4577.アルジェリア人質事件の考察



日本人が17人人質になった事件で、多数の死者が出たようである。
日本人で助かった数は、7名であり、10名は現在も行方不明であ
る。おそらく、悲劇的な結果になっているようだ。津田より

0.経緯
北アフリカ・アルジェリアの南東部イナメナスで16日、人質事件
が起こり、日本人を含む多数の人が拘束された。北・西アフリカで
活動するアルカイダの分派「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ
(AQIM)」がモーリタニアのANI通信に声明を送り、外国人
ら多数を人質に取ったと認めた。その上で、アフリカ西部マリに軍
事介入したフランス政府に対し、人質の解放と引き換えに軍事行動
を停止するよう要求した。

この事件に対して、日揮関係者は16日、イスラム武装勢力が北部
を支配する隣国マリの情勢がフランスの軍事介入で急転する中、マ
リから遠く離れた地での事件について「盲点だった」と、驚きを隠
さなかった。現場は、リビア国境に近いアルジェリア南東部イナメ
ナスの砂漠地帯であり、南部のよりマリ国境に近い場所にも外国企
業の石油関連施設があり、日揮などは十分な警戒態勢を取っていな
かったという。

日本は人命尊重をアルジェリア政府に要請したが、アルジェリア政
府は、迅速で強硬な策に出た。日揮の関係者も、「軍が突入するの
は確実だと思っていた。きょうかあすはこうなると予想していた」
と述べ、アルジェリア軍の作戦強行を予期していたことを明らかに
した。

アルジェリアでのプラント建設事業に長年関わってきた関係者は「
(イスラム過激派の襲撃で)威信を失墜させられたアルジェリアは
早く事件を解決したかったのだろう」と述べた。プラント建設で、
アルジェリア政府との交渉を通じて、日揮はアルジェリア政府から
絶大な信頼を得ていて、アルジェリア国内の多くの工事を受注して
いるという。この関係からアルジェリアの置かれた位置を知ってい
る。このため、日揮の予測は確かである。

アルジェリア政府としては、テロとの対決を長年続けて来ている。
このアルジェリア政府の方針に対して、人命尊重の観点から作戦に
強い懸念もあったが、欧米は対テロでは意を共にしており、事件の
早期解決を優先させたアルジェリア軍の実力行使を事実上黙認した。

そして、同国軍は19日に最終攻撃を実施し、この攻撃で人質7人
、武装勢力11人が死亡した。同国のナフラTVは殺された人質の
国籍を「日本人1人、ベルギー人3人、米国人2人、英国人1人」
と伝えた。

現在確認できる範囲で人質23人と武装勢力32人の死亡と、外国
人の人質107人とアルジェリア人685人の生存が確認された。
同国の内務省が声明で明らかにした。

アルカイダ(AQIM)の現場の指揮官は、事件の首謀者とされる
ベルモフタール司令官に近い、歴戦のニジェール人で、名前をアブ
ドルラフマン・ナイジェリ指揮官という。武装集団は30人からな
り、チュニジア人11人、エジプト人7人など多くの外国人が含ま
れていたという。

1.アルカイダの拡大
現在のアフリカでアルカイダの流れを大別すると、▽北・西アフリ
カで活動するアルカイダの分派「イスラム・マグレブ諸国のアルカ
イダ(AQIM)」とその連携組織▽西アフリカの大国ナイジェリ
アのボコ・ハラム▽東アフリカ・ソマリアで政府と交戦を続けるア
ルシャバブ の三つの大きな勢力がある。

この3つの組織は協調的、連動的な動きをしようとしているが、特
にAQIMとボコ・ハラムの関係は、資金や(兵員の)訓練、弾薬
などの面で両者の分かち合いようだ。

アルシャバブは、10年7月にウガンダの首都カンパラで爆破テロ
を起こした。流入してきたアラブ系の戦闘員らが多数参加している。
ボコ・ハラムは11年6月に、戦闘員がアルシャバブの下で訓練
を受けたことを表明。アルシャバブは昨年2月にはアルカイダとの
統合も宣言した。というようにアラブ系の人たちが各地に転戦して
いる。今回の人質事件でも、多数のアラブ系戦闘員が参加している。

イスラム教原理主義のアルカイダは、エジプトが発祥の地であり、
そこからアフカニスタン、サラエボ、リビア、シリアなどへ国際的
に戦闘員を送り出すなど、国際的なネットワークで活動している。

このため、10年2月、ソマリア暫定政府のアリ外相(当時)は「
アルシャバブはアルカイダの基本方針を踏襲し、その世界的なネッ
トワークで動いている」と述べ、アルシャバブがソマリア一国のみ
の体制変革ではなく、国境を超えた「聖戦」思想を持っているとし
たが正しい認識である。

今回、マリに介入したフランス軍も、アルカイダとの戦闘で、手強
さを思い知らされている。リビア政変後マリに帰国したトゥアレグ
兵士がMNLAを創設し、AQIMとタッグを組んで、戦闘になり、こ
の鎮圧に派遣されたマリ軍を中心として3月にクーデタが起こり、
マリの政局が混乱に陥った間隙をぬってMNLAはトンブクトゥを含む
北部諸都市を制圧、マリ北部を「アザワド国」として独立を宣言し
たのである。

そして、このMNLAが南部地域を攻略してきた。欧州の軍事筋による
と、マリ北部を掌握しているイスラム過激派の南進に欧州側が驚き
、過激派が欧州側の予想以上に訓練、重武装されていたために、マ
リ軍では鎮圧できずに、フランス軍が直接介入したのである。

しかし、隣国ニジェールのイスフ大統領は、「これはサヘルだけの
脅威ではない。全世界にとっての脅威だ」と語り、「(アザワドは
)サヘルのアフガニスタンだ」と言い、彼によれば「マリのジハー
ド主義者はアフガニスタンやパキスタンの過激派によって訓練され
、ボコハラムの協力をえている」という。この認識も正しいようだ。

世界は、2つの脅威が存在している。1つは中国の膨張志向であり、
もう1つが、イスラム教原理主義者の膨張である。しかし、後者に
は、貧困問題が根底にあり、その解決を図る必要もある。

2.事件の首謀者ベルモフタールとは、
武装集団のリーダーはモクタール・ベルモフタールは、アルカイダ
系テロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM
)」の元ナンバー2だった男である。

ベルモフタールは1972年6月1日にアルジェリア北部のガルダイアで
生まれた。ガルダイアはサハラ砂漠の交易ルートの「北の玄関」。
1991年にアフガニスタン、パキスタンへ渡り、アフガンのジャララ
バードに存在したアルカイダのキャンプで訓練を受けた。1993年
に故郷ガルダイアへ戻り、帰郷後は「Katibat Al-Shuhada」と称す
るイスラム原理主義組織を立ち上げた。

その後、サハラ交易を取り仕切るトゥアレグ人の有力一族から計4人
の女性を妻に迎えたことにより、サハラ交易の利権を手にすること
になったという。AQIMとトゥアレグ人のMNLAはここから関係す
る。

1998年9月、AQIMの前身である「布教と聖戦のためのサラフィ
スト・グループ(GSPC)」のリーダ・サハラウイによってGS
PCに迎えられたのが、モクタール・ベルモフタールだ。

ベルモフタールが任されたのは、それまでアルジェリア北部に拠点
を置いていたGSPCの活動域を南部のサハラ砂漠方向へ拡大する
ことだった。2007年に組織名を現在のAQIMに変えた。

AQIMが活動資金源としたのが「身代金」と「コカイン取引」で
ある。身代金では、2003年2月、欧州人32人を拉致し、アルジェリ
ア南部、さらにはマリ北部へ連行した。ドイツ政府は500万ドル(約
4億4000万円)の身代金を支払い、人質は解放された。しかし、ア
ルジェリア政府の追求を逃れ、ベルモフタールは中央政府の実効支
配が及んでいないマリ北部へ逃げ込んだ。これが、AQIMのマリ
進出の一大転機となり、9年後の2012年のマリ北部の分離独立へとつ
ながっていく。

ベルモフタールのもう1つの資金獲得手段は「コカイン取引」への
関与だ。欧州市場のコカイン使用者(推計)は、1998年の200万人
から2008年には410万人に倍増した。

コカインは生産拠点として南米に集中している。マリ北部を中心と
するサハラ砂漠一帯は、2005年ごろから欧州へのコカイン密輸の中
継地になった。このアフリカ経由のルートの場合、航空機と地上輸
送を組み合わせて欧州に運ぶ方法である。米国の国土安全保障省が
2008年初頭、南米大陸と西アフリカの間を往復する怪しい航空機の
急増に関する報告書を作成した。このルートでベルモフタール側は
「警備料」や支配地域の「通行料」を課税し、活動資金を得ていた
ようだ。

身代金獲得もコカイン密輸による資金獲得も、マリ北部という彼ら
にとっての「聖域」が存在した故に可能となる犯罪行為だ。現在進
行中のフランス軍主導のマリ北部奪還作戦は、こうした利権構造の
破壊を意味する。この事件がベルモフタールを首謀者とするならば
、事件の動機は既得権を守るための必死の抵抗だ。

ということは今後も、この地域で同様な問題が起きる可能性が高い。
特に日本の日揮などは、警備が手薄と見られている可能性がある。

3.自国民保護について
そして、ここで問題なのが、日本政府が自国民保護に、どれだけ対
応したかという問題である。

アルジェリアの人質事件で、米空軍輸送機C-130が現場付近に着陸し
、人質になった米国人を多数輸送しているが、アルジェリア政府の
許可なしのようである。同様に、英国も現場から280マイル離れたハ
ッシメスードに英外務省チャーター機が着陸している。こちらは同
国の許可された最も近い場所という。どちらにしても、海外展開し
ている米英は、このような事件が起こると、自国民保護を徹底的に
行うが、日本の自衛隊機が飛んだ形跡はない。

日本は、口先ばっかりで自国民も守れない国家であることが明確化
している。このように海外で自国民保護ができないような法律は、
即座に直すべきであるのに、政府は、毎回動きが鈍い。何編悲劇を
繰り返したら、法律が変わるのか?

戦闘地域に行けるのは、自衛隊機しかない。自衛隊機で自国民保護
ができるようにして欲しい。これには憲法改正は必要がない。自衛
隊法を変えるだけである。

そうしないと、日本企業の国際的な拡大を安心して進めることがで
きない。

さあ、どうなりますか?

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人質事件、犯行周到に準備か 内部に協力者の可能性 
2013/1/20 1:43日経
 【カイロ=押野真也】アルジェリア東部で起きた人質事件で、犯
行に及んだ武装組織が周到に準備を進めて来た可能性が強まってき
た。襲撃したガス関連施設内部に協力者がいた可能性も浮上してい
る。

 アルジェリアのメディアは19日、同国の治安関係者の話として、
施設で働いていた運転手や警備員が武装組織に協力していた可能性
があると伝えた。事実であれば、施設の構造などを詳細に把握した
上で犯行に及んだ可能性がある。

 今回の襲撃を率いたのは、犯行声明を出したベルモフタール氏の
側近と言われ、ニジェール出身のナイジリ氏であることが分かった。
同氏はモーリタニアでも活動実績があるといわれ、テロ活動が広域
化している実態が浮き彫りになっている。

 17日に始まった掃討作戦は19日も続いた。軍は人質とともに逃走
を図った武装組織メンバーの車両を空爆するなど強硬策をとった。
しかし、武装勢力は機関銃や携帯型のロケット砲などで応戦した。
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アルジェリア軍が最終攻撃、人質23人の死亡確認=内務省
ロイター 1月20日(日)10時2分配信
[アルジェ/イナメナス(アルジェリア) 19日 ロイター] 
イスラム武装勢力によるアルジェリアのガス関連施設での人質拘束
事件で、同国軍は19日に最終攻撃を実施し、人質23人と武装勢
力32人が死亡した。同国の内務省が声明で明らかにした。

声明ではこのほか、外国人の人質107人とアルジェリア人685
人の生存が確認されたとしている。

同国東部イナメナス近郊にあるこのガス関連施設では、日本の日揮
のほか、英石油大手BPやノルウェーのスタトイルなどの従業員ら
が働いており、これまでに米国人1人と英国人1人の死亡が確認さ
れている。

英キャメロン首相は19日、未だ安否の確認が取れていない残り5
人の英国人について懸念を表明。スタトイルのノルウェー人5人は
全員が行方不明となっており、安否確認が取れていない日本人や米
国人もいる。

一方で、事件に詳しい関係筋によると、米国人2人とポルトガル人
1人を含む16人の外国人が解放されたとの情報もある。また別の
関係筋の話では、アルジェリア軍の特別部隊が19日、同施設で身
元不明の焼け焦げた15人の遺体を発見したという。
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「突入強行予想された」=マリ軍事介入も影響−日揮関係者
 【カイロ時事】アルジェリアの人質事件で軍が最終的な救出作戦
を強行したことに対し、社員が人質になっていたプラント建設大手
「日揮〈1963〉」の関係者は19日、時事通信の電話取材に対
し、「軍が突入するのは確実だと思っていた。きょうかあすはこう
なると予想していた」と述べ、アルジェリア軍の作戦強行を予期し
ていたことを明らかにした。
 アルジェリアでのプラント建設事業に長年関わってきた関係者は
「(イスラム過激派の襲撃で)威信を失墜させられたアルジェリア
は早く事件を解決したかったのだろう」と指摘。「アルジェリアは
人質となった犠牲者が民主主義のために殉教したと言うはずだ」と
述べた。
 関係者は、隣国マリで行われていたフランスによる軍事介入も事
件の行方に大きな影響を与えたと指摘。「人質事件が長期化すれば
、マリの軍事作戦はめちゃくちゃになる。フランス政府が事件の早
期解決に同意したことは確実だ」と述べ、周辺の国際情勢が軍の早
期強行突入という結末を招いたとの見方を示した。
(2013/01/20-00:27)
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「対テロ」盾に早期解決優先=欧米、人命懸念も作戦黙認
−アルジェリア
 【カイロ時事】アルジェリア南東部の天然ガス関連施設で起きた
外国人人質事件で、アルジェリア軍は「テロとの戦い」を盾に、最
終的な人質救出作戦を断行した。イスラム過激派には譲歩せず、テ
ロを容認することは決してあり得ないとの断固たる立場を明確に示
した。人命尊重の観点から作戦に強い懸念もあったが、欧米は対テ
ロでは意を共にしており、事件の早期解決を優先させたアルジェリ
ア軍の実力行使を事実上黙認した格好となった。
(2013/01/20-01:14)
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実行グループ指揮官はニジェール人
2013.1.20 00:34
 モーリタニアの通信社は19日までに、武装勢力筋の話として、
アルジェリア外国人拘束事件の実行グループを率いている現場の指
揮官は、事件の首謀者とされるベルモフタール司令官に近い、歴戦
のニジェール人だと報じた。

 名前はアブドルラフマン・ナイジェリ指揮官で、「血盟旅団」の
リーダーとしている。血盟旅団は国際テロ組織アルカイダ系組織か
ら分派し、ベルモフタール司令官が率いる「覆面旅団」の傘下組織。
(共同)
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軍が「最後の攻撃」、武装勢力が人質7人殺害か
 アルジェリア国営通信は軍の特殊部隊が19日、「最後の攻撃」
を行い、人質7人、武装勢力11人が死亡したと伝えた。

 死亡した人質に日本人が含まれているとの情報もある。

 アルジェリア国営通信は、人質7人を殺害したのは武装勢力で、
ガスプラントの一部も炎上させたとしている。

 国営通信は、殺害された人質の国籍を報じていないが、同国のナ
フラTVは「日本人1人、ベルギー人3人、米国人2人、英国人1
人」と伝えた。ベルギー政府は、人質の存在を否定している。隣国
モーリタニアのアフバル通信社は作戦前に、人質の国籍を日本人と
米国人、英国人、ノルウェー人と報じていた。

 一方、アルジェリアの情報筋は、「外国人人質7人が救出され、
武装勢力のうち6人を逮捕した」と語った。人質7人が殺害された
特殊部隊による攻撃との関連は不明。武装集団は30人からなり、
チュニジア人11人、エジプト人7人など多くの外国人が含まれて
いたという。現場付近では19日午後、軍などが武装勢力により仕
掛けられた爆発物の撤去作業に入ったという。
(2013年1月20日01時57分  読売新聞)
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アルジェリア拘束:マリへの仏軍介入は「欧米の誤算」
毎日新聞 2013年01月19日 13時54分
 【ブリュッセル斎藤義彦】アルジェリアでのイスラム武装勢力に
よる人質事件の契機となった隣国マリへのフランス軍による武力介
入を巡り、欧米の誤算が引き金となったとの見方が出始めている。
マリでのイスラム武装勢力の実力を見誤り、急激な直接介入を行わ
ざるを得なかった欧州の誤算や、米軍がマリ政府軍を訓練したが、
一部が反乱に寝返った誤算が指摘されている。

 南ドイツ新聞は、欧州の軍事筋の話として、マリ北部を掌握して
いるイスラム過激派の南進に欧州側が驚き、過激派が欧州側の予想
以上に訓練、重武装されていたと伝えた。

 虚を突かれた仏軍は11日から空爆を開始、その後、地上軍も派
遣するなど直接介入せざるを得なくなった。

 欧州側は、直接介入を避けて西アフリカ諸国経済共同体(ECO
WAS)軍を前面に立て、マリ政府軍を欧州連合(EU)軍が訓練
しながら今秋に北部を奪還する予定だった。

 欧州諸国はアフガニスタンへの派兵で占領軍視され、武装勢力か
ら攻撃を受け続けてきた。「できるだけその土地の軍を前面に立て
るのが教訓」(欧州軍事筋)で、マリへの直接介入は最も避けたい
シナリオだった。

 しかし、マリの過激派が予想以上に強く、フランスは直接介入せ
ざるを得なくなり、EUは訓練部隊派遣を前倒しした。結果として
アフリカ各地のイスラム過激派の怒りを買いアルジェリアの人質事
件が発生した。

 一方、米ニューヨーク・タイムズは、米軍が訓練したマリ政府軍
の部隊の一部が、北部で反乱を起こした勢力に寝返ったと伝えた。

 昨春の反乱当初に主導権を握っていたのは遊牧民トゥアレグ人で
、同じ民族に属する政府軍の将校が武器を持ち去り反乱に加わった。
その後、北部での反乱はイスラム過激派に乗っ取られた。

 米軍の訓練はイスラム過激派対策が目的だったが、イスラム過激
派台頭に手を貸す皮肉な結果になった。
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新たに4人無事確認か 
アルジェリア人質事件で「日本人7人の安全確認」と日揮。新たに
4人の無事を確認したとみられる。 2013/01/18 21:02  【共同通信】
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deepthroat
アルジェリア南部イスラム武装勢力人質籠城事件で、米空軍輸送機
C-130が現場付近に着陸、現在米国人人質らを搭乗させている最中と
CNN。この後輸送機は欧州へ飛ぶと。搭乗するのは10人から20人ほど。

アルジェリア南部イスラム武装勢力人質籠城事件で、現場から280マ
イル離れたハッシメスードに英外務省チャーター機が着陸。着陸許可
された最も現場に近い場所とのこと。
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日揮関係者「盲点突かれた」=マリ情勢警戒に抜かり−邦人拘束
 【カイロ時事】「イスラム武装勢力はわれわれの動きを細かく見
ている」。アルジェリアで起きた日本人拉致事件で日揮関係者は
16日、イスラム武装勢力が北部を支配する隣国マリの情勢がフラ
ンスの軍事介入で急転する中、マリから遠く離れた地での事件につ
いて「盲点だった」と、驚きを隠さなかった。また、「解放交渉は
長期化する」と懸念を示した。時事通信の電話取材に対して語った。
 現場は、リビア国境に近いアルジェリア南東部イナメナスの砂漠
地帯。南部のよりマリ国境に近い場所にも外国企業の石油関連施設
があり、日揮などは十分な警戒態勢を取っていなかったという。
 襲撃は早朝で、始業を狙い澄ました犯行だった。関係者は「現場
に日本人がいることをよく観察していた。イスラム武装勢力はあな
どれない」と、事件は予想外だったとの認識を示した。人質につい
ては「家族は安否が心配だ。本人も大変で、(解放交渉は)すぐに
はうまくいかない」と述べた。(2013/01/16-22:31)
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仏に軍事行動停止を要求=アルカイダ系組織、邦人ら拘束し籠城
−アルジェリア
 【カイロ時事】北アフリカ・アルジェリアの南東部イナメナスで
起きた邦人拘束事件で、国際テロ組織アルカイダとつながるイスラ
ム武装組織は16日、モーリタニアのANI通信に声明を送り、外
国人ら約40人を人質に取ったことを認めた。その上で、アフリカ
西部マリに軍事介入したフランス政府に対し、人質の解放と引き換
えに軍事行動を停止するよう要求した。
 この組織は、2012年まで北西アフリカのアルカイダ系組織「
イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」の指導者を務
めたモフタール・ベルモフタール氏率いる武装集団。AFP通信に
よると、犯行集団は施設に立てこもり、アルジェリアで収監中のイ
スラム武装勢力の釈放も要求している。
 国営アルジェリア通信(APS)によると、カビリア内相は「ア
ルジェリア当局はテロリストの要求に応じず、交渉しない」と述べ
、犯行集団との取引を拒否。人質にはプラント建設大手、日揮の日
本人数人のほか、ノルウェー人、フランス人、米国人、英国人が含
まれ、一部のアルジェリア人は解放されたという。テロに強硬姿勢
を取る米英両政府の意向もあり、交渉が難航する可能性がある。
(2013/01/17-06:48)
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アルカイダ:アフリカ侵食 「聖戦思想」国境越え
2013年01月19日mainiti
 【ヨハネスブルク服部正法】国際テロ組織アルカイダから分派し
た武装勢力が北アフリカ・アルジェリアで起こした日本人らの拘束
事件では、フランス軍が隣国マリでイスラム過激派に行っている軍
事行動の停止を求める犯行声明が出され、アフリカで広範囲に広が
るアルカイダ・ネットワークの存在が浮き彫りとなった。アルカイ
ダやイスラム過激派はどのようにアフリカで拡大しているのか。

 現在のアフリカで過激派の流れを大別すると、▽北・西アフリカ
で活動するアルカイダの分派「イスラム・マグレブ諸国のアルカイ
ダ(AQIM)」とその連携組織▽西アフリカの大国ナイジェリア
のボコ・ハラム▽東アフリカ・ソマリアで政府と交戦を続けるアル
シャバブ??の三つの大きな勢力がある。

 3組織は地域的・民族的な隔たりがある。元々各地で発達したが
、今や、やすやすと国境を越えるようになっているようだ。

 米アフリカ軍(司令部・独シュツットガルト)のハム司令官は昨
年6月、3組織が「協調的、連動的な動きをしようとしている」と
述べ、強力深化の動きに強い懸念を表明。特にAQIMとボコ・ハ
ラムの関係を「資金や(兵員の)訓練、弾薬などの面で両者の分か
ち合いが見て取れる」と指摘した。AQIMなどが制圧するマリ北
部へのボコ・ハラム戦闘員の流入もたびたび報じられている。

 91年以降のソマリアの長期内戦下で勃興したアルシャバブは、
10年7月にウガンダの首都カンパラで爆破テロを起こした。流入
してきたアラブ系の戦闘員らが多数参加している。ボコ・ハラムは
11年6月に、戦闘員がアルシャバブの下で訓練を受けたことを表
明。アルシャバブは昨年2月にはアルカイダとの統合も宣言した。

 10年2月、ソマリア暫定政府のアリ外相(当時)は毎日新聞の
取材に「アルシャバブはアルカイダの基本方針を踏襲し、その世界
的なネットワークで動いている」と述べ、アルシャバブがソマリア
一国のみの体制変革ではなく、国境を超えた「聖戦」思想を持って
いると示唆した。

 AQIMは、元々は90年代のアルジェリア内戦で政府と戦った
イスラム原理主義者が源流だ。アルジェリア当局の取り締まりで弱
体化したが、米ピッツバーグ州立大のスティーブン・ハーモン准教
授の分析によると、米軍のイラク侵攻(03年)への反発から、「
聖戦」を唱える組織内部の「国際派」が主導するようになり、マリ
に拡大、その後、AQIMを形成した。
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アフリカの“アフガニスタン”
アフリカの部屋2012年6月14日Forsight
 4月6日、マリ北部が「アザワド国」として独立を宣言した。フラ
ンスのファビアス外相はこれを「アフリカのアフガニスタン」と形
容している。

 独立を宣言したのはアザワド解放国民運動(MNLA)と呼ばれる、
昨年結成されたばかりの武装組織だ。アザワドとは、マリ北部から
ニジェール北西部、アルジェリア南部に広がるサハラ砂漠の盆地を
指し、かつての大交易都市トンブクトゥを含んでいる。現在トンブ
クトゥはMNLAの支配下だ。

 MNLAはトゥアレグ族の組織である。トゥアレグはもともとサハラ
砂漠の交易遊牧民で、人口百万人ほどのムスリムの民だ。その居住
地はマリ、ニジェール、アルジェリア、リビア、ブルキナファソに
跨っている。インディゴで染めた青い伝統衣装から「青い民」とか
、ラクダに騎乗した勇猛果敢な戦闘能力から「砂漠の支配者」とか
呼ばれてきた。

 トゥアレグはこれまでも何度か、マリやニジェールで独立を求め
て反乱を起こし、その度に鎮圧されてきた。1970年代80年代の大旱
魃で極度な貧困に追い込まれたが、カダフィに拾われて多くがリビ
ア軍入りし、重用されたらしい。リビア政変後マリに帰国したトゥ
アレグ兵士がMNLAを創設したのである。

 鎮圧に派遣されたマリ軍は、近代兵器で武装したMNLAにたいへん
苦戦したらしい。軍はマリ政府に派遣軍の強化を要請したが容れら
れず、「現政権には治安意識が決定的に不足している」として、3月
にクーデタを起こした。マリの政局が混乱に陥った間隙をぬってMNLA
はトンブクトゥを含む北部諸都市を制圧、アザワド独立を宣言した
のである。アルジェリアのブーテフリカ大統領はかねてから、マリ
政府の地域安全保障に対する姿勢が消極的だと語っていたらしいか
ら、苦戦を強いられたマリ軍の言い分にも一理はあったのだろう。
クーデタ後に辞任したマリのトゥーレ前大統領は、しかし、今年中
には引退して選挙が行われることになっていた。

 サハラ砂漠にはMNLAのほかにも「イスラーム・マグレブのアルカ
イダ組織」(AQIM)や、ナイジェリアのボコハラムといったムスリ
ム系過激派組織がいる。アメリカは、こういった武装組織を封じ込
めるため西アフリカ諸国と連携し、各国軍に支援を与えてきた。そ
れが、マリのクーデタをきっかけにしていっきに綻び、東アフリカ
におけるソマリアに匹敵するような安全保障の真空地帯が、西アフ
リカにも生まれそうなのである。

 昨年の選挙で誕生したばかりの、隣国ニジェールのイスフ大統領
は、先週フィナンシャルタイムズ紙のインタビューに応じて、「こ
れはサヘルだけの脅威ではない。全世界にとっての脅威だ」と語っ
ている。「(アザワドは)サヘルのアフガニスタンだ」と言ってい
る。彼によれば「マリのジハード主義者はアフガニスタンやパキス
タンの過激派によって訓練され、ボコハラムの協力をえている」と
いう。ニジェールではフランスによるウラン鉱山の開発や、中国に
よる石油開発が進んでいた。イスフ大統領はその収入を使って農業
開発に乗り出す考えだったらしい。

 分裂国家となったマリや、アザワドに対する国際社会の対処方針
はまだ固まっていない。周辺諸国に影響するアザワドの独立が認め
られるはずはない。東アフリカ同様の混乱が西アフリカにも起こり
そうな気配である。
(平野克己)
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アルジェリア事件「武装勢力」を追い詰めた「利権構造の破壊」
執筆者:白戸圭一2013年1月18日Foresight
http://www.fsight.jp/13889
 事態は刻々と動いており、不確定要素があまりにも多いが、本稿
ではアルジェリア南部を中心とするサヘル地域(サハラ砂漠南縁部
の半乾燥地帯)で、イスラム過激主義を掲げる武装集団が勢力を拡
大し、今回の事件を起こした理由を考えてみたい。
 キーワードは「身代金」と「コカイン取引」だ。

首謀者「ベルモフタール」
 各種報道によれば、犯行声明を出した武装集団のリーダーはモク
タール・ベルモフタール(Mokhtar Belmokhtar)だという。報道が
正しいとすれば、これはアルジェリアで誕生し、現在はマリ北部の
実効支配に深く関与しているアルカイダ系テロ組織「イスラム・マ
グレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」の元ナンバー2だった
男だと思われる。AQIM誕生の経緯、マリ北部への関与について
は筆者が以前、フォーサイトに書いた次の記事などをご参照いただ
きたい(2012年10月30日付「大統領選後のアメリカ外交の隠れた焦
点〜西アフリカへの軍事的関与」、2012年3月23日付「マリのクーデ
ターの衝撃」)。
 ロンドンに拠点を置くアラブ世界に関する専門雑誌「Al-Majallah
」の1999年3月14日の記事によると、ベルモフタールは1972年6月1日
にアルジェリア北部のガルダイアで生まれた。ガルダイアはサハラ
砂漠の交易ルートの「北の玄関」だ。
 1991年にアフガニスタン、パキスタンへ渡り、アフガンのジャラ
ラバードに存在したアルカイダのキャンプで訓練を受けた。1993年
に故郷ガルダイアへ戻り、帰郷後は「Katibat Al-Shuhada」と称す
るイスラム原理主義組織を立ち上げた。その後、サハラ交易を取り
仕切るトゥアレグ人の有力一族から計4人の女性を妻に迎えたことに
より、サハラ交易の利権を手にすることになったという。トゥアレ
グ人はアルジェリア、マリ、ニジェール、リビアなどの国境をまた
いでサハラ砂漠の広い範囲に住む交易を生業とする遊牧民であり、
マリ北部で昨年、一方的な分離独立を宣言した「アザワド国」の建
国主体でもある。

南部への勢力拡大
 1998年9月、AQIMの前身である「布教と聖戦のためのサラフィ
スト・グループ(GSPC)」がイスラム過激主義者のハッサン・
ハッターブによって設立され、2003年初頭にリーダーがナビル・サ
ハラウイに交代した。この時、新リーダーのサハラウイによって
GSPCに迎えられたのが、今回の襲撃・人質事件の首謀者とみら
れるモクタール・ベルモフタールだ。
 ベルモフタールが任されたのは、それまでアルジェリア北部に拠
点を置いていたGSPCの活動域を南部のサハラ砂漠方向へ拡大す
ることだった。組織の側からみれば、アフガンで訓練を受けた筋金
入りの過激主義者であり、なおかつサハラ砂漠の交易利権を押さえ
ているベルモフタールは、南部への勢力拡大の格好の推進役だった
のだろう。GSPCがウサマビンラディンの国際テロ組織アルカイ
ダとの関係を強化し始めたのはこのころからであり、2004年のアブ
デルマレク・ドロウデルへのリーダー交代を経て、2007年に組織名
を現在のAQIMに変えた。
 米ソ両大国が反政府武装勢力に資金援助した東西冷戦時代とは異
なり、今日の武装勢力が直面する大きな課題は活動資金の確保であ
る。1990年代のアンゴラ内戦、シエラレオネ内戦ではいわゆる「血
のダイヤモンド」が資金源となり、コンゴ民主共和国東部の紛争で
は、今も金やタンタル原石が武装勢力の資金源となっている。
 だが、AQIMの活動域であるサハラ砂漠の地下資源は、アクセ
スが容易でない。この地で採掘される石油、天然ガス、ウランなど
はいずれも国際資本による大規模開発を必要とし、武装勢力による
支配を許さない。
 そこで、AQIMが資金源としたのが「身代金」と「コカイン取
引」である。

「身代金」を活動資金に
 アルジェリア南部からモーリタニア、マリ、ニジェールに至るサ
ハラ砂漠周辺域は、欧州人にとっては大自然を満喫できる観光地の
1つだ。マリ中部にはサハラ交易の歴史都市として世界遺産に指定さ
れたトンブクトゥの街もある。
 サヘルに精通したGSPC(後のAQIM)のベルモフタールは
、この欧州人の観光客たちに目をつけた。2003年2月、欧州人32人
を拉致し、アルジェリア南部、さらにはマリ北部へ連行した。ドイ
ツ政府は500万ドル(約4億4000万円)の身代金を支払い、人質は解
放された。アルジェリア治安当局の追跡をかわすため、ベルモフタ
ールは中央政府の実効支配が十分に及んでいないマリ北部へ逃げ込
んだ。これが、AQIMのマリ進出の一大転機となり、9年後の2012
年のマリ北部の分離独立へとつながっていく。
 ベルモフタールはマリ北部を拠点に配下の戦闘員を指揮し、欧州
人の拉致を続けた。西アフリカの安全保障問題の専門家であるニュ
ーヨーク州立大学ビンガムトン校のリカルド・レネ・ラレモント教
授の調査によると、AQIMは2003−2011年に表面化しただけで61
人を拉致監禁しており、人質の出身国政府(欧州)などからAQI
M側に支払われた身代金は、合計で6000万−1億7500万ドル(約53
億−150億円)に達したと推定される。AQIMによる拉致監禁は、
建造物や航空機の破壊のようなテロ行為とは異なり、テロ行為その
ものが組織の活動資金を捻出する手段になってきたのである。

南米からのコカインを中継
 ベルモフタールのもう1つの資金獲得手段は「コカイン取引」への
関与だ。
 1990年代までの世界の違法薬物市場には「コカインの北米、ヘロ
インの欧州、覚醒剤の東アジア」という大まかな棲み分けがあった
が、21世紀に入って世界の違法薬物の市場は大きく変わった。国連
薬物犯罪事務所(UNODC)によると、コカイン需要が減少傾向にある
米国市場に対し、欧州市場のコカイン使用者(推計)は、1998年の
200万人から2008年には410万人に倍増した。
 周知の通り、コカインは南米のコロンビア、ボリビア、ペルー原
産のコカから抽出される違法薬物であり、生産拠点は南米に集中し
ている。
 だが、ベルモフタール支配下のマリ北部を中心とするサハラ砂漠
一帯は、2005年ごろから欧州へのコカイン密輸の中継地になったと
考えられている。中南米のカルテルがマリ政府のガバナンスの及び
にくい同国北部に着目し、交易に長けたベルモフタールの庇護の下
でコカインを欧州に向けて運んでいた可能性があるのだ(南米産コ
カインと西アフリカの関係については、2012年6月15日付「『麻薬
国家』と呼ばれる国」参照)。
 南米産コカインの欧州への供給ルートは3つある。第1はカリブ海
から大西洋上のアゾレス諸島を経てポルトガルに入るルート。第2は
南米から西アフリカのセネガル沖の島国カボベルデ共和国などを経
由する。そして第3がマリを含む西アフリカを経由して欧州に向かう
ルートだ。UNODCは、3番目の西アフリカ経由ルートによる欧州向け
のコカイン密輸が過去数年の間に急増し、2007年の密輸量は2002年
の60倍に達したと推計している。
 3つのルートともに船による海上輸送が主流だが、西アフリカ経由
のルートの場合、航空機と地上輸送を組み合わせて欧州に運ぶ方法
もある。

必死の抵抗
 ロイター通信は2010年1月13日、米国の国土安全保障省が2008年初
頭、南米大陸と西アフリカの間を往復する怪しい航空機の急増に関
する報告書を作成していたと報じた。ロイター通信が入手した報告
書によると、航空機はターボプロップエンジン搭載のプロペラ機や
、退役したボーイング727型旅客機、プライベートジェット機など複
数あり、南米コロンビアと西アフリカのマリの間を往復していたと
いう。
 2009年11月2日、マリ北部のサハラ砂漠で墜落したボーイング727
の機内から、10トンのコカインが見つかる事件があった。米国のテ
ロ対策担当者や専門家の間では、南米のコカインを扱うカルテルが
マリ北部で積み荷のコカインをおろし、ベルモフタールの警備下で
サハラ砂漠を北上して運んでいた可能性を想定している。ベルモフ
タール側は「警備料」や支配地域の「通行料」を課税し、活動資金
を得ることが可能だ。
 身代金獲得もコカイン密輸による資金獲得も、マリ北部という彼
らにとっての「聖域」が存在した故に可能となる犯罪行為だ。現在
進行中のフランス軍主導のマリ北部奪還作戦は、こうした利権構造
の破壊を意味する。今回のアルジェリアの事件の詳細は現段階では
不明だが、ベルモフタールが事件の首謀者だとするならば、事件の
動機は既得権を守るための必死の抵抗だったのではないだろうか。
(白戸圭一)



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