新潟の人口 新潟県政記念館の館長さんが語っていた言葉が印象的だったため 新潟の人口のことですがWIKIほかでも調べて見ました。 やはり明治時代の新潟の人口は日本一でした。 明治21(1888)年の人口調査によれば、新潟県の人口は166万人で、 2位兵庫県151万人、3位愛知県144万人、東京府は4位で135万です。 (ちなみに5位広島県、6位大阪府でした。) 明治26(1893)年の調査でも新潟県が171万人で1位であったとのこと。 江戸時代、稲作に適した気候に恵まれ、大阪と北海道を結ぶ北前船 航路のあった日本海側の方が太平洋側より豊かな傾向があったこと と、この時期は、都市化が進んでおらず、日本人の9割近くが農業に よって生活を成り立たせていたため、収穫高が大きい新潟県は人口 涵養能力が高かったようです。現在の新潟県の人口は245万で東京、 神奈川がこの100年間で7倍以上になっているのに比べあまり増えて いません。 江戸時代から日本一の米どころで、幕末に門戸が開かれた「開港5 港」のひとつである新潟港を持ち、佐渡の金山も控えていた新潟県 には、多くの人が集まる条件が揃っていた。戦前は、朝鮮と満州と の貿易の港として栄えたが、戦後は両国との交易がなくなり衰退し ています。中国や朝鮮からの距離は江戸より近く鎖国政策以前には 日本海での交易が頻繁にあったのではないかと推測され興味をそそ られます。 新潟市の県政記念館では、戊辰戦争以降、(賊軍になったわけですが )明治政府下での新潟の政治と経済の歴史が展示され、同時に戦前 の古き良き日本の風情の写真や資料が展示がされており懐かしく新 たな発見をしました。 小川 ============================== なるほど。このデータには改めて驚きますね。この後大正初期には 、大阪が「大大阪」と呼ばれて東京よりも人口が多く、世界でも リバプールなどに次いで6位くらいという時期もあったはずです。 こういう伝統と誇りを、地元の人がしっかりと継承してほしいです ね。 神山 ============================== 小川さん (みなさん) 明治時代は、新潟が東京よりも人口が多かったとの情報の裏づけ、 畏れ入りました!!と同時に色々な意味で、すこぶる興味深い数字 であり、事実だと、あらためて心底から驚き直しています。 今晩は珍しくさほど飲まずに帰宅してPCを開けたのですが、おかげ でその軽い酔いもすっかり飛んでいってしまうほどに、ですよ。 まず先入観というのは本当にコワイものであり、我々はそういうレ ベルの「知識」でさえもこれまでの人生で培ってきたかもしれない あるかなきかの「蓄積」に縛られて、マインドコントロールされて いることが多いのだということ。 これは得丸さんが常々力説していることと交差する問題かもしれま せんね。もうひとつは、上記とからむことですが、東京への人口集 中は、明治維新後もさほど進んでいたわけでなく、本当に急激化し たのは、敗戦後、しかも高度成長期以降であって、ほんのこの40 年くらいの現象であるということ。 考えてみれば、たしかにその通りであって、谷川雁の有名なセリフ のひとつ「東京へ行くな。ふるさとをつくれ!」が様々な意味で 1960年代の中盤までは(少なくとも一部の知的部分に)強烈な インパクトをもちえたのだ。 3月16日 松本輝夫 ============================== 皆さま わたしも、へぇー新潟の人口が明治の頃には・・・と驚いた一人で した。 小学校の社会科では<裏日本>という呼称であったのが思い出され 今では<日本海側>となっているなあ、と wikiに お伺い。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%8F%E6%97%A5%E6%9C%AC 近代以前の<内日本>という謂いは、網野善彦氏の南北をひっくり 返し、日本海を内海と見る地図にも合致します。 明治中期に刻印された<裏>という言葉が、単なる地理用語で否定 的な意味合いではなかったとはいえ、 (もちろん他のさまざまな要因のほうが大きかっただろうとの 認識も持ちながら) 白川静碩学の<呪能>の役割も果たしていなかっただろうかなど 放恣な連想もはたらいてしまいました。 <内日本><外日本>であったなら、また異なる日本の姿であった かもしれない。 ピンポイントで<場>を知るのもだいじですね。 滞在先でもアンテナを張る小川さんの余波に与らせていただきまし た。 日比谷 ============================== たしかに表日本・裏日本という概念は、我々の思考を太平洋側に釘 付けにしますね。 そう考えると、 (1) 我々は概念がなければ思考することすらできない、 (2) 与えられた概念に我々の思考は左右される、 といえますね。 したがって、 (3) 概念、つまり符号語と対応する意味のセットの構成・構造に ついてきちんと自覚して概念を使用しなければ、概念の落とし穴に 陥ってしまう。思考が我々を誤った方向に導く。 という事態もありえると思います。 であるならば、 (4) 我々は自分なりの(操作されない)思考を行なうために、自ら 概念を打ち立てなければならない。 それ以外に我々の思考が自律性をもつことはないのでは? 松岡正剛の「白川静」読み始めましたが、まだ松岡さんの概念の使 い方に、いまひとつ呼吸がついていけてません。 得丸公明