3301.インフレという富の移転政策



インフレという富の移転政策                       虚風老

 クルーグマンが、日曜にテレビに出てたので、彼のインフレ許容論
の問題について、一言述べておきたい。
日本の学者なので、米国の権威がいうとそのままうのみにするからの。
新自由主義の跋扈もそうじゃしね。まあ、アメリカに留学して、
あっちで教育されて、それが「正しい経済学」として教えられる歴
史があるからの。むかしから翻訳的アカデミズムの伝統があるからの。

まあ、アメリカはアメリカという特殊な世界観(ある意味それぞれ
の国はそれぞれに特殊じゃな。これについてはステグリッツの方が
はるかに見ている)でみるからのそれについて自覚がない。自分達
こそ普遍じゃと信じて疑わないからの。

まず、インフレの場合「借り手」は名目ベースの借入金なので、
どんどん軽減される。
これは、「貸し手」側からの移転であるということじゃろう。
世界で最大のマネーの貸し手は「日本の個人の預貯金」であるとい
うことじゃ。
もちろん、最大の借り手は、アメリカであり、アメリカ国債が最大
の借り手であるんじゃな。そして、多くの企業、全部といっていい
ほどのアメリカの借金を抱える(クレジット=カード・ローン)個
人もそうじゃね。

日本の政府も借り手じゃけど、これの貸し手は日本の個人預貯金で
フャイナンスされている。(個人の直接の国債だけでなく、郵便貯
金や、各金融機関の国債比率は高いからの)つまり国の国債の利払
いは、間接的に国民の預貯金の利息ということじゃ。

アメリカの金融資産の多くは庶民レベルでも株式じゃが、この場合
はインフレによって変動するから、インフレが都合がよかろう。
(ただし、アメリカの巨大年金運用にとっては脅威かもしれない)
しかし、日本の個人株主はそう庶民レベルとはいえまい。

また債権市場も売買が頻繁な市場があれば、いいかもしれないが、
米国はそうであっても、日本はそうでない。ただじっと長期でもっ
ているだけじゃ。この場合はインフレで目減りする。

また、老齢世代と若い世代の問題もある、預貯金をたくさんもって
いるのは、老齢世代じゃが、これもどんどん実質価値が目減りして
くる。物価が上昇するわけじゃから。若者はもとより預貯金をもっ
ていないので、フローつまりインフレで賃金(労働という商品)が
上がっていくほうが望ましいと感じるかもしれんの。

こうしてみると、米国がインフレに向う理由がある。
しかし、問題は、「帝国循環」で知られるマネーの流れは逆転して
しまうであろうことじゃ。ドルの価値が下がるということじゃから
誰も米国債を買わなくなるかもしれない。
確かに、為替と米国債を買うというのは、様々な要因があるので、
それが決定的にどう動くかは未知数じゃが、これは、ドル基軸を根
底から突き崩す大きなファクターにはなりうる。(ドル安=原油高
は、どの経済にとってもよくないじゃろう)

こうして考えれば、インフレは劇薬だが、アメリカにとっては、
どうせどの手は駄目でもとるかも知れない政策じゃが、それは日本
の預貯金→米国への貸し付け(米国債)の減価という意味になる。
国内的には(年金や保険契約の実質的な目減り)になるので、より
老後の不安という形になるのかもしれない。

つまり財政政策にしろ、インフレにしろ、「未来の時間」を先食い
することで、現在の大穴を埋めようとしているということになる。

ケインズ政策が効かなくなったのは、「国民経済」という枠が既に
ないことによる。
つまり国家単位での圧力釜のような経済単位があれば、財政出動は
効きやすい。しかし今や経済は国家という枠組みには無い。政治や
社会については、まだ国家という枠があるから、これとの間にミス
マッチが起こるわけじゃ。
確かに世界同時に財政出動をするというのは、「世界経済」という
枠組みの中では効く。
しかし、「国民経済」という枠はもう無いんじゃ。
企業はどこで、モノを作ってもいいし、どこで労働者を見つけても
いい。またどこに資本を移そうと自由だし、誰(市場)に売っても
ええわけじゃ。経済学では、その組み合わせの最適(投下資本に対
して最大のリターンを生む組み合わせ)しか保証しないからの。

しかも、投下資本に対して最大のリターンを生む組み合わせは、
実体経済でなく、金融の方が率がええとなれば、そちらをカジノ的
に膨らませるのに使われるだけになる。
また、オフショアーという名のサイバー空間にマネーが維持できれ
ば、国への税金という形での貢献も最小化しようとするじゃろう。
もし国という枠で物事を処理したいのであれば、オフショアーに
マネーが漏れていかないようにしなければならないだろう。もし
そこで税金として取られたものが、再分配っされて実体経済へまわ
れば、ケインズ政策も効く可能性もあるじゃろうがね。

しかし、人々の生活は所属する社会、国の枠内にある。どんな社会
保障や安全、年金や健康が保たれるかは「社会・国家」から得られ
るわけじゃ。

このずれがいろんな問題を生んどるわけじゃな。
経済をもう国民経済レベルで統治できなくなれば、国家は税で運用
されるわけだから、財源をどうするかになる。逃げられない国民に
対し消費税という形になるのは、当然だが、企業、資本家の利益に
対する課税はどのように把握されるのであろう。

結局、国民国家という枠組みをとる以上そこを避けることはできな
いじゃろう。
しかし、いままでは、アメリカ・イギリスという強国(の富裕層)
がこれに規制をかけることに反対していた。

実体経済・そして国民の経済からすれば、ここの規制はヨーロッパ
のいうように、避けられないのであろう。

            虚風老
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金が入って、山河が荒れて、国民の健康が害されれば、意味はない。 
                  虚風老

 ボリビアにおける、リチウム資源獲得戦略は、

日本メーカーにしてみれば、最終的に「リチウム」だけが必要だと
すれば、相手、ボリビア側に何が必要かを考え与えるべきじゃろう。
一つはボリビア国内での「雇用」でありそのための「資本が」十分
に投下される見込みがあることじゃろう。
単にリチウム鉱財を略取するのではなく、それによるボリビアへの
工場の建設や、これに付帯するシステム群を提供することであろう
な。(ボリビア側からみれば、一次産品を単に輸出するのではなく
、自国内に重要成長産業を持つことが最重要と考えるであろうから
の。)
そして、システム群についての<環境保全技術>を徹底してアッピ
ールしていく必要があるじゃろう。
単にマネーの多寡ではなく、現地の環境・住民の健康等の<生活>
に最も良い高度システムを提供できるのが、日本であることを納得
させられれば、競争に勝ち残れるであろう。

やはり高度環境技術、特に排水や、水の再利用技術など<水>に対
しての(つまり生命負荷がない)ということが、最大の売りになる
可能性があるわけじゃ。
そして、その技術について、日本の技術は世界的評価が高いからの。

相手に対する広汎な経済効果と生活に資するシステムを提供するこ
とこそが、マネーによう争いを越える道じゃ。

               虚風老

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