3158.地 球 浪 漫 U 4



                平成20年12月30日 得丸 公明

401) 私は2007年4月に南アフリカにある最古の現生人類遺
跡、クラシーズ河口洞窟を訪れて以来、ことばの起源、人類がいつ
・どこで・どのようにして言語を獲得したかについて考えることに
没頭している。(302)

 そもそも洞窟をめざした理由は、裸化の謎を解くためであった。
だが、我々にはまだ産毛が残っており、完全な裸ではない。単なる
退化なら、裸はさほど重要ではない。一方、ことばは、言語に特化
した発声器官や中枢神経回路の形成を伴う進化であり、このプロセ
スの解明には、人類の起源やことばの特性を理解する上で意味があ
る。

 そして、言語進化学や分子生物学の学者たちが、ことばの獲得と
現生人類の誕生はともに今から5万年前から10万年前にアフリカ
でおきたと主張しており、クラシーズ洞窟発掘調査で確認された居
住期間が十三万年前から6万年前で、人類や言語の誕生時期と重な
っていることも、素人人類学者・素人言語学者の私を駆り立てる。

2.爬虫類のコミュニケーションは4通りしかない。あいさつ、攻
撃・威嚇、服従、そして求愛。卵から生まれるため、親子の絆を感
じることもない。個体がそれぞれの縄張りを守って暮らしているか
ぎり、この4つで十分である。

 哺乳類になると、親(とくに授乳する母)と子の絆が強まるし、集
団的・社会的な生活の中で、コミュニケーションの種類や必要性は
増える。それでもチンパンジーの場合にメッセージは30種類、暗
い地下トンネルで生活するハダカデバネズミで18種類といわれて
いる。

 これらの数と、通常数万から数十万ある我々の言語の語彙数を比
べると3から4も桁数が違う。その上、我々の言語は、単語をつな
いで文を作り、それを段落や文章にまとめてあげていくことや、複
雑な文法によって時制や単複や上下関係などきわめて繊細で複雑な
内容をわずかな音韻変化で表現することができる。この違いはいっ
たい何に由来するのであろうか。

 実際にいろいろな単語を思い浮かべ、それぞれの単語に対応する
意味を自分がどのようにして身につけたかと考えているうちに、話
し言葉はデジタル通信であるということに気付いた。

 デジタル通信とは、バラバラな(離散的な)信号を用いる通信であ
る。コンピュータの世界は0か1かの二元デジタルだが、日本語の
場合は、50ある清音に、濁音・半濁音や拗音を合わせた百強の音
節を元として用いる。話し手がそれぞれの音節を別々の音として発
音することができ、聞き手が聞き取った音をそれぞれ別々の音節と
して聞き分けられるとき、デジタル通信が可能となる。

 百元のデジタル信号を使えると、2音節だと百の2乗、1万種類
の符号語(単語)を造ることができ、3音節だと百の3乗、百万種類
の単語を造ることができ、4音節だとなんと1億種類の単語を造る
ことができる。もちろん我々はそんなにたくさんの語彙をもたない
が、オグシオやスエマエ、ケーワイ、アラフォーのように、いつで
も好きなだけ新しい単語を造り出すことができる。

 いったんデジタル式に符号を造ったら、符号と符号が指し示す意
味を一対一で、アナログ式のパターン認識によって結びつける。こ
の仕組みでは、知らない単語に出会うとコミュニケーションが成り
立たない。符号と意味のパターンマッチングを全て教えこみ、言語
共同体内の成員間で共有するのは、根気が必要で手間暇かかる作業
である。しかしながらそれはいったん覚えてしまえば、符号を丸ご
と高速処理でき、便利この上ない。

 幼児は、表にかなが書いていて、裏にその音から始まるイラスト
が書いてある積み木や、音と絵を並べてある絵本を使いながら、音
声符号とイメージを結びつけて覚えていく。似た作業を、我々は大
人になっても、外国語や新しい単語に対していちいち行っている。
パターン認識に王道はない。

 鳴き声で造り出すアナログ符号では、符号の種類に限りがあり、
複雑な内容を伝えることができない。人類はデジタル音声符号によ
って、無数の単語を造り、さらに複雑な文法を駆使したものを、パ
ターン認識によって意味へと昇華するため、繊細かつ複雑な内容を
高速処理できる。デジタル言語を獲得した人類が、通信の優位性を
武器として、他のすべての人類を滅ぼして、世界を制覇したものと
思われる。

 洞窟進化仮説と人類言語のデジタル性について、日本進化学会第
十回全国大会で口頭発表(8月、東京)した。

3.(財)井上育英会の卒業生の親睦団体(財)桜菱会の秋季例会が
11月14日にホテル・グランドパレスで開かれ、「デジタルに話
すサル 南アフリカの洞窟における言語の誕生」という題で一時間
の講演をする機会を頂いた。

 デジタル言語が洞窟の中で生まれた背景として、洞窟内は暗く、
外部の音から遮断されているため、音に対して敏感になることがあ
る。真っ暗なときは歩くことすら危険であり、余暇は音を出して楽
しむほかない。その結果、舌や唇や声道が発達して、離散的な子音
や母音を獲得したのではないか。また、洞窟内は安全であり、外敵
に狙われる心配がないため、新生児はまともに歩くことすらできな
い無力な状態を一年以上続けることができ、その分、脳の神経回路
を生後に発達させることができたと考えられる。

4.言語のデジタル性について、誰か他に論者はいないかとグーグ
ルで検索してみたところ、アメリカの分子生物学者ハンス・ノルが
、2003年にバイオエッセイという学術誌上で、そのものズバリ
「人類言語のデジタル起源」という記事を発表していた。言語学者
ではなく、分子生物学者が論じたところがおもしろい。DNAも、
AGTCの4つの塩基が一次元的に配列されてできており、デジタ
ル通信であるからだ。しかしDNAと言語の類似性はそれだけにと
どまらない。

 AGTCが3つ集まってつくられるコドンは、4x4x4の64
通りの組み合わせから、20種類のアミノ酸を造り出す。そこから
先は、アナログなパターン認識でたんぱく質が合成されていくとい
う。音節と単語と意味の関係に似ている。

 DNA塩基が3つずつ集まってアミノ酸を形成し、それがたんぱ
く質となり、器官が形成され、ひとつの生命体になっていく過程は
、音節が2つから4つ集まって単語を形成し、それが文、文章へと
まとめられている過程と似ている。

 また、人間は、脳の中枢神経回路が未完成な状態で生まれて、外
部から受け取る音や光の刺激によって、生後何年かかけて、デジタ
ル言語を処理できるような中枢神経回路を形成していく。このため
に、日本語環境の中で育つと、LとRの区別やVとBの区別はでき
ないのである。乳児のときに聞いた母音や子音しか、我々の脳は識
別することができない。外部刺激に対応した組織を形成するのは、
外部から進入する抗原に対して抗体を造り出す免疫メカニズムに似
ている。

 この論文を読んで、人類のデジタル言語は、DNAの造り出す生
命進化の神秘を踏襲した、奇跡的なものであると思った。

 脳が発達途中の早産状態で子宮の外に出すという「革命的な進化
のもつ意味の甚大さには、ただただ恐れおののくばかりである。ま
ったく無力でたよりなく、誰かに保護されなくてはならない状態で
生まれてくることが、どれほど高いものにつくかを考えると、胎生
状態で生まれてくることが果たして選択的優位性をもっていたのか
、私にはよくわからない」とノルはいう。

 人類の進化、言語の起源の謎は、この不自然なまでの晩生性に尽
きる。なぜ人類が極度の晩生性をもつようになったのかという問い
に対しては、極度に安全な洞窟の中に住んだから可能だったと私は
答えたい。

5.12月15日、東大・生産技術研究所で開かれた日本リモート
センシング研究会の平成20年度第7回勉強会で、「デジタル言語
を話すサル 言語のシステム工学と起源仮説」という題で1時間の
講演をする機会を頂いた。いまや研究発表の場を求めて、学会ジプ
シーと成り果てた私は、リモートセンシング研究会の顔ぶれに、故
郷で幼馴染に会うような懐かしさを感じた。

 話の中心は人類とデジタル言語の起源についてであったが、南ア
フリカには、地球物理学的に解明すべき課題があることも指摘した
。それは最近明らかになった、ほぼ同じ地点に2つの小惑星が衝突
したことの影響評価である。

 二〇億年前に南アフリカに直径十kmほどの小惑星が衝突した。
広島型原爆の90億倍の威力で、衝突によって直径300kmの穴
があき、その深さは25kmに達したという。人類が知るかぎりで
、最古、最大、最深の隕石衝突跡として、ここフレデフォート・ド
ームはユネスコの世界自然遺産に登録されている。

 その中心点から約200km西方に、1億4500万年前にもう
ひとつ小惑星が衝突したことが、十数年前にわかった。こちらはモ
ロケン・インパクトと呼ばれている。

 南部アフリカ一帯はカルーと呼ばれる玄武岩層が地表を覆ってい
て、不毛な砂漠地形になっている。これまでそれは1億8千万年前
に形成されたと言われてきたが、ほぼ同じ地点に二度目に小惑星が
衝突したとき、衝撃で地殻が割れ、地中のマントルが流出した可能
性はないだろうか。

 当時ひとつの大陸を構成していたゴンドワナランドが、アフリカ
大陸、南米大陸、南極大陸、オーストラリア、インド亜大陸、マダ
ガスカルなどに分裂したのも、モロケン惑星衝突の時期と近い。二
度目の小惑星衝突が原因でゴンドワナが分裂した可能性はないだろ
うか。もしそうだったなら、インド亜大陸がユーラシア大陸とぶつ
かって最高峰エベレストを生んだヒマラヤ造山活動も、その麓でお
生まれになったお釈迦様も、二度の小惑星衝突のおかげということ
になる。

 2、300万年前に南アフリカに住んでいた我らの祖先アウスト
ラロピテクス・アフリカヌスは、この不毛な土地で食糧を獲得する
ために骨角器を使うようになり、「狩りをするサル」へと進化した
。クラシーズ河口洞窟があるアフリカ大陸南端の海岸段丘は、ゴン
ドワナが分裂した痕である。原人の進化も、新人の誕生・言語の獲
得も、仏教誕生も、すべて惑星衝突と結びつくのだろうか。

402) 「詩は三百、一言以ってこれを蔽えば、曰く、思い邪ま無
し」(為政第二、詩経の三百篇の詩に共通するのは、まっすぐで純粋
な感情である。ここに詩の本質がある)と教えた孔子ほど、詩の大切
さを繰り返し唱えた思想家は、人類史上ほかにいないのではないだ
ろうか。

 そもそも儒教の経典である五経(詩経、書経、易経、春秋、礼記)
の中に、詩経が含まれていることが、詩の高い位置づけを物語って
いる。「詩に興こり、礼に立ち、楽に成る」(泰伯第八)というよう
に、孔子は、人間の教養の出発点を、ただしい感情の高揚である詩
においている。

 孔子が息子の伯魚に教えたことは、詩を学べ、礼を学べというこ
とだけだった。まだ詩を学んでいないという息子に、「詩を学ばな
ければ、ものがいえないぞ」と教えている。「曰く、詩を学びたる
かと。対えて曰く、未だしと。詩を学ばずば、以って言う無しと。
」(陽貨第十七)

 詩という表現形式は、心の中で湧き起こる感情を、できるだけ忠
実に言葉に紡ぐものである。孔子は、詩人が詩の言葉を紡ぐように
、まごころに接地した素直な嘘のない言葉を使うべきだと思ってい
たから詩を重んじたのだろう。

2.人は、心に思い浮かぶことを、脳内の意識によって言語化する
。これはアナログな感情を、デジタルな言語に置き換える作業であ
り、心のままに素直に表現することもできれば、逆を言ったり、心
にもない嘘を混ぜることもできる。

 その結果、言葉の真実性が損なわれ、虚実ないまぜとなっている
ことが、人類の思考や行状が混乱・混迷し、過ちを犯す原因となっ
ている。ここに文明の原罪性がある。

 言葉は記号にすぎず、それ自体は意味をもたない。詩作の手法を
用いて言葉を紡ぐことによってはじめて、言葉に血が通い、真実性
が保証される。「記号と意味が恣意的に結びつく」という言葉の構
造欠陥、言葉の頼りなさをわかっていたから、それに陥らないため
に、孔子は詩を尊重したのではないか。これは、ものごとを正しい
呼び名で呼びなさいという正名論(子路第十三)にも通ずる。

3.3月2日、三鷹天命反転住宅202号室の住人(当時)倉富さん
のお部屋をお借りして、山本陽子の長編詩「神の孔は深淵の穴」
(1966年)と「遥るかする、するするながらV」(1970年)の
朗読会を行った。直前に朝晩公園で朗読の練習をしたが、彼女の詩
は声に出して読むと実に気持ちがよい。朗読を通して詩人の思いが
体内で芽吹いて育っていくのを感じた。

 山本陽子は、人類文明が早晩終焉することを予感していた。滅び
の時代を生きなければならない人類に、詩人の心をもって、悩まず
、恐れず、勇気をもって飛びなさいという。

403) ウェブ雑誌「マイルストン」に連載中の『現代という芸術
』は、1月「いづれかうたをよまざりける」(短歌)、2月「自由
・純粋・今・自然 詩人山本陽子(1943-1984) もののあはれ」(短
歌)、3月「花詠」(短歌)、4月「三鷹天命反転住宅再訪記 家
との再会1」、5月「花の仮想現実感覚」、6月「ブッシュマンの
ロックペインティングはアートではなかった」、7月「生理学的エ
ンコーダー・デコーダー」。人間が言語を使うとき「自分の脳内辞
書を参照しながら、無意識に意味を言葉に置き換え、言葉を意味に
置き換えている。これは、通信の世界でエンコーダー・デコーダー
というデバイスと同じ働きを脳内生理現象として行っている」8月
「蝉の禅」(短歌)、9月「地球規模の相似性 南アフリカ・クラ
シーズ河口洞窟と宮崎県日南市・鵜戸神宮」。アフリカ大陸と九州
は形が似ているが、クラシーズ河口洞窟と鵜戸神宮の相対位置も似
ている。10月「私たちは結局言葉を信じていない」。11月「フ
ォーディズムの終焉」。T型フォードが生まれて百年になるが、マ
イカーとマイホームの夢に労働者を駆り立てて耐久消費財を大量に
売る時代は終った。もはや地球環境がそれを許さないのだ。

2.東京国際仏教塾の「佛教文化」第132号(2008.4.19)に「おの
れ自身との対話」、仏性は「文明の垢を禊ぎ、祓い清めた究極のお
のれ自身に求められる。」

3. (財)合気会の「合気道探求」第三六号(2008.7.20)に「人類洞
窟進化説」。合気道は「言語が生まれる以前の『不立文字』の世界
をめざす」

4.桜菱会事務局発行「新桜菱」第二〇八号(2008年12月30日)で、
十一月の講演の報告と要旨を掲載。

5.会は3月に言語学者の鈴木孝夫先生を囲んで鈴木孝夫+田中克
彦対談「言語学が輝いていた時代」。4月は鬼塚英昭著「日本のい
ちばん長い日」。6月は渡辺京二著「北一輝」をとりあげ、北一輝
という革命家・思想家の本領について検討。8月の合宿は、「原爆
の秘密 国外篇 殺人兵器と狂気の錬金術」・「国内篇 昭和天皇
は知っていた」(成甲書房, 2008年)の著者鬼塚英昭さんをたずねて
別府・鉄輪温泉で行われた。本書は、昭和天皇や側近は広島・長崎
への原爆投下をあらかじめ知らされていたという。日本現代史の中
でまだ検証が行われていない不明朗な闇の部分である。十二月は、
年忘れに元気の出る本、三浦雄一郎著「75歳のエベレスト」(日経
)を取り上げた。として平成18年度に参加した仏道修行の感想文。


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