3230.科学と文学を切りはなさないコスモポリタンの生き方として



科学と文学を切りはなさないコスモポリタンの生き方として
From: tokumaru 

>科学と文学を切りはなさない

という点では、ニールス・イエルネなんか面白いですよ。
彼の名前も、ハンス・ノルの論文で初めて出会って、昨日図書館
で借りてきたのがこの本。

「免疫学の巨人 イエルネ」(医学書院、2008年)

今、一気に読んでいるところです。

下の書評からもわかりますが、本を読むと、もっとすごいです。
アルコール依存症であり、異常性癖の持ち主。自分の奥さんの親友
とSM愛人関係になって(イエルネはS)、そのあげく奥さんはガス
自殺。
しかし、それから、研究者としてのイエルネが生まれる。
彼こそが免疫の世界で、セントラル・ドグマと呼ばれるにふさわし
い学説をひとりで構築し、1984年にノーベル賞を受賞。

彼の面白さは、しかし、それだけではありません。
デンマーク人ですが、ロンドンで生まれて、オランダで育ち、奥さ
んはドイツ人だった。
根無し草のアウトサイダーな意識で一生を過ごしたところなど、実
に興味深い。けっして幸せそうには見えませんが。
「イエルネのオランダ語は、終生、彼のデンマーク語よりもうまか
ったが、書く能力については多少問題があり、彼はドイツ語とオラ
ンダ語の文法や綴りをよく区別できなかった。
イエルネは、生来の母国語を持たなかった。ニールス・カイは家族
の中の多国語学者で、オランダ語、デンマーク語、英語、ドイツ語
で書き、それら異なる言語の単語や文法構造を結合させていた。
(略)
何か一つの言語を完全にマスターしなかったことが、イエルネの情
緒的な表現様式の核となったアウトサイダーという感覚をもたらし
たといえよう。
イエルネは、どこにであれ一度も真から根を下ろしたと感じたこと
はないと、しばしば強調した。」

単一の母国語をもつ我々は、何かを言葉にするときに、自分では
ちゃんとうまく言語化できたと思いがちですが、実は、我々は勝手
にそう思っているだけで、言語化することについてあまり問題意識
をもたないから、オメデタクも言語化したことで自己満足している
だけかもしれないですね。
これは金曜日の夜の読書会の話題のひとつでありましたが。
このイエルネの伝記を読んで、あらためて思いました。

得丸


http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=5666

免疫学の巨人イェルネ [著]トーマス・セデルキスト

[掲載]2008年03月30日
[評者]渡辺政隆(サイエンスライター)

■尋常でない科学者の妖しい生き方

 これほど不思議な科学者の伝記を読んだのは初めてだ。主役であ
るニールス・イェルネという人物が尋常じゃない。おまけにこれは
「実存的伝記」だなんて。

 ノーベル賞学者である免疫学の泰斗イェルネは、伝説的な人物と
してつとに名高い。「ニールス・イェルネの聖性と俗性」と題した
序文を寄せている同じ免疫学者、多田富雄氏の「近代免疫学の最後
の傑出した理論家、預言者、伝道者」との形容が、そのことを雄弁
に語っている。

 免疫学者イェルネの最大の業績は免疫系のネットワーク理論の提
唱とされる。しかし、免疫学の理論は医学・生物学でも極めて難解
な領域であり、理解することは最初から放棄するのが無難だ。それ
でも本書が魅惑的なのは、実験的確証もなしに網の目のような理論
を創案したイェルネという人物の妖(あや)しい生き方にある。

 日本びいきの視点から言えば、イェルネの最大の功績は、創設に
関与し初代所長を務めたバーゼル免疫学研究所で、まったく無名だ
った利根川進博士に自由に研究をさせ、ノーベル賞に輝いた研究を
開花させたことだろう。

 ロンドンで生を受けオランダで育ったデンマーク人イェルネは、
同郷人である実存哲学者キェルケゴールに心酔し、女性とワインに
耽溺(たんでき)し、プルーストを読みふけって時間の迷宮をさ迷
う人生を送った。科学者としての本格デビューは40歳を過ぎてか
ら。行く先々で熱狂的な心酔者を得る一方で、家族への義務はほと
んど果たさない。

 自分にまつわる思春期以後のほとんどすべての資料を保存し、検
閲的な介入もしないイェルネは、伝記作家にとっては夢のような存
在だった。しかし、イェルネへのインタビューを重ね、膨大な文書
庫で格闘するうちに、伝記作家は精神のバランスを崩しかけたとい
う。巨人の実存を描き出すことはかくも難しい。

 かつて科学は科学者の生き様を映し出す営為だった。十字架の前
で物思う遺影をあしらった秀逸な表紙が、そんな最後のペルソナの
光と陰を象徴している。

    ◇

 宮坂昌之監修、長野敬・太田英彦訳/ Thomas Soderqvist







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