4485.習近平の新米中関係と日米安保



習近平の新米中関係と日米安保 
    ― 米中の尖閣交渉 ― 

2012年10月3日 DOMOTO 
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735 

目次 
 ■ T 米中の「新しい形の大国関係」の構築  
 ■ U 米中の大国協調と安保第5条 
 ■ 結語:現在のキッシンジャー路線と安保第5条 


  ■ T 米中の「新しい形の大国関係」の構築 
戦争になるかならぬかは外交力で決まる。ただし、その外交力は自
国による確かな軍事力に裏打ちされていなければならない。 

習近平は2013年に起こるであろう、民衆の中国全土に広がる大規模
な反政府暴動への対処策として、局地戦争の環境造りを整えている
と考えておくべきだろう。 
予測される世界不況の二番底による中国経済の大幅悪化で、中国国
内で多発するであろう政府に対する大規模な暴動・抗議・不満の高
まりへ対処するために、2012年?2013年にかけて局地戦争を起こす可
能性が2011年にアメリカの軍事専門家などから予測されていた(※注1)。 

この予測では主に台湾侵略が取り上げられたが、2012年1月の台湾
での選挙で親中政権が発足したため、対外強硬派の軍事行動の標的
は尖閣諸島を領有する日本と南シナ海の係争地域に絞られると見て
よいだろう。現況では中国の世論の高まりは尖閣諸島の方へと大き
く向けられている。 

アメリカ軍を模倣した兵器体系の構築を目標としている中国の軍部
や対外強硬派は、中国の軍事力が米国と比べ格段に劣っていること
をよく自覚しているはずだ。中国メディアや中国資本が入った邦文
サイトが発信する情報は、程度の差はあるが情報操作されており、
中国の対外強硬派の米軍に対する強気な発言は鵜呑みにはできない。 

中国の尖閣侵攻作戦では、アメリカが日米安保第5条により参戦し
ないことが絶対条件だ。そのために中国は米中の軍事交流、米中戦
略経済対話で米国との交渉と話し合いを続けている。アメリカが参
戦するかしないかは米中外交の動きをみれば、かなりの部分を予測
できる。 

米国のシンクタンクで、中国問題を専門の一つとするジェームズタ
ウン財団が、日本政府による尖閣諸島の国有化宣言(11日)の数日
前に次のような記事を公開している。以下でその記事の概要を示し
、私見を加えた。 

China’s Search for a “New Type of Great Power Relationship” (9月7日) 
http://www.jamestown.org/single/?no_cache=1&tx_ttnews%5Btt_news%5D=39820&tx_ttnews%5BbackPid%5D=13&cHash=594d52e37385027b85b63e69526e385d 

この記事は、8月24日の訪米した中国人民解放軍の蔡英挺副総参謀
長とアシュトン・カーター米国防副長官の会談から中国の対米外交
を考察したものだ。共同通信はこの会談を、蔡副総参謀長は「尖閣
諸島(中国名・釣魚島)を日米安保条約の適用対象だとする米側の
立場に強く反対した」と伝えたが、その他に蔡氏は「米中の軍と軍
との新しい形の関係の構築」の重要性を強調している。これは以前
から中国政府が「新しい形の大国関係の構築」
(“Building new type of great power relationship”)という提
案を米国にしてきたものを反映させたもので、2012年2月の習近平
副主席の訪米以来、そのことを中国はハイレベルな公式声明で一貫
して強調してきている。 

ワシントンでの2月15日の演説で習近平は、「新しい形の大国関係
の構築」のために、米国と中国は4つの領域での重要な共同努力を
必要とすると述べた。 

(1) Increasing mutual understanding and strategic trust;  
(2) Respecting each side’s “core interests and major concerns;”  
(3) Deepening mutually beneficial cooperation;  
(4) Enhancing cooperation and coordination in international affairs 
    and on global issues (Ministry of Foreign Affairs, February 15). 

(1) 相互理解と戦略上の信頼を高めること 
(2) お互いの「核心的利益と重要な関心事」を尊重すること 
(3) 互恵的協力を深めること 
(4) 国際情勢やグローバルな問題での協力と強調をいっそう高める
  こと(中国外務省 2月15日) 

この中で習近平は2つ目に「核心的利益と重要な関心事を尊重する
こと」をしっかりと要求に盛り込み、1、3、4つ目で、米国にと
って非常に協調的・協力的な姿勢をアピールし交渉している。中国
の要求した「核心的利益と重要な関心事」とは、釣魚島(尖閣諸島
)、南シナ海、台湾、チベットのことである。 

また胡錦濤国家主席も2012年5月の第4回米中戦略経済対話(北京
)の演説で、「新しい形の大国関係の構築」の重要性を強調してお
り、中国はアメリカとの二国間関係を全外交政策の中で特別に重要
なものと位置づけている。 

2012年6月のG20でのオバマとの会談で胡錦濤は、@従来の貿易
・投資、法的措置などの分野のほか、新興分野であるエネルギー、
環境、インフラ整備などでも米中でウィンウィンの協力をいっそう
深めること、Aアジア太平洋地域での米中の「健全な相互関係」な
ど4項目について提案をしている。 

8月24日の蔡副総参謀長の訪米を受けた形で行われた9月18日のパ
ネッタ米国防長官と梁光烈国防相の会談で、パネッタ長官は次のよ
うに発言している。 

「中国と米国の強い軍事上の結びつきが両国の見込み違いを低下さ
せることに役立つ」 
「中国と米国の関係が世界で最も重要になりつつある」 

(「米国防長官:米中の強い軍事上の結びつきが見込み違い減らす
」9月18日 ブルームバーグ) 
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MAJ2O16JTSEP01.html 

このパネッタ長官の「中国と米国の関係が世界で最も重要になりつ
つある」という認識は、これまで胡錦濤政権が大きく重要視し、力
を注いで「新しい形の大国関係の構築」を実現するように米国へ働
き続けてきた成果といえよう。 

この記事を執筆したマイケル・チェイス研究員は、5月の第4回米
中戦略経済対話でクリントン国務長官が「米中は歴史的に前例のな
い事を試みている」と発言したことを挙げたあとで、「新しい形の
大国関係」は大部分が、米国が中国の要求を一方的に受ける関係に
なる可能性(疑念)があると分析している。 

「米中冷戦」という言葉があるが、中国政府は「米ソ冷戦」とは違
う、共存共栄的な「新しいタイプの大国関係」を米国と協調的に構
築しようと努力している(A2AD戦略など、周りからはそう見え
ないかもしれないが。※ 後の結語を参照 )。これはごく当然とも
言えることで、『13億の人口を抱える中国は、本来、石油や食糧
、シーレーンの確保など、国家の安全保障が確保されていなければ
生存していけない国だからだ』(日高義樹氏)。 

  ■ U 米中の大国協調と安保第5条 
さて、8月24日の中国人民解放軍の蔡副総参謀長とA.カーター米国
防副長官の会談を、産経は次のように伝えている。 

新華社によると、蔡氏は、米国による台湾への武器売却や南シナ海
と尖閣諸島をめぐる領有権争いなど「中国の重大で核心的な利益」
に関する出来事について「(米国の関与に対する)強い懸念」を表
明した。 

(「米国の尖閣への安保適用方針に反対 中国軍幹部」 8月26日) 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120826/chn12082601100000-n1.htm  

習近平政権が推し進めるであろう米中の「新しい形の大国関係の構
築」が、今後どのように進展するかは、尖閣問題だけでなく日米同
盟の根幹に関わってくることになる。仮にこの米中協力体制が良好
に構築された中で、米国が中国の「核心的利益」の一つである尖閣
諸島の侵攻を黙認し、中国が尖閣侵攻の軍事行動に出た場合、日米
安保第5条の適用による米軍の介入はどの程度のものになるのか。

自民党の石波茂氏は、「日米同盟が尖閣の地域でどのように働くか
というシュミレーションをしなければならない」とテレビ・インタ
ビューで述べていたが、米中の「新しい形の大国関係」が構築され
れば、今の日米同盟は骨抜きにされ、日本は今より米中に対してい
っそう従属的な国家となる。 
米国が中国の「核心的利益」の一つである尖閣諸島の侵攻を黙認し
ても、尖閣諸島以外の日本全土を外敵から防衛するためにアメリカ
軍は依然として必要とされる。それ以降も続くにちがいない中国と
ロシアの軍事的脅威と威嚇、北朝鮮のミサイル攻撃への対処。自衛
隊の兵器はすべてアメリカ仕様で作られている。 

米国に対する中国の外交力は、強大な軍事力と経済力を背景にした
強力なものである。一方、日本はどうか。財政破綻寸前で大幅な防
衛予算が組めない日本は、粟粒のようなものではないだろうか。財
政破綻寸前の状況下で、日本はいかにして超核大国の米中から自主
独立を獲得したらよいのかを、徹底的に考え抜くべきだろう。 

日米安保第5条の適用の問題については悲観的見方がある。 

9月28日のJBpressで社会学者の北村淳氏は、米国の同盟国であるイ
ギリスとアルゼンチンで行われたフォークランド紛争(1982年)で
の事例を挙げ、米国の支援が主に軍事情報の提供だけであったこと
を挙げている。この時の米国の軍事情報の提供は戦局を左右するも
のであり、中国との尖閣問題にそのまま当てはめて考えるのは適切
ではないと思うが、事実だけをみれば米国は武力介入を行っていな
い。 

そして元海上自衛官の中には、「(米国は)実際には交戦せず、情
報提供や後方支援程度になるはず」と見る人もいる(中村秀樹氏 週
刊文春10月4日号)。 
7月16日付のウォール・ストリート・ジャーナルには気になる記事
があった。 

More broadly, the Pentagon is facing drastic cuts that will 
make it riskier to get involved in a conflict except 
for the most serious of issues, like an invasion of Taiwan. 

概してペンタゴン(米国防総省)は、台湾侵略のような極めて重大
な問題を除き、紛争に巻き込まれて米国を危険にするであろう対象
について、大幅な見直し削減(の必要性)に直面している。 

(Japan Fends Off a Bear and a Dragon) 
http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303754904577530552784892284.html 

記事全体を読まないとこの文の意味合いが正しくは伝わらないが、
記事の執筆者であるマイケル・オースリンは米保守系シンクタンク
、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)の日本研究の責
任者で、ブッシュ政権時代からの日本の専門家である。オースリン
氏は9月24日付のWSJ記事でも、米国が日中の戦争に巻き込まれ
ることを非常に警戒した発言をしている。米マスコミで最保守とい
われるウォール・ストリート・ジャーナルの誌上で、オースリン氏
のこのような発言が今後たびたび掲載されることによる米世論への
影響は無視できないものがある。 

9月26日のJBpressでワシントン在住の産経の古森義久氏が、米下院
外交委員会の公聴会で(9月12日)、尖閣問題について共和民主両党
が、「熱を込めて日本を支持し、中国を糾弾する声ばかりであった
」と伝えているが、大統領選挙前の盛んな中国批判は両党の恒例行
事で、これを真に受けていて窮地に陥るのは日本だ。 

  ■ 結語:現在のキッシンジャー路線と安保第5条 
ネット批評家である田中宇氏などが、「米国の中国敵視策」(オバ
マ政権)という言葉を繰り返し強調して使っているようだ。 
しかし民主党オバマ政権の中国包囲網はパワーバランスをとる以上
のことをしておらず、米軍のオフショア戦略は現時点まででは受動
的な態勢の域を超えておらず、ペンタゴンは「エア・シー・バトル
」体制へ向けて整備を進めているが、軍事力の増強と高度化は米国
にとっては恒常的なものである。 

目先の事象の報道のみにとらわれていると誤解するのかもしれない
が、オバマ政権は基本的には中国との共存を図り、中国を世界経済
の拡大に取り入れようとするキッシンジャー派(穏健派)に属する。
キャンベル国務次官補、ゲーツ前国防長官、ガイトナー財務長官、
いずれもキッシンジャー・アソシエイツの出身だ。キッシンジャー
派という点ではロムニー候補も同じだ(※ 注2)。本当の「米国の
中国敵視策」(強硬派)というのは、中国共産党政府を滅ぼし、転
覆させることを目的とする。 

キッシンジャー派のオバマ政権にしても、ロムニーにしても、本稿
で取り上げた中国の提案する「新しい形の大国関係の構築」へ米国
が歩み寄る素地はあるわけである。 

ワシントンの日高義樹氏によれば、2008年の米大統領選挙のあと米
国では、オバマ陣営の選挙資金へ中国マネーがかなり流れていたと
いう報道がされたという。今夏8月の集計でオバマの選挙資金が急
激に増加しロムニーを逆転したが、私は、中国にとって「都合のい
い相手」であるオバマへ再び中国マネーが大量に流れていると見て
いる。 

このような米国の基本的な対中国政策の方針と第1節でみた中国の
アメリカ最重視外交の情勢を踏まえて、政府と国民は尖閣問題と尖
閣有事を考えなければ、超大国の米中のあいだで日本だけがただ、
空振りの一人相撲を取っているのと同じことになる。 


■ 注釈 
 注1:『帝国の終焉』 日高義樹著 2012.2.13刊 
 注2:『ロムニー大統領で日米新時代へ』に詳細。日高義樹著 2012.8.31刊 

■ 資料 
 日米安全保障条約(主要規定の解説) 外務省 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku_k.html 



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