米国による中東からアジアへの軍事力シフト ―米国のオフショア戦略(4)― 2011年9月24日 DOMOTO http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735 目次 ■ 序 ■ @ R.カプランに見る米国のアジア重視 ■ A アジアでの米国の軍事力強化と米中関係 ■ 結語:国債暴落後の日本 ■ 序 本稿は、アジア太平洋地域におけるアメリカの「オフショア戦略」 と「統合エアシーバトル構想」を扱った拙稿3稿(10年10月-11年1月 、阿修羅サイトで公開)の続稿で、サブタイトルの「米国のオフシ ョア戦略」にこれらの通し番号から(4)を付けたものです。 @「在日米軍基地の形骸化と日米安保の終末期」(2010年10月23日) http://www.asyura2.com/10/senkyo98/msg/117.html A「北朝鮮・中国攻撃では、特殊潜水艦とステルス爆撃機が主力となる」(2010年12月12日) http://www.asyura2.com/10/senkyo101/msg/871.html B「日米同盟は、日本国債暴落の前までの暫定的同盟となった」(2011年1月10日) http://www.asyura2.com/11/senkyo104/msg/214.html 文中で使われる(注-11.4.日高)というような表記は、米ハドソン 研究所の日高義樹氏の著作の発行年と月を表し、その箇所が日高氏 の著作の部分要約である事を示します。それらと著作名との対応は 本稿の最後に記しました。 ■ @ R.カプランに見る米国のアジア重視 アメリカの著名な著作家ロバート・カプランは、十数冊以上の著作 を持つベストセラー作家であると同時に、国防総省に設けられた国 防政策委員会の委員である(2009年?)。ロバート・カプランはブッ シュ共和党政権の終りの年の2008年3月に、カート・キャンベルら が2007年に設立したCNAS(新アメリカ安全保障センター)の上 席研究員となった。CNASはオバマ政権の、とくに東アジア政策 (南シナ海を含む)に大きな影響力を持つ。カプランの論文や発言 はアメリカ政府やメディアに大きな影響を与えている。 現在ワシントンの専門家で議論されている「オフショア・バランシ ング」または「オフショア戦略」(strategy of offshore balancing )は、2006年のクリストファー・レインの著作が発端となっている ようであるが、カプランは2010年米誌 Foreign Affairs, 5-6月号 に、“The Geography of Chinese Power”(「中国パワーの地政学」 ) と題する論文を発表している。下記は海洋政策研究財団による その解説の一部である。 ------------------------------------------------------------ (カプラン)論文は結論部分で、「米国は、北京との対立を回避し ながら、どうすれば、アジアの安定を維持し、域内の同盟国を護る と共に、大中華圏の出現を抑制することができるか」と問い、「ギ ャレット計画」(Garret Plan)なる興味深い計画を紹介している。 (カプラン)論文によれば、この計画は、ギャレット(Pat Garrett )退役海兵隊大佐が考案したもので、「米国は、戦闘艦艇250隻 (現在の280隻から削減)と16%削減された国防予算でも、直接 的な軍事対決を伴うことなく、中国の戦略的パワーに対抗していけ る」とするもので、米国防省内で回覧されているという。(カプラ ン)論文は、この計画が「オセアニアの戦略的重要性」に着目し、 これを「ユーラシアの均衡」(the Eurasian equation)に結びつけ ている点で重要であると評価している。 「海洋安全保障情報月報2010年5月号」(海洋政策研究財団) http://www.sof.or.jp/jp/monthly/monthly/pdf/201005.pdf The Geography of Chinese Power Robert D. Kaplan http://www.foreignaffairs.com/articles/66205/robert-d-kaplan/the-geography-of-chinese-power ------------------------------------------------------------ これはまさに現在アメリカが対中国・対北朝鮮戦略として構築して いる「統合エアシーバトル構想」の基本的考え方であり米国の「オ フショア戦略」を表している。「統合エアシーバトル構想」 (Joint Air-Sea Battle concept)の具体的シュミレーションにつ いては冒頭で挙げた拙稿の3つで扱っているが、それらは昨年2010 年での内容になっている。「オフショア戦略」の説明はこのあとで 具体的な事例を用いて説明をしたいと思うが、「統合エアシーバト ル構想」は「オフショア戦略」のバリエーションの一つであり、米 国の保守派の「オフショア戦略」も含め、現在ワシントンで様々な 形が議論されている。 このようにカプランは「直接的な軍事対決を伴うことなく、中国の 戦略的パワーに対抗していく」事を考えており、アジアからの撤退 は考えていない。中国との直接的な軍事対決を避けるためのオセア ニアシフトであり(グアムを含む)、アメリカの飛躍的に発達した 軍事力が「統合エアシーバトル体制」を可能にしたのだ。 「中国の戦略的パワー」とは、中国によるA2AD戦略 [ Anti-Access(接近阻止)/Area-Denial(領域拒否)]による軍事力 を指しているが、カプランは先に挙げた「中国パワーの地政学」の 論文で、(アジア地域で)「中国が米国に軍事的に挑戦できるよう になるのは、まだ長い道のりを要する」と述べている。 それでも中国の軍事力は米国の軍事力にはとても及ばないことは軍 事常識であるが、3月11日(東日本大震災直前)に中国が西太平洋 全域を監視するために打ち上げた多数の偵察衛星と、同時に打ち上 げた通信衛星によって、東シナ海、南シナ海、日本海、及び西太平 洋の軍事的バランスがかなり変化してきている。つまり日本や東南 アジア諸国の国防にとって、状況はそれ以前より悪くなった。これ についてはまた稿を改めたい。 米軍の地域配備についての最近のカプランの発言を拾ってみると、 8月15日にCNAS(新アメリカ安全保障センター)サイトで、空 母打撃群は中東へシフトさせたが、全体としてのアメリカの軍事力 はヨーロッパからアジアへと静かにシフトしていると述べている。 また8月28日のフィナンシャルタイムズでは、オバマ政権は中東の 民主化にともなう国内紛争で、直接介入したり主導的な役割を行う ことを避けることによって、よりいっそう重要な地域であるアジア へアメリカの海軍力を集中させると述べている。 That, coupled with his impatience for troop withdrawals in Afghanistan, implies a rejection of nation-building in the Middle East, so as - in effect - to focus on something more crucial: maintaining US maritime power in Asia . これは外交的なサポートはするが、アフガニスタンからの撤退とと もにリビアやシリアの国内紛争において国際的に主導的な役割や直 接介入することを避け、米軍全体の兵力と軍事費をアジアへ効率的 に集中させることを意味し、中東各国の民主主義国家建設には従来 のように深く関わらないということだ。これはイラクやアフガニス タンでのアメリカの反省から来ている。 このカプランの発言もまた、アメリカの伝統的な外交軍事戦略であ る「オフショア・バランシング」の一端を表している。「オフショ ア・バランシング」(offshore balancing)と「オフショア戦略」 (offshore strategy )をとくに区別する必要はないないだろう。 「オフショア戦略」とは脅威を及ぼす国から遠く離れた所から、外 交・軍事力配置・経済政策を用いてその対象国を封じ込めるアメリ カの伝統的な基本的外交・軍事戦略である(「offshore:沖合いへ 向かって」)。 Libya, Obama and the triumph of realism (8月28日) http://www.ft.com/intl/cms/s/0/a76d2ab4-cf2d-11e0-b6d4-00144feabdc0.html?ftcamp=rss#axzz1YAso3jcW The South China Sea Is The Future Of Conflict (8月15日) http://www.cnas.org/node/6830 アメリカの新しい核戦略委員会の委員長を務める元国防長官のシュ レジンジャー博士は、「アメリカは、アジア、西太平洋から出て行 くのではない。オフショア戦略を構築しようとしているのだ」と言 っている(注-2011.4.日高)。 なお余談ではあるが、日本語版「フォーリン・アフェアーズ リポー ト 2010月10月号」のカプランの「中国パワーの地政学」の論文紹介 のページに、翻訳上の重要な誤りがあるので指摘しておきたい。そ れは日本語のサブタイトルと要約文章だ。検索中、多くの人達がこ のページを参考にしていることを知った。 日本語版 http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201107/Kaplan 原文:The Geography of Chinese Power http://www.foreignaffairs.com/articles/66205/robert-d-kaplan/the-geography-of-chinese-power この要約文章は翻訳者自身が作ったもので、原文は約2行。「中国 は東半球での覇権を確立しつつある」とあるが、サマリーに “is expanding” とあるのだから、「拡大しつつある」と訳すべき 。また「その結果、モンゴルや極東ロシアに始まり、東南アジア、 朝鮮半島までもが中国の影響圏に組み込まれ、」とあり、既に組み 込まれているといった表現になっているが実際はそうではない。こ れは翻訳者自身がその下で部分公開として翻訳している本文内容と 矛盾している。 やはり、おかしいと思ったら鵜呑みにするのを避けるか、英文に照 らし合わせてみるかすべきだろう。 ■ A アジアでの米国の軍事力強化と米中関係 レーガン時代には500隻以上あった艦艇を現在280隻に減らし たことが、アメリカがアジアから撤退を始めた象徴のようによく言 われるが、「統合エアシーバトル構想」では、国防総省がこれを 200隻以下に減らすことを検討している(注-2011.4.日高)。 これは、アメリカ海軍が今までの海兵隊を中心にした敵前上陸作戦 をアジア西太平洋で行う戦略体制を捨て、遠距離から攻撃する「統 合エアシーバトル体制」へ移行しているために、海兵隊を乗せてい た多くの護衛艦隊が必要なくなったことが大きな理由だ。 軍事力の総体とは質と量と効率(スピード)の関数である。 アジア領域における中国と北朝鮮に対する(「統合エアシーバトル 構想」)の破壊力は、海軍力だけから見ても、これまでのアジア極 東戦略と比べて10倍以上の破壊力を持ち、さらにそこへ空軍力が 加わる(注-2011.4.日高:日高氏はその著作で「統合エアシーバト ル構想」という言葉は用いていないが、2009年6月発行の著作から それと同一の内容を掲載している)。 7月に就任したパネッタ国防長官は財政通であるが、9月15日に開 かれた米豪外務・国防閣僚会議(2プラス2)で、アジアの平和と 安定の重要性を確認し、安保外交で日米豪3カ国の連携を重視する 姿勢を、クリントン国務長官とともに表明している。また「インド 洋と太平洋における戦略的環境を発展させるという目的達成に向け 、日米豪3カ国の連携の重要性を第一に挙げた」(9月16日 時事通信)。 「日本重視、3カ国連携強化=アジア安定で?米豪2プラス2」 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201109/2011091600276 「統合エアシーバトル構想」とは、中国の危険な射程圏の外から海 空の総力攻撃をかける体制を構築するとともに、それによって生ず る国防費のコストダウンを狙うものであり、パネッタ国防長官は常 々こう言っているそうだ。 「政府は財政規律と強固な国防の二者選択をする必要はない。国防 支出を抑制しつつも、世界最強の軍事力を維持することは可能なの だ」 (8月17日 海国防衛ジャーナル) http://blog.livedoor.jp/nonreal-pompandcircumstance/archives/50623987.html ◆ 私は2010年7月以降(ASEAN地域フォーラム)、対立が深まっ た南シナ海問題でCNASサイトのカプランが書いた記事を、同年 9月頃まで時間が許す範囲で追ってみたが、中国を脅威であるとし ても敵であるとは言っていない。先に挙げた今年8月15日の 「 The South China Sea Is The Future Of Conflict 」の記事の中 でも、中国との協調関係を保ちながら中国を軍事的に封じ込めるス タンスを述べている。 本稿では述べることができなかったが、私が知るアメリカ保守派の オフショア戦略でも、米民主党の「中国との協調関係を保ちながら 中国を軍事的に封じ込める」というスタンスは共通している。 中国に対するオバマ政権全体のスタンスは後半の2年に入ってから 変化し始めているようである。日高氏の著作レポートによると、ア メリカが望むような形で中国と協力体制をとることは難しいとオバ マ政権が理解し始めたのは、中国が中東全体を混乱に陥れているア ラブの民族主義をけしかけていることが分かった2011年の初め頃か らであるという。(注-2011.5.日高) 米中間では2010年10月に軍事交流が再開しているが、アメリカ国防 総省の首脳は言行不一致な中国政府に強い不信感を抱くようになっ ており、アメリカ政府の首脳は、冷戦時代米ソ間で設けられた緊急 時用のホットラインのシステムを中国との間で設置する努力を放棄 してしまっているという。こうした中国の言行不一致な態度は、共 産党の力が弱くなり軍部の発言力が増しているからである。 (注-2011.5.日高) ■ 結語 国債暴落後の日本 以上、日本のマスコミやネットメディアでよく見られる、アジアに おける米国撤退やアジアにおける米国衰退論に、反対の立場から論 拠を挙げて論じてきた。 アメリカが膨大な権益を有するアジアから撤退するわけがない。 東南・北東アジアの膨大なドル資産と人民元の台頭 (拙稿 2010年8月) http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/33101586.html しかし、パネッタやクリントンが言う「アジア重視」は、この先、 「日本を除くアジア重視になるだろう」と私は考えている。 現在、日本国債は利回りが低位で安定しているが、この数年暴落説 が叫ばれながらも日本国債の相場が堅調であったのは、リーマン・ ショック後の景気の大幅な冷え込みで、国内の資金需要が極端に冷 え込んでいたためであった。東日本大震災による東北地方の本格的 復興はこれからで、待ったなしの復興需要が民間銀行を待ち受けて いる。この先は民間銀行が国債を買っている余裕は全くない。(注-1) 国債の入札が上手くいかずに未達になるその時を狙って、外資ヘッ ジファンドは持っている日本の資産を一斉に売ろうと待ち構えてい る(朝倉慶氏)。 欧米ヘッジファンドの日本短期国債市場への流入始まる (8月29日) http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/35610327.html アメリカは利用価値がないと踏めば、計算高くその国を見捨てる。 これはアメリカの外交軍事の歴史を見れば理解できることだ。 現在、ユーロは崩壊するのかとメディアでしきりに取り上げられて いるが、海外からは「日本は大丈夫なのかと」と懸念する声が多く 聞かれるという。オバマもパネッタもクリントンも、日本が近々破 産沈没することはわかっているはずだ。 おそらく中国は日本国債の金利上昇過程で日本政府へ資金を投入し 、日本政府を中国の傀儡政権にする計画だろう。 私は、日本国債暴落後も日本が復活する方策は存在すると考えてい るが、現在の日本の緊急かつ最大の問題は、国債暴落後の日本をど うするかであり、それを、気づいた人達から考えていくことが重要 であると思う。 ■: 注 ・2011.4.日高:『いまアメリカで起きている本当のこと』日高義樹著 PHP研究所 2011.4.1刊 ・2011.5.日高:『世界の変化を知らない日本人』 日高義樹著 徳間書店 2011.5.31刊 ・注-1:『2012年、日本経済は大崩壊する』 朝倉 慶著 幻冬舎 2011.7.10刊 ■ 参照リンク 冒頭であげた米国の「オフショア戦略」と「統合エアシーバトル構 想」を扱った拙稿の3つは、下記のリンクの中にそれらの「修正・ 加筆版」があります。 中国・日本・アジア http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/folder/1079647.html 米国の軍事・外交戦略 http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/folder/1078878.html