■アベノミクス成功の条件 ー終身雇用制の「緩やかな破壊」が日本を救うー 日本の労働社会は、終身雇用制が本音と建前の中で、中途半端にラ ンダムに壊れているから始末に悪い。 中高年は必要とされなくなっても会社にしがみ付き、会社は追い込 み部屋を作って人格攻撃で自主退職に追い込む。 企業は、一度雇ったら辞めさせるのが難しいため、新たな正社員雇 用には及び腰だ。 正社員は社畜となって長時間のサービス残業を強いられ、一方の非 正規労働者は遥かに安い賃金での不安定な雇用しか得られない。 ◆アベノミクスの命取り◆ アベノミクスには期待が集まる反面、幾つかのリスクが考えられる。 当面最大のリスクは、瞬間風速の景気判断で2014年4月から消 費税増税を強行するという自爆テロを除けば、デフレからインフレ に反転しても少なくとも直ぐには給与が上がらない事だろう。 これにより単に国民から政府に不満がぶつけられるだけでなく、イ ンフレになっても実質GDP成長率が伸びず不況から脱出出来ずに 、財政出動での借金だけが積み上がったままに成りかねない。 安倍政権は、詳細は24日を目処に纏める与党税制改正大綱までに 詰めるとの事だが、緊急経済対策として、企業が従業員の平均給与 を上げた場合にその10%を2?3年間法人税から差し引くと共に、 雇用を一定数増やした場合に20万円を法人税から差し引く予定だ。 ( http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS1202R_S3A110C1MM8000/ ) これらは、問題点の認識と対策の方向性としては正しいが、企業の 新規雇用と賃上げへの警戒心は非常に強固で、こういった一時的な 措置では如何せん効果は限定的だろう。 日本経済全体を考えれば、要はGDP成長への寄与として、以下の 式で国内の給与総額が伸びる事が重要である。 ●給与平均額 × 雇用者数 = 給与総額 極端に言えば、給与平均額が下がっても雇用者数が増えて、給与総 額が上がれば景気は好転する。 (更に極論すれば、低賃金層の方が消費性向が高いから、上記の結 果として、仮に給与総額が同じ場合でも景気は好転する。) 雇用者数を増やすという事は、具体的に言えば、(1)若者の雇用 機会を増やし、(2)女性を労働参加させ、(3)老年者のリタイ ア生活者数を減らすという事である。 なお、こうする事により、生活保護者数が減り、出生率は上がり、 年金支給額が圧縮出来るだろう。 このためには、壊れかけているとは言え、まだまだ強固な日本の終 身雇用制がネックとなる。 弥生時代からの水稲農業によりDNAに集団制と安定志向が刻み込 まれた日本人には、米国やEU並みの転職社会をそのまま持ち込む のは不適当だが、産業構造の変化のスピード化に伴い、全体として もう少し雇用流動性を増やし、終身雇用制が緩和され、云わば「緩 やかに壊れる」必要がある。 また、これにより、アベノミクス第三の矢である成長戦略に伴う、 新規産業への労働移動が容易になるだろう。 ◆脱終身雇用制への手段◆ しかしながら、一気に終身雇用制を壊すならば大混乱が起きる。 終身雇用制は、たとえればゴルバチョフのソ連解体のように最小限 の流血で緩やかに壊さなければならない。 竹中平蔵氏や人事コンサルタントの城繁幸氏等は、解雇規制に守ら れる正社員を既得権層と見なし、法改正をして金銭補償と引き換え に、これを外す事を主張している。 しかし良し悪しは別として、あらゆる既得権層は、内側から壊す事 は不可能である。 依然として日本の有権者の大部分は、正社員とその家族であるため 、その既得権を強制的に外す事は、もし出来たとしても今回の安倍 政権が終わった遥か後となり凡そ現実的な改革シナリオではない。 では、終身雇用制を壊す具体的な手段は、何だろうか。 筆者は、それは職業訓練等の従来施策の思い切った拡充に加え、 「同一労働同一賃金」、「給付付き税額控除」、「恒久的雇用減税」 の3つであると考える。 これらには、詳細な制度設計が必要だが、大雑把に言えば次のよう な事だ。 正社員と非正規雇用の待遇格差を無くす「同一労働同一賃金」を導 入する事により、労働者の側からも正社員を選択する動機が弱まる だろう。 米国、ドイツ他、先進諸国で導入されている「給付付き税額控除」 により、一定条件の下、国費で低賃金労働者の所得を補い、最低賃 金引き上げにより中小雇用主に大きな負担を掛ける事無く、生活支 援と労働参加を促進する。 期限を設けない「恒久的雇用減税」を導入し、正規、非正規に関わ らず例えば雇用者一人当たり月額20万円を上限に給与の10%を 恒久的に法人税から税額控除する事により、企業に雇用者数を常に 多めにしておくインセンティブを与える。 現在の日本経済は、言わば合併症患者である。 アベノミクスは、数多あるリスクに対して具体的な処方箋を打って 行かなければ決して成功する事はない。 筆者は、終身雇用制の「緩やかな破壊」という労働システムの変革 は、その重要な必要条件の一つであると考える。 以上 佐藤 鴻全