3680.空の記号は深淵のカギ



空の記号は深淵のカギ 
from得丸

 「ことばと文化」は、高校時代に読んでとてもおもしろいと思っ
たのですが、30年以上隔てて再読すると、その深みにあらためて驚
くとともに、自分がこの本の深みを理解できるだけ成長したことを
うれしく思いました。(笑)

 もっとうれしいことは、「ことばと文化」の中に、いまだに言語
学が解明できていない深遠なテーマ、たとえば意味のメカニズムを
はじめとして、個々人の意識上に概念体系が構築されること、さら
にその概念体系を構築するにあたって作用する価値基準などの重大
かつ深淵なるテーマを解明するカギがいくつもあることを発見した
ことです。これらのテーマに鈴木先生とごいっしょに取り組むのが
このタカの会のはたすべき役割のひとつではないでしょうか。前回
その時間が十分にとれなかったので、「ことばと文化」はきっと再
度取り上げることになるでしょう。

 今回取り上げる「私の言語学」にも、きわめて重要なご指摘があ
ります。


1 「記号だけが独り立ちして、空の記号ができなければいけない」(p42-3)

 「私の言語学」の中で、まさに言語とは何かという意味での言語
学を扱っているのはp32からです。

 動物行動学に照らしたヒトの言語の特徴を捉えようとしたあとで
、「言語記号の二重の恣意性」という話題に移ります。その節のお
わりのあたりで、「記号が示威的になるためには、記号だけが独り
立ちして、空の記号ができなければいけない」ということが述べら
れています。

 つまり、内容が空の記号があるから、「水」、「ミス」、「密」
、「蜜」と「伊豆」と「弥陀」「三田」、「見た」と「溝」、「味
噌」といった具合に、音韻構造が似ているけれども、まるっきり違
った対象を意味する記号を作ることができるのです。

 鈴木先生のこのご指摘は、言語のメカニズムにおいてきわめて重
要なことを示しているように感じませんか。この指摘を「言語学と
は関係ない」と否定できる人はいないでしょうか。

 だけど、言語学においてこの「空の記号」の問題はほとんど議論
されてきていないのです。あまりに本質に迫る、むずかしい問題な
のかもしれません。我々一般大衆も、「空の記号」ということを考
えたことはほとんどなくはないでしょうか。


2 なぜ「空の記号」について議論が行なわれてこなかったのか

 まず、どうしてこれまで「空の記号」についての議論があまり行
なわれてこなかったのかということを考えてみましょう。もちろん
、音韻学や構造主義言語学といった専門領域では、それなりに論じ
られていますが、論じつくされているわけではないようです。それ
については、後ほど「空の記号」とは何かというところで、ご紹介
します。(「天皇ゼロ記号説」という議論があるが、それと「仮の
記号」はまったく無縁。ねんのため)

2.1 音韻を文字より軽く見る傾向が一般的にある

 鈴木先生は、言葉の意味を論じるときにも、音声形態が体験の記
憶や知識と結びつくとおっしゃっておられます。

「ことばと文化」から引用しましょう。
 ことばの「意味」とは,「私たちがある音声形態(具体的に言うな
らば『犬』ということばの『イヌ』という音)との関連で持っている
体験および知識の総体」である.

 やや大雑把な言い方になるかもしれませんが、言葉には、文字と
音声形態の二つの形態があります。私が言語を研究している人たち
の論文や本を読んでいて思ったのは、その中には、音声形態を優先
して考えている人と、文字を優先して考えている人がいるというこ
とと、時として音声形態と文字の議論が混然一体化したり混同した
りするので、議論がわかりにくくなっていることがあるということ
です。
 
 歴史的に振り返ってみると、音声言語は今からおよそ7万年前
(10~5万年とも言われている)に生まれているのに対して、文字はエ
ジプトの象形文字もメソポタミアの楔形文字も、ともに今から6000
年ほど前に生まれています。でも文字が日常的に使われるようにな
ったのは、印刷技術が生まれた後であり、近代国民国家が文字を読
める兵士や工場労働者を必要として国民教育を施した後のことです。

 重要なことは、音声言語は、すべての人が、学校に行かなくても
、自然と覚えます。生成文法・生成概念といいますが、話し言葉は
生成的です。一方で、文字は学校などの教育機関で学習しなければ
覚えられないものであり、昨年UNESCOが発表した統計によれば世界
で成人の2割、約8億人は文字が読めない非識字者であるということ
です。

 空の記号というときに、鈴木先生はもちろん音声、音韻記号をイ
メージしておられます。「記号だけが遊離して、記号だけをもてあ
そぶ」というときの記号は、音声記号です。文字にこだわる人たち
には、この「空の音声記号」の重要性がなかなか見えてこないので
はないでしょうか。

 ・音節文字を2セットもつ日本の特殊性

 「空の音声記号」の重要性がなかなか理解されない理由としては
、アルファベットの表記は、けっして音節や音素という音声記号・
音韻記号をそのまま表現するものではないということもあります。

 有名な英語の「ough」というのがあります。これはcough(コフ)
, tough(タフ), through(スルー), though(ゾウ), thorough(サラ),
 trough(トローフ), thought(ソート)と同じスペルで何通りも違っ
た発音がある。これは音と表記をパターン認識で丸ごと覚えるしか
ないのです。日本語の「仮名」のように、そのまま素直に発音すれ
ばなんとか意味が通ずる音韻文字・音節文字に相当するものがあり
ません。

 じつは世界中探しても、ひらがな・カタカナに相当する音節文字
はほとんどありません。日本では、平安時代中期(9世紀初頭)に漢字
を筆で書くためにくずしてできたひらがなと、漢文を読み上げるた
めに横に刻み入れたカタカナができており、それが五十音図として
まとめられるのは11世紀のことであったという。

 この音節文字をもつことで、日本人はに「空の記号」の存在に気
がつきやすいということはあるでしょう。日本語には音節が100ある
といわれている(112という説もあるが)、これが重複順列の組合せに
よって単語の音声形態がつくられる。(記号論でいうシニフィアン、
表現型である)

 おもしろいのは、清音と濁音に同じ仮名を使うところである。こ
れはどう理解すればよいのでしょう。

 しりとりや回文、同音意義語をうまく利用した謎かけや洒落・ダ
ジャレ、和歌の技法である掛言葉や縁語や枕詞・序詞など、言葉遊
びが盛んであるところから、仮名が「空の記号」であることは、日
本人が深層心理で理解していることかもしれない。そもそも「仮名
」と「仮の名」と名付けたあたり「空の記号」性を踏まえていたの
ではないか。日本には、仮名というものがあるために、「空の記号
」ということをわざわざ指摘する必要がなかったとも考えられる。

2.2  第二分節化という意味をもたない次元で活躍する「空の記号」

 「空の記号」が注目されない第二の理由としては、それがそれ自
身としては意味をもたないで、意味の単位である単語を音韻的に構
成するだけだからである。

 これを記号論では「第2分節」のレベルと呼ぶようである。鈴木先
生の「分節」の用法とは違うので、参考まで第1分節と第2分節の説
明を紹介する。

 「Semiotics for Beginners - 初心者のための記号論-」
 Daniel Chandler (University of Wales)田沼 正也訳より
「第1分節のレベルでは、そのシステムは、使うことが出来る最小
単位で構成されている(例えば、言語での形態素や単語がこれにあ
たる)。言語では、このレベルの分節は、文法レベルと呼ばれる。
このレベルの意味を持つ単位は完全な記号であり、それぞれ記号表
現と記号内容より成る。コードが、繰り返し出てくる意味のある単
位(例えば、オリンピックのスポーツ絵文字や布地の取り扱い注意
シンボル)を有する場合、それは第1分節を有する。2重分節を有
するシステムでは、これらの記号は、分節のより低い(第2の)レ
ベルからの要素で作りあげられる。 

 第2分節のレベルでは、記号論的コードは、それ自身では意味を
持たない最小の機能単位(例えば、話し言葉における音素、書き物
における書記素)に分割される。これらの純粋に区分できる構造単
位(イウエルムスレフはこれを形成素(figurae)と呼んだ)は、コー
ドの繰り返し出てくる特徴である。それらは、それ自身、記号では
ない(コードが、これらの低位の単位を組み合わせて、意味のある
記号になるためには、第1分節を持たねばならない)。両者を有す
るコード(‘二重分節’システム)では、低レベルの単位の機能は
、純粋に最小の意味のある単位を区別することにある。言語では、
音素/b/、/p/、/t/は第2分節の要素であり、その機能は/pin/、
/bin/、/tin/のような、第1分節の要素である単語を区別すること
である。このように、言語では、第2分節は音韻論的(phonological
)レベルである。 」

http://www.wind.sannet.ne.jp/masa-t/bunsetu/articulation.html

 この音韻論的な第2分節の記号は、発音するときは、繊細な発声器
官運動制御の神経刺激として構成されているようだが、聴覚器官は
、そんなことおかまいなしに、単語単位のシンボルとして処理して
いるようだ。そのため、言葉を聞くときに「空の記号」に気づくこ
とはない。

 また、単語の語源は言語共同体に固有のものであり、各人が勝手
にモノやコトの音韻構造を決定して名づけしているわけではない。
言語共同体の語彙も、多くはオノマトペ的な音表象(sound symbolism)
としてつくられている。

 エドワード・サピアによれば、「英語やドイツ語のような洗練さ
れた言語」でも、擬音語はかなり自由に使用されている。ただサピ
アはそれを「人間が本能的に、または自動的に再生した自然音では
断じてない。これらは言語のなかの他のすべての語と同様に、まさ
しく人間の精神の創造であり、人間の空想の飛躍である。自然から
直接生まれ出るのではなく、自然に触発され、自然をもてあそんで
いるものだ」と説明するが、強弁しているように聞えるのは私だけ
だろうか。

 つまり、ものごとに名づけを行なうときも、我々は自然の音表象
をいただいているから、自分で「空の記号」を「もてあそぶ」こと
はない。この語源学的な事情も、我々が「空の記号」の存在に気づ
かないことと関係しているだろう。
(だから、子どもの名づけの本がたくさんあるのだろう。我々が音
韻構造を意識しながら名づけるのは、新生児の名前くらいではない
だろうか)


2.3 他言語と異文化は目に入らない自閉メカニズム

 「空の記号」が話題にならない第3の理由としては、言語学は多言
語や異文化とのインターフェイスについて、あまり積極的に取り組
んできていないことがあげられないでしょうか。基本的に閉ざされ
たひとつの言語にだけこだわる研究が多いように感じます。

 最近ではたまに異文化接触をテーマにしている研究を見かけます
が、あまり深いところまで立ち入って考察しているようにはみえま
せん。

「ことばと文化」はその意味では、めずらしいくらい深くて鋭い研
究で、異文化にさらされることで自文化への理解を深め、自文化と
異文化のズレに着目することで言語とは何かという普遍性を照らし
出す。

 もしわれわれが外国語が使っている音素セットについて、もっと
知る機会があれば、「空の記号」ももっと話題になっていたのでは
ないでしょうか。

 英語では、[l]と[r], [b]と[v]が別々の「記号」として使われて
いるのみならず、母音でもsomethingの「サ」の母音と、catの「キャ
」の母音は周波数特性が違っていると知っておれば、異文化間の誤
解も少なくなりますし、言葉の音声形態・音韻構造にもっと目が向
くと思うのです。

 我々の聴覚や発声器官には、生後すぐに覚えた母語の音素しかあ
りませんから、他言語の音声を耳にしても、母語の音素マップの切
り分けにしたがってしか聞こえない仕組みになっています。他言語
では、音素マップの切り分け方がそもそも違うのだということは、
学習しないと見えてこない。

 これからもますます異文化交流が増えるのだとしたら、「空の記
号」セットが言語によって違っているということを、きちんと教え
てあげるべきです。それをこれまで怠ってきたから、「空の記号」
についてあまり知られてこなかったのだと思います。

(以下、3「空の記号」とは何か、4 空の記号は音韻から音響に変
わる、と続く予定ですが、とりあえず送信します)

3 「空の記号」とは何か、語源論、発声、聴覚、エントロピー
3.1
 さて、「空の記号」とはいったい何なのでしょう。日本語の場合
は、「空の記号=音節」だと考えてよいでしょう。
 清音、濁音、半濁音、拗音、撥音、長音などさまざまな音節があ
ります。日本語の場合、100種類とも112種類とも言われています。

3.2 語源論
 この音節を、重複順列(つまり同じ音節を二度以上使ってもいい
)で組み合わせることで、単語を作り出すことが「第2分節」化です。
これは個人がどうこうすることではなく、言語共同体の中で、共通
の単語(符号語)が設定されます。だから「空の記号」について考え
ることはないのです。

3.3 発声運動制御
 そして、それを声に出すときには、母音や子音がはっきりと相手
に聞こえるように発声器官を細かく運動制御する必要がありますか
ら、「空の記号」の精密な音韻構造がつくられます。母語の場合、
無意識に発声制御が行なわれます。

 我々の脳内で飛び交っている言葉は、「内言」と呼ばれており、
これは発声器官運動制御の神経活動をもとに、やや簡素化したシン
ボルですから、やはり「空の記号」についてあまり意識することな
く、言葉は音声化され、思考に用いられます。

3.4 聴覚:音韻を音響に変換
 アメリカのハスキンス研究所(Haskins Lab.)にいたアルヴィン・
ライバーマンは、1967年に、発声器官が発する音素の数は、聴覚器
官が聞き取ることのできる音素数を超えていることを指摘しました。
いったい聴覚はどうやって、離散信号を処理しているのだろうかと
いうのが、彼の疑問でした。

 その答えは、聴覚神経生理学からもたらされました。聴覚は、他
の動物とまったく同じ構造をしている大脳新皮質にある第一次聴覚
野で、音声を音響的に聞き取っているというのです。

 ヒトの話し声に関する限り,皮質神経細胞が,声の絶対音程を設
定した声門のパルスに同調した神経発火を復元することはありそう
にない.しかし,話し声信号の音声的に重要な要素のタイミングを
示すことができることは疑いない.この点で最近明らかになったの
は,話し声信号においてもっとも重要な時間的成分はよりゆっくり
とした振幅の包絡線であって,正確な波形構造ではないということ
だ.(略)話し声の皮質上での表現は,音声的というよりもむしろ音
響的であり,声の絶対音程とも無縁である. (D. Phillips,2000)

 イヌやネコが人間の話す言葉を理解できるのも、じつは人間と同
じ仕組みで言葉を聞いているからのようです。

 パブロフは、有名な条件反射実験において、継時複合刺激の分化
実験を行いました。これはドレミファとファミレド、ドレミファと
ドミレファ、プーププとププープといった具合に、よく似た条件刺
激をひとつながりにして、一部順番を変えて与えるときに、犬がそ
れを別の信号として聞き取ることができるかという実験でした。

 犬には思考や感覚や記憶や感情や欲望がないと信じきっているパ
ブロフにとっては、大脳新皮質の同じ場所を刺激するのに、わずか
なタイミングや順番の違いがどうして分化されるのか不思議に思っ
ていました。しかし、ヒトができる分化は、犬もできて当然です。
ましてや、それを分化することは、餌が出るか出ないかの重要な意
味の違いを分化することです。

 こうして我々の脳は、犬の聴覚と同じ認識メカニズムによって、
単語をひとつの音響シンボルとして処理して、それを記憶(体験や
知識の記憶)に結びつけているようです。この音響シンボルと記憶
のセットを概念と呼ぶのがふさわしいでしょう。パブロフの実験結
果を尊重すると、犬も概念をもつということになります。

3.5 雑音増加を許容するオートマトン
 発声器官ははっきりと母音や子音を発声するのに、聴覚器官は単
語ごとにシンボルとして、動物と同じように受け止めているという
のはアンバランスであり、なんだかもったいないような、気もしま
す。それでいいのでしょうか。
 
 実は、これこそが、ヒトの言語メカニズムを自動的(スムーズ)に
運用するための秘儀・隠し技なのです。ジョン・フォン・ノイマン
は晩年、オートマトンの研究をしており、以下のように予言してい
ます。

「オートマトンの形式的研究は,論理学,通信理論,生理学の中間
領域に属する問題である.それはこの3分野のどれか一つだけにとら
われた立場で見たのでは片輪なものになってしまうような抽象化を
内包している.(略) この理論を正しく取り扱うのは,これら3分野
別々の立場からの見方を融和させることが必要である.」そしてオ
ートマトンの存在定理を確立するにあたって,「かなり重要な点に
至るまで,熱力学の型と概念形成のあとをたどることになるだろう」

 生理学的には,非常に繊細な発声器官運動制御の結果である音声
を,一次聴覚野上の周波数遷移によって識別するシンボルとして取
り扱う.

 通信工学的には,きめ細かな神経刺激による発声器官運動制御に
よってデジタル変調された音声を,聴覚がアナログ・シンボルとし
て処理する.このために送受信回路間に相対エントロピーが生じ,
ノイズや拡散による音声信号の雑音が増えても(エントロピーが増
大しても)、そのまま受け入れることができる.

 論理学的には,復調したシンボルを概念体系に照らしてパターン
認識する.

 このオートマトンの変復調メカニズムによって,話し手が送って
きた音響信号は誤りなく聞き手に伝わることが保証されるのです.

 我々が脳内の言語処理過程に無自覚でいるのも,聴覚から意味の
復元まで自動的に行なわれるからではないかと考えられます.

 逆に,記憶が共有されているときにしか意味が正しく伝わらない
ということが忘れられてしまいがちです.意味とは、記憶です。記
憶にない言葉を聞いても、何の意味もわいてきません。

4. 文法の誕生
 「空の記号」を組み立てて作った単語が、一単語の間違いなく相
手に到達することが保証されると、長くて複雑なメッセージを送信
できるようになります。

 このとき、文法が本格的に登場して、概念語(記憶と結びついた単
語)を、接続・結合、修飾・編集して、長い長い文章を作ることが
できるようになるのです。

 昔話でいうと、「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住
んでいました」に始まって、「めでたしめでたし」で終わるまでの
間、ひとつの物語をかたり続けることができるのです。

 これはひとつも間違いなく単語を受信できるという保証がないと
できないことであり、送信と受信の間の相対エントロピーがあるか
ら可能になったことです。そして、文法こそがヒト以外の動物には
なくて人間のコミュニケーションに特有のものです。

5 遺伝子コードとの同型性
5.1
 最後になりますが、ヒトの話し言葉がこのように複雑なメッセー
ジを伝達でき、しかも受け手が自動的に意味を復元できるのは、遺
伝子コードの通信システムとまったく同じです。おそらくヒトの言
語は、遺伝子コードのメカニズムを拝借して生まれたのでしょう。

 細胞核内で転写されて編集されたmRNA鎖としての64種類のコドン
列が、細胞核膜を通過して、細胞質の中でリボソームとtRNAによっ
て21種類のアミノ酸+終始コドンに翻訳されることは、大気の回線
を隔てて送信と受信の相対エントロピーを確保することで、言葉が
間違って伝わらないメカニズムと同じです。

 4種類の核酸(A, G, U, C)が3つ集まることで構成されるコドンは
、4x4x4=64種類あります。64種類のコドンはアンチコドンであるtRNA
によって,塩基性・酸性・イオン化・無極疎水性のアミノ酸と終始
コドンに翻訳さるが,通信上の誤りが起きにくいよう,コドンの核
酸組み合わせ自体が秩序をもっている.言語においては擬音語起源
がそれにあたります.

 コトバははじめ音そのものが意味を体現するオノマトペとして生
まれ,それが徐々に派生語を生み出していきました.本居宣長門下
の鈴木朖は,「雅語音声考」の中で,単語は音表象性によってうみ
だされたと説く.たとえば息を「吸う」の「ス」,「吐く」の「ハ
」,「咬む」の「カ」,「笑う」の「ワラ」などはすべて自然の音
を模しています.(英語の「laugh」と日本語の「笑う」はよく似て
います)

 日本に古くからある言霊信仰の背景に,コトバの音韻は自然から
借りてきたという発想があるのでしょう.

 同様の研究はアフリカ諸言語においても行なわれています.赤ち
ゃんの泣き声の音表象である「ba」の膠着型派生語(o'ba 幼子・動
物の子ども, o'baba 娘, o'babea 幼女など)はすべて子どもに関
係します.

 そしてオノマトペ語源は、日本語やアフリカ諸言語に限らず,「
英語やドイツ語のような洗練された言語」でも実は多いのです。

 擬音語はかなり自由に使用されているとサピアはいいます.サピ
アはそれを「人間の精神の創造であり,人間の空想の飛躍.自然か
ら直接生まれ出るのではなく,自然に触発され,自然をもてあそん
でいる」と説明しますが,やや強弁に聞えます.

 もともと「空の記号」は音記号でしたが、それが「空の記号」へ
と進化します。それと同様に、核酸はもともと生化学物質でしたが
、それが4種類の生化学信号へと進化します。両者の類似点はそれに
かぎりません。

5.2
言語と遺伝子コードの対比を示してみます。

「空の記号」  4種類の核酸塩基
「離散発声」 	3つの核酸塩基で構成される64種類のコドン
「オノマトペ語源」 アミノ酸の性質ごとに64種類のコドンがまと
          まっている
「概念語」	ゲノムRNA(mRNA)
「文法語」	非コーディングRNA(ncRNA)
「シンボル」	21種類のアミノ酸+終始コドン
「記憶」	DNA
「物語」	タンパク質、器官

得丸


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