないのを我慢しているという暗黙の契約です。

チャートを見ると2013年の原油価格(WTI)が年平均でざっと1バレ
ル100ドルで、現在12月半ば以降、53ドル〜56ドルのレンジを横ばい
です。

戦略国際問題研究所でエネルギー問題が専門のサラ・ラディスロー
氏は、「多くのアナリストが、シェールオイルなどの増産を食い止
めるには、1バレル50ドルレベルで数か月かかるだろうと考えてい
るようだ」と言っています。

Most analysts seem to believe that it would take a $50 price level 
over a period of several months to stop the growth 
in tight oil production.

An Oil Market
Experiment  (12/16-2014 戦略国際問題研究所)
http://csis.org/publication/oil-market-experiment

しかしながら、サウジと米シェール業界との戦いで、どちらが敗北
するのかは私にはわかりません。
サウジは巨額の外貨準備が強みですが、サウジと米シェール業界の
戦いは長期化するとその外貨準備とは関係のないところで、サウジ
を脅かす非常に脅威的な出来事が起こってきます。

それは、原油生産量も外貨準備もサウジとは格段に少ない湾岸諸国
で、「アラブの春」のような政変・暴動・反乱が起き、それがサウ
ジに直接的に波及する場合です。

つまり、サウジの東側に隣接するアラブ首長国連邦、クウェート、
カタール、バーレーン、オマーンの地域の財政と経済が、1バレル
50ドルレベルかそれ以下の価格低迷で悪化した場合です。

前出のバーネット氏の論文によれば、これらの湾岸諸国は、いま、
公共支出の増加、とりわけ社会福祉と水道設備、そしてエネルギー
補助金の増加に直面しているそうです。これらの膨らむ支出は、「
アラブの春」で中東各地に暴動や反乱が始まり、その混乱に対する
懸念が高まるにつれ増やされてきました。

GCC governments face rising public spending commitments, 
particularly for social welfare and water and energy subsidies?
and these commitments have grown in response to concerns 
about unrest since the Arab uprisings began.

サウジが2011年に、エジプト革命から波及したバーレーンでのデモ
に対して軍隊を介入させたことは、戦略国際問題研究所のほかの論
文でも注目されています。
シリアやリビアは「アラブの春」の暴動から内戦状態になったケー
スですが、湾岸諸国は今まで潤沢なオイル・マネーで国民の不満を
抑え込んでいたわけです。

ペルシャ湾岸諸国で「アラブの春」の暴動・反乱がおこり、それが
サウジに飛び火した場合の、最悪のシナリオはどうなるのでしょう
か。

「イスラム国」がイラク南西部の国境を超え、サウジに勢力を拡大
した場合、そしてアルカイダがサウジ国内で民衆の混乱に乗じて活
動を活発にさせた場合は、最悪の内戦となり、サウジは世界経済の
火薬庫になります。

イスラム国、空爆開始後に失った支配地域はわずか1%米発表
(1/24-2015 AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3037554

■関連リンク

サウジの核武装と米シェール潰し(2014-11/27 拙稿)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39155494.html

ペルシャ湾の火薬庫―バーレーンをめぐるサウジとイランの衝突―(2011/03/08 拙稿)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/34602314.html

サウジ老齢王室の政策決定と原油下落―その軍事的側面―(2014-12/11 拙稿)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39182019.html


 (了)


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