4388.「分節」概念



井筒俊彦の「分節」概念をめぐって

皆様、

慶應義塾大学の言語文化研究所に、三崎博子さん(ご結婚されて村上姓になられ
た)の言語学概論のノートが、1951年度から1955年度まで5年 分保存されていた
ので、閲覧させていただいてきました。

非常に丁寧に記録されたノートで、きれいな布張りの箱に保存されていました。
また、ご本人がお亡くなりになられた後、そのノートをコピーしたもの が製本
されていて、それも所蔵されていました。

井筒先生が「分節」についてお話しになられたのは、まず1953年10月7日のノー
トにあります。

ノートから引用(1):

Articulation (文節) Gliederung

言語を言語たらしめる根本的事実
世界が文節されるということ 世界の特徴
我々が普通見てゐる世界 体験している世界
認識している世界 我々の世界
 → 個々の単位に分れている

Substantiaはここからきている
人間の内部に動くものも すべて単位で区切られている

我々は普通その区切りを人間が附与したものでなく、
自然のarticulation 客観的reality
生まれた時にもう与えられてゐる natural articulationと考えてゐる

それが錯覚だということが最近解ってきた
外界に於てすらものの輪郭は漠然としてゐる
比較的はっきりしているのは生物くらいなもの

行動するには内界にも外界にもm手がかり足がかりになる
輪郭が必要である
文化 整理された世界 
(形、 救ひ)

名付けられた世界 行動の場所 文化
大部分の人間にとってはこれがReality

こういうことをはっきりと言い出した人 Enri Bergson
"Essai sur les donnees immidiate de la concience"

引用(1)終わり:

続いて、1955年5月4日の講義から

引用(2):
我々が住んでゐるのは抜け目なく区別された世界
これを言語学ではArticulation (Gliederung)といふ
人間の言語の最大の特徴 鳥や獣にはArticulationがない
Articulationは各民族によって大体に於て一致しながら喰違ってゐる
見てゐる世界が喰違ってくる
引用(2)終わり

同じ日の講義で、簡単英語について「新しいArticulationの発見」という
ことも論じられているが、私が駆け足でみたかぎりArticulation について
井筒俊彦氏が講義でしゃべったのはこれくらいのようです。

これで問題がすこし具体的にみえてきました。
(1) 井筒氏は、いったいどこでarticulationの定義を獲得したのかを明言し
ていない
 (ベルグソンの著作を検討する必要があるかもしれないが、、、)
(2) articulation(仏)とgliederung(独)は本当に同じ意味であるのか
(3) 授業できちんと概念化しているようにはみえないarticulerの意味を、
鈴木先生は、どこでどうやって獲得したのか
(4) 井筒氏は、langage articuleという言葉はどう理解したのだろうか


「人間の言語の最大の特徴 鳥や獣にはArticulationがない
Articulationは各民族によって大体に於て一致しながら喰違ってゐる」
の文では、articulationを文法で置き換えても大丈夫です

やっぱりArticulationは「世界を言葉によって分類して認識する、識別する」
よりは「文法によって概念をつなぐ」と一般の言語学のように考えたほうが
よくはないでしょうか。


いかがですか

得丸公明
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 「デジタル言語学」あるいは「ことばの情報理論」の全体構成

「デジタル言語学」あるいは「ことばの情報理論」の全体構成

みなさま、

デジタル言語学のモジュール構成について そろそろ明らかにしなけ
ればならないと思っています。

添付した大腸菌DNAのモジュール構成図のように、これまで議論してきたこと
を体系化することが必要です。

ここで鈴木先生の「鳥類の音声活動」にある「人間の言語活動に於ては明瞭に現
れていない側面を動物の伝達行為の内に見出すことによつて,これと人 間の言語
とに共通する
基準を立てようと言う意図を持つているのである。換言すれば《言語》的要素を動
物の伝達行為の内に発見しようとするのではなく,逆に動物としての 記号活動の
面を人間の《言語》の内に見出そうとする」ことが極めて重要であることが、あら
ためてわかります。

モジュールとしては、動物の記号反射モジュールが根幹にあり、それが音節とい
うデジタル信号の獲得によって、より複雑な、関係性概念、類概念、文 法、情
報概念、高次情報概念を使えるようになるというところがミソなのです。

そして、合宿のテキスト談義で出てきた「誤り訂正」を行なって、人類の叡智の
保存用記録(遺伝子化)が求められているという話が最後にきます。


1 脊椎動物の記号反射モジュール
  ・ 脊椎(網様体に抗原(エピトープ)提示機能がある) 求心性(afferent)
  ・ 量子現象を生みだすための脳室・脳脊髄液という低雑音環境
  ・ 脳脊髄液中のBリンパ球および抗体グロブリン
  ・ 視床下部(行動指示へ) 遠心性(efferent)

2 (現生人類だけが獲得した)記号のデジタル化モジュール
 ・ およそ7万年前に南アフリカで二段階に獲得 (1) クリック子音、(2) 母
音・音節
  ・ 二次的晩成化とその結果として +6dB (つまり4倍大きい)の脳容量  ←
 洞窟・家居住による
  ・ 喉頭降下による母音発声、そして論理的音節・文法の獲得

3 概念1(具象概念、五官記憶概念): 音節の組合せが、五官の記憶と結びつく
  ・イディオトープ(CDRs)のペプチド配列の構造が、1-3音節で単語を構成
する。
  このため無限の種類の単語を作ることができる。
  ・パラトープ(Fab)のアナログな形状はCDRの組合せで決定される
  ・エピトープの突起もペプチド列によって決定される。海馬でエピトープを
組みこませたマクロファージが五官の記憶を、脳室経由、大脳新皮質に 送る
  ・言葉は具体的な現象や物質の記憶と結びつく

4 概念2(論理概念、論理記憶概念): 音節の組合せが、五官の代わりに論
理操作の結果の記憶と結合する。
  ・イディオトープ(CDRs)のペプチド配列の構造が、1-3音節で単語を構成
する。
  このため無限の種類の単語を作ることができる。ここは概念1とまったく共通。
  ・パラトープ(Fab)のアナログな形状はCDRの組合せで決定される。(これも
概念1と共通)
  ・エピトープの突起もペプチド列によって決定される。エピトープは大脳皮
質では保持されない。Bリンパ球の記憶として保持される。物理的な記 憶をも
たない、論理的記憶だけで構成された記憶が、記号と結合する。
   このためには、何度も何度も概念を操作して、ああかな、こうかな、ああ
でもない、こうでもないと、思考を繰り返して、自分の内部に免疫記憶 のネッ
トワークをつくりだす必要がある。訓練を要する。
  ・論理概念としては、類の概念、関係性の概念、情報概念、高次情報概念が
ある。

  例: 類の概念: 果物、色、放射性物質、男、女、、、、
     関係性の概念: 親子、ひ孫、属国、植民地、敵、、、
     情報概念:具象概念を文法的に結びつけてつくられる情報を記憶とす
る概念
     高次情報概念:情報概念を論理的操作し、それを何度も繰り返すと段階的
     (フラクタル)に論理が高次化される (こう構築・分解できない概
念は使ってはならない)

5 文法: 音節のもつ微小なエネルギーによって、情報は、網様体上に構築さ
れた文法
  記憶の抗体と反応して、意味のルーティングを行なう

6 人類の知的ゲノム:誤り訂正を行った知的遺産・高次情報概念のプール

と、ざっとこんな感じです。

重要なことは、これが遺伝子メカニズムと相似であることです。

1: 遺伝子発現を要請するシグナリング・ネットワーク
2: RNA(生化学物質であり、同時に論理信号である)
3: タンパク質産生と結びつくゲノム
4: 論理構造を体現するゲノム
5: 非コーディングRNAとRNA編集(スプライシング、サイレンシングなど)
6: DNA(誤り訂正をした正しい情報であることが大切)

といった感じでそれぞれ対応します。

まだまだ完成しているとは言い難いので、どうかご意見やご質問をお寄せください。

得丸
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山梨正明教授の認知言語学講演
From: 小川 
得丸さん、皆様
 
6月23日の立教大学公開講演会:京都大学山梨正明教授の講演“認知
言語学のパラダイム−21世紀の言語学の新展開”を聴いて認知科学
研究の大きな流れについての概要を聞いてきました。認知能力と言
語現象の諸相などの詳説については同氏の本を読めばわかると思い
ますが、認知科学と現在の言語学の位置づけが知りたいところでし
た。
得丸さんの唱えるデジタル言語論らしいところまでの話はありませ
んでしたが、脳科学や認識論、身体論のところでは、つながる部分
があるかもしれません。(情報通信学会よりも認知言語学会の方が
理解してくれるテーマかもしれません。)
 
概説するところをメモしてみました。
 
1.認知科学の展開
 
第1期の認知科学
 記号・計算主義的アプローチ、表示主義的な認知科学、モジュー
ル的アプローチ(チョムスキー・生成文法もこれに属すると批判的)
第2期の認知科学(今最先端のもの)
脳科学的、コネクショニスト的な認知科学
身体性/アフォーダンス的アプローチ、コネクショニズム/Pallarel 
Distribution Process (PDP)/ 脳科学的/ニュートラルネット的アプローチ
第3期の認知科学(これからのアプローチ)
エコロジー的、環境・身体論的な認知科学
身体は環境の一部である。
 
認知科学とは、“人間の知のメカニズムの解明である。”この場合
の知とは知覚、情意、意思、記憶、推論、連想など人間に関係した
メカニズムをいう。心理学、文学、絵画、音楽、言語学など言語現
象の分析を対象とする。
知以外のメカニズムとは、物理学のような自然界の一部現象の分析
を行うものをいう。
 
2.認知言語学のパラダイム
 
1)認知能力に関わる要因
認知能力(イメジャリー、焦点化、図/地の分化・反転、前景化/背
景化、スキャンニング、イメージ形成、スキマー化、視点の移動/変
換、参照点能力など)とその運用能力から文法能力、論理能力、修
辞能力が創発的/創造的な発現プロセスによって現れる。
2)身体化(Embodiment)、主観性(Subjectiity)、グラウンド化(Grounding)など
人間が世界を解釈するときの集合体
3)経験基盤主義:(運動感覚、五感、空間認知、アフォーダンスなど)
 
・言語能力の根源:想像的イメージ能力について
“言語能力は、人間の進化における単なる知性の産物ではなく、生
物一般の感覚―運動的な身体的経験に根ざす認知能力(特に、認知
能力の中核をなす想像的イメージ能力)を不可欠の前提としている。
想像的イメージ能力が、言語能力の根源的な基盤として日常言語の
発現を支えている。”と捉える。
 
感想:
同学界では人気の先生のようで会場は、満席であった。(コミュニ
ケーション論、英語教育、言語学の大学院生や教授の参加も多かった。)
同氏の言語学へのアプローチは記号主義ではなく、幅広い学際的、
脳科学的、身体論的な展開が必要であるとしている。異端といわれ
る鈴木先生のアプローチと共通するものを感じた。George Lackoff
やRonald W. Langackerの論文が参考文献に多い。
「自分の言語学の研究はアメリカの大学での生成文法研究から出発
してきたものであるが、欧米人の認識とアジア人の認識には違いが
あると思う。研究者には申し訳ないが現在主流となっている生成文
法は、もう過去の言語学の遺物になると思う。Non-verbalなコミュ
ニケーションも含めた創発的/創造的な発現プロセスの研究もこれか
らの課題である。自分は将来的にはアジアから発信するような研究
をしていきたい。」とQ/A時に語っていました。
身体的/アフォーダンス的アプローチが言語学に取り入れられつつあ
ることは、合気道を稽古することによって、「手続きの記憶」が活
性されて認知能力が向上することにつながるのかもしれません。
鈴木先生に似て非常にレトリックの上手な2時間の言語学の講演で
した。
(面白そうな本:
「ことばの認知空間」山梨正明(開拓社)
Lakoffの文献:”Women, Fire and dangerous Things“ 1987 Chicago 
Univが翻訳本もあるとの由で面白そうです。)
 
 小川眞一


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