3360.対北朝鮮抑止力について考える



対北朝鮮抑止力について考える


                           日比野

1.日本が核武装しても、金正日には抑止力とはならない
 
7月7日、日米両政府は、米国の「核の傘」による核攻撃抑止やミ
サイル防衛(MD)、在日米軍再編や駐在経費の問題など、両国の
安全保障に関わる問題について、月内にも初会合を開く方向で検討
を始めたとの報道があった。

これは、ニュークリア・シェアリングと呼ばれるもので、駐留アメ
リカ軍が保管している核兵器を、有事の際に必要に応じて配備国へ
譲渡し、使用権限を与えるというもの。当然、起爆コードは使用直
前までアメリカ軍が管理することになる。

ただ、貸した兵器でアメリカ本土を攻撃されると困るので、借りら
れる核兵器は、アメリカに届くことのない、戦術核と呼ばれる射程
の短いタイプのものとなっているようだ。

今回の、日米安全保障にかかわる会合は、アメリカの「核の傘」の
有効性が疑問視され始めてきているのを受けて、日本が独自で核抑
止力の一端を担おうとする観測があり、一部には歓迎の声もあるの
だけれど、核抑止力の程度がどこまであるかは、その相手、仮想敵
国によって大きく変わる。それは相手国の「命の値段」と密接な関
係があるから。

「2726.自由と繁栄の環」にて、核抑止力について、相手の命
の値段に比例して抑止効果が変わると述べているけれど、核抑止力
だなんだといっても、要は予想される被害がとても耐えられないと
相手に思ってもらえて初めて「抑止」の力になる。

平たく言えば、どれくらいの人命及び物理被害を受ければ、北朝鮮
が戦意を喪失するかという見積もりが、対北朝鮮抑止力の大きさに
なる。

たとえば、アメリカのように人権意識が進んでいて、アメリカ兵や
アメリカ国民一人の命の値段が高くなればなるほど、少しの人命損
失であっという間に厭戦気分が高まって、戦意を喪失してしまう。
イラク戦争で、アメリカ兵の死傷者が3千人を数えるようになった
頃から、世論が急速に反戦・厭戦に傾いていったことでもよくわか
る。

だから、もし、相手が、どんなに自国に被害が出ようとまったく意
に介さないタイプだと、核だろうが、何だろうが抑止にはならない
。

その意味において、仮に日本が、この「ニュークリア・シェアリン
グ」を実施・運用できたとして、それが北朝鮮に対しての抑止力に
なるかといえば、正直ほとんど抑止力にはならないと思われる。な
ぜかといえば、おそらく、金正日にとって、北朝鮮人民の命の値段
が極めて安いものだろうと推測されるから。

少なくともアメリカほど人の命の値段は高くないことは確か。もし
アメリカ並みに命の値段が高ければ、強制収容所など作れないし、
粛清なんかもあろう筈がない。

仮に、日本が北朝鮮の攻撃に対して反撃したとして、北朝鮮の基地
や、市街地建物、北朝鮮の人民に多大な被害を与えたとしても、お
そらく金正日は意に介さないと思う。極端な話、自分に被害さえ受
けなければ、誰が何人死のうが知ったことではない、と考えている
のではないか。

でなければ、飢えた人民を差し置いて、食糧不足を2年補うことに
相当するミサイルや核開発なんて出来るわけがない。

もしそうだとすると、日本がいくら核をもとうが、無差別爆撃をし
ようが、金正日に直接ダメージを与えるか、北朝鮮軍を完全に沈黙
させ、武装解除させるまで手がないことになる。

独裁国家とは、ことほど左様に厄介なもの。だから、本当に真剣に
対策を考えないと金正日のいいようにされてしまう危険がある。我
々はそのことをもっと自覚するべきなのかもしれない。
 


2.しおかぜ抑止力
 
では、北朝鮮に対して、核が抑止力でないとすると、何が抑止力に
成り得るのか。

北朝鮮政府が、人民や物理的な被害で、戦意を喪失しないとすると
、残るは金正日、本人をターゲットにするしかない。朝鮮人民の命
には意も介さない将軍様でも、流石に自分の命は気にする。

独裁国家では、その独裁者がいなくなれば、簡単に瓦解する危険を
孕んでいる。だから将軍様は、自分の居所を秘密にしたり、影武者
を何人も用意したりして、命を狙われないように注意を払う。

その意味においては、金正日に対して、いつでもやれるんだぞ、と
いう構えを見せるのが一番効く。ピンポイントで狙撃できる手段が
一番効果がある。

といっても、ゴルゴ13はいないし、自衛隊は、空対地ミサイルす
ら持ってない。

それに、飛行機を飛ばしたら、すぐ山の中とか、地下基地とかに隠
れてしまうだろうから、簡単にやられてくれるはずもない。

とすれば、何ができるのか。

たとえば、少しSFチックな話だけれど、衛星軌道から高出力のレ
ーザーを照射して地表目標物を攻撃できるような兵器なんかがあれ
ば、かなり有効と思われる。

衛星高度だと領空侵犯の心配もないし、いつでもどこでもとは言わ
ないけれど、それに近い攻撃が可能になる。

SFチックとは言ったけれど、似たような兵器はすでにあって、1
980年代アメリカのSDI構想で開発された、地上からの対人工
衛星レーザー兵器(MIRACL)や、実用化まではいかなかった
ものの、高度600〜1200Kmの軌道上に配置する出力5Mワ
ット、射程5千キロのレーザー衛星などがある。

近年では、今年になって開発中止が決定されたものの、アメリカの
ボーイング社と米ミサイル防衛庁が開発を進めていた、空中発射型
戦略レーザー兵器「エアボーン・レーザー(Airborne Laser)」が
、地上発射実験に成功している。

もしも、衛星軌道から地上の車を攻撃して焼いたりすることができ
るようになれば、金正日へ相当なプレッシャーになるだろう。

現実には、そこまで行かなくても、金正日の動向を監視して、その
情報を北朝鮮に流すだけでも、ある程度の牽制になる可能性がある。

北朝鮮による日本人拉致問題を契機として、特定失踪者問題調査会
が、北朝鮮向けに、拉致及び拉致の可能性がある失踪者名前読み上
げて、アナウンスを行っている「しおかぜ」という短波放送がある。

これに対して、北朝鮮は妨害電波を発して邪魔をするから、「しお
かぜ」は常に周波数を変えて放送しているという。妨害電波を出す
ということは、多少なりとも嫌がっている証拠。

これを少し応用するという手がある。たとえば、スパイ衛星かなに
かで金正日の動きを逐一監視して、「今日の金正日」とかなんとか
いって、天気予報みたいに、今日は何処どこの基地にいる確率30
%、とかいった情報を毎日ラジオで北朝鮮に放送するという手が考
えられる。

要は、お前の居所なんていつも分かってるんだぞ、いつでもやれる
んだぞ、というプレッシャーを与えてやる。もちろんその情報は別
に当たってなくても構わない。

大切なのは、スパイ衛星からの情報を、逐一北朝鮮全土に放送して
差し上げること。

たとえ、将軍様の居所が分からなくても、たとえば、事故であると
か、火事であるとか、平壌に何時頃こんな車が走っていたなんてこ
とくらいは、スパイ衛星でキャッチできるはずだから、それも放送
する。そうしたことは事実だし、北朝鮮側も事実だと確認できるこ
とだから、彼らは、常に監視されているんだ、という圧力を味わう
ことになる。

そこへ、毎日、将軍様の居所はここだ、なんて放送されようものな
ら、気が気でなくなってくるだろう。

北朝鮮人民は受信そのものが規制されているだろうけれど、軍部が
100%将軍様に忠誠を誓っている人達だけでもないだろう。そち
らからもプレッシャーを与えてやる。

まずは、金正日の動きを掴むこと。諜報活動、スパイ衛星の充実な
ど、情報戦での打つ手を考えておく必要がある。それも形を変えた
抑止力の一種。
 


3.北朝鮮と戦争になったら、終結させるのは難しい

終に、北朝鮮との交戦になってしまった場合を考えてみる。

今、日本の世論および国際社会は、日本が核武装さえすれば、どう
にか東アジアの平和は維持されるだろう、と思っているかもしれな
い。

だけど、これまで見てきたように、仮に日本が核武装したとしても
、核ミサイルを持っているだけでは、北朝鮮に対する抑止力にはな
らないし、北朝鮮の軍事施設を破壊できたとしても、金正日に直接
被害が及ばない限り、おそらくその戦意は衰えることはない。

だから、日本が、北朝鮮のミサイル攻撃や何やらを完璧に防ぐこと
が出来たとしても、北朝鮮から降伏してくる可能性は限りなく低い
ものと思われる。

仮に、自衛隊が北朝鮮の地上軍事施設を爆撃したとしても、地下か
らノドンを搭載した車両がわらわら出てきて、おそらく、日本本土
に向けて、ミサイルを撃ってくるだろう。

それらを片端から迎撃して、ミサイル車両を潰していくうちに、金
正日は中国の奥地にでも逃げてしまうのではないかと思う。一旦逃
げてしまえば、あとは無線なり電話なりで、軍部の下っ端にでも指
示を出して、戦争を継続させるのではないか。

そんな状態で、一生懸命北朝鮮を爆撃したところで、空の城を攻め
るようなもので、あまり意味はない。それに自衛隊に精密爆撃の装
備はないから、ある程度数を撃たないと軍事施設を破壊することす
ら難しい。

だからといって、核を撃つことも、おいそれとは出来ない。市街地
への核攻撃は被害が大きすぎる。いくら戦争だと言っても愚行の極
みだし、国際社会の反発もある。何より金正日はそんなものは意に
介さない。

そうなると、どうやって北朝鮮を降伏させるのか。やはり、金正日
なり、その後継者なりを捕まえることが一番の近道になると思う。

その為には、まず戦争状態になったら、北朝鮮の軍事施設だけでは
なくて、中朝国境線に沿って北朝鮮側にクラスター爆弾とか空中散
布型の地雷をばら撒いておくのがポイントになるのではないかと思
う。

なぜかというと、空中から、広範囲に散布できる対人、対戦車地雷
を中朝国境線にばら撒いて、国境線を面制圧することで、金正日を
中国に逃がさないようにする効果と、中国の人民開放軍の介入を防
ぐという二つの効果が見込めるから。

金正日は大の飛行機嫌いというから、空軍機で逃げる可能性は低い
し、北朝鮮空軍相手なら、制空権は確保できるから、撃ち落すこと
はそれほど難しくない筈。

そうして、中国の介入を防いでおいて、自衛隊の特殊部隊かなにか
を使って、金正日を捕まえるのが、多分一番被害が少なくて済む。
電撃戦による金正日の捕獲と、北朝鮮軍のミサイルの破壊。この両
面作戦。その前提としての中朝国境線の封鎖。これらがキモになる
だろう。

ただ、現実問題として、中朝国境線を全部封鎖するなんてことはま
ず不可能だから、実際には鴨緑江の橋を全部破壊して、中国やシベ
リア鉄道につながる線路を分断。あとは、人民解放軍が展開してい
る付近を狙って、地雷をばら蒔くくらいが精一杯ではないかと思う。

あとは、鴨緑江の水豊ダムを破壊して、人工的に洪水を起こさせ、
一時的に足止めさせる、とか。

人民解放軍の介入をどう防ぐかについては、自衛隊のシュミレーシ
ョンの範疇にとっくに入っているとは思うけれど、いずれにせよ長
期間、人民解放軍の介入を防ぎ続けることは困難だと思われる。


対北朝鮮戦では、長期戦が一番拙い。ベトナム戦争のように、中国
から物資・弾薬・人員が無尽蔵に供給されて、泥沼に陥ることだけ
は避けなくちゃいけない。

だから、余計に中朝国境を地雷で封鎖して、中国の介入を防ぎなが
ら作戦行動をするのがとても重要なポイントになる。ただ、生憎、
日本は、福田前総理の時代に、対人地雷全面禁止条約(オタワ条約
)を批准してしまっているから、日本は、クラスター爆弾や地雷は
使えない。だから、この手を使おうとしたら、オタワ条約を批准し
ていない、韓国やアメリカに代わってやって貰わなくちゃいけない。

あとは、地雷以外の手段となると、焼夷弾か何かで炎の壁を作って
、進入を防ぐという方法があるのだけれど、中朝国境のように、燃
やせるものが殆どないところだと、使ってもあまり意味はない。北
東山岳部なら多少の効果はあるだろうけれど、それでも燃え尽くし
てしまったら、効果は其処でおしまい。

最悪の手段としては、中朝国境線に沿って、クラスター爆弾の代わ
りに、核ミサイルを撃ち込むか、核汚染物質をばら撒いてやって、
周囲を放射能汚染することで進入を防ぐという方法も理屈の上では
可能だけれど、日本としては、人道上使えないだろうし、使うべき
じゃない。

金正日の健康問題を論(あげつら)って、もう、じきに死ぬから待っ
ていればいい、なんて意見もあるかもしれないけれど、今のまま金
正日が死んだとしても、現行の独裁国家体制のまま、後継者と目さ
れる金正雲に代替わりするだけであって、北朝鮮政府や軍部の内部
対立で自己崩壊でもしない限り、脅威はちっともなくならない。

北朝鮮の体制が崩壊して、民主化への道でも開かれない限り、今の
ような半戦争状態はずっと続くものだと覚悟しておく必要があるだ
ろう。

北朝鮮との戦争は、始めるより終わらせることのほうが遥かに難し
い。
 
(了)

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