3905.人物判断力に必要なポイント3



人物を判断する力が必要な時代になってきた。しかし、どのような
人物が優れた人物なのかという問いがある。

この問いに対する分析をしたのが、明末の碩学、呂新吾で、その著
「申吟語」では、
深沈厚重ナルハ是レ第一等の資質
磊落豪雄ナルハ是レ第二等の資質
聡明才弁ナルハ是レ第三等の資質

とある。

「深沈厚重」とは、どっしりとして重みがあり、落ち着いていて動
じないこと。寛容でいてかつ、威容も持ち合わせている様。
くだらないことには心を動かされない、確固とした己の信念を持ち
合わせている姿を示す。

西郷隆盛のような人であるという。その前に立つと、ぐいとひき込
まそうな魅力である。無為にして化する魅力である。

呂新吾は、「天下の大難を定むる者はこの人なり。天下の大事を弁
ずるはこの人なり」という。

木鶏(もくけい)のように成ることとも言える。
木鶏とは、
 1.「競わず」むやみと余計な競争心をかりたてないこと。
 2.「てらわず」自分を自分以上にみせようとしないこと。
 3.「瞳を動かさず」落ちかぬ態度で、あたりをきょろきょろ
   見回さぬこと。
 4.「静かなること木鶏の如し」木彫の鶏の如く、静かに自己
   をみつめること

これができないと、尊敬できる人物とはならない。


「磊落豪雄」(らいらくごうゆう)とは、磊落とは大きな石がごろ
ごろと無造作に転がっている状態を云う。つまり型にはまらない。
細かいことに拘らず、度量が大きい様。陽性の人物である。


「聡明才弁」とは、頭のよく弁も立つ、いわゆる口八丁手八丁だが
、そのような人物は、えてして、軽薄才子の謗を免れ得ない。

しかし、初めから「深沈厚重」はできない。人物としてできるため
には、聡明才弁=>磊落豪雄=>深沈厚重の順を追って人物になる
訓練をして始めてできることである。

若い人は、まずは聡明才弁であることが重要でしょうね。しかし、
深沈厚重な人がほとんどいないように感じる。さびしい時代になっ
たもんだと思うことが多い。

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