3308.南アフリカ映画『ツォツィ』の神様



きまぐれ映画案内 南アフリカ映画『ツォツィ』の神様
From: tokumaru  

皆様、
日本で公開されたのは2年前ですが、たまたま週末に見た映画
『ツォツィ』がおもしろかったのでご紹介します。

得丸公明

南アフリカ映画『ツォツィ』の神様

純粋無垢な子供に悪人が出会うことによって、悪人が子供心を取り
戻し、人に愛されること、人を愛することに目覚めるという物語と
しては、新美南吉の「花のき村と盗人たち」やオスカー・ワイルド
の「わがままな大男」がある。ともに登場する子供は、お地蔵さん
やイエス・キリストの生まれ変わりとして描かれているから、子供
は神であるということになるのだろう。

南アフリカ映画『ツォツィ(Tsotsi)』(2005年、南ア・英合作)は、
黒人スラムのならず者の少年がカージャックした車にたまたま赤ん
坊が乗っていて、その赤ん坊の世話をしているうちに、封印してい
た自分自身の幼年時代の記憶を取り戻し、人に愛されること、人を
愛することに目覚めていく物語である。

下半身付随の車椅子の乞食を追い詰めたとき、以前なら情け容赦な
く襲撃していたのだろうが、父親に蹴られて背骨が折れてしまった
子供の頃飼っていた犬の記憶と重なって、手が出なくなる。車椅子
の男の気持ちに興味が生まれる。「どうして犬みたいになっても生
きているのか」という問いが発せられ、「生きる」ということに
ついての男の哲学を聞くことになる。

スラムに住むシングルマザーを尾行し、拳銃を片手に家の中に押し
入り、赤ん坊におっぱいを飲ませるように命令する。彼女の家には
割れたガラスを集めて作ったカラフルなモビールが下がっている。
「どうしてこんなものが50ランドもするんだ」と尋ねる彼に、彼
女は「きれいな光があるじゃない」という。

結局彼は車の持ち主を訪ねて、赤ん坊を無事に返すのだが、赤ん坊
に出会ってからのわずか数日間で少年の心が潤いを取り戻していく
様子が実にうまく描けていて美しい映画だと思った。

人類は歩くことも話すこともできない無力な赤ん坊の時期を獲得す
ることによって、地球上で唯一、意識をもち、精神的な活動を行な
う動物になった。赤ん坊の時代に、ひたすら愛される体験をするこ
とによって、人の本性は善になる。ひょっとしてこれは、野生動物
の本性よりももっと崇高な次元の善であるのかもしれない。
(2009.6.1)
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Re: きまぐれ映画案内 南アフリカ映画『ツォツィ』の神様

得丸さんの「赤ん坊の時代に、ひたすら愛される体験をすることに
よって、人の本性は善になる」というところに、逆のこともあるに
せよ、ひどく感心してしまいました。そうか、そう考えればいいん
だ、と。

ずいぶん久しぶりのメールですが、映画つながりで反応したという
のでもないんです。

トミタブックスの時も、あの書店は、かつての私の町内で、子ども
のときから入り浸っていた本屋だと、そして思い出話をいくつか書
こうと思っているうちに……なんでした。

ま、それだけなんですけど。

さぼってばかりだとどうしても敷居が高くなるので、内容のないメ
ールですが、ちょっと書いてみました。

▼盛
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盛さん、お久しぶりです。

一番肝心なところにレスしていただきありがとうございます。この
映画、赤ん坊の存在によって、あっという間に悪人が善を取り戻す
というものすごい話です。孟子の性善説の教えも、子供が井戸に落
ちそうなときにどう思うかという話ですが、赤ん坊ってその存在だ
けで人を幸せにする、愛する生き物へと変えてしまう、愛する・愛
される記憶を呼び覚ます、ものすごい芸術作品ですよね。

もっとみんなで赤ん坊をかわいがるといいのに。託児所とかに押し
込むのではなく、児童虐待なんかしていたら、隣の親父が飛び込ん
でくるくらいの、赤ちゃんはオールマイティーカードになればいい。

日本は赤ん坊や子供をことのほかかわいがる社会だということが
『菊と刀』や『逝きし世の面影』で語られていましたが、子供を大
切にする社会こそ正しい社会、ヒトの尊厳を理解している社会なの
でしょう。

僕はこの映画のおかげで、十年〜五年前にはヒトは言語によって堕
落したという性悪説の考えにたっていたのですが、それが3,4年
前仏教の教えや人類進化をかじりはじめて、野生動物並みになれば
いいのだという野生動物標準にたどり着いてひとまずそこで安心し
ていたのですが、最終的にヒトの本性にある赤ん坊を愛する善性が
野生動物を超える、「ヒトの尊厳」(映画の中では上品さ、decency
という言葉が使われていましたが)の地平を見つけて、それが自分の
中で自然と納得のいくものになっていました。まさにその部分が盛
さんに受けたことで非常にうれしく思っています。

こういう映画を生み出す南アフリカの黒人社会のすばらしさ、それ
が通じる日本人の心、うれしいです。

トミタブックスも入り浸っておられたのですか、あの書店は相当古
いんですね。実は先週金曜日もわざわざ遠回りしてトミタブックス
に立ち寄ってきました。

本当に味わいのある、温かみのあるいい本屋ですね。草思社の本が
8割引で売られていて、なんと倒産していたことを知りました。
これは悲しい、痛々しい体験でした。木野さんの報告のあと、二次
会会場に移動しつつ岩村さんと「人類はもうとっくに滅びている。
すでに東京には腐臭が漂っている」なんて話になったのも、目に見
えないところで、いい出版社が倒産している事実を直前に見ていた
からかもしれません。

僕は毎日きっちり寝てますが、早く寝ると早く目がさめてしまい、
一方で遅くまで起きているときもあるという感じです。この年で、
閑職の中の閑職を与えられて、おかげで自由にものを考え、合気道
で動く禅三昧する時間も取れて、ありがたいことです。

得丸公明



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