3405.垣間見た中国 その2



垣間見た中国 その2
                    平成21年(2009)9月18日(金)
                    「地球に謙虚に運動」代表 仲津 英治
 去る7月8日(水)から11日(土)に掛けて、北京交通大学の招きで鉄道の高速化
に関する講演をしたり、技術指導する機会を得ました。大陸中国の訪問は初めての
ことですので、興味を持って観察し、その間見聞できたものを纏めてみることにし
ました。今回はその第2編です。交通、鉄道が中心話題となります。ご容赦くださ
い。
時速330キロの高速列車体験
 楊副教授の計らいで、北京に到着したその日2008年8月1日から北京オリンピック
に合わせ開業し、時速350■運転を実現しているという北京南駅―天津駅間の高速
列車に乗ることができました。楊副教授の他、曽根教授と随行者4人でしたでしょう
か。北京南駅は高速新線用に改造された巨大な駅でした。写真14に北京南駅ドーム
とCRH3先頭車を示します。
写真14北京南駅ドームとCRH3先頭車

巨大なドーム式待合空間に入ってまず、目に入って来たのは写真15に示す空港で
よく見かける発車時刻表でした。朝から15分おきに発車している高速列車が全て
定時で運転されているとの表示です。時刻表の左はスクリーンの中央部に当たり、
広告が流されていました。今回の旅行で感じたのはこの手の広告の多さです。
まさに市場主義化した象徴でしょう。
写真15 発車時刻表拡大図

写真16のように待合ドームに入る前に手荷物のエックス線装置による保安検査が
ありました。地下鉄も同様の検査装置が改札機の前にあり、チベット、ウィグル
地区問題など民族問題を抱える中国の一端を見たような気がします。
写真16 手荷物保安検査
写真17 待合ドームと乗車口
写真17に待合ドームと乗車口を示します。中国の列車は航空機のように全席座席
指定で、乗客を一定スペースに集めて待たせる方式を取っています。発車時刻10分
くらい前になると指定の搭乗口から改札機を通ってプラットホームに乗客を誘導
するのです。写真17の右側にある番号の表示された8本ほどあるゲートが搭乗口
です。この方式だと列車ごとに当然大きな待合スペースが要る訳で、巨大なドーム
を整備した理由が判りました。乗客数の多い、日本では絶対に採用できない方式で
す。自由席のある日本では連続的流し込み方式でないとお客様を捌けません。曽根
教授によれば、かつては列車別に待合室が定められ、もっと大きな駅が必要であっ
たのですが、あれでも日本流に近づいた結果、コンパクトな駅になったとのことで
す。

我々は23番ゲートから搭乗しました。飛行機に搭乗するような気分になりました。
写真18 北京南発塘沽行表示
8両編成の和諧号はホームで待機しており、全員指定席の乗客は先を争うことなく、
順次乗車して行きます。和諧とは英語のハーモニーに当たる言葉で、日本語では調和
でしょうか。3クラスある座席の中で特等車(最後部にある運転台の前の席で列車後
方の景色が見れます)を予約してくれていました。あとは1等車と2等車です。

写真19 和諧C2277 号座席指定券 特等席
3列座席で料金は99元、ちなみに4列座席の1等は69元、5列座席の2等は58元とのこ
とでした。8両編成で定員は約500人位でしょうか。北京―天津間約120キロ、30
分の旅の料金です。日本の運賃水準からすると割安でしょう。2等車(日本の普通車)
を5列座席にしたのは、日本の新幹線に倣っており、ドイツ鉄道のICE3型電車をベー
スにした編成の車体幅を広げ、日本の新幹線車両の3.4■に近い幅を有しています。

写真20 CRH3型和諧号 天津駅にて
写真21 CHR3後部運転台
写真20と写真21に列車の外観と我々の客席から見た運転台を示します。一見した限り、
ドイツ鉄道のICE3型電車そのもので、言われないと車体幅を広げたことすら気がつか
ない感じがしました。

天津駅でJR東日本のE2型電車をベースにしたCRH2型和諧号を見かけました。中国鉄
道側は、設計最高速度315■&営業最高速度時速275■で製造されているE2編成を川崎
重工から輸入して、その車両をベースに現地生産し、中国製と称し、なおかつ時速350
■運転を目指したようです。JR東日本と川崎重工は設計仕様を超える運転は問題がある
として異議を申し立て、中国側はドイツの編成を使って時速350■を実現したとの経緯
を伺いました。ドイツのICE3の最高速度も最新型で時速330■であり、性能アップを
図ったのでしょう。

 写真22  CRH2 JR東日本E2をベース
 新幹線500系電車の低騒音走行に尽力した筆者には、最大空力騒音の音源となる、屋根
上の装置が気になりました。写真23はCRH3の屋根上にある巨大なシュテマンテクニーク
製パンタグラフです。相当激しい空力騒音を出しながら、走っていることでしょう。ほか
に屋根上の空調装置も気になりました。日本では車体重心を下げかつ空力騒音低減のため、
空調装置は全て床下方式に切り替えています。
 写真23 シュテマンテクニーク製パンタグラフ 

 北京南駅を発車したC2277号は、快調に走り、ものの5分ほどで時速330■に達したよう
です。最高速度時速350■で走れるようですが、遅れなどの回復のためのようで、当日は時
速330■が最高でした。写真24は車内で表示されていた時速329■の電光表示 です。車窓
の景色の流れから、体感と一致する速度でした。時速300■以上の走行速度は高速試験電車
WIN350の時以来のものです。揺れは少なく、車内騒音も低く乗り心地は快適でした。
写真25は 高速道と並行して走っているときのもので、軽く乗用車を追い越して行きます。
またこの写真から判る通り、大都市北京も郊外に出ると人家が少なく平らな農耕地は目に
入ってくるだけです。騒音問題は都市近郊だけに限られるのかも知れません。
  写真24 時速329■の電光表示
  写真25写真25 高速道と並行

 当日は北京付近では珍しい雨天で、線路はよく見えなかったのですが、曽根教授が、スラ
ブ軌道の横にコンクリートブロックが設置されていることを教えてくれました。少し判り難
いかも知れませんが、写真26に示す列車後方の軌道をご覧になってください。軌道の補強の
ためらしいのですが、上越新幹線の地震による脱線事故の際、反対線路のスラブ板が、脱線
ガードの役割を果たしたことを思い起こしますと、脱線すれば、凹凸のある軌道面に車両が
激突し、惨事になる可能性が高いと思えました。
  写真26 スラブ板補強?コンクリート

 車内サービスはレベルの高いものでした。写真27にはビュッフェ車を示します。8両に1両
のビュッフェ車です。東海道新幹線、山陽新幹線にあっては、当初12両編成時にビュッフェ
車があり、さらに16両化の後、2階建て4両の100系グランドひかりには展望の良い、食
堂車もありました。しかし利用客の減もあって、いずれもが廃止され、極めてビジネスライ
クな車両になってしまいました。中国では一応ドイツに倣ってビュッフェ車を導入したよう
です。写真28には客室乗務員による車内サービスの様子を示します。客室乗務員には中々の
美人が多く、台湾高鉄同様競争率が高かったのだろうと想像しています。
乗務員は彼女らを含め、8名位乗っており、8両編成にしては多いなと感じました。人件費節
約のため、合理化の進んだ日本に比べ、中国は雇用優先の社会なのでしょうか。
 写真27 ビュッフェ
 写真28 客室乗務員

 写真29 普通席
 写真29は普通席の様子を写しており、殆ど満席でした。常駐人口1633万人の北京市と人口
1115万人の天津市の間135■をかつては鉄道で3時間ほど要していた時代から、120■の新線
ができ80分台に短縮され、さらに昨年8月から高速車両を投入して30分になって爆発的な旅客
需要を喚起したことは間違いないようです。15分間隔の高速列車は終日お客様で賑わってい
るとのこと。中国でも高速鉄道による交通革命が始まったとの認識を持ちました。炭酸ガス
削減、エネルギー問題などを考えると、歓迎すべき試みを中国鉄道は行なってくれていると
思います。

中国の高速鉄道計画
 7月9日に北京交通大学の近くのホテルで開かれた高速列車空力学技術交流会は、私にとっ
ても有意義な会合でした。余談ながら大学構内ではなくなぜホテルが会場になったのか、日本
で新型インフルエンザが流行った直後でしたので、大学当局が大人数の集まる会合を学内で開
くことを許可しなかったとのことでした。
写真30 高速列車空力学技術交流会
この交流会において楊副教授から中国の鉄道の現状と、過去の高速化の実績、そして将来計
画の概要を伺うことができました。

写真31 中国鉄道と日本の鉄道との比較
面積的に日本の26倍、人口が11倍ある中国は鉄道の規模も巨大です。路線延長が8万キロ
(2009年現在)ある由。2007年で6万4千キロでしたから、急速な整備速度ですね。日本
の2万8千キロ弱に比べ、3倍近い気ネットワーク規模です。また驚いたことに電化率は
38%、複線化率は40%強(2007)です。鉄道の質の高さを表す数字です。中国鉄道
は基本は国営で、ゲージは標準軌で統一され、私鉄が世界一発達した日本では主として
3種類のゲージが採用されています。

 交通機関が如何に機能し、また役割を果たしているかの指標として、人キロ、トンキロと言
う数字があります。一人の人が1キロ動けば、1人キロ、1トンの貨物を1キロ運べば1トン
キロです。中国鉄道は人キロにおいて世界一の7,210億人キロ、トンキロにおいて2.4兆トン
キロと日本の百倍以上の規模を持ちます。人キロにおいてはインドが2位で6、950億人キロ
もの人を運んでいます。ただし人数から申し上げますと、日本は一日の世界中の鉄道旅客数
1.6億人の実に4割強の64百万人のお客様を運んでいます。世界一の旅客鉄道王国です。
首都圏、近畿圏などの利用客数が多いからです。利用人数から参りますと中国の鉄道はまだ
1日当たり数百万人単位です。ただし長距離の利用客が多く、先ほどの人キロで世界一となる
のです。そして鉄道会社の収入は概ね、人キロ、トンキロに比例します。

 ここで中国は世界一の旅客鉄道王国を目指しているようです。写真32を見て頂きましょう。
 2020年の中国高速鉄道計画によると時速250■以上で走れる18,000キロの高速鉄道整備計画
を立て、実現に向け動いています。このほか時速200■以上で走れる快速鉄道網の計画も進
めており、チベットのラサ以外、人口50万人以上の都市を全て高速・快速鉄道網で結び、
人口の90%をカバーしようという構想です。恐らく旅客輸送を高速鉄道網に太宗を委ねた
後、在来鉄道は貨物中心に機能を発揮する計画でしょう。
 写真32  中国高速鉄道計画
 写真33 中国鉄道の整備構想
果たして実現できるのか。答えは「はい」のようです。

 写真34 中国鉄道高速化の歩み
 写真34の中国鉄道高速化の歩みをご覧になってください。ここ僅か12年間の鉄道最高速度
の向上実績が示されています。時速140■の世界を僅か12年間で時速350■の世界に押し上げ
て来たのです。世界の高速鉄道の幕開けをリードしたという輝かしい歴史を持つ日本も時速
210■を達成した後、22年間それ以上の高速化を実現できませんでした。中国の昨今の動き
を見ていますと、全国に18,000キロの高速鉄道ネットワークを後11年以内に実現できそうな
勢いを持っていることは確かなようです。というのは、世界最大クラスの輸送人キロ、輸送
トンキロを誇る中国鉄道部は、豊富な収入源から自前資金で高速鉄道網を建設できるらしい
からです。東海道新幹線、山陽新幹線など高速鉄道網を全て借金で建設せざるを得なかった
旧国鉄とは財政的に全く異なる有利な条件を持っているのです。土地がオール国有という要
素も大きいでしょう。そして鉄道利用者数もいずれは日本を凌いで世界一の水準を達成する
でしょう。またそれを期待したいものです。環境問題の視点からもそれは願いたいところです。

 その嚆矢が北京―天津間高速新線であり、続く建設中の北京―上海間の京滬高速鉄道
がそのプロジェクトの最大のものでしょう。新線1,318キロを2011年までに建設し、4時間前
後で結ぶという大胆な計画を推進中であると今回伺ました。表定速度=330■です。ここで表
定速度とは平均速度ではなく、停車時間も含めた速度のことです。ノンストップ列車を構想
しているのでありましょう。空港の整備は進め、道路は道路で拡充して行くようであります。
国全体で競争社会に移行し、経済発展を遂げようとしている中国の一端を見させて頂いたよ
うに思えた4日間でした。

 私は、今回の講演の中では、500系新幹線電車の開発、走行試験の経験から、「自然に
学ぶ」ことの大切さを訴え、また高速化のために空気抵抗のみを減らすことに集中している
中国の関係者に対して、高速鉄道騒音環境基準の無い中国でもいずれ必ずや騒音問題は起こ
るので、空力音を中心とする走行騒音を減らす努力をすることを強調しました。結果それが
走行抵抗も減らすことに必ず繋がると力説しておきました。また、ドイツ式の重い電車を採
用されていますが(軸重が15トンで新幹線の1.5倍の重さです)、将来的にエネルギー価格
の高騰が必定であること、また軌道破壊量は概ね軸重の4乗に比例することから、線路保守
の観点からも車両の軽量化に取り組まれるべしと、意見を述べておきました。

 次回は街、高速道の様子、環境問題などを取り上げます。

「地球に謙虚に運動」代表


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