4923.米国の偽(ニセ)の景気回復



   米国の偽(ニセ)の景気回復  
   ―「標準以下の」米国経済とFRBの限界 ― 
                      2014/02/11DOMOTO
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735 
【目次】 
■ @ 米国の偽(ニセ)の景気回復 
■ A FRBの金融政策の限界  
■ 結: ビールの泡と日米の景気 

■ @ 米国の偽(ニセ)の景気回復 
米国経済の先行きとFRBの金融政策は、我が国日本と世界経済に
多大な影響を及ぼします。FRBのQE縮小の開始は1月の最後の週
には再び新興国経済を大きく揺さぶり、世界経済に及ぼす懸念も出
てきました。1月のダボス会議ではブラックロックのCEOが、「わ
れわれは従来よりずっと不安定な世界に突入しようとしている」と
発言したそうです(1月26日 ロイター)。 

米国国内の経済指標では、2月3日のISM製造業景況感指数の大幅
悪化、2月7日発表の1月の雇用統計での雇用者数(非農業部門)が
予想を大きく下回るなど、「景気の失速を示唆する」(ロイター)
指標が出てきています。 

しかしそれでも、このところの日本のマスメディアや市場関係者の
間では、米国の景気回復が鮮明化してきたといったような見方が多
くされています。そしてそれに準ずるように、米国のQE縮小(テ
ーパリング)が2014年にかけて行われるといったマスコミによる構
図が、一般的な見方として受け入れられているようです。 

このような米国経済の先行きについての楽観論に対しては、ラリー
・サマーズ(元米財務長官・ハーバード大教授)やスティーブン・
ローチ(元モルガン・スタンレー・アジア会長)などが正反対な見
解に言及しており、ブリッジウォーター(世界最大級のヘッジファ
ンド)やケネス・ロゴフ(ハーバード大教授)などが懐疑的な見方
をしています。 

サマーズ教授やローチ氏は、現在の米国の景気回復の状態を、2008
年のリーマン・ショック以前と比べて「標準以下(平均以下)」の
景気回復という見方をしています。 

スティーブン・ローチ氏は「アメリカの偽の夜明け」という記事で
、2013年4月から9月までの2四半期にかけての、GDP成長率の上
昇と改善の現象について、これと類似した現象が、2009年半ばの大
不況の終わりから2度起きていることを挙げています。それは2010
年の第2,3四半期(年率換算で平均3.4%増、2011年の第4四半
期?2012年第1四半期(同4.3%増)です。この「GDP成長率の
加速の多くは、持続不可能な在庫補充の急増によって膨れ上がった
ものによるもの」であると指摘しています。 

America’s False Dawn 
(「アメリカの偽の夜明け」 2014/01/27 Project Syndicate) 
http://www.project-syndicate.org/commentary/stephen-s--roach-says-that-anyone-trumpeting-a-faster-us-recovery-is-playing-the-wrong-tune 

またQE縮小(テーパリング)の縮小ペースに影響を与える指標と
して市場やマスコミが注目している雇用統計ですが、労働参加率を
考慮に入れない雇用統計はテーパリングの予測をするのに不適切で
あるようです。非常に厳しい労働市場は労働参加率を低下させてお
り、ローチ氏は、「もし労働参加率が2013年12月の62.8%ではな
く、2008年初めの66%であると仮定すれば、今の失業率は6.7%
ではなく11%以上にもなっているだろう」と現状について分析し
ています。 

またサマーズは1月5日のロイターで、「楽観的予測でさえ<経済活
動と雇用は以前の傾向よりも低いままでこの先何年も推移する>と
しているので、今の景気楽観論はこのような意味に限定して理解す
るべきだ」と述べています。 

“, but optimism should be qualified by the recognition that 
even optimistic forecasts show output and employment remaining
 well below previous trends for many years.” 

COLUMN-What to do about secular stagnation?
(「長期的停滞に対してするべきこと」2014/01/05 ロイター)  
http://www.reuters.com/article/2014/01/05/summers-stagnation-idUSL2N0KF0H720140105 

サマーズは現在の米国経済が「長期的停滞」(“secular stagnation
”)に陥っていると考えていますが、それを解決するための有力な
政策の柱としてエネルギー部門のインフラの増築と交換・整備を挙
げ、それは民間投資を爆発させる経済効果が大きいとしています。

サマーズはこの記事の結びで、「問題についての明確な診断と(眠
っている)構造的な需要の増大に向けた政策(関与)がなければ、
我々は<不十分な成長>と持続不可能な金融の間を(振り子のよう
に)行き来することを強いられるだろう」と述べています。 

  ■ A FRBの金融政策の限界 
FRBはその非伝統的金融政策で膨大なマネーの供給をして米国経
済を立て直そうとしてきましたが、現在のところ依然として、経済
の回復は弱々しく「のろのろとした」ペースのものでしかありませ
ん。2008年のリーマン・ショック以降、FRBは米国の株価を支え
、景気の落ち込みを防ぐたびにQE1、QE2、QE3と量的緩和
を行ってきました。 

QE3が発表された後の2012年12月には、すでにレイ・ダリオが量
的緩和を行うFRBの能力について否定的な見解を述べています(
ニューヨーク・タイムズ主催の公開討論会「DealBook」で)。レイ
・ダリオは世界最大級のヘッジファンド「ブリッジウォーター」の
ファウンダー(創立者)です。 

そのダリオの「ブリッジウォーター」は2013年11月の顧客向けノー
トでも、FRBのQEの限界について言及しており、FRBは政策
を使い果たしてしまっているのではないかという見方をしています。
「FRBのタンクの中には果たしてガソリン(政策)がまだあるの
かどうか、そして、もし<ない>としたら何が起こるのだろうかと
いうことを心配している」―これはニュース・サイト“Zerohedge”
が抜粋したブリッジウォーターの顧客向けノートの結びです。 

“we're not worried about whether the Fed is going to hit or 
release the gas pedal, we're worried about whether there's 
much gas left in the tank and what will happen if there isn't.” 

この記事は現在閲覧できませんが、米CNBCのサイトがブリッジ
ウォーターの“Zerohedge”による抜粋を扱っていて、下記のURL
でその一部が読めます。 

Ray Dalio worries the Fed's QE may run out of gas (2013/11/12 CNBC) 
http://www.cnbc.com/id/101188185 

ブリッジウォーターの顧客ノートでは、米国の世帯支出額に対する
世帯資産の比率の推移を表すグラフが掲載されていますが(下記グ
ラフ)、1995年以降2013年まで、波状に起伏を描きながらも、その
比率は長期的に下落の一途をたどっています。 

グラフ(ブリッジウォーター) 
http://www.d5.dion.ne.jp/~y9260/20131110_dalio.jpg 

今回こそは、米国の景気回復の足取りは鮮明になってきているなど
と日経は昨年から書いていますが、個人所得(前月比)で見ると昨
年10月以降は、それ以前よりかえって所得の伸びが鈍化しており
、しかもその比率はマイナス0.1ープラス0.2で、2013年3月か
らを見ても依然として低い水準で続いているのがわかります。 

米・個人所得(前月比) 
http://fx.minkabu.jp/indicators/01013 

  ◆  ◇  ◆ 

前述の記事でローチ氏(元モルガン・スタンレー・アジア会長)は
、ケネス・ロゴフ教授とカルメン・ラインハルトの共著を引いて、
通常、危機の後の回復は「遅く(多くの時間がかかり)、痛みを伴
う」と述べています。そして次のような結びで終わっています。 

「『非伝統的政策は米国経済再生の万能薬である』というFRBの
主張にもかかわらず、米国の経済回復のプロセスは、まだ何年も続
く」 

ケネス・ロゴフ教授が、今年1月に開かれたダボス会議の合間のブ
ルームバーグによるインタビューで、世界の中央銀行がとってきた
量的緩和策について尋ねられている記事がビジネス・インサイダー
(米:金融経済サイト)にあります。ここでは世界の中央銀行とい
うことで話をしていますが、実際に念頭に置かれているのは米国の
FRBです。 

ロゴフ:「世界の中央銀行はこれまで採ってきた、より実験的な政
策(量的緩和策)に幾分か幻滅を覚えている。それは中央銀行が考
えていたよりも、成果(経済成長)はそれほど大きくないのに、コ
スト(債務)はより大きなものになるかもしれないと感じているか
らである」 

ROGOFF: There's One Big Story At Davos, And Markets Around 
The World Are Getting Central Banks Wrong 
(2014/01/24 ビジネス・インサイダー) 
http://www.businessinsider.com/rogoff-davos-2014-1 


  ■ 結:ビールの泡と日米の景気 

最後に、以上述べてきた現状理解とは反対の、米国経済は順調に景
気回復へ向かっているとする強気派のエコノミストとして、ゴール
ドマン・サックスのトップ・エコノミストであるジャン・ハジアス
を挙げておきます。順調な景気回復が続くとするハジアスは、2014
年のQE3プログラム(テーパリング)は順調に進み、2014年後半
までには完了するだろうと昨年末に予想していました。 

GOLDMAN: Here's What Will Happen With GDP, Housing, The Fed, 
And Unemployment Next year (2013/12/29 ビジネス・インサイダー) 
http://www.businessinsider.com/goldman-questions-for-2014-2013-12 

12月の『ビジネス・インサイダー』の別の記事は、ゴールドマンの
なかでもジャン・ハジアスを米国の屈指のエコノミストだと評価し
ていますが、その記事のなかではハジアスが米国債の金利が2013年
に3%まで上昇することを予測できず、低く見積もっていたことも
指摘しています。 

ハジアスは米国の景気回復を予測しますが、それが実際にどの程度
(水準)の景気改善になるかはわかりません。新しいツールを発見
し(R.ダリオ)、それを実行できなかった場合、期待されている景
気回復はローチ氏やサマーズ教授が洞察するように、「標準以下の
」、「平均以下の」景気改善にとどまり(リーマン・ショック以前
と比べて)、しかもすぐに下振れする不安定なものでしかないかも
しれません。この問題についてロゴフ教授は、「リーマン・ショッ
ク以降の米国の経済政策の最大の失敗は、膨大に増え続ける債務を
減らす方法を見い出せなかったことだ」と、この冬に述べています。

我が国日本では、2月10日の財務省の発表で、12月の経常収支が6386
億円の赤字でした。「赤字は3カ月連続で、現在の基準で比較可能
な1985年以降では赤字額は最大」です(日経)。 

リーマン・ショック以降、米国では2度、GDPの好転が2四半期
ほど続きましたが、それについてローチ氏は、「フロス(泡)に過
ぎない」と2013年の夏に述べています。 

フロス(froth)はビールの泡などにも使われる単語です。米国の量
的緩和を真似て始めてみたアベノミクスですが、経常赤字が3カ月
連続で続き、しかもその赤字額は次第に大きくなってきています。
ビールの栓を抜いた後の<泡>の勢いは良かったのですが、時がた
ち、株高でも円安で経常収支は真っ赤か。円を刷れば刷るほど真っ
赤かの「アワ(泡)ノミクス」。そして日本は、この4月に消費増
税を迎えます。 


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