3200.米国債と日本の経済対策についての雑考



米国債と日本の経済対策についての雑考


                           日比野

1.ヘリコプター・エン
 
「日本がG7で世界に先駆けてIMFを通じた融資に声を上げてく
れたおかげだ」

アイスランド外相の政治顧問のコメント。

国家破綻の危機に瀕したアイスランドは、国際通貨基金(IMF)
から2年間で総額20億ドルの融資緊急融資を受けることになった
。

またハンガリーやパキスタンもIMFから融資を受けることで、デ
フォルトを回避しようとしている。日本のマスコミは、日本のIM
Fへの10兆円貸し出しに対する貢献をちっとも報道しないけれど、
日本の国際貢献はちゃんと評価されているしIMFも機能している。

IMFが機能しているということは、最後のセーフガードができた
ということ。日本としては、使えない米国債を死蔵するよりは、I
MFの仮面を被せて市場に出して、利子つきで返してもらうのはい
いこと。帰ってくればの話だけれど、単なる二国間融資よりは、ま
だ可能性はあるだろう。

であれば、もっと貸出してもいい。米国債よりはまだ生きた金にな
るから。

実際に、中川昭一財務・金融担当相はIMFの資本金を現在の約3
2兆円から倍増するように要請し、今後、IMFの緊急融資が急増
した場合は、さらに日本の融資枠を拡大することも検討するとして
いる。

ヘリコプター・エンが、世界各国を経済破綻のふちから救い出して
いる。

オバマ次期大統領のニュー・ニューディール政策は年間1000億
ドル(=10兆円)規模にもなると見られている。

それだけの財源をどこから調達するのか。米財務省は2月に実施す
る国債の四半期定例入札の発行総額を過去最大規模の合計670億
ドルと発表している。米国債増発による財源の手当てもそのひとつ
だろう。

増刷された米国債は何処が引き受けるのか。世界中が青息吐息の今
、誰もそんな負担は引き受けたくない。

実際に米国を大規模に購入する余力がある国は、世界でも日本と中
国とアラブくらいしかない。

また、今のアメリカが売ることができる競争力ある製品、たとえば
武器やミサイルシステムなんかを売りつけてくるとかも可能性とし
ては考えられる。

その意味では、IMFへの10兆円貸出は先手を打ったという意味
では非常によかった。ただ、その見返りとしてのIMFの高位のポ
ストを要求しなかったのは残念だったし、ポストを確保すべきであ
ったと思う。なぜなら、IMFに影響力を持つと、他国への貸出に
際して影響力を発揮できるから。

そうすれば、今後まだ成長が見込める新興国やBricsあたりを中心に
IMFとしてどんどん貸してやれる。取り立てはIMFの怖いお兄
さんに任せておけばいい。そうやって、内部留保を減らして、貸付
の形にしておく。予算の付け替えみたいなもの。

先日行われたダボス会議で、麻生総理は、日本が追加1.5兆円を
アジアにおけるインフラ投資のために提供する旨を表明した。

アメリカから、国債引き受けを要請されたときも、これこれこうい
う理由で貸し付けをやっているので、今までどおりの米国債の引き
受けは難しい、と駆け引きの口実にすることだってできる。

最終的にはある程度米国債を引き受けざるを得ない可能性は高いの
だけど、将来的に新興国が不況から脱出して、経済成長していれば
、彼らに相応の米国債を買ってもらうことも期待できよう。米国債
、皆で買えば怖くない。

今の世界は、一番信頼されている通貨「円」によって、最悪の事態
に陥ることをなんとか食い止められている。ヘリコプター・エンが
世界を支えてる。

うまく立ち回れば、円の影響力を拡大して、地域通貨覇権を握れる
可能性も出てくる。
 


2.人民元切上げ圧力

「オバマ大統領は中国が為替を操作していると確信している」

米上院財政委員会への書簡の中で明らかになったガイトナー財務長
官の発言。

人民元がその実力に対して不当に低く操作されているのだ、と。こ
のガイトナー発言は無論狙って行なったものだろう。

元をドルに対して高くしたいという意図がある。

その理由として大きくふたつ考えられる。

ひとつは、いまや日本を抜いて世界一の外貨準備高、その大半をド
ル国債で持っている中国に対する借金を減らしてしまうということ
。もちろん第二位のドル国債を保有する日本に対しての借金も減ら
すことができる。

もうひとつは、元の購買力を上げることで、よりアメリカ製品また
は、更なる米国債を買ってもらうということ。

前者は説明の必要がない。これから国内経済の立て直しで、NEW
ニューディールの名の下に更なる政府支出をしようとしている。タ
ダでさえ、膨大な赤字を抱えるアメリカがその資金を調達しようと
すると、ドルをバカスカ刷って、米国債を買い取ってもらうのは一
番手軽な資金調達方法。

また、後者についても同様にアメリカの経済対策の一環。サブプラ
イム問題発生後、アメリカ国民が倹約し、貯金をするようになって
いる。これまで借金してまで世界中からモノを買いまくっていたア
メリカの消費がどんどん無くなってゆく。アメリカが買ってくれて
いた分をどこかが買ってくれない限り、適正規模まで経済は縮小す
るしかない。

そんなとき、人口があって市場が見込める国の通貨を切り上げて、
購買力を高めてやれば、その分経済縮小を補完することになる。

ガイトナー発言に対して、中国は当然の如く「根拠のない批判」だ
として反発し、米国債の購入見直しを示唆して牽制しているけれど
、結局は元の切り上げに踏み出さざるを得ないのではないか。

中国国内では、米国債の購入見送りのみならず、米国債を売ってし
まえという声も上がっているという。だけど、売ったところで、や
っぱりドルは下がって、元は上がってしまう。ガイトナーの目論見
どうりになってしまう。

だから反発するとしたら、別の嫌がらせに出る可能性がある。 



3.ガイトナーの罠

中国は反発をすると、抗議の意思を示すのに全然別の事で直接的な
嫌がらせをしてくる傾向がある。対象国の製品に禁止薬物が検出さ
れたとかなんとかいって輸入を止めたり、高率の関税をかけたりと
か。

だけど、それこそがガイトナーの罠かもしれない。その鍵を握るの
が「バイ・アメリカン条項」。

「バイ・アメリカン条項」とは、米下院が1月28日に可決した約
8200億ドルの景気対策法案に盛り込まれた「アメリカ製品を買
う」という条項のこと。具体的には、景気対策での公共事業には米
国製の鉄鋼しか使用を認めないというもの。

この条項は保護貿易に繋がるものだから、当然、欧州・カナダなど
アメリカの貿易相手国から強力な反発があった。

それを受けてか、条項の再検討しているとギブズ米大統領報道官が
発言し、オバマ大統領も反対を表明したのだけれど、最終的には、
同条項に「国際的協定のもとでの米国の義務に整合する方法で適用
される」という一文を加えて表現を和らげた修正案とすることで決
着することになった。

上院には、バイ・アメリカン条項の削除案も同時に提出されていた
のだけれど、こちらは否決されてしまった。

しかも上院で可決したバイ・アメリカンの対象品は鉄鋼だけでなく
、すべての工業製品にまで拡大されている。この「バイ・アメリカ
ン条項」が中国に対する罠になっているのではないか。

どういうことかというと、もし中国が人民元の切り上げに反発して
、アメリカ製品の輸入をストップさせたり、関税率を引き上げたり
したら、それを理由として「バイ・アメリカン条項」を持ち出して
くるとか。

もっと言えば、中国製が殆どを占めるような品目があれば、そこか
ら「バイ・アメリカン条項」を適用してしまえば、モロに中国を狙
い撃ちすることができる。

そうなると、中国「製」製品でなければいいことになるから、中国
に進出した外資系企業は工場を次々に畳んで、他国に逃げ出すこと
になる。そうやって、あの手この手で産業を自国に呼び戻す狙いが
潜んでる。

バイ・アメリカンをやらせた責任を中国に擦り付けて、自分は保護
貿易。あくまでも建前上の正義はアメリカにあることにするガイト
ナーの罠。
 


4.トヨタの戦略

オバマ大統領は1月26日、新たな環境政策の一貫として、日欧と
ほぼ同水準となる排ガス規制を採用することを表明した。またそれ
を受けて、GMとトヨタはそれに対応する声明を出している。

ただの思いつきにしか過ぎないのだけれど、これで一部囁かれてい
た、トヨタのGM買収説が本格的に動いてくるような気がしてなら
ない。

オバマ政権の政策のひとつに自国産業の建て直しがある。当然自動
車産業もそこに含まれている。

だけど、オバマの打ち出している環境政策に対して、日本の自動車
メーカーを相手にBIG3が直ぐに太刀打ちできるとは思えない。
エコカー、低燃費車技術では大きく水を開けられている。

とすると、次に考えるのは、日本の環境技術をアメリカに移管する
こと。やり方はいろいろあるだろうけれど、一番手っ取り早いのが
、技術者を高額でスカウトしてくるか、日本のメーカーとの合弁会
社でも立ち上げること。

日本の自動車メーカーは、技術をタダで獲られるのを黙って見てい
る訳がない。どこかの時点でBIG3の救済に乗り出すのではない
か。ちょっとした工夫を伴って。

自国産業建て直しを標榜するオバマ政権にとっては、海外競合メー
カーは目の仇。バイ・アメリカン条項が自動車に適用されたら、日
本車は排斥される対象。

そういったことに対するトヨタの対策として考えられるのは、GM
ならGMに支援を打ち出して、合弁会社設立と技術供与、又は協力
を行なうのではないか。

その際のちょっとした工夫というのは、その合弁会社が作って売る
車のスタイル。外観・デザインはGMでやって、エンジンやら中身
は全部トヨタの低燃費又はハイブリッド車で作るというスタイル。

部品や制御系は全部トヨタが面倒を見て、組み立てと販売をGM側
でやる。外見えはまったくのアメリカ国産車。アメリカ国民は喜ん
で買って、利益はGMとトヨタで折半。

黒い目の外資ならぬGMエンブレムのトヨタ車をバンバン売って、
日本車が売れなくなるリスクをヘッジする。

トヨタのみならず、日本車メーカーはそんな戦略を描いているかも
しれない。



5.タイムラグとバーター取引

 中国がバイ・アメリカンの報復として、アメリカ製品を輸入しな
くなれば、中国にアメリカ製品を買ってもらうという当初の目的が
果たせないのではないかという疑問は当然ある。

だけど、そこにはある種の「タイムラグ」が存在してる。

今現在、アメリカが海外に売れる製品というものはそんなにない。
小麦なんかの食料品は輸出できても、車や電化製品なんかの加工製
品で国際競争力がある産業は殆どない。軍事技術・武器は別だけど。

アメリカには、今すぐ中国に買ってもらえるような産業製品がない
から売りたくても売れない。今はそんな競争力のある製品を作る時
間、産業を興す時間が欲しい。

だから、今は中国を叩いて、元を切り上げさせてドルを安くする。
そして、アメリカの自国産業が十分に立ち上がった時点で、バイ・
アメリカンを止めればいい。そういった「タイムラグ」を利用しよ
うとしているのかもしれない。

だから、中国としては安易にこの為替操作国だ発言の「挑発」には
乗らないほうが良いことになる。もしこういった狙いが本当だった
としたら、したたかな中国のこと、この機会を逆に利用しようと考
えることだって十分にあり得る。

田中宇氏によれば、アメリカ外交問題評議会(CFR)が発行する
雑誌フォーリン・アフェアーズの7−8月号に、米中関係に関する
フレッド・バーグステンの論文「対等な協力関係」(A Partnershi
p of Equals)が掲載され、そこで米中を基軸としたG2体制で世
界経済を運営していく必要があると述べられている。

このあたりを梃子にして、中国はアメリカに人民元切り上げ又は米
国債購入を呑む代わりに、米中軍事協力またはアメリカの最新鋭武
器を購入したいとバーター取引を持ちかけるかもしれない。米中共
同世界覇権体制確立のためには、アメリカとの協力が必要不可欠だ
、とかなんとか言って。

または、尖閣諸島の中国支配を認めるなら、米国債を買ってもいい
くらいは打診してるかもしれない。

こういったバーター取引が成立してしまうと、日本にとっての最悪
のケースになる。特にF22が日本にではなく、中国に売られたと
したら今の航空自衛隊の戦闘機では歯が立たない。

今のところ、アメリカが技術漏洩を気にしてF22は他国に売らな
い方針だけれど、それもいつまで続くか分からない。

日本は、将来の世界体制をしっかり見据えた上で対策を立てておく
必要がある。

中国が言い出す前に、日本がある程度米国債を円建てで引き受ける
から、その代わりにF22を日本に売ってくれというような交渉が
できるかどうか。

近く、ヒラリー国務長官が来日するけれど、そこでなんらかの動き
があるか注目したい。
 
(了)


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