3367.追悼松原泰道老師



追悼松原泰道老師:  楽しかった法華経の法話

 7月29日に臨済宗の松原泰道老師が亡くなった。謹んでご冥福をお
祈り申し上げる。

 6年前の秋の日のある日曜日、家族でどこかに出かけようとしてい
たら、急に長男の友達が家に遊びにくることになり、予定変更にな
って、僕は、近所の図書館にいったら、そこから歩いて10数分のと
ころにある臨済宗の野沢龍雲寺で松原泰道老師の法話会があること
を思い出した。

 その足でお寺にいくと、100人ほどの善男善女が集まっており、松
原泰道著「いろはに法華経」をテキストにした法華経についての法
話が始まった。ほぼ月例で行われたこの法話会に、結局私は10回く
らい参加しただろうか。90分の法話がとにかくわかりやすかったこ
とを覚えている。

 泰道さんは、毎回手書きで作っておられた書き下ろしの手書きレ
ジュメをもとにしながら、ご自身の体験談を、力の抜けた話しぶり
で紹介しておられた。

 法話が終わると、場所を本堂から畳の敷いてある部屋に移して、
「なんでも質問があればどうぞ」とお茶とお菓子をいただきながら
30分ほど質疑応答の時間を設けてくださっていた。

 なんでも質問してくださいといって、質問する善男善女はそれほ
どいない。基本的にこの法話会は檀家へのサービスだったのだろう
。沈黙の時間をもったいないと思ったのと、ここぞとばかりにちょ
っと意地悪な質問をさせてもらおうと、僕は毎回質問をさせていた
だいたのだった。

「猫にも仏性がありますか」とか、「法華経のどの部分が革命を誘
発するのですか」とか、「ひきこもりの子供に何かアドバイスを」
とか。

 それぞれに対して、誠実で老人の経験知あふれる回答をいただい
たことは楽しい思い出である。僕が東京国際仏教塾で一年間修行を
したのも、泰道老師のお導きであった。

 実は今日、慶応義塾大學の三田メディアセンターで資料を読ませ
てもらっていた。今から70年前の1939年6月に、ジャン・ピアジェが
、スイスのロマン哲学協会の年次総会で、およそ20人弱の聴衆を相
手に話した「論理学の群と思想の反転可能性について」。ローザン
ヌで発行されていた「神学と哲学雑誌」を関東で保存しているのは
慶應だけだったから、目黒区図書館に紹介状を書いてもらったのだ
った。内容は難しすぎて、理解しきれなかったのだけど、ふと「そ
ういえば、松原泰道さんのお寺もこの近くにあったはず」と思い出
して、家内に調べてもらい三田五丁目にある龍源寺にお邪魔してき
た。(本堂でおまいりすることはできなかったので、庭の小さなお堂
の前でご冥福をお祈りしていた。)

 お堂の前で法話会のときの話し振りやその後の誰も質問をしない
質問時間を思い出しながら、「みんなが質問しなかったのは、どう
してだったのだろう」ということを考えていた。もちろん講演でお
疲れになった老師への遠慮もあっただろうし、長年龍雲寺の檀家を
続けて、もう何も聞くことがないという人もいたかもしれない。で
も、もしかしたら、何を聞いたらよいのか、想像もできない人もい
たかもしれないと思った。質問に回答をするよりも、質問そのもの
を思いつくほうが難しいのではないだろうか。
 
 遷化された泰道老師にぶつける最後の質問。「みんな、わからな
いことがないから質問しないのではなく、自分が何をわかっていな
いのかがわかっておらず、そもそも何を聞いたらよいのかがわから
ないのかもしれません。その人たちに、何かひと言お願いします」

得丸公明

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