3115.デジタルに話すサル(ホモ・サピエンス・デジコム)



デジタルに話すサル(ホモ・サピエンス・デジコム)
                    :南アフリカにおける現生人類の誕生
From: tokumaru(得丸)

我々現生人類のことは知恵あるものの中でもとくに知恵があるとし
て、ホモ・サピエンス・サピエンスと呼びならわされているが、
むしろ言語通信のデジタル性を反映させてホモ・サピエンス・デジ
コムと呼ぶのはいかがであろうか。

・ほぼ同じ場所に小惑星が二度衝突
 20億年前に南アフリカに小惑星が衝突した。その跡は今も顕著で
、フレデフォート・ドームは世界遺産に登録されている。その近く
に1億4500万年前にもうひとつ小惑星が衝突し(モロケン・インパク
ト)、地殻が割れ玄武岩流出がおきた。そのため南部アフリカ一帯に
はカルーと呼ばれる砂漠地形が広範にみられる。

 2-3百万年前に生きていた人類の祖先アウストラロピテクス・アフ
リカヌスは、この不毛な土地で、骨角器を使って「狩りをするサル
」へと進化した。

 モロケン惑星衝突の影響でゴンドワナランドは分裂し、アフリカ
大陸の南のインド洋沿いに海岸段丘が生まれた。この砂岩層の海岸
段丘には海抜20mあたりに海蝕洞窟がいくつも存在し、中期旧石器時
代(25万年前から2万5千年前)の居住が確認されている。

 そのうちのひとつが最古の現生人類遺跡クラシーズ河口洞窟であ
る。1960年代末から行なわれた貝塚発掘の結果、今から13万年前か
ら6万年前の人類の居住跡や人肉食の跡が確認されている。ここの居
住期間と、21世紀の人類学において通説化した現生人類の誕生時期
、および言語学者たちが主張している人類の言語の誕生時期がオー
バーラップすることは特筆に価する。

・ 最古の人類遺跡を訪れる

 私は、学生時代に南アフリカの人種差別に興味を持ち黒人たちの
生活が知りたくて、1980年と民主化後3年経過した1997年に都市近郊
の黒人居住区を見学した。そしてヨハネスブルグ環境サミットの
2002年には、地球環境問題と南アフリカへの関心から環境NGOの幹事
となって下見と本番の二度、ヨハネスブルグを訪問した。

 サミットの予習をしているとき、21世紀に新たに書き下ろされた
水俣病に関する本を数冊(西村肇・岡村達朗著『水俣病の科学』、緒
方正人著『チッソは私であった』など)読み、「水俣病はチッソが悪
いのではない。人類の原罪として生まれた」という言葉に出会った
ため、「人類とは何か」、「文明の原罪とは何か」ということを追
い求めていたのだった。

 西原克成博士(『内臓が生みだす心』、『免疫 生命の渦』)や島
泰三博士(『親指はなぜ太いのか』、『はだかの起原』)の著作を読
むことにより、文明の原罪は裸化と言語に関係があるというところ
まであたりをつけていた。直感で人類の裸化はきっと洞窟の中であ
ったに違いないと思って、2007年4月に南アフリカの世界遺産「人類
のゆりかご」を訪れようとして、土壇場でクラシーズ河口洞窟のこ
とを思い出したのだった。

 クラシーズ河口洞窟の名前は多くの人類学の入門書に紹介されて
いるのに、洞窟への場所や行き方は現地旅行代理店や旅行案内所に
聞いてもわからなかった。私は、日本の国立科学博物館の研究者に
、南アの考古学者が書いた本の著作権ページを見せてもらい、そこ
にあった考古学者の電子メールのアドレスにあてて、私がこれまで
に読んで感動した南アフリカの本を数冊紹介し、洞窟への行き方を
教えてもらえないかとお願いして、洞窟の近くの住人を紹介してい
ただいたのだった。

・ 快適な洞窟暮らしで音素符号が生まれた

 クラシーズ河口洞窟は、ポートエリザベスから約150km西にある、
インド洋に面した海岸段丘の中腹にある。クラシーズ河口洞窟は5つ
の洞窟によって構成されているが、とくに第三号洞窟の内部は広く
、乾燥していて暖かく、しかも安全で、数十人が生活するには十分
な広さである。入口は西を向いているので、夕方になるとインド洋
に沈む夕日を見ることができる。

 洞窟の中は楽しみも少なく、夜は歩くのも危険である。人類は音
響的にも隔離された洞窟の中で余暇に音楽を楽しみ、舌打ちを通じ
てクリックと呼ばれる離散信号を獲得し、デジタル通信を行なうよ
うになったと私は考える。

 デジタル通信に必要なものは、1 発声し分けることができ、聞き
分けることもできる有限個の離散信号(音素、音節)とそれを行なう
脳の運動制御と聴覚機能、2 離散信号をもとに符号語をつくり、符
号と意味の変換表や文法を共有すること、3 意味から符号へ、符号
から意味へと瞬時に変換するための脳内生理である。この三点セッ
トは、すべての人類の言語に共通である。

 言語学者のリーバーマンによれば、唇から喉仏までの声道の水平
部分と垂直部分が1:1で直角になっていて、舌の位置を動かすことに
よって、人間は肺気流を使って声道を幾通りかに共鳴させて、離散
的な母音を発声する。化石解析の結果、この進化は今から10-5万年
前に起きたと考えられていて、ネアンデルタール人やイスラエルの
スコール遺跡から発掘された人間は、母音の発音ができなかったと
判読されている。

 食物摂取と発声を同じ器官で行なう進化は、誤飲によって気道を
詰まらせて窒息する危険もある。これは母音を獲得する前に、デジ
タル通信の有用性が確立されていたことを意味する。今日もなお南
部アフリカの黒人たちの間でのみ使われているクリックは、肺気流
を用いず、子音の数が多い。クリックが人類の言語の始まりであっ
たのだろう。

・ デジタル言語の功罪

 離散・有限個の音節を用いたデジタル超多元通信は、鳴き声のパ
ターンだけでアナログ符号を交換するのに比べて、伝達効率が極め
てよいほか、符号語の数を無限に増やすことができる(オグシオやス
エマエがいい例である)。複雑な文法の決まりを共有すれば、仮定法
や敬語などの複雑な内容もきわめて短い音節変化で表現できる。お
そらくこれを武器として現生人類は他の人類を殲滅して世界を制覇
したのだろう。

 人類の意識の発生は、文字が生みだされた後だという説がある。
書き言葉が生まれた後に、具体的実在とは無縁な抽象概念を、我々
は獲得したのではないだろうか。そして、意識の作用により、人類
は動物であった時代の記憶を忘れてしまい、自分が一番えらく、地
球上の資源を独り占めすることが許されると勘違いするようになっ
た。また、心のアナログな真実をデジタルな言葉で表現するときに
、真実を反転させたり虚部を混ぜることで嘘をつくことを覚えた。

 自我や我欲に振り回されて嘘をついたり、人間存在の原点を忘れ
ることこそが、言語のシステム・エラーであり、文字通り文明の原
罪ではないだろうか。

 禅宗の「言語以前の自分を見つめよ」という教えや、人間は生ま
れながらに悟っているという天台本覚の教えは、デジタルな言語の
構造欠陥に対応した人間の知恵であったのかもしれない。

 (財団法人桜菱会 会報「新桜菱」向け原稿初稿、2008.11.15)


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