3575.アメーバもヒトも同じ構造なり



アメーバもヒトも同じ構造なり
        レヴィ= ストロースの分析
From: tokumaru

レヴィ=ストロース「アメーバの譬え話」(出口顕訳,「みすず」,
2005年7月号)を読んで読書会のテキストを探しているとき,レヴィ
=ストロースに関する本や雑誌にいくつか目がいった.もっとも気に
なったことを以下に簡単にご紹介したい.

1.言語の起源について
 レヴィ=ストロースは,その修業時代の後半を「アメリカ合衆国
で過ごし,ノーバート・ウィーナー(1894-1964)のサイバネティック
スや,クロード・シャノン(1916-2001)の数理的な通信理論などの登
場,そして何よりもロシアから逃れニューヨークにたどりついたヤ
コブソンの構造言語学の完成に,間近に立ち会うことになった.」
(渡辺公三著『闘うレヴィ=ストロース』)

そのレヴィ=ストロースの言語起源論は,したがって,傾聴に値す
る.

「遺伝子コードの構造と操作についての研究の方が,いくつかの単
語あるいは文の断片をボノボに教え込むために注がれる労力(これに
よって猿についての知識を得ることにはなっても,言語について知
ることにはならない)以上に,分節言語の性質について多くのことを
明らかにしてくれるし,また逆もしかりである.
というのは,ヴィーコの螺旋に似せて,同一の機能が,遺伝子と分
節言語という生命体の異なった段階に回帰的に現われるからである.
その獲得あるいはその学習の段階を遡っても分節言語の起源を発見
することはできないだろう.
分節言語のモデルとなる,予めそれを構成している別の言語がある.
そしてその起源(さらに同じ属性を有しながらある水準から別の水準
へ再出現するという神秘)が,心理学者あるいは言語学者だけの守備
範囲にとどまらない諸問題を提起する.」
レヴィ=ストロース「アメーバの譬え話」
               (出口顕訳,「みすず」,2005年7月号)

 21世紀になって研究の進んだ非コーディングRNA(ncRNA)による伝
令RNA(mRNA)の編集や修飾は,RNA遺伝情報システムと言語の否定し
ようのない同型性を示し,言語のモデルを遺伝の言語に求めるレヴィ
=ストロースの指摘が的を射ていたことを明らかにした.

 すなわち,開始コドン・終止コドンと,「昔々あるところに」・
「めでたしめでたし」という始めと終わりの符号で挟み込んでメッ
セージを送信する手法.さらにゲノムのアミノ酸配列情報を伝える
mRNAと,それを接続・編集・修飾する酵素的機能をもつncRNAの関係
と,記憶と結びついたコトバである概念と概念を接続・修飾するコ
トバである文法の関係の同型性.

 また,38億年前は生化学物質であったRNAは,30億年前にDNA/mRNA
/tRNAというデジタル信号系に進化して,生化学物質(酵素)であると
同時にデジタル信号であるという二元性を示す.これは,動物の鳴
き声の物まねや自然の音表象であったものが音響デジタル信号へと
進化したこと,すなわちオノマトペにおいて顕著な,意味であると
同時にデジタル符号であるコトバの二元性と同じであるのだ.

 RNAの遺伝情報システムも,ヒトの言語も,ともにデジタル信号を
符号化して送受信するデジタル通信であり,言語は自然の遺伝情報
システムの模倣である.高度に発達する可能性をもつヒトの精神性
も,所詮RNAというお釈迦様の掌の上で営まれている神経生理現象に
すぎないのだ.ヒトは少しも偉くない.ヒトは無知で己を知らない
だけなのだ.

2 ヒトの社会性は共食いため
 レヴィ=ストロースがこの短いエッセイの中で伝えたいと思った
ことは,しかしながら,言語の起源ではない.人間が社会生活を送
ること自体が,いざというときに捕食すなわち食人を行なう準備で
あるということであった.

 アメーバのような単細生物は,「普段は食物となるバクテリアを
求めて孤独な生活を送っている.しかしこの食物が不足すると,ア
メーバたちは次から次へお互いを引きつけ合うことになる」環状ア
デノシン一燐酸(AMP)を分泌しはじめ共同体を形成する.すると万単
位のアメーバが集まって互いに役割分担して,一部は死んで土台に
なり,別のものたちは上で胞子の詰まった小球になり,その胞子を
散らばすことによって新たな場所に新しい世代を誕生させる.

 社会生活を営むということそれ自体が,その奥深い基礎の上に自
らを犠牲にして集団を生かすための暴力装置であるということ,そ
れはアメーバにとってもヒトにとっても共通であるとレヴィ=スト
ロースはいう.だから「われわれは,いかにつらくとも,社会性の
基礎としてのコミュニケーションから,社会性の極限状況としての
捕食へ,たやすく移行できることを認めなければならない.」

 食料不足が常態化した時代を生き延びてきたから,人類は群れて
暮らす社会的動物になったのだろう.地球規模でおきている環境危
機が,再び人類に食人の習慣を復活させるかもしれないとレヴィ=ス
トロースは考えたのだろうか.仮にそうなったとしても,それは我
々の種が自然の摂理のもと古来持ち続けてきた知恵だと考えて,生
き延びよということだろう.

もちろん,言われるがままに共食いする必要はない.犯罪を行なっ
たり,人肉を食べるくらいなら死んだ方がマシというヒトがいても
いい.実際のところ,そういうヒトがたくさんいるから日本の自殺
率は高まっているのだろう
(2010.3.14 得丸公明)


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