4050.デジタル言語とデジタル回路が生みだす新しい文明



非正統派言語学「デジタル言語とデジタル回路が生みだす新しい文明」
得丸公明

0.はじめに:デジタル言語の検討会 考察を重ねるとものの見方が
 変わる
@ 2年前から情報処理学会・電子情報通信学会の研究会で発表を40
  回以上続けている。
一方で、ソロ活動として2009年4月、2010年5月、本年5月、6月と会
を主催してきた。人様に聞いてもらうために、いろいろと切り口を
変えて話を整理すると少しずつまとまる。
 我々の言語・思考・理解のメカニズムを解明し、現代をどう生き
ていかなければならないかを明らかにするのが目的。まだ未完成だ
が、おつきあい願いたい。

A デカルト『方法序説』第5章の三段論法は、文法を理解しない動
 物に理性はないと言い切る。犬がPTSDになってもまだ機械だと思
 い 込むパブロフ。おそらくこれが21世紀の一般的なクリスチャ
 ン(+ユダヤ教徒、イスラム教徒)の認識。
 カトリックは、16世紀に南米のインディオを人間と思っていなか
 った。今それはあらたまったようにみえるが、動物には「魂」が
 ないと信じて、命を軽視し、弄んでいる。
 ヒト以外の生き物に対して、敬意をはらい、同じ生き物であるこ
 とにもとづく礼儀を尽くして、はじめて世界をありのままに見る
 ことができるのではないか。人類学者エリザベス・マーシャル・
 トーマスの「犬たちの隠された生活」は、パブロフと逆の世界を
 示してくれる。我々の意識を変えないことには、世界が見えてこ
 ないことの証左。
 9月にポーランドで行なわれる言語起源の会議に論文を送ったが、
 却下。理由は非正統。

1.	言語メッセージのデジタル性
1.1 デジタルへの気づき
@ 2007年4月に南アフリカの最古の現生人類遺跡クラシーズ河口洞
 窟を訪問。洞窟の安全、狭い、音を自由に出せ夜は真っ暗な環境
 は音声言語の発達を生むと感じた。

A 東アフリカのサバンナの地下トンネルに生息するハダカデバネ
 ズミも音声通信が発達している。真社会性、敬語、晩成性(幼児期
 が長い)、他の群を殺戮などでヒトと共通性あり。
 きっと語彙数も多いだろう、大型類人猿よりも多いかもと思って
 調べてみたら、有声・無声合わせて17しかない。他のデバネズミ
 と同じ。頻繁に使っていれば語彙が増えるわけではない。ヒトが
 3~4桁も桁違いに語彙が多いのは何故? 洞窟では説明できない。

B 日本語の50音図にある音節を組み合わせれば語彙増える。一音
 違うと、まったく別の言葉になる。これはデジタルとよべるだろ
 うか?
 だが誰もデジタルとは何か知らない。定義がない。教科書もない。
 情報理論は未完成というよりも、頭を混乱させる。仕方ないから
 自分で一から勉強を始めた。

C 動物は同じメッセージを繰り返す。ヒトは同じことは一度しか
 音声化しない。一度話すだけで、コミュニケーションが成立する。
 これは何故? これもデジタルだから。

1.2 デジタルは二重分節化(Double Articulation)、そしてフラク
  タルに複雑化する
@ 音節:ひとつだけアクセントがある音韻単位。日本語の音節は
 必ず母音で終わることになっているため、音節数が112と少ない。
 (英語は4000)

A 音節文字自体、きわめて珍しい。50音で112の音節を表現するひ
 らがな・カタカナ。漢字の崩し字やフリガナのおかげで2組の音節
 文字セットをもつのは世界でも日本だけ。

B 音節を単語に、単語をチャンク(意味の塊、○+□=△の論理単位
 )に、チャンクを接続して文に、どんどん複雑な意味体系にしてい
 くことができる。
 フラクタル(自己相似)の繰り返しによる、意味の複雑化。
 生命の遺伝暗号であるmRNA、コンピュータのbit列も、同様にデジ
 タルシステムであり、文法による二重符号化メカニズムをもつ。
 フラクタル構造によって複雑さを生み出す。

1.3 デジタル対応の身体器官
@ 安全な洞窟のおかげでヒトの赤ちゃんは生後1年間歩かない。
 この時期、母親の胎内にいるときと同じように、脳容量と体重は
 一対一の比で成長する。そのため大型類人猿よりも1000ccも大き
 な脳(記憶容量)をもつようになった。家は人工の洞窟である。

A クリックは南部アフリカのブッシュマンだけが使う舌打ち音。
 他の言語族にはクリックは存在しないので、母音の前にクリック
 の時代があったと考えられる。

B 霊長類には、大脳皮質の一次聴覚野(AI)に隣接する領域に、仲
 間の声に反応する聴覚言語野がある。ヒトはそれがウェルニッケ
 野として発達。音素・音節の信号を神経細胞が待ち受けている。

C 母音を出すため、ヒトは1歳になると喉頭が降下して母語の母音
 の共鳴に最適化した独自の発声器官をもつ。
食べ物を食道に送り込む「嚥下」と呼気を音声として口から吐き出
す「発声」の運動制御はきわめて繊細で難しい。喉頭降下により、
窒息や肺炎の危険が高まった。母音より前に言語があった。

D 母音を獲得したことによって、洞窟外でも声が相手に届く声の
 力をもった。南アフリカの洞窟を捨てて北上、人類の世界大の拡
 散がはじまった。

2. デジタル言語処理回路はどのような進化をとげたのか
          :記憶・論理・通信
2.1 単細胞生物の記憶(= 意味)・論理(= 思考)・通信
          ・知能(= 学習、後天獲得記憶)
我々は単細胞生物が記憶、論理、通信、知性をもっていることを知
らないだけなのに、もっていないと固く信じ込んでいる。そのため
に存在しているものさえ見えてこない。単細胞生物がそれを言葉に
しない(できない)だけなのだ。

@ 手老篤史(九州大学)「真正粘菌に学ぶ時間・空間に対する原始
 的インテリジェンス」は、真正粘菌変形体という多核単細胞生物
 の知性を解明する。粘菌には迷路を解いたり、最適なネットワー
 クを発見したり、時間間隔を記憶して予測行動をとるという能力
 がある事が近年実験によりわかってきた。

A レヴィ=ストロース「アメーバの譬え話」 アメーバは食料が不
 足すると、環状アデノシン1燐酸(cAMP)を分泌して互いに呼び寄せ
 (通信)、集団化して胞子状になって新天地に仲間を飛ばす。cAMP
 は細胞内シグナル伝達において働くセカンドメッセンジャー。

B 「記憶」はDNAによって伝えられる。その記憶によって「論理」
 装置が構築され、「○+□=△」といった論理式がつくられる。
 外界の状況が○に代入され、□の記憶と合致すると、△の行動の
 引き金が引かれる。

C 単細胞生物であっても、高等生物と同じだけの生存のための装
 置「記憶」「思考」「通信」はもっている。
動物やヒトの「思考」も同じメカニズム。記憶を後天獲得できるよ
うになった(知能)。後天獲得した記憶で論理回路を形成する。思考
は神経細胞内部の量子生化学現象。

2.2 生命体の通信手段の発達:進化はとくに通信の領域でおきた
@ 多細胞生物に進化すると、視覚に訴えるダンスや態度をアナロ
 グ符号として通信に用いるようになる。(ミツバチのダンス。爬
 虫類の挨拶・威嚇・求愛・服従)

A 哺乳類は鳴き声を出せるようになり、数十種類のアナログ符号
 を用いた音声通信が可能となった。鳴き声のもとにあるのは感情。
 感情は、「知覚」が「記憶」とむすびつくと生まれる。喜怒哀楽
 は、「何かが来る」+「よい記憶」=喜び、「何かが来る」+「
 悪い記憶」=怒り、「何かがなくなる」+「よい記憶」=哀しみ
 、「何かがなくなる」+「悪い記憶」=楽しみ、という論理演算の
 結果。

2.3 デジタル符号をヒトが獲得する
@ 南アフリカのカルー(砂漠)台地は、巨大隕石衝突によって、国
 土の大部分が標高1500m程度のやせた火山性玄武岩台地となってい
 る。
Morokweng (S 26°28' E 23°32') 直径70km  145.0±0.8(百万年前)=1億4500万年前
Kgagodi (Botswana) (S 22°29' E 27°35') 直径3.5km  180(百万年前)=1億8000万年前
Vredefort (S 27°0' E 27°30') 直径300km    2023±4(百万年前)=20億年前

A 370万年前には、ナミビアで隕石衝突。22万年前と25万年前に南
 アフリカで隕石衝突があり、ブッシュマンの聖地であった。磁場
 異常・重力異常があるほか、すり鉢状のパワースポットを形成し
 ている。これも現生人類への進化を促進しただろうか。
Tswaing (S 25°24' E 28°5') プレトリア近く。直径1.13km  0.220±0.052(百万年前)
Kalkkop (S 32°43' E 24°34') 直径0.64km  0.250±0.050(百万年前)
Roter Kamm (Namibia) (S 27°46' E 16°18') 直径2.5km 3.7±0.3(百万年前)

B このやせた土地で生き延びるためには、知能を発達させる必要
 があった。300万年前の原人化石であるアウストラロピテクス・ア
 フリカヌスは、1924年に、タウングで発見されるが、前頭葉の発
 達がみられ、シカの大腿骨をもとにした斧を使っていた。斧で額
 を打ち割った後も発見されている。共食いしていた?

C Kalkkopクレーターから150km南にあるのがクラシーズ河口洞窟。
 海抜20mでインド洋に沈む夕陽が見える快適で安全で音響暗室のよ
 うな洞窟。ここに住めば、朝晩好きなだけ歌を歌うことができる。
 夜は漆黒の闇だから、音声通信が発達する。

D 7万年前、インドネシアのトバ火山が噴火して、世界は6年間火
 山灰の冬の時代を迎えた。このとき現生人類が生まれたとする人
 類学説がある。具体的には記号が感情から独り立ちして『空の記
 号』がうまれたということではないか(鈴木孝夫『私の言語学』)
 。言い換えるなら、音声符号のデジタル化。論理記号の獲得。論
 理処理回路もほぼ同時に生まれる。
有限個で、相互に音響特性(物理)が離散的な音響記号群を、言語共
同体内で共有する。

2.4 デジタル符号を獲得してどうなったか
@ 単語の数を増やせる:符号は離散的であるので、100音節があれ
 ば、2音節で1万、3音節で100万もの単語を作ることができる。は
 じめは子音とクリックだけだった。自然の音に似せたオノマトペ
 起源で言葉をつくったのではないだろうか。
 数音節でできた単語は、ひとつの記号として処理され、さまざま
 な記憶と結びつく。ヒト以外の動物も(ii)~(iv)の記憶をもつだろ
 うが、それを言語化し伝えあう手段がない。
(i) 五官の記憶(のネットワーク)と符号語(のネットワーク)が結び
  つく概念
(ii)概念と概念の関係についての関係性概念(首都、植民地、親子など)
(iii)分類学的な類概念(哺乳類、霊長類、人類、 日本人、、、)
(iv)五官で感じられないが、概念の演算の結果の記憶とむすびつく
  科学や歴史に関する抽象概念

A 2~4個の概念をまとめる(並べる)論理単位、意味の最小単位(Chunk)
 が二語・三語・四語文を生む。文法以前の存在。幼児やチンパン
 ジー(ASL手話)でも表現できる。
うなぎ文「僕はうなぎ」、こんにゃく文「こんにゃくは太らない」
などに文法的説明は不可能。幼児的な概念の羅列で、自明な意味を
もつ。文法以前に存在している生命の論理単位と考えればよい。
Terrace, H.S. "NIM"(1979)で報告された手話表現
: Please machine give apple,Please Tim give Coke,
Give NIM Banana,Nim tickle Bill,Nim hug cat,Me more eat Banana
 ヒト以外の動物も思考できるが、思考内容を仲間内で手軽に通信
 することはできない。

B デジタル信号を獲得したおかげで、回線上で信号誤りが発生す
 る確率が限りなくゼロに近くなり、一度の発声でよくなった。
(i)	信号のメリハリがよいので間違えにくい、
(ii)	受信回路に離散的なデジタル信号に対応する痕跡記憶があ
   り、もっともそれらしい記憶が信号入力を待ち構えていて立
   ち上がるので、誤りが発生しにくい。
(iii)	符号語を作る(命名する・語源)にあたって、同音異義語を
   同じ分野で許さないなど誤りが生まれにくいようにする
(iv)	回線上で誤りが発生しても、誤りを検出し、訂正できるだ
   けの冗長性をもつ
(v)	万一誤った信号がそのまま伝わっても大きな問題が生じな
   いようにしておく

C @とBの相乗効果として、1(たまに2)音節で、具体的な記憶と
 結びつかない無機的な方向指示器のような符号語(論理的な法則の
 記憶と結びつく)が、Aの意味単位の塊(Chunk)を接続して、長く
 複雑な文章を紡げるようになった。現生人類の文化発展の原動力。
 文法はデジタルシステムの一部であり、ヒトに固有。1信号の誤り
 もなく相手にメッセージが届くことと、何万もの単語のそれぞれ
 に意味を与えることの相乗効果によって、複雑な意味を付与でき
 るようになった。
(i)	接続詞、連体形・連用形・終止形・命令形などの活用も接
   続を指示する
(ii)	助詞・助動詞(可能、意思、など)
(iii)	数詞、接頭辞(半、全、四半なども含む)、接尾辞(数助詞
   、複数形など)
(iv)	冠詞
(v)	代名詞
(vi)	時制・仮定法、係り結び(主語との呼応)、性、格など

2.5  デジタル化以降の言語進化と人類の発展
@ 南アフリカの洞窟居住によって晩成化して脳が拡大していたヒ
 トは、7万年前、音声符号をデジタル化することに成功した。

A 文法によって複雑な意味を構築して伝達できるようになった。
 接続詞は、言語が生まれてすぐに生まれたのではないか。

B 母音を獲得することによって、洞窟の外でも言語を使用できる
 ようになった。世界への旅立ち(6万年前)

C メソポタミアとエジプトで、文字(音節を長期保存するための記
 号)生まれる(6000年前)。
中国で漢字が生まれる。文明が記録媒体として文字を必要としたの
か。DNAの誕生に匹敵。文字の獲得によって、文化の伝承は容易にな
り、文明の発展は加速した。

D	コンピュータ・ネットワークの誕生(1970年代〜) 
文字の発明に匹敵する大きな出来事。我々が思っている以上の潜在
能力をもつ。
(i) 物理層のネットワーク化による時間的空間的な距離消滅、通信
  の加速・拡大。
(ii) 論理層の外部長期記憶の拡大。過去の学者・思想家と対話が
  可能になる。
(iii) 自動翻訳ソフトの能力限界、情報の信頼性や詐欺、サイバー
  攻撃など、いろいろ乗り越えるべき問題はある。
(iv) だが、検索エンジンにいくつか適切なキーワードを入力する
  と、自分の知らない研究者や思想家の業績に出会うことができ
  る。世界の図書館の蔵書がわかり、クレジットカードで外国の
  書店に注文ができる。
(v) 「言葉には意味がない」とき、人類の知恵はどうすれば自分の
  知恵として受け入れることができるのか。正しく言葉を処理す
  る回路を構築するにはどうすればよいか。
(vi) 孔子の正名論(「必ずや名を正さん」子路13)。仁智勇。世界
  の思想家の中で、言葉を正しく使え、無私の真心と勉学が大切
  、勇気をもって迷わず行動せよと教えたのは、孔子、孟子、吉
  田松陰。彼らの教えが参考になる?
(vii) デカルトやパブロフその他の誤った学説を正すべき。さもな
  いと混乱が続く。
(viii)地球環境危機の時代、自然と対立し、自然を破壊してきた文
  明の過ちを反省し、人類だけ偉いとする考えを改め、新しい文
  明を構築するにはどうすればよいか。

おわり
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現代という芸術アラカワ 5〜7月号
みなさま、

「現代という芸術アラカワ」三ヶ月分お届けします。

概念も論理も生命体のもつ本能ですが、文法だけはデジタルなヒト
だけがもつという話です。

5月  ことば以前のレモン

http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue123/htm/p17tokumaru.html

6月  生命の論理装置

http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue124/htm/p17tokumaru.html

7月  ヒトだけがもつ文法

http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue125/htm/p17tokumaru.html

トクマル
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鈴木孝夫の世界 第2集発刊のお知らせ

皆様、

鈴木孝夫研究会より『鈴木孝夫の世界 ーことば・文化・自然ー 
第2集』発刊のお知らせ

継続は力なりといいますが、言語学者鈴木孝夫先生を囲んで2010
年3月より隔月で活動をはじめた鈴木孝夫研究会「タカの会」は、
このほど第8回研究会を終えました。ほかに二度、軽井沢で合宿を
しています。

毎回、鈴木先生の著作を一冊選んで、その本にまつわる鈴木先生の
ご講演をお聞きして、質疑応答をするというスタイルをとっていま
すが、それぞれの本の中で触れられている言語学の本質にせまる論
点について、直接鈴木先生からお話を伺う、知的本能が刺激される
研究会です。

研究会の成果を皆様と共有するために昨年10月に、『鈴木孝夫の
世界』第1集を発刊しましたが、このほどめでたく第2集を発刊い
たしましたので、ご案内申し上げます。第2集において、鈴木言語
学の先進性ならびに総合性が確かなものとして感じていただけるこ
とと存じます。

  鈴木孝夫の世界 第2集 
  鈴木孝夫研究会 (編集) 
  単行本: 260ページ
  出版社: 冨山房インターナショナル (2011/7/13)
  ISBN-10: 4905194164
  ISBN-13: 978-4905194163
  発売日: 2011/7/13


第2集は、タカの会第3、4、5回の鈴木先生のご講演のほかに、
昨年夏軽井沢で大学生たちと行なった合宿での講演・質疑応答、
さらに上智大学名誉教授 泉邦寿さん、お茶ノ水大学客員教授 内
田伸子さん、ラボ教育センター元会長 松本輝夫さんらによる鈴木
言語学論もとても充実しています。

第1集では、鈴木先生がどのように井筒利彦のもとで育てられたか
、そして弟子が先生を破門したかというドラマチックな出発点が紹
介されています。今回の第2集では、1960年代後半に、独立し
た言語学者として、東京言語学研究所で服部四郎、谷川雁らととも
に日本の言語学の黎明期をつくった話がでてきます。

また、言語は、すべての社会科学・人文科学の基礎となっている現
象・メカニズムであるので、言語について解明することは、人間に
関する諸科学の基礎となっているので、鈴木言語学は人類と文明に
ついての「グランド・セオリー」の構築をめざしているという話は
圧巻です。現代文明が山から下山する過程であるので、事故がおき
やすいという話を合宿地で大学生たちにもわかりやすく説明してお
られるところなど、ぜひとも若い研究者の方々にも読んでいただけ
ればと思います。

そして、きわめつけは、ソシュールの恣意性を裏づける『空の記号
』の発見です。

子どものころから野鳥観察や飼育をしておられた鈴木先生は、戦後
、「言語学の研究のために九官鳥を飼いました。」
九官鳥に水を見せて、「喉を渇かせるだけ渇かせて『水、水って言
わなきゃ飲ませません!』とやって、死ぬ直前に水を飲ませて生き
返らせて、また『水、水、餌、餌』と何度も何度も訓練したんです。
根気強くずいぶんやりましたよ。そうしたら、ある日突然、水を見
せたら「みずぅ!」と九官鳥が言ったのです。」
「つまり人間と同じで、状況をコントロールして教えると、鳥も必
要なときに必要なことを言えるようになるということを発見したわ
けです。」

「そういうことに気づいて、あらためて考えてみると、同じ鳥でも
地鳴きでは、怖い時じゃないと怖いとは鳴かない、お腹がすいた時
じゃないとそういう鳴き方はしない。『出発するぞ!』の時も「つ
いて来い!」の時もすべては全部やりたいこと、やろいうとするこ
との裏づけがあって、その気持ちを表わす地鳴きがなされ、内的状
態と外的な記号には一対一の対応が顕著な関係としてある。そうす
ると、その点では、動物の声にはソシュールのいう「恣意性」とは
反対の「有契性」があるわけです。人間の言語記号に特有な、表そ
うとするものと記号(ことば)とは必然的な血がつながっていないと
いう『恣意性』とは違って、直接的な関連性、反映性がある。

 そこで、人間の言語記号に独特なその『恣意性』というのが生ま
れてくるためには、ある音声が音としては出るけれどもそれには裏
づけとしての意味がない、つまりは内容が空(から)だという段階が
どうしても必要不可欠となります。」

 この「音声学を超越した音声学については、言語学者の誰からも
一言も賛否のコメントがなしで、今日に至っている」ということで
すが、なかなか深いものがあるのではないでしょうか。

  このMLに参加しておられる皆様は、言語の専門家でしょうから、
ぜひとも鈴木先生の『空の記号』論に対して、賛成でも、反対でも
、自分なりのお考えをまとめてみてください。それだけでも何か新
しい発見や考えが生まれるのではないでしょうか。

 そのためにも本書をどうかご購入ください。よろしくお願いしま
す。第1集よりも本格的でユニークな言語学の本にしあがっている
と思いますので。発売は7月13日の予定です。

得丸公明(タカの会発起人、代表補佐。衛星システムエンジニア)


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