3104.麻生政権の国会戦略



麻生政権の国会戦略


                           日比野

1.解散するする詐欺

麻生総理は10月30日の記者会見で、解散総選挙について当面先
送りする意向を示した。

早期解散するだろうと先走っていた、メディアも民主党も肩透かし
を食った。

だけど、それ以前の与党の動きはいかにも総選挙が近いと匂わせる
もの。10月13日には麻生総理が広報用の写真ポスターやテレビ
CMを撮影して「衆院解散近し」との憶測を呼んだ。またそれに呼
応したかどうかは分からないけれど、細田官房長官が10月14日
、18日と年内解散もあり得るとの見通しを述べていた。

森元首相は10月13日に後援会の事務所を開き、同月17日には
とうとう麻生総理の地元である福岡8区で選挙事務所が開設された
。

普通に考えれば、ここまでやれば総選挙は近いと思ってもおかしく
ない。

選挙が近いともなれば、民主党も何時までも審議拒否ばかりしてい
ると今度が国民より政局か、と思われるから、手のひらを返して、
法案の審議に協力することになる。

福田前政権ではあれほど苦労して、全然審議が進まなかった新テロ
対策特別措置法改正案はスピード審議。補正予算にも賛成した。

解散するぞするぞとチラつかせるだけでこの威力。解散を匂わせる
だけ匂わせておいてやらない。今にして思えば計算づくだったのか
もしれないし、ポスター撮影や選挙事務所開設の頃までは本気で解
散するつもりだったのかもしれない。

結果論ではあるけれど、民主党は早期解散という幻にまんまと乗せ
られて、早く解散しろ、総選挙して政権をとらせろ、というそのた
だ一点にこり固まっていたことになる。



2.麻生・自民党チャンネル

「2ちゃんねるはチェックされてる?」
「いえ・・チェックなんて、あの・・物凄い数ですから、どれも・
 ・ときどき・・そういったのに・あの〜、なに・書いたりなんか
 することは・・ときどき・・やったりすることはありますよ。・
 ・2ちゃんねる。あれぁ、なかなかいいとこ突いて・もぉ・・な
 まじの新聞記事よりよっぽど・・いいとこ突いてますよ、あれぁ
 ・・おぉってのはありますよ。」


昨年、フジテレビ系列の情報番組であるハッケン!!のインタビュー
で、福田前総理と総裁選戦った後の麻生総理のコメント。

ネット掲示板に集まる知。ネットの集合知が既に新聞を上回ってい
るという認識が麻生総理にはある。

新聞社よりも国民大衆の集合知が上だと思ってる。とすると、政策
や本音を語るときにもテレビや新聞記者を相手にするよりも国民に
直接語りかけたほうが良いと考えてもおかしくない。

先頃、「ニコニコ動画」に、自民党の麻生太郎総裁を特集した「麻
生・自民党チャンネル」が開設された。そこでは麻生総理のメッセ
ージや過去の講演などが視聴できる。

政治家が直接国民に語りかける手段が登場してきた。

ネット動画を政治家が使うのは何も麻生総理だけじゃない。民主党
の小沢代表も10月19日にサイバーエージェントのAmeba Studioで開
かれたインターネット生放送に出演して若者向けに政権交代の必要
性を訴えていた。

ただその中で小沢代表の注目すべき発言として、「政治の細かいこ
とを知る必要はない。自分たちの1票で政権を代えることができる
。それだけを分かってもらえたらいい。」というのがあった。

ネットや2ちゃんねるなどでは、この発言を問題視して叩いている
ものもちらほらあるようだ。ただ、この発言の前に、司会者から政
治を全く知らない若者に対してコメントを、と振られていたから、
軽いサービスの積もりで、細かいところはいいから、これだけは分
かって欲しいという意味での発言だったようにも聞こえなくもない
。そうだとすれば多少気の毒ではある。

だけど、同じ質問を同じような生番組で、麻生総理が答える姿を想
像してみると、おそらくこんな答えにはならないだろうと思う。

麻生総理の政権基盤はさして強くない。先の総裁選で圧倒時得票を
集めて総裁に選出されたとはいえ、総選挙に勝てる顔として皆その
尻馬に乗ったのだという話もある。麻生派議員ははわずか20名し
かいない。

そして周りを取り巻く情勢も厳しい。今の時期の解散総選挙では自
民党は惨敗するとも言われてる。

故にこそ、総理はより国民の声に耳を傾けざるを得ない。多くの国
民を味方につけないと政権を維持するのは難しい。

劇場型政治とは良く言われることだけれど、ヤジや合いの手を聞い
てそれをうまく取り入れながら、科白や演技を変えていくスタイル
と、舞台は俺たちプロがやるから、素人は黙って見てればいいんだ
、というスタンスの違いと言ってもいいかもしれない。

国民の声に耳を傾けられるということは、国民の判断は間違ったも
のにはならないと思えるということ。

もしも、麻生総理と小沢党首とで国民に対する思いに違いがあると
すれば、国民に対して、彼らを信じられるか、られないかという点
にあるのかもしれない。
 


3.本音は直接

解散総選挙が当面先送りになったことがはっきりした今、民主党は
審議の一切拒否作戦に戻ることになった。

民主党の輿石東参院議員会長は、早期解散に踏み切らないのなら、
与党の提出する法案に対して徹底審議をする、とこれまでの対決姿
勢に戻る発言をしているし、自民党の細田幹事長も11月1日に、
さいたま市での会合で「がんのように取り付いているのが某党。何
でも反対する」と指摘した。

事ここに至ってようやく、自民・民主の政策論争が始まることにな
る。もし与党が民主党では政権を任せられないのだキャンペーンを
張って、与党支持率の回復を目論んでいるのなら、ここからが本番
。

その割には、自民党は党首討論を民主党に何度も申し入れているの
に、民主党は拒否を続けている。

なればこそ与党は、その討論したい内容や与党の政策を正確に国民
に伝えるべく大々的なキャンペーンを張るだろう。民主党が少しも
党首討論に応じないことを非難しながら。

なんとなれば、麻生総理は、ぶら下がり取材を拒否して、自民党・
麻生チャンネルでのみ自身の声を伝える可能性だってなくはない。
もしくはぶら下がり取材、その他会見の最後に「詳しいことは、自
民党・麻生チャンネルをご覧になってください。」と付け加えて、
そちらに誘導するのではないか。

マスコミに一切語らない情報を、麻生総理自ら、自民党・麻生チャ
ンネルでのみ配信したらどうなるだろうか。対マスコミと対国民と
で情報の差別化を図るということ。

自民党・麻生チャンネルでのみ、総理の本音が聞けると評判になっ
たら、国民はマスコミをスルーしてネットから情報を拾うようにな
る。政治家と国民がダイレクトにコンタクトするから、そこにはマ
スコミのネガティブキャンペーンの入りこむ余地はない。

ネット動画なんかだと視聴者のコメントも入るから、それを聞いた
上でその答えも配信することもできる。実際、総理自ら「普段、私
が感じていることなどをお話ししたり、皆さんから頂いた質問に答
えるなど、みなさんと一緒に作っていくチャンネルにしたい」と麻
生・自民党チャンネルでコメントしている。

開設わずか2日で再生数35万を超えた「麻生・自民党チャンネル
」の盛り上がりと、先日の小沢代表のインターネット番組での発言
を比較すれば、直接国民に訴えるという点において麻生総理に分が
あることは明らか。

こうしたいわば、既存メディアの中抜き現象が進むと益々メディア
の役割が問われることになってゆくだろう。

 

4.腰を上げた総理 
 
金融恐慌の嵐が吹き荒れている。アイスランドが国家破綻した。恐
慌の嵐はまだまだこれからだとも言われている。

そんな中、麻生総理は緊急市場安定化策を打ち出した。銀行等保有
株式取得機構の株式買取りの再開や空売り規制の強化がその主なも
の。

今回の緊急対策はこれまでからさらに踏み込んで、保有株式取得機
構や日銀に株式買取りの指示が盛り込まれた。要するに株式PKO
をやるということ。

これまでは、空売り禁止とか、民間会社の持ち合い規制の緩和など
、ある意味民間活力に頼った対策だったけれど、今回は国が主導し
てPKOに乗り出す姿勢を示した。本腰を上げたといっていい。

にもかかわらず、安定化策を打ち出した10月27日の終値は、バ
ブル崩壊後の最安値をさらに下回って、7162円90銭を記録し
た。

幾つかのメディアでは、ここぞとばかり緊急対策も効果がないと非
難している。


総理は27日の夕方、記者団に「対策を出したから即(効果が出る
)という種類のものではない。一喜一憂するつもりはない」と言っ
ていたけれど、実は同日の昼、前場が終わった段階のぶら下がり取
材で、こんな発言をしている。

「まあ今、マイナスの話でスタートされましたが、終値は30円の
 プラスだったろ? そっちも書いてよ。マイナスの話ばかりした
 がるのはオタクの習性かもしれませんが、きちんと最後はプラス
 に出てきているというのは、ま、前場(マエバ)の話ですが、前
 場(ゼンバ)の話ですが、前場でそういうことになっていますん
 で・・・」

ここで少し気になるのは、麻生総理自身が日本の民間活力、経済力
を少し信じすぎているように見えること。

麻生総理は、自分でこうして市場を注視して、すばやく対策を打ち
出せば、市場もそれを好感してすぐ反応するのではないか、と期待
していたのではないか。

確かに、これまでこれほど市場を気にして対策をうてた総理はなか
なか居なかったから、そう思ったとしても無理からぬことかもしれ
ない。だけど、国民はおそらくもっと先を行っている。すなわち、
底はまだまだ先だから焦らずゆっくり仕込もう、と。

世界中で火を噴いている金融恐慌。さすがにテレビも連日報道して
いる。だけど日本の世間は表向きは、まだ平静を保っている。騒が
ない。2003年4月に7607円をつけたときのような悲壮感が
ない。どこかどっしりと構えてる。

たんに鈍感なだけなのかもしれないけれど、証券会社の個人口座開
設が急増しているというから、今がチャンスと思っている人が大勢
いるのだろう。

だけどじっくり構えてる。慌てて反応しない。おそらく政府のPK
Oが効果を出して、日経平均がじわりと、一万円を回復してきたあ
たりから効果が見えてくるような気がしてならない。

腰を上げたはいいけれど、ここからが本番。
 


5.コップ半分の落とし穴

「コップ半分の水をもう半分しかないと嘆くのではなく、まだ半分
 あると思う意識の転換が必要だ」

故小渕元首相が施政方針演説の中で「建設的な楽観主義」という意
味で使った有名なフレーズ。安倍前総理も自身の支持率が低下した
ときに「私はコップの中の水を見て『こんなに減った』と思わない
。『まだこんなにも残っているんだなあ』と思う」と発言していた
。

もしかしたら、麻生総理もそういう具合に考えているかもしれない
。

楽観主義の善い所は、楽観が生み出す心の余裕が、良い智慧を生み
出す環境を作り出すこと。

よく「借金で首が回らない」という言い回しがあるけれど、始終心
配事が気に掛かって悲観的になる人は、それに心が囚われてしまっ
て、そのことしか考えられなくなる。文字通り「首が回らなく」な
ってる。打開策について一所懸命考えるのならまだいいのだけれど
、悲観的になっていると、もう駄目だ、どうしようもない、と言っ
て嘆くばかり。下手な考え休むに似たり。一歩も前進していない。

その点、楽観主義であれば、少なくとも悲観的ではないから、首を
自由に回して四方八方を見ながらじっくり対策を考えることができ
る環境に居られる。ただしあくまでもそうした環境に居られるだけ
であって、有効な対策を考えつかないかぎり、これもまた何も変わ
らない。休んでばかりいても前には進めない。

楽観主義も行き過ぎてしまうと、対策を十分練ることをしなくて、
甘い見通しで進んでしまったり、脇が甘くなることがある。これが
楽観主義の弱点。

組織のリーダーが「コップの水がまだ半分もある」と旗を振るとき
、こうした悲観・楽観の特徴をしっかり踏まえた上での発言でない
と痛い目に遭うことがある。

それでもさらに気をつけないといけない落とし穴がある。コップの
水の見え方は人それぞれだということ。自分と他人は同じ考えであ
るとは限らない。

いくらリーダーが「コップの水がまだ半分もある」といっても、そ
うだと思う人もいれば、そうは思わない人もいる。そうだと思わな
い人が多数を占めていれば、いくら楽観主義で進みたくても現実は
思ったようには動かない。他人の心は自由にできないから。

総理が、若者は明るくなきゃいかん、といってすぐに明るくできる
人が多ければまだ通用するかも知れないけれど、そうでない場合は
現実に明るくできるものを実現して、目にモノ見せないといけない
。

だから、口では「コップの水がまだ半分もある」と言ってもいいけ
れど、現実の政策としては「半分しか」でもなく「半分も」でもな
くて、ただ「半分ある」という客観的事実に基づいた冷静なもので
ないといけない。

総理や組織のリーダーがコップの水の例えを使うときはよくよく注
意しないといけない。
 


6.政局不況 
 
10月30日に正式決定した追加経済対策は、麻生総理が記者会見
して国民にその内容を発表した。

内容は総額2兆円の定額減税や高速道路の割引など。高速道路無料
化を掲げる民主党の政策をパクッたといわれている。もともと支持
率アップのために民主党のイイトコ取りするであろうと予測する向
きもあったから別段驚くに当たらない。

問題はこの追加経済対策が国会審議でどうなるか、ということ。民
主党はこれまでどおりの審議拒否作戦に切り替えだしている。

そうやって与党を揺さぶろうというのは分かるのだけれど、肝心の
拒否する対策案が自分の案をパクッたものもある。それを殆ど自分
と同じ案を与党から出したというだけで審議拒否すれば、国民はた
だの政局に使っていて、国民のことなんかちっとも考えていないじ
ゃないかと呆れられてしまうことになる。自己矛盾のそしりを免れ
なくなる。

かといって党首討論などで政策論争するかといえば、そうでもなく
て、これまで小沢党首はそれを拒否してきた。

大々的に国民の対してぶち上げた追加経済対策が、民主党の審議拒
否で店晒しになったらどうなるか。

もしかしたら、市場は催促相場で下げるかもしれない。10月30
日には、FRBの利下げと日銀の協調利下げ期待で円安に一旦触れ
てたけれど、0.2%の日銀金利引き下げを発表した31日の日経
平均は反落してる。まだまだ先は分からない。

市場が下げれば、民主党はそらみたことか「解散しないから下げる
のだ」と攻撃するだろうし、自民党は「民主党が審議に応じないか
らだ」とやり返すだろう。

マスコミは麻生内閣を叩いて政権交代だと煽りたて、総理はニコ動
や街頭演説で民主党の不義を国民に訴える。

経団連は解散でも何でもして経済対策を進めろと圧力を掛け、中小
企業はなんとかしてくれと泣きついてくる。

海外は日本にとっとと対策しろ声を荒げ、国内は倒産企業の続出に
怯える。

政府は対策案を次々に出すが全部棚上げされ、国民はようやくねじ
れはいけないのだと悟る。

政局による不況を招かないことを望みたい。
 
(了)


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