皆様、 富山のマイルストン向けに「現代という芸術」を書きました。 こないだの22日の晩に、ひさしぶりに軍艦島を訪れたときの感想です。 歩道に突っ立っている看板とか、ビルにくっついている電照サインとか、通りか ら店を見上げた写真を使いたかったのですが、撮影器材をもっていなかったの で、間に合わせでお店のHPから写真をいただきました。 僕はあの店の看板(歩道においてあるやつと、ビルの壁についているやつ)が けっこう好きです。 得丸公明 廃墟につづく兎の穴 高田馬場SHOT BAR軍艦島で廃墟=東京を思う 6年前、友人が高田馬場の雑居ビルの2階の事務所を手作りで改装して小さな バーを開いた。もと不動産屋が事務所に使っていた7坪の部屋を、一ヶ月以上か けてカウンター8席に、2畳の小上がりがついたシブいバーになった。 名前は軍艦島、長崎の廃鉱となった炭鉱の島をイメージして、軍艦島や廃墟の 写真集もたくさんおいてあった。人類の文明が滅びて、都市という都市がすべて 廃墟になったときでも、そこにいけば誰かと語り合うことができ、何かしらの安 らぎが得られる場所となることを願って命名した。 最近ひさしぶりで店を訪れたら、イメージどおりの店に成長していた。おそら く、この6年で、店が街になじんだこともあるだろうが、時代がどんどん進歩し て、世界中が廃墟に近づいているのだ。遠くの廃墟を思うはずの場所が、近くの 廃墟に気づく場所になろうとは。書棚の写真集の影がすこしうすくなっていた。 長崎の海に浮かぶ軍艦島は、すでに文明の禊ぎを終えて、人間の気配を清めて 再生の気配をまき散らしはじめているというのに。そこを世界遺産に指定しよう という運動があるようだが、できれば島内立ち入り禁止にして、訪問者は、近く から島を見学して、自然の力に安心感を得るというコンセプトはどうだろう。人 がいなくなって何十年かすると、自然の力で文明の穢れが少しずと禊ぎ清められ ていくことを、少し離れたところから眺めるようにすればよい。 高田馬場の軍艦島は生々しい廃墟を感じることができる。空をみあげてごら ん。すでに飛んでいる鳥も少ない。通りを見下ろしてごらん、何ものかに追われ るようにセカセカ人は歩いているが、いつ無人化するかわからない。人類は地球 の上ですでに滅んでいて、東京はすでに廃墟である。もうあとしばらくは補給の 船とトラックが食糧とエネルギーを運び込んでくるだけのことなのだ。 ここ高田馬場の軍艦島は、廃墟の未来を感じる場所である。まもなくやってく る最期の時、おたおたしないために、心の準備をする場所である。世界の都会が すべて廃墟になっても、いつかかならず自然に覆い尽くされるであろうことを 思って、希望を味わう店である。(2009.9.27) http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue103/htm/p10tokumaru.html