5200.ロシアの戦略概観



ロシアの戦略概観
      ―パトルシェフ書記の見解―
      ―ロシアはどこへ向かって進もうとしているのか―
DOMOTO    2014/11/20
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735
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◆◆以下の記事は、10月23日に発信した記事の一部へ加筆・修正し
たものです。
 
欧米の経済制裁がロシア国民に与えている心理的影響や、世論調査
の結果などまで書くことができませんでしたが、それらは他稿で補
足していくつもりです。
 
ルーブルとロシア株価が急落しているから、プーチン政権の求心力
が下がっているなどということは、10月中旬時点ではほとんどない
ようです。
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【目次】
【1】 ロシアの戦略概観
    ―安全保障会議書記の見解―
【2】 ロシアのアキレス腱(私見)

■【1】 ロシアの戦略概観
     ―安全保障会議書記の見解―

ウクライナ東部のドネツクでは、ウクライナ政府軍と親ロシア派武
装勢力の戦闘によりここ数週間で数十人の民間人が死亡しているそ
うです。10月21日、負傷者の治療に当たっている医師らは、政府軍
がクラスター爆弾を使用していると証言しました(10月22日 AFP)。

ドネツクの医師ら、ウクライナ軍がクラスター爆弾を使用と証言 
(10/22-2014 AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3029542

9月の記事以降お伝えしているように、ロシアのプーチンとロシア
政府は、世界スケールで反米秩序の構築や西側諸国への対抗策を進
めています。これらは私たち欧米など西側諸国から見ることのでき
る概観です。

しかし、ロシア政府(クレムリン)はいったい、いまの情勢をどの
ように考え、どのような戦略観をもって、どこへ向かって進もうと
しているのでしょうか。

これらについて説明してくれている記事が、ジェームズタウン財団
のHPにありました。それはパベル・フェルゲンハウアー氏による
記事です。この人はロシア極東での大軍事演習「ボストーク2014」
についての解説記事を書いた人で、それは前号で取り上げました。
この人はロシアの軍事・外交に詳しい人です。

Preparing for War Against the US on All Fronts?A Net Assessment of Russia’s Defense and Foreign Policy Since the Start of 2014 (10/16-2014 ジェームズタウン財団)
http://www.jamestown.org/regions/russia/single/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=42962&tx_ttnews%5BbackPid%5D=653&cHash=f45956f6e83db53aebfcbd29c406b25f#.VENN7PmsUxM

プーチン大統領、メドベージェフ首相、そして国家安全保障会議の
ニコライ・パトルシェフ書記(書記局トップ)の3人は、いずれも
10月15日にマスコミのインタビューで、ウクライナ危機後の、ロシ
ア政府の<世界戦略の構想>の概要を述べています。以下はフェル
ゲンハウアー氏によるそれらについての解説の一部を抄訳したもの
です。

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(抄訳開始)
ロシア政府の見解は不快なものである。ロシア政府はいま、西側諸
国との新しい冷戦が形成されつつあると見ている。ロシアは現在、
西側諸国からの攻撃を受けていると考えており(訳注:経済制裁な
ど)、ロシア政府はその反撃のために核兵器オプションを含む、自
在に使えるすべての手段を使うつもりである。

The view from Moscow is uninviting?A new cold war with the West 
is in the making; Russia is under attack and will use all means 
at its disposal to resist, including the nuclear option.

プーチンは米国を非難したが、それは米国が首都キエフで過激な国
家主義者を支援することによって、意図的にウクライナ危機を引き
起こし、内戦へと火をつけたからだ―とプーチンは非難している。

ロシア軍は再武装し、大規模軍事演習を実施し、起こりうる世界規
模の戦争にも準備している。

The Russian military is also rearming and conducting massive 
exercises, preparing for a possible global war.

モスクワの政界、軍、諜報機関の大多数の一致した見解は、米国と
の関係は修復不可能であり、メドヴェージェフ首相の言葉を引用す
れば、「米ロ関係にはどのような新しい『リセット』の可能性もな
い」というのが一致した考えだ。

クレムリンは、米国との本物のデタント(緊張緩和)の可能性は、
早くても2020年まではないと考えるようになっている。
(抄訳終了)
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この記事では、このあと紹介する国家安全保障会議のニコライ・パ
トルシェフ書記の意見や説明を、ロシア政府の公式な政策意見のよ
うに思われると述べています。
国家安全保障会議はロシア大統領の直属機関であり、ロシア大統領
府の構成下に入るからです。

下記のリンクにはパトルシェフ書記の最近の写真があります。
http://www.rg.ru/2014/10/15/patrushev.html

パトルシェフ書記へのインタビューを載せた公式な政府機関紙の記
事には、『第二次冷戦』(“Second Cold War”)と題名が付けられ
ていますが、パトルシェフ書記の米国に対する考え方は次のようで
す。

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米国は今日も、ロシアを世界の中心から排斥し、破壊するような戦
略的意図(計画)を実行している。これは1970年代にズビグネフ・
ブレジンスキー(カーター米大統領の国家安全保障担当補佐官)に
より開始された戦略である。

ソ連崩壊後、それまで支配していた旧共和国で、米国はロシアから
いかなる影響力をも奪い、ロシア政府をそれらの旧共和国から完全
に孤立させようとしてきた。その数十年に及ぶ計画は非難すべきも
ので、米国は永遠の敵である。
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      ◆    ◆

パトルシェフ書記はインタビューの中で、ロシアの戦略立案者たち
が、「ますます天然資源(石油、ガス、食糧、水)が貴重になって
いく『分割された多極化世界』のなかで、ロシアは資源の貧しい欧
州を支配できるだろう」と考えていると述べています(10月9日)。

この天然ガスと石油による支配の考え方は、すでにユーラシア大陸
のあちこちで明らかになりつつあるように、欧州以外でも中国、イ
ンド、北朝鮮、日本、韓国、パキスタンなどアジア圏で、ロシアの
戦略の基本的ラインとなっています。

『プーチンのアジア-太平洋への「旋回」はロシアの壮大な戦略の一
環であり、その大戦略は、ロシアをユーラシア大陸(アジア+欧州)
での強大なパワー(支配力)にするための、経済と軍事戦略の領域
から構成される』

これは中国人の研究者などとのパイプを持つ、ヴィッテンベルク大
学(オハイオ州)のユー・ビン教授が、2013年1月に戦略国際問題
研究所のレポートで指摘したことですが、このことは6月の私の記
事でお知らせしました。

Tales of Different “Pivots” (2013-1/14 戦略国際問題研究所 )
http://csis.org/publication/comparative-connections-v14-n3-china-russia

パトルシェフ書記は、ロシアの外交世界戦略として次のような主張
をします。

『欧州を米国の支配から切り離すために、大西洋を挟んだ米欧の協
力関係を弱体化させながら、欧州以外の中国のような新興国の国々
(“emerging powers”)と同盟を次々と結んでいかなければいけな
い。』

As Patrushev argues, Russia, in turn, must build alliances 
with non-European emerging powers like China, while working 
to undermine the Transatlantic link to liberate Europeans 
from US domination.

ここで興味深いのは、ロシアは欧州と米国の分離を狙っており、欧
州を支配・統合しようとしているのですが、そのためのプロセスで
の選択肢としてNATOに対する核兵器の使用も考え、かつ準備も
進めている事です。

■【2】 ロシアのアキレス腱 (私見)  
米国のオバマ政権は、11月の米中間選挙の選挙対策として「イスラ
ム国」に大掛かりな空爆を行ったようです。「イスラム国」対策で
は、敵対しているはずのロシアやイランと協力関係を模索しており
、外交的にも軍事的にも「戦略」に全体としての統一性がなくバラ
バラとなっている状態です。

これでは米国の持っている軍事的抑止力の効果は減殺されてしまう
ばかりです。しかも「イスラム国」の封じ込めに何の成果も上がっ
ていません。

米国の外交政策が複雑化しているなどという説明をする人がいます
が、私には米国の外交政策は「8の字」に蛇行飛行するダッチロー
ル状態にしか見えません。

9月9日に日本で講演した元国防次官補のジム・ウェッブ氏が、オ
バマ政権の国家戦略について「今の米国は構造的な戦略がない。そ
の場、その場での場当たり的な対応をしている」と言ったそうです
。まさにその通りだと思います。

ジェームズタウン財団のフェルゲンハウアー氏の記事、そしてその
中に書かれている国家安全保障会議のパトルシェフ書記の考え方、
それらを読むとロシアの国家戦略には大きなアキレス腱があること
が見えてきます。

それは今まで欧州に相互依存していたものを、いまロシアは中国に
大きく依存しているという事です。ロシアの戦略のアキレス腱は中
国です。つまりロシアの動きを封じ込めることができるのは米中関
係次第であり、それには中国とロシアを切り離すという難易度の高
い戦略が必要であるということです。

それなのにオバマ政権は今述べたようなあり様です。

次の米国の大統領選挙に果たして期待ができるのかわかりませんが
、まだあと2年もあり、国際情勢は悪化すると思います。

■■ 関連リンク

ロシアの核兵器戦力の準備とウクライナ―NATOを背後に―(9/11-2014 拙稿 )
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39024587.html

ロシア極東での大軍事演習―米国を想定した軍事演習「ボストーク2014」―(10/09-2014 拙稿)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39065595.html

ロシア・中ロ関係・中央アジア (拙稿集)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/folder/1119307.html



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