イランへの「S-300」をめぐるロシアと米国の外交政策 2009.4.25 DOMOTO 4月10日付けで海外各誌が、ロシア国防省がイスラエルから無人(偵 察機)3機を購入すると伝えた。その後12日頃からGoogle、Yahoo! で、2010年中ともいわれている、ロシアによるイランへの防空ミサ イルシステム「S-300」の引渡しが中止された事を伝える記事が出始 めた。複数の記事からすると「S-300」の引渡しは保留扱いとされ、 ロシアによる米・イスラエルへの軍事戦略上の重要な取引の道具に なっているようだ。イスラエルがイラン空爆を急ぐ大きな理由の一 つに、この「S-300」供与の問題がある。 「Kojii.net」4月21号では、このニュースについて海外ニュースサ イトの記事をまとめていた。引用記事中、「SAM」とは、地対空 ミサイル(Surface-to-Air Missile)を指し、「UAV」とは、無人 飛行体(Unmanned Air Vehicle)を指す。 http://www.kojii.net/news/news090421.html ロシアの SAM 二題 (ddi Indian Government news via Defense-Aerospace.com 2009/4/16, SPACEWAR 2009/4/15, DefenseNews 2009/4/16) >ロシア政府は 15 日、イラン向けの S-300PMU1 地対空ミサイルに >ついて、デリバリーを保留していることを明らかにした。2005 年 >に契約を締結したもので、ロシア軍の在庫品を引き渡すことになっ >ている。この件について報じた Interfax では、イスラエルがロシ >ア向けの UAV 売却と引き替えにイラン向けの S-300 引き渡しを止 >めさせた可能性も否定できない、としている。イスラエルの Haaretz >紙では、「イスラエルはイラン向け S-300PMU1 のデリバリーを差し >止める話が決まった後で、ロシア向けの UAV 売却に合意した」と >報じている。 >また、このことを裏付けるかのように、イスラエルの Ehud Barak >国防相は 16 日、ロシアに対して「地域の不安定化を防ぐに際して >、ロシアの役割は重要。イラン向けに新型の SAM を売るような事態 >には反対する」と発言している。 >一方、ロシア政府は 9 日、ベラルーシに S-400 Triumf (SA-21 Growler) >を輸出すると発表した。両国の領空をまとめて Russia-Belarus Union State >と称し、統合防空網を構築する動きの一環。RIA Novosti の報道に >よると、空軍部隊×5、防空部隊×10、戦務支援部隊×5、電子戦部 >隊×1 が、防空網の運用に関わる。 ロシア国防省は、近年アメリカと比較し数段の遅れをとっているロ シア軍の兵器の近代化を図ろうとしている。2008年8月のグルジア紛 争では、ロシアの無人偵察機の能力が、グルジア軍のイスラエル製 無人偵察機の性能より格段と劣ることが証明され、軍事専門家たち に指摘されていた。この無人偵察機に見るロシアの軍用情報通信シ ステムの欠陥は、ロシア軍にとり重大な障害であることを、軍事問 題を兵器の技術的側面から論じている「SPACE WAR」が、ロシアの軍 事専門家の話として指摘している。 http://www.spacewar.com/reports/Russia_Defense_Watch_UAVs_from_Israel_999.html イスラエルの「UAV」の技術はアメリカと肩を並べる世界のトッ プ水準にあり、「UAV」兵器には偵察機だけでなく、無人攻撃機 も含まれ、ガザ紛争やアフガニスタン戦争でも使われている。 「エルサレムポスト」は19日付けで、イスラエル訪問中のロシアの 副外相 Saltanov が16日に国防相バラク、17日に外相リーバーマン と会談し、両閣僚からイランへの「S-300」供与の停止を求められ た事を伝えた。 http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1239710721120&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull Interfax などと異なり Haaretz 紙は、「イスラエルがロシア向け の UAV 売却と引き替えにイラン向けの S-300 引き渡しを差し止め た」という事を確定的に報じたそうだが、この問題は、イスラエル とロシアの2国間だけの取引きではないようだ。 イスラエルのネタニヤフ政権が、単独判断でロシアに「UAV」兵 器を売ることは考えにくく、「S-300」供与停止の交渉には、アメ リカのオバマ政権との連携があるようだ。 4月1日にロンドンで行われた米ロ首脳会談の前日である、3月31日付 けの「TIME」では、イランの核開発問題と「S-300」の問題を 大きく取り上げている。その記事の中では、いち早くイランへの 「S-300」供与保留の情報が掲載されているが、これはワシントン に本部をもつ国際的リスクコンサルタント会社― Eurasia Group − で、ロシアとイランの専門家である Cliff Kupchan 氏によるものだ。 http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1888698,00.html NATOでは準加盟国扱いのロシアの代表 Dmitri Rogozin は、タ イム誌へのコメントで「オバマがこれまでの米国のイラン政策を変 えるのなら、『S-300』の引渡しを保留にしてもよいだろう」と述 べたそうだ。 “But, says Rogozin, Russia could hold back on delivering the enhanced air defenses if Obama signals a change in Iran policy.” NATOのロシア代表は、「S-300」をワシントンとの駆け引きの 道具として考えているが、2005年のブッシュ政権で契約の決まった 、既に在庫のある「S-300」の引渡しをロシアが2010年と設定した のは、次期アメリカ政権のイラン政策への影響力を狙ったものであ ったのかもしれない。 4月13日付けのロイターが触れているが、この問題でのイスラエルに とっての狙いは、イランの核開発問題においてロシアと西側諸国と の間の長い膠着状態から脱するために、自国の軍事産業にロシアを 引き込み、イランへの圧力を高めることだ。 http://news.yahoo.com/s/nm/20090413/wl_nm/us_israel_russia_3 人口減少による軍事力の弱体化が指摘されているロシアにとっても 、「UAV」以外でも無人兵器の最先端をいくイスラエルの技術は 、軍事力強化につながる。 タイム誌の前記事の記者 Vivienne Walt は、イランへの「S-300」 の問題でのロシアの協力の見返りに、オバマ政権は主要な軍事・安 全保障の2つの問題において、妥協し譲歩する可能性があると指摘 する。それは、ポーランドとチェコでのミサイル防衛システム配備 の問題と、グルジアとウクライナのNATOへの加盟問題で、この 2つが長期間の先送りとなる可能性があると述べている。 今後、ロシアによるNATOや欧州各国に対する影響力はさらに強 くなり、イランを軸とした中東や地政学的に重要な位置にあるアフ ガニスタンで独創的な戦略を展開するだろうが、アメリカの外交・ 軍事史においてカーター政権以来30年ぶりに現れた弱体政権(民主 党)が無力で期待できない事を、日本はしっかりと覚悟する必要が ある。 DOMOTO http://www.d5.dion.ne.jp/~y9260/hunsou.index.html