3515.船遊び。第一幕



船遊び。第一幕。                  缶中楽器
   
 第一幕
  梁宋へやってきた杜甫は李白と再会した。詩人・高適も連れ立
って三人は船を借り切り酒盛りを始めるのであった。

李白「二人とも飲め飲め。酒壺はこの通り。水鳥の数ほどあるぞ。」
高適「良い酒ですな、李白殿。さあ、杜甫殿も遠慮なさらず、ググ
      ッと呑みなされ。」
杜甫「ご馳走になってかたじけない。」
高適「まじめくさい奴じゃ! 辛気臭い。さっさと酔ってしまえ。」
李白「杜甫や、お前に再会出来てわしは嬉しいのじゃ。盃をあけろ。
      こんなに美味い酒はない。」
杜甫「李白先生! ありがとうございます。嗚呼、本当に美味い!」
高適「ときに李白殿。酒のつまは何ですかな。」
李白「実は趣向を凝らしておりましてな。」
杜甫「そうであれば詩の推敲も楽しめるというものです。李白先生。」
高適「して、酒肴はなんですかな。李白殿?」
杜甫「美女の舞でしょうか。李白先生? それとも甘美な音楽でし
      ょうか。」
李白「甘口でないことは確かじゃ。どれ、わしの酒飲み友達を一羽
      呼んでみるとしようか。」

   外に向かってパンパンと手を打つ李白。一羽の鳩がやってき
    て船の縁にとまる。

高適「何ですかな。李白殿、この鳩は?」
杜甫「謳い上げる程の美鳥とも思えませんが・・・李白先生。」
李白「わしは何もこやつを詩の題材に鑑賞しようと言うのではない。
      三人でこやつの国を俎上に載せて溜飲を下げようと言うのだ。」
高適「鳩の国の出来事を? 一体何があったというのです、李白殿。」
李白「痛快な話じゃ。高適、杜甫。小役人どもが吊るし上げになっ
      た話じゃ。」
杜甫「なんと激辛な!」
高適「吊るし上げとは穏やかでない。何の騒ぎですかな。李白殿。」
李白「事業仕分けじゃ。高適、杜甫。」
高適「あの人民裁判ですか! 李白殿、せっかくの趣向だが、この
      酒肴、少々賞味期限が切れているのではないですかな。」
杜甫「李白先生、やはり美女の肌と管弦の調べがこの美酒を引き立
      てるのでは。」
李白「二人とも早合点は禁物じゃ。わしはそれ程無粋な男ではない。
      実は鳩の国の小役人どもから権限を取り上げる方法を思いつ
      いたのじゃ。」
高適「小役人どもを干しあげられるとなれば確かに痛快ですな。李白殿。」

   杜甫が新しい酒壺の封を切る。三度も盃をあけて空を仰ぎ見る。

李白「不満か? 杜甫や。」
高適「やはり甘い菓子などが御所望でしたかな?」
杜甫「李白先生。私は役人になろうと国中伝を頼って旅をしていた
      のです。この話題で気炎をあげる気にはなれませぬ。」
高適「やれやれやっぱり辛気臭い御仁だ! さあ杜甫殿、さらに酒
      壺の封をきりなされ。」
李白「杜甫や、そなたは才能もあり高邁な理想を持つ男じゃ。何で
      小役人になるものか。出世の前祝いじゃ。わしが酒をつごう。」
高適「杜甫殿、拙者もお祝い申そう。清談より政談の方が酒も進む
      ものですしな。」
杜甫「李白先生! 高適先生!」

   李白・高適に頭を下げる杜甫。美味そうに盃をあける。

李白「では二人とも、わしの話を聞いてもらおうか。わしはな、こ
      の鳩に山での様子を聞いて思ったのじゃ。間接民主制の限界
      、予算編成を官に任せる限界をな。わしら国民は知っておる
     ・・・官僚組織は必ず腐敗し、肥大化するとな。不正を正すに
     は懲罰が必要じゃし、無い袖は振れねから確かに事業仕分けは
     必要じゃ。だがいつまで議員や役人どもに予算を決めさせなけ
     ればならぬのじゃ? 国民がもっと直接予算編成にかかわって
     良いはずじゃ。事業仕分けを傍聴して興奮するだけで良いのか?
    小選挙区制が政権を変えた様に時代を変える予算編成制度が必
     要じゃ。そこで税制じゃが・・・   」
杜甫「消費税を税率20%にして国民を怒らせ政治家達に発奮をうなが
      すのですね?」
高適「いやいや、無利子国債購入者には相続税を免除するが、償還
      は必要に応じて個人国債の現物支給で・・・」
杜甫「そう言えば株は電子化されましたね? 貨幣をデジタル化す
      る施策の一環ですかね。個人資産をデジタル化して掘り起こ
      すには無利子国債は絶妙な案ですな。そのうち不動産も美術
      品もデジタル化を介して国家が把握し易くなる・・・オーク
      ションにも税の網がかかる・・・ATMでの振り込みにもいずれ
     網が・・・貨幣、マネーの大半がデジタル化されれば紙の現物
     に有効期限を定め、デジタル化した登録なしの私有物は取引を
     禁止すれば、・・・これは新円切替になる・・・少なくとも地
     下経済に対しては・・・」
高適「杜甫殿は呂律が回らなくなってきたようですな。拙者なら路
      上パーキングをもっとデジタル化しますな。ちまちまコイン
      を入れさせるからいかん。ETCの様に自動化、無線化するべき
      だ。あの高慢ちきな巡回員はがまんならん。人間が巡回した
      りするから駄目なのだ。それに時間が細切れすぎる。民生妨
      害の最たるものだ。あれでは民間は仕事にならん。警察の民
      生妨害はやめさせなければいかん。車を停めたい者には停め
      させたら良いのだ。ラーメン店の前でも工事現場の前でもな。
      エリアごとに料金を設定し個人なり法人に請求すれば良い。
      場所によっては駐車場として常時個人や法人と契約すればど
      うか。車の販売台数も増えるしエコカーを優遇すれば国策に
      も合う。そもそも車両のナンバープレートをデジタル化、IC
      タグ化すれば利点が多い。その利点とは・・・」
杜甫「美人婦警がお相手を・・・」
高適「有人に拙者は反対なのだ、杜甫殿。駐車違反取締りは無人化
      していかなければいかん。鳩の国の治安は悪化しておる。治
      安維持に警察は傾注するべきだ。民生妨害で点数稼ぎをして
      いる場合なのか? 治安維持の要諦は警備の人数だ。増やす
      ことだ。現代の犯罪取り締まりのポイントは何か。拙者は知
      っておる。車だ。車の所有、移動をリアルタイムで監視する
      ことだ。誘拐も死体遺棄も逃走も窃盗も殺人もこれが肝心な
      のだ。」
杜甫「資金洗浄も犯罪もデジタル化で監視して絶滅・・・正義とは
      いえ気分が悪くなる方策ですな、高適先生。監視が正義です
      か。監視による裁き、監視による公正?」
高適「拙者は警察を信頼しておるよ。杜甫殿。嫌いだがね。ちなみ
      に貴殿の好きな美人婦警など影すら見かけたことがない。鳩
      胸の女人ばかりではないのかね? 鳩の国では。」
杜甫「それがなかなかどうして。西施、妲己に勝るとも劣らぬ女人
      ばかりです、高適先生。美人OL、美人女子大生、美しすぎる
      議員・・・」
高適「傾国の美女ばかりで溢れておるのかな、鳩の国は。杜甫殿に
      かかると何でも美人だ。」
杜甫「美術は女性の内面に価値を見出さないと思いますが。そもそ
      も女性の価値は伝統的に容姿、補助的労働力の観点から分析
      ・評価され・・・、親に従い夫に従い子に従って一生を過ご
      し、女性の容姿は商品として消費され、・・・」
高適「杜甫殿、拙者は女性の社会進出と教育に多大な関心と賛意を
      持っておってな。女性の内面に価値を見出すことが大切だと。」
杜甫「それは人間の価値の問題であって女性論のポイントだとは思
      えませんが。」
高適「いや拙者は男性社会の男性目線偏向を修正するには女性の視
      点こそが。」
杜甫「女性の社会進出の処方箋は結局、女性の男性化ではありませ
      んか? 女性もズボンをはき、ハイヒールをやめ、子供は公
      共施設にまかせ、残業し・・・」
高適「女性は女性だ。男ではない。」
杜甫「朝忙しくて家で化粧などしていられないのでは? 上司がノ
      ルマで縛り付けているのでは?」
高適「それは男性も同じことで仕事が生活を侵食し有閑など・・・
      地位や収入にもよるが。」
杜甫「状況と制度が共通なら内面の議論など無視して良いのでは。」
高適「男女の差異は無視できまいよ。女性は化粧し、スカートをは
      き、着飾るし、料理の好みも、求めるサービスも違う。」
杜甫「女性らしさの存在理由はマーケティング? ニーズだとおっしゃる?」
高適「共通の状況や制度下にあっても公正や平等だと言う訳ではない。」
杜甫「男性同士では公正で平等な社会ですか? 鳩の国は。」
高適「小癪な御仁だ! 杜甫殿は。男女間の方が目立つのは明らかではないか。」
杜甫「高適先生、扶養控除は男女差別に関連があるのでしょうか。」
高適「あれはあれで良かった。今までは鳩の国の実情にあっておった。」
杜甫「これから先変わると?」
高適「財政が財政だ。主婦は単なる無職と看做すしかない。パート
      ・アルバイトなら低所得者だが。財政危機は税制を人頭税に
      変えていくものだ。学生からも幼児からも徴税せねば追いつ
     かん。そこで鳩の国では消費税が上がる。老若男女それぞれに
     考慮する余裕はなくなり個人として扱うだけになる。税は人頭税
     に向かう。」
杜甫「それは倫理に適うことですか、道徳に適うことでしょうか。
      高適先生。」
高適「正義は哲学者や宗教家が決めることではない。権力者が定め
      るものなのだ。財政破綻は権力の失敗だが増税で建て直すの
      は正義なのだ。国民負担が裁きなのだ。人頭税、間接税をも
      って公正となすのだ。」
杜甫「何です? この鳩の国の正義、裁き、公正は。友愛どころで
      はない!」

   深く頷く李白。杜甫・高適に向き直る。ハタと膝を叩く李白。

李白「そこじゃ! だから財政じゃ。予算編成なのじゃ。直接民主
      制にせねばならん。国民が直接予算編成にかかわる制度が必
      要じゃ。それには納税段階で意思表示できねばならん。省庁
      別、事業別に納税できねばいかん。省庁別、事業別に納税を
      拒否できねばいかんのじゃ。」
杜甫「李白先生、私は財務省が無能とは思いません。信頼していま
      す。彼らの裁量を奪うことには賛成できません。彼らは有能
      です。」
李白「長い間ALMもわからぬ無知な連中が?」
杜甫「無知とは言い過ぎです。大蔵省時代の恥ですよ。」
李白「政治家の限界が官僚の才能も矯めてしまうのだ。わしは国民
      感情こそ突破口だと思っておる。国民が納税段階で省庁別事
      業別に配分を意思表示できる仕組みがあれば使う側も説明責
      任を全うするじゃろう。アイディアも公募する様になる。」
高適「しかし財務省の裁量は必要だと拙者も思う。国民の選択と財
      務省の裁量をどうバランスなさる? 李白殿。」
李白「財務省の分割民営化がわしの夢じゃよ、高適。極端に言えば
      な。政府は官邸直属でAチーム、Bチームを作って競争させた
      ら良い。予算原案のさらに原案作りをな。できれば民間に任
      せたい。議論を根こそぎ公開するのじゃ。インターネット、
      新聞、雑誌、シンポジウムでな。国民感情で予算を編成する
      のじゃ。小役人から予算編成を取り上げるのじゃ。」
杜甫「衆愚政治の悪弊が心配ですが・・・」
李白「杜甫や、そなたは保守的な男じゃなあ。愛妻家じゃし。」
杜甫「不本意です、李白先生。後世に私の詩も保守的視点で評価す
      る輩が多いのもそうですが・・・。」
李白「そなたもわしの様に神仙の世界に浸かってみてはどうかな。」
杜甫「わたしはそっちはどうも・・・」

   その時船の縁にとまっていた鳩がバサバサと羽を動かす。

鳩「クルックー。」
李白「こやつ、政談に飽きおったか。よしよし、行っても良いぞ。」

   飛び立って行く鳩。李白・杜甫・高適は盃をあけながら見送る。
   第一幕終わり。

 


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