3249.国防についての雑考



国防についての雑考


                           日比野
                               
1.MDと弾道ミサイル 
 
「突然撃ってきたら当たるわけがない」

北朝鮮からのミサイル発射に対して、ミサイル防衛(MD)システム
による迎撃は困難との見方を3月23日に政府筋が示した。

政府が進めるミサイル防衛構想。一昨年、米ハワイ・カウアイ島沖
で海上自衛隊のイージス護衛艦「こんごう」が海上配備型迎撃ミサ
イル(SM3)の迎撃実験を成功させて、それなりの目処が立って
いたことになったいたと思われていたところ、今になってのこの発
言。

なんで今頃とは思うのだけど、今の時期のこの発言、かなり意識的
なもののように思える。

日本のMD構想によるミサイル迎撃は2段構え。

最初は、ミサイルが大気圏外に出て落下を始めるまでの間に、イー
ジス艦に搭載した海上配備型迎撃ミサイル(SM3)で打ちおとす
もの。これで打ち漏らしたミサイルに対して、地上配備した地対空
誘導弾パトリオット(PAC3)で打ち落とすシステムを取ってい
る。

もちろん地上スレスレでパトリオットで打ち落とすより、大気圏外
でSM3で打ち落としたほうが安全なことは云うまでもない。

だけど、北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射した場合、7〜8分
で着弾すると云われている。

だから大気圏外で打ち落とそうとすると、発射後4〜5分くらいで
打ち落としていないといけない。そうなると、北朝鮮がミサイル発
射前からずっと監視しておいて、発射したら即打ち落とせという命
令を予め出しておいて、発射されたら即対応しないと全然間に合わ
ないことになる。

SM3はイージス艦に搭載されているから、迎撃する場合には予め
日本海にイージス艦を展開しておいて、今か今かと待ち構えておか
なくちゃならない。

実際、今回の4月4日から8日にかけての北朝鮮のミサイルだか人
工衛星だかわからないけれど、発射通告をうけて、政府は自衛隊法
に基づいた破壊措置命令を発令して、イージス艦を展開、首都圏と
秋田、岩手の両県に配備を初めている。

こうして事前に準備できる場合はまだ良いかもしれないけれど、た
とえば、北朝鮮がミサイル発射台を山の中かどこかに探知されない
ように隠しておいて、警告なしにいきなり全弾撃ってきたりすると
どう対応するのか。イージス艦を日本海に展開するどころか母港を
出ることだってできないだろうし、PAC3の配備だって間に合わ
ない。

だから、政府筋の発言とされる「突然撃ってきたら当たるわけがな
い」というのは、「突然撃ってきたら、迎撃できるわけがない」と
いう意味において、不思議でもなんでもない。依然として日本は無
警戒の状態でミサイルを撃たれたら、撃てる手が殆どないという状
態の中にある。

そういった状況下にある日本の安全保障の急所は、撃たれたら打ち
落とすではなくて、如何に相手に撃たせないようにするかになる。

そのためには、こっちもミサイルを揃えて、そっちが撃つならこっ
ちも撃つぞ、と睨み合いに持ち込むのが一番手っ取り早い。

3月23日のアサヒドットコムで、田母神元空幕長が「弾道ミサイ
ル配備すべき」と著書で主張していると報道されている。公演など
の発言ではなくて、わざわざ著書内での主張を取り上げて報道して
いるところに何かの意図を感じる。

少し穿った味方かもしれないけれど、政府筋の「突然撃ってきたら
当たるわけがない」発言も田母神氏の「弾道ミサイル配備すべき」
報道も、全部繋がっていて、そうすべきであるとの世論を喚起する
ことを狙っているのではないか。

もちろん必要なものは揃えなければならないけれど、徹底した議論
なしで、安易に一方向に進むのには一抹の不安を覚える。危機がき
たからわっとなだれ込むのではなくて、普段から国防について意識
し、国防教育を考える時期に来ているのかもしれない。

 

2.高まる国防意識

ただ、今回のミサイル発射に対する政府の動きは、なにやら計画・
計算された動きのように見えなくも無い。 

いきなり発射されてから事後報告的に報道しかされていなかったこ
れまでから考えると隔世の感がある。

いままでと違って今回は事前通告だから、通告されて何もアクショ
ンしないのは拙いとしての動きかもしれないけれど、それを逆手に
とった動き。 

今回の破壊命令措置によって、本当に迎撃するかどうかは、ミサイ
ルが軌道を外れ、日本本土に落下する場合に限定しているけれど、
MDによる迎撃そのものの成否は周辺諸国およびアメリカに大きな
影響を与える。

もしMDによる迎撃が成功した場合は、日本を仮想敵国として、ミ
サイルを配備している国に対して軍事体制を再検討する必要に迫ら
れるし、失敗した場合はアメリカがこれまで日本に売り込んできた
MDシステムそのものに疑念を持たれ、ビジネスチャンスを失うこ
とになりかねない。さらには、自前の国防についての自覚を促すこ
とになる。 

だから、当たりっこない発言から破壊措置命令までの一連の流れは
、結果はどうであれ、日本の国防体制の強化に一役買うことになる
。政府がミサイルの迎撃可能性について触れ、その動きを見せると
いうことは、それだけで周辺諸国へ強烈な刺激と牽制を与えている。

今回の動きに対して、アメリカは早くも米イージス艦を日本海に5
隻も展開している。そこに海上自衛隊のイージス艦2隻が加わり、
計7隻が日本海に展開する。 

日本全土をカバーするにはイージス艦2隻で足りるといわれている
ところを合計7隻も展開するという事実はとても重い。 

もちろん日米共同で、ミサイルの弾道を最初から最後まで追尾して
、データ収集およびそのリンクを行うのと、着弾地点をリアルタイ
ムで発表することで、何時でも落とせるんだぞとアピールする狙い
があるのだろう。同時に米軍がイージス艦5隻を展開することで、
米軍は日本を守る意思があるのだという姿勢をみせる効果もある。 

アメリカにとっては、北朝鮮がミサイルを発射してさえくれれば良
く、あわよくば迎撃しないで太平洋に着弾してくれることがベスト
なのだろう。 

しかし日本を仮想敵国とする周辺諸国にとっては、北朝鮮の発射そ
のものが困る筈。イージス艦を7隻日米共同で展開され、日本国民
の国防意識が高まるから。 

その意味で特に困るであろう国は中国が必死になって北朝鮮の発射
を止めさせようとするのも当然だろう。意外と北朝鮮はそれを利用
して中国から援助を毟り取ろうとしているのかもしれない。 



3.中華空母と「ひゅうが」

中国が建造を計画している空母の名称について、中国内のインター
ネット上で「平夷」とか「日本平定」とか提案されているそうだ。

中国も日本も互いに相手を仮想敵国にしているから、お互い様とい
えばそれまでなのだけれど、敵意むき出しの命名をしようという声
があがるのは、反日教育の賜物とはいえどうかとは思う。

実際に中国政府が新造空母に「平夷」とか「日本平定」とか名づけ
ることはないだろうけれど、もし本当にそんな命名をするのであれ
ば日本の警戒レベルは一気に引きあがることは疑いない。

対する日本も3月18日に、ヘリコプター空母型護衛艦「ひゅうが
」が横須賀基地に配備された。

「ひゅうが」というと、旧帝国海軍の伊勢型航空戦艦の弐番艦「日
向」を連想するむきも多いだろう。護衛艦の扱いだけど、実運用は
空母としての機能も果たすから「ひゅうが」と命名したのだろう。
適切なネーミングではないかと思う。

「ひゅうが」は全通甲板を持つ海上自衛隊最大の護衛艦。護衛艦と
なっているけれど、見た目は小型の空母にしかみえない。

満載排水量は推定18,000t。哨戒ヘリコプターを搭載しての潜水艦
駆逐を主な任務とし、艦隊旗艦としての通信能力や居住性も考慮さ
れているそうだ。大規模災害時の海上基地としての機能も盛り込ま
れているというから、地震などでも救援活動にも威力を発揮するよ
うに思われる。

また、全通甲板があるのだから、いっそのこと垂直離着陸戦闘機で
も積んで本当の空母にできないか、との声もあるようだけれど、空
母としては規模が小さすぎて離発着が難しいのと、それ以前に乗せ
られる機数が少ないので通常空母としての戦力にはならないようだ。

とはいえ、対潜ヘリコプターを搭載するヘリ空母があることは、制
海権確保という意味では大きな意味を持つ。

ヘリ空母があると、潜水艦を監視できる範囲が広がるし、基地から
対潜哨戒機かなんかで索敵することに比べてさらに自由度が広がる。

これに対抗しようとすると、ヘリ空母の行動範囲内の制空権を確保
して、対潜ヘリを追っ払うだけの航空戦力を持たなければならなく
なるのだけれど、戦闘機を搭載するためには、離発着に耐える強度
や十分な甲板の長さ、カタパルトなどの設備が必要になってくる。

戦闘機を搭載するには、どうしても中型〜大型規模の排水量6万ト
ン以上の空母が必要だとされている。

中国が建造を計画している空母は甲板長320メートル、幅70メ
ートルで排水量は6万トンと言われているから、戦闘機の搭載も視
野に入ってはいるのだろう。
 


4.空母運用の難しさ
 
空母に艦載機を積んだとしても、実際に運用できるレベルに持って
いくのは結構難しい。

空母はひらたく言えば、海上にある飛行場だから、地上の航空基地
と同じレベルのことができないと意味がない。それは何かといえば
、当たり前のことだけど、艦載機が離発着できて、燃料補給ができ
て、整備その他のメンテナンスができること。こうした機能を船の
中に持たせたのが空母。

だけど空母はあくまでも船だから、飛行場のように1Kmもあるよ
うな長い飛行甲板は持てないし、積める燃料や整備部品にも限りが
ある。それに一旦海上作戦行動に出たら補給も十分にはできなくな
ってしまう。

今の戦闘機は第二次大戦期のころのものと比べて何倍も重くなって
いるから、離陸するのに必要な滑走距離は長くなるばかり。

因みにゼロ戦の全備重量は2,743Kg、グラマンF6Fヘルキャットの
全備重量は5640kg、当時のアメリカ空母『ヨークタウン』の全長は
247メートル、帝國海軍空母『翔鶴』の全長は250メートルであった
のに対して、現在のアメリカ海軍主力艦載機『F/A-18ホーネット』
が16,651kg〜23,541kg、空母『キティーホーク』の全長は318.5メ
ートルとなっていて、艦載機の重量が3〜4倍になっているのに、
空母の全長は1.3倍程度。

艦載機の重量増に対して、空母はそれほど大きくなっていない。だ
から離陸に必要な滑走距離の不足を補うために、カタパルトなどの
加速設備や、スキー・ジャンプ勾配を設けたりしている。

そういった制約の中で艦載機を積んだ通常空母を運用しようと思っ
たら、地上基地と比較して全然短い飛行甲板でも離発着できるパイ
ロットを訓練して養成しなくちゃいけないし、限られた予備部品で
整備ができる優秀なスタッフも揃えないといけない。どこかの国の
ように戦闘機の稼働率が50%しかない整備力しかないと、実質戦
力は搭載艦載機の半分になってしまう。

空母は金も人もかかる。

米海軍原子力空母(Carrier Vessel Nuclear)のミニッツ級を例にと
ると、建造費だけで4500億円、維持・運用費用は年間400億円。先
頃退役した原子力を動力としないキティホーク級(排水量6万トン
クラス)ですら、艦自体の建造費が約2500億円、維持運用コストが
年間300億円弱という。海上自衛隊の「あたご」級イージス艦の建
造費が約1400億円であったことを考えるとべらぼうに高い。

また、空母の人員をとっても米空母の場合、1隻の乗員は航空団合
わせて5000〜6000人必要だし、常時安定運用するのに最低限必要と
される3隻を保有しようとなると、もっと人員が必要になる。

イージス艦一隻の乗員数は300名くらいだから桁が違う。海上自衛
隊は陸海空最小の約4.2万人、予算約1.1兆円の規模だから、正規空
母を持つということがどれだけ負担になるか火をみるより明らか。

中国だったら人数の問題はなんとかなるかもしれないけれど、それ
でも経済的負担は結構なものになる。

中国の2009年度(1-12月)国防予算は前年度実績比14.9%増の4806
億人民元(約6兆9000億円)とされている。常時12隻の空母を就役
させているアメリカの軍事費が4500億ドル(約53兆円)であること
を考えると、7兆円規模の国防予算では4隻の空母を建造して運用
するにはまだ足りないだろう。実際は中国の軍事予算は、もっと多
くてその2〜3倍はあるという観測があるけれど、空母運用を本気
で考えているとするとあながち的外れじゃない。

そのような国防予算負担に中国がいつまで耐え続けられるのかは分
からないけれど、中国の軍備増強の牽制としてインドが初の国産軽
空母の建造に乗り出すという。

日本は、インドと密接な連携をとりつつ、ヘリ空母による対潜哨戒
能力を向上させて、現有および次期支援戦闘機によるヘリ空母のカ
バーをどうしていくかなどの実運用能力を磨いておくのが得策では
ないかと思う。
 
(了)



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