3516.船遊び 第二幕



船遊び 第二幕。              缶中楽器 
   
    李白・杜甫・高適。船遊び。
   第二幕。

   船上で酒盛りを続ける李白・杜甫・高適の三人。
   立ち上がる李白。船の外に向かってパンパンと手を叩く。
   すると水鳥が一羽やって来て朝顔を李白に差し出す。
   花瓶にさす李白。
李白「ごくろうごくろう。これでよい。」
   船のそばの水面へ戻る水鳥。座る李白。

李白「さて、花を愛でる興はどこにあると思うかな? 二人とも。」
高適「朝鮮朝顔ですな? どうやら絵心や香りを刺激する趣向では
   なさそうですな。」
杜甫「
   国破山河在
   城春草木深
   ・・・
(国破れて山河あり。城春にして草木深し。・・・)
」
李白「何じゃ? 杜甫や。いきなりシリアスになりおって。」
高適「はっはっは。やっぱり辛気臭い御仁だ、杜甫殿は。そのお題
   頂きましょうかな。」
李白「どういうことじゃ、高適。」
高適「戦略は軍人が、政略は政治家が携わる。どちらも人の構想を
   人の意思で遂行するすることにはかわりは無い。しかし戦略
   政略を超えた上位の視点を持ってすれば残るのは民衆へのい
   たわりの心と歴史の流れへの感慨・・・」
李白「上位の視点じゃと?」
高適「地政学ですよ。李白殿。」
李白「地理的条件は確かに天与のものだし、変えようのない過去も
   天与の条件に等しいが・・・しかし本当に上位の概念といえ
   るのか? わしには地政学とは戦略政略に指導原理を与える
   というより答えを導く補助条件、または都合の良い言い訳に
   過ぎぬ、と思えるが。」
高適「補助条件、言い訳などではありませんぞ。李白殿。」
李白「地政学が戦略政略より上位概念ならば歴史の繰り返しがある
   ことになる。一方で悠久の流れは押し止めることができない。
   高適、繰り返しに対しては戦略家は戦備を整えようとするじ
   ゃろう。悠久の流れに政略家は・・・」
高適「黄河で商人たちは縦横無尽に生きていますよ、李白殿。知恵
   を借りることですな。」
李白「ビジネスじゃと? 高適、わしはな、・・・」
高適「まずはともかく事例研究と行きますか、李白殿。」
李白「その前に酌をせぬか、高適。」
高適「それではこの鵜をかたどったひしゃくを使いますかな、李白殿?」
李白「わしはこのオウム貝の杯でさらに酔うとしようか、高適。」
高適「拙者も酔いますぞ。李白殿。まず肴はナポレオンとヒトラー
   の対比ですが・・・」
李白「モルトケもにたりよったりじゃな。」
高適「何故です。」
李白「西を叩いて東へ向かう、からじゃ。」
高適「モルトケはともかくナポレオン、ヒトラーはマスタープラン
   に従った訳では・・・」
李白「人の構想を人が遂行する・・・これを越えておるのじゃろ?
   地政学的結論は。」
高適「類型として、パターンがヨーロッパ大陸にはあると? 西の
   トラブルが先、東が次。」
李白「アメリカ合衆国の独立戦争の後、何が起きたんじゃ。ヨーロ
   ッパで。」
高適「フランスの財政が悪化して、やがて民衆はバスチーユへ・・・
   ナポレオンは大陸封鎖の限界からロシアヘ戦いを・・・」
李白「リンカーンの後はどうじゃ。」
高適「今から見ればイギリスはもっとアメリカの奴隷制度を長引か
   せるべきでしたな。」
李白「何故じゃ。高適。」
高適「とっくに産業革命でエネルギーを化石燃料にシフトし始めて
   いたのですよ。アメリカ合衆国が奴隷を酷使する間にね。イ
   ギリスは植民地から搾取するモデルでもう一段階アメリカを
   引き離せたのではないか? アメリカの産業発展を奴隷制度
   のくびきで妨害し、南北で国家を分断し、人種対立で社会を
   揺さぶり、暴動を画策して・・・。」
李白「軍制はどうじゃ。」
高適「総力戦の時代まで奴隷制度を抱えていたら欧州の戦場で通用
   しましたかね。第一次世界大戦では? フリードリヒ大王と
   同じ苦労をすることになったでしょうな。兵士が、黒人奴隷
   が脱走はする、反抗もする。横隊戦術でも採りますかな。白
   人指揮官は無闇に死ねませんしな。何を持って統率の範とす
   るか見ものだったでしょうな。黒人兵士は奴隷商人に連れて
   こられたものたちだから同郷の者たちを集めて動員する手法
   も効果的とは思えない。」
李白「戦場はともかく奴隷制度は弱点になったことは間違いない。
   ドイツは勝ったかな? 奴隷解放戦争を欧州戦線で実行し、
   アメリカの遠征軍を撃滅し、奴隷たちを怒れる奴隷解放軍と
   して組織して・・・」
高適「第一次世界大戦でドイツが勝っていたら第二次世界大戦はな
   かった? ナチスは現れず、イギリスの二枚舌もないからイ
   スラエルの建国もない。」
李白「あったかもしれん。アラブの油田を米英が取るかドイツが取
   るか、対決のシナリオ次第じゃが。その前に対日戦でユダヤ
   資本の協力も欲しいから歴史は不変だったかもしれん。」
高適「独ソで同盟して対米干渉戦争を企画したかもしれませんぞ。」
李白「それはない。高適、対米上陸作戦なんぞよりソ連には極東南
   下じゃ。対日戦で国境画定じゃよ。ドイツも極東権益防衛の
   ために兵を出すに違いない。もしかすると極東で米英独露包
   囲網が日本の権益を解体する歴史へ向かったかもしれん。」
高適「その後のイギリスは?」
李白「フランスを何とか独立させようとするじゃろう。もっともこ
   の仮想の歴史でノルマンディー上陸作戦はないかもしれぬ。
   むしろ問題はドイツの東方じゃ。スターリンを英独米で迎え
   撃つためフランスの独立を約束してフランス人を東方で戦わ
   せたかもしれぬ。」
高適「ド・ゴールがドイツ東方戦線でスターリンの部隊をどう料理
   したでしょうな。」
李白「笑えんぞ。高適。東欧がこの仮想史の第二次世界大戦の発火
   点となっていたら、冷戦下ではなく熱戦下の朝鮮戦争は限定
   戦争にならなかったかもしれん。マッカーサーはコバルト・
   ラインを実行し、トルーマンは原爆を人民義勇軍に落とした
   だろう。シーパワーVS.ランドパワーの底知れぬ戦い・・・」
高適「英米支配者層は本当に後悔しているかもしれませんぞ。昨今
   の中国の台頭を目の当たりにしましてな。あの時ソ連はとも
   かく中国に攻め込んでおけば良かったと。主力部隊は朝鮮半
   島から渤海を反時計回りに進撃し、大連・青島に上陸作戦を
   敢行し、北京を陥落させて・・・」
李白「取留めの無い話。夢に過ぎんよ。」
高適「現実はどこにあるのですかな?」
李白「アフガンじゃ。」
高適「タリバン復活阻止? アルカイダ掃討? 対テロ戦争?」
李白「馬鹿を申すな、高適。ロシア南下阻止、中国征西阻止じゃ。」
高適「中国の征西とは。」
李白「パキスタンには核がある以上、チベット殖民以後中国の膨張
   はここじゃ。アフガンを通ってイランへ、中東諸国へ兵を送
   るのじゃ。石油を確保するためにな。」
高適「空母も持つことだしインド経由で艦隊を派遣してはどうです。」
李白「一隻や二隻の空母でどうする。いざとなれば米国は多数の機
   動部隊を中近東に終結・・・シナリオによっては別途の優位
   な数の機動部隊が台湾かベトナムで迎撃するじゃろ。いや、
   日本に集結しただけでも中国海軍は沿岸防衛のため本土張り
   付きは必至。」
高適「米軍をグアムへ撤退させる必要がありますな、中国には。日
   本の自主防衛は困るが米軍基地も困る。瓶の蓋を抑える役目
   に徹してくれれば米軍も中国の友軍なのですがな。」
李白「米軍は日本から撤退などせんよ。高適。」
高適「何故そう言えますかな。李白殿。」
李白「ペリー以来、第二次世界大戦までの成果が無駄になる。次の
   日米戦で米国が勝ってもマッカーサーのような成果は期待で
   きない。イラク戦争で証明された。米国は占領が下手糞な国
   じゃとな。韓国・日本は米国の征西の歴史の流れの一環じゃ。
   ハワイ併合、フィリピン支配を含む、な。米韓、米日の同盟
   はユーラシアへの足がかりとしてはワンセットじゃから韓国
   からも米国は手を引かん。超大国でなくなっても大国として
   生きていかねばならぬ米国じゃ。少なくとも太平洋をまたぐ
   海洋国家を志向するならの。おいそれと撤退できるものか。
   イラク戦争の教訓は前方展開、事前集積の有用性じゃ。そこ
   で中国としては日本のチャイナ・スクールに知恵をつけるこ
   とじゃ。余り同盟にとって本質的でない、一部の基地の問題
   で世論を反米化するのじゃ。出来るだけ在日米軍を空洞化す
   る。日本政府は埋め合わせとして同盟の根幹たる共同軍備・
   共同出兵にむかうことになる。つまり・・・」
高適「日本はいずれ米国の世界各地の事前集積に協力すると・・・
   そして実戦を戦うと?」
李白「そうじゃ。高適。日本は近未来、実戦部隊を提供する。米英
   主導の戦争にな。」
高適「その時中国軍が既に中近東を目指していたら・・・。李白殿・・・」
李白「米英日連合軍と交戦じゃな。」

   朝鮮朝顔を見つめている杜甫。ハッと我に返ると李白・高適
   に向き直る。

杜甫「李白先生、高適先生! 朝鮮半島の問題はいつ解決するので
   しょうか?」
李白「問題とは何じゃ? 杜甫や。」
杜甫「極東では冷戦が終わっていません。」
李白「確かに終わっていない。だが問題は解決しておるよ。杜甫や。」
杜甫「と、言うと?」
李白「分断じゃよ。分断。答えは出ておる。米中露日韓北共通の利
   害じゃ。米国は反米的統一朝鮮・核保有統一朝鮮出現は権益
   に反する。中国も親米国が隣接するのは避けたい。ロシアは
   発言権がなくなる。日本は竹島どころか対馬・讃岐諸島が危
   ない。中国に加えて統一朝鮮の脅威に対抗する破目になる。
   韓国は北朝鮮吸収合併でも二の足じゃ。経済は地獄になる。
   北朝鮮支配者層はチャウシェスクになりたくない。六カ国共
   通のリスク回避方法は朝鮮半島分断じゃ。これしかない。北
   朝鮮が核を持とうがミサイル技術をイランに売ろうがな。」
杜甫「朝鮮半島を分断し、東欧でEUを拡大し、アフガンで作戦して
   押さえ、イラクを蹂躙してイランを射程に収めた英米、西側
   諸国はもはやロシア封じ込めを完了したのでしょうか。李白
   先生。」
李白「黒海西は包囲した。カスピ海東もアフガニスタンで切り込ん
   でいる。イランはこの先言いがかりをつけて攻撃する意図は
   持っている。だが隙ができた。イラクのコントロールだ。黒
   海・カスピ海で挟まれた回廊からロシアが南下したらどうす
   るか。イラク戦争は、湾岸戦争後の対イラクパトロール、懲
   罰軍事行動の負担に耐え切れなくなった米英が企画した。ア
   フガニスタン、イラク権益保護の軍事負担・財政負担に耐え
   切れなくなった米英はアゼルバイジャン、アルメニア、グル
   ジアに親米化の梃入れを図るじゃろう。ロシアとしては押し
   返すしかないが・・・。」
杜甫「何故テヘランへ侵攻しないのです?米英は。」
李白「どこから進発するというのじゃ。杜甫や。」
杜甫「クウェートからです。」
李白「重装備・人員の集結に軽く半年はかかるのじゃぞ。一、二年
   の外交危機の後にな。イランも反米勢力、義勇兵も準備万端
   じゃ。イラク戦争にイランが学んでおればもうサンダーラン
   など再現できまい。ザグロス山脈も障害じゃ。イラク、サウ
   ジアラビアの味方も要件じゃ。が、並みの外交手腕では話が
   つくまい。」
高適「ロシアとしては反イスラエルで危機を作って米英と交渉し、
   存在感を演出し、影響力を増した方が効率的ですな。シリア
   を使えばトルコ、イラクに睨みが利く。反イスラエル感情で
   トルコ・シリア・イラクを結びつけ、反米化できれば・・・」

   盃をあける高適。ひげをなでる。

高適「米軍はRMAでまさしく最強になりましたな。だが余りに戦闘と
   兵站だけが突出し過ぎた。占領政策すらなくイラクへ行くと
   は。大戦略の観点から言えば平和への移行をもっと考えて置
   くべきでしたな。サダム・フセイン大統領の扱いも間違いだ
   った。捕虜になって検査を受ける映像を世界に公開するより
   正装で占領に整然と従うよう国民に呼びかけさせるべきだった。」
杜甫「イラクでも警察予備隊を作れば良かったですね。失業対策も
   兼ねて。早めに美術館なども警備すれば良かった。」
李白「アメリカ人に水師営をやれといってものぉ。」
高適「しかし怖い。軍隊を強くするのは実戦経験ですからな。新型
   輸送船、新型輸送機も登場し、砂漠戦の経験も市街戦の経験
   も積んだ。占領の愚も学んだ。」
杜甫「次は何をしでかすか分からないと?」
高適「その通り。最もありそうなのはイスラエルがらみ。自国民を
   まとめ易い。キリスト教国圏の支持も得られる。」
杜甫「いまさら十字軍でもないでしょう。」
高適「いや、ブッシュ(子)大統領はその気だったようだ。イラク戦
   争ではね。」
杜甫「確かに失言はありましたが・・・」
高適「英国はともかく米国の中東出兵は石油狙いだ。イスラエルが
   らみで糊塗してもね。だからイランと戦争するならイランの
   油田地帯だけ占領すればいい。テヘランなどいらない。口実
   は懲罰でも難民保護でも何でもいいが。幸いザグロス山脈よ
   りペルシア湾寄りにマルン、アガジャリー、ガチサラーンの
   油田がある。チョークポイントのホルムズ海峡は米英で管理
   する。」
李白「しかしのお、高適。部分占領や限定戦争は湾岸戦争の蹉跌を
   踏むことになりはせんか? 軍事パトロールの負担はイラク
   戦待望を米英軍部に植えつけたのだぞ。」
高適「日本にF-15やペトリオット、90式戦車を持って来させますよ。」
杜甫「戦車はいらないが治安維持に直接かかわる要員は欲しいでし
   ょう。米国政府が打診してくるかもしれない。」
李白「日本は渋るに決まっておる。」
杜甫「また金だけだすんでしょう。米英としてはまあ、搾るだけ搾
   って戦費の足しにするだけです。日本には後方活動とやらで
   国内向けのアナウンスをさせれば良い。」
李白「米英はそれでも日本に感謝するかもしれんぞ。」
高適「また感謝リストには漏れているかもしれませんな。湾岸戦争
   との違いはリスト発表国がクウェートではなく英米だという
   ことだが。」
杜甫「それこそ怖い話です。高適先生。李白先生。」
李白「うむ。・・・」

   身震いして急に飛び立つ船の周りの水鳥たち。
   立ち上がる李白。飛ぶ水鳥たちを見上げると朝鮮朝顔を手に
   持つ。

李白「すまぬな皆。お前達まで怖がらせてしまったようじゃ。それ
   、怖い話は終わりじゃ。」

   朝鮮朝顔を投げ捨てる李白。
   水面に戻る水鳥たち。恐縮して平伏する。
   その様は将来、英米の政戦略に平伏する日本国、日本人の様
   でもあった。

第二幕終わり。
 


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